表ED。
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 ――ローレライ教団情報室長室。
(ユリアも余計なものを残してくれる)
 ミリアは掌に収まる譜石を忌々しそうに眺めた。
 キムラスカから取り戻した譜石は、真実ユリアの預言だ。ミリアはそれを知っていた。彼女は過去にユリアの預言を詠んでいた預言士だった。情報室長の面子もあり、モースが持ち出したユリアの譜石が何処にあるのか把握していないわけがなかった。
 教団にはユリアの預言は第六預言までしか残されていないが、彼女の一族の長となる者は口伝という形でユリアの預言と消滅預言の全貌が教えられている。
 各地にいる一族は長の命令で各国の中枢に侵入し、諜報員となり、政治家となり預言回避のために全力を尽くしていた。
 調査を称してダアトに譜石を持ち帰る必要は無いのだ。彼女がその気であれば自らその場で譜石を詠むことができた。ミリアが詠まずとも、シンクやフローリアンに詠ませることもできたのだから。
 ミリアがキムラスカに向かった理由は二つある。
 モースに罪状を突きつけることは表向きの口実でしかない。
 一つはモースが勝手に持ち出したユリアの譜石を取り戻すため、もう一つはユリアの子孫であるヴァンを守るために暗示をかけることだった。
 このままでいけば、ヴァンはユリアの預言を回避すべく外殻大地を消滅させようとする。ヴァンの行動を監視させていたミリアは彼の計画に気付いていた。ヴァンが馬鹿な真似をする前に止めなければならない――彼がレプリカルークを生み出したときのように、事態を看過するわけにはいかなかった。ヴァンの計画は順調に進み、彼を止めようとした妹を口先で騙す姿を見て、ミリアはヴァンが説得に応じる可能性はないと判断し、暗示をかけることにした。
 ヴァンを暗示にかけるために彼に逢う必要があり、彼の居所を聞いてカイツール軍港で彼を待っていた。まさか軍港が襲撃されるとは思わなかったが。ヴァンと再会するまで、死傷したキムラスカ兵の介抱をしていたのだが、結果的にキムラスカに個人としての信用を作れた。
 こうして当初の予定通り、ユリアの譜石を取り戻すこともできたし、あとはモースに全ての責任を負わせて闇に葬るだけだった。
 もちろん、他にもやることはたくさん有り余っているが。
(ユリアの預言を回避するためには、ルークとアッシュには生きていてもらわなければならない。カイツール軍港襲撃もモースのせいに仕立てるとして、二人がどうするかが問題だわ。素直に従ってくれるようなら今まで通りで構わないけれど……そうじゃないなら、アッシュにも暗示をかけるしかないわね)
 聖女ユリアが詠んだ預言は、世界の終焉を謳うもの。
 たとえ世界の終わりを告げていても、狂信者は、預言遵守派は叶えようとする。
 預言に詠まれた、二人の聖なる焔の光には生きていてもらう必要があった。
(……モースが失脚すれば、預言遵守派の旗頭も消える。荒れることが予想されるから、ヴァンに旗頭をやらせて、彼らの行動を抑制しなければ)
 預言遵守派の大詠師、預言は未来の導の一つでしかないと改革の姿勢を示す導師派。モースが失脚すれば、預言遵守派は統率を失い、しばらく行動が読めなくなる。彼らが問題を起こす前に、ヴァンが預言遵守派の旗頭になるよう、ミリアは働きかけるつもりだった。
 幸い、ヴァンは預言遵守派の旗頭になれる要素を持っている。ユリアの子孫に加えて、神託の盾騎士団のトップの地位は派閥の顔役には十分だ。
(モースを世界の敵に仕立て上げるためには……ああ、そうだわ。キムラスカにはナタリア王女偽姫の情報が有効ね。マルクトには、タルタロス襲撃と、セントビナーに居座っていた理由をモースのせいにしましょう)
 ミリアは徹底的にモースを利用する気だった。
 モースが真実善人であれば代わりを探しただろうが、不正を繰り返し私腹を肥やした人物を貶めることに躊躇はしない。

 ミリアの掌を転がる譜石を眺めながら、シンクは溜息を吐いた。
 思考の淵から戻って来ない彼女が何を考えているのかわからないが、大体ろくでもないのだろう。シンクはミリアの手から譜石を取り上げる。フローリアンは買ってもらったお菓子の山を片付けるのに夢中だった。
「シンク?」
「こんなものサッサと破棄しちゃいなよ。遵守する気はないんでしょ」
「ダメよ。これと形状が似た譜石をキムラスカに見せる必要があるんだから。今壊すわけにはいかないの」
「ユリアの譜石と偽って?」
 ミリアは無言で微笑む。
 ろくでもない笑みだ。
 フローリアンが時々見せる笑みは、絶対にミリアから受け継いだものだ。
 シンクは苦虫を踏み潰したような顔で譜石をミリアに返した。
「これからどうするのさ」
「シンクは参謀長として神託の盾騎士団の安定を務めてもらうわ。教団も神託の盾騎士団も大編成を行うことになるから」
「ミリアは?」
「私は情報室長よ。情報室に戻っていつも通り仕事をするわ」
「そう、いつものように黒い仕事するんだね。表に出ないで影で人を操って笑う仕事」
「ちょっと、人をまるで腹黒のように言わないで。仕方ないでしょう、こういう腹芸やってくれる人が誰もいないんだから。何ならシンクが代わってくれる?」
「ヤダ」
 きっぱりシンクは断った。気持ちの良い即答である。ミリアは小さく溜息を吐く。
「シンク、リグレットはどう?」
「何が?」
「ヴァンの妻」
「ヴァンに心底惚れてるからいいんじゃない? ヴァンが計画を実行しないなら、あれもしないよ。そんな気概もないし」
「そう。じゃあ、ヴァンと結婚してもらって、子供でも産んでもらおうかしら」
「万が一、リグレットがヴァンがいなくても計画を実行するって言ったら?」
「リグレットを排除するしかないわね。そうしたらヴァンの妻を改めて考えなくちゃ。あ、結婚はともかく私がヴァンの子供を産んでもいいわね」
「アンタの子供は既にいるでしょ」
 ミリアは母親だ。シンクたちの弟のようなミリアの子供は二人いる、一人は豪奢な金髪が特徴の八歳の子供と、もう一人が銀髪の七歳の子供だ。何でもミリアが情報室長になる前の二十歳、二十一歳の時に産んだ子供だという。子供を産むなら早いうち、それも年が近い子供が良いとか何とかで、行きずりの男を酔っ払わせて襲ったらしい。
 そういえば、シンクの知る二人の男に子供たちの顔は似ている。
 どこぞの皇帝と、その国の若い将軍に。
 が、父親がシンクの知るあの二人だとしても、ミリアは行きずりの男と一夜限りの関係を持っただけのようなので父親はどうでもよさそうだ。
 実際ミリアもタネをもらっただけ、育てたのも産んだのも私よと以前ボロッとこぼしていた。その言い方は今でもどうかと思う。
「あの子たちも弟妹欲しいって言ってたから、もう一人くらい産んでもいいわ」
 ミリアがヴァンを襲うことが決まった。……かも知れない。シンクは全力で阻止する。
「あんな髭の子供は老け顔で可愛くない子供に決まってるよ。やめなよ」
「自分が産んだ子が可愛くないわけないじゃない」
「産む気なの? 信じられない。あいつの子供産んだら僕グレるからね。反抗期迎えるよ」
「シンクの反抗期見てみたいわね」
「冗談じゃない! 本当にやめてよ! ミリアがあいつ襲う前に僕はリグレットとあいつを結婚させるから!!」
 シンクは吠えると善は急げとばかりに室長室を出て行く。行く先に検討はついている。ミリアはやれやれと肩を竦め、フローリアンがにやりと笑った。
「これでシンクが勝手にリグレットとヴァンをくっつけてくれるね」
「そうね」
「シンクも馬鹿だなあ。姉さんに言いように使われちゃって。ねえ、姉さん」
 ミリアは肩を竦めて、フローリアンは笑いながらシンクのあとを追いかけた。シンクの計らいにより、半年後、ヴァンとリグレットは結婚することになる。


 キムラスカ王女すり替え、陸艦タルタロス襲撃、カイツール軍港襲撃――ほかにも数え切れないほどの余罪があるモースは世界の敵として処刑された。
 モースがキムラスカ王国に持ち込んだ譜石は教団が確認したところ、ユリアの預言でもなんでもないモースが特注で作らせた第七音素を含有する石ころだった。これによりキムラスカは当初の予定を変更して、ルークを次期国王にすべく彼の教育を見直すことになった。また、ナタリアが偽姫だと判明したため、ルークは国王の養子として引き取られることになった。ナタリアは本物の王女とすり替えた乳母の娘の子であること、本人には王家を謀る意思がなかったため、王位継承権を剥奪し、名前を戻してバチカルで庶民として生きてゆくことになった。そのことを知ったラルゴは教団を抜けて以後、消息不明になった。
 マルクトとキムラスカの和平は恙無く結ばれた。
 マルクトはキムラスカの街道を使ってアクゼリュスの住民を救助したが、発生した障気の対応に困り、ダアト、キムラスカに協力を呼びかけた。これを発端に世界共同で大規模な研究チームが組まれ、結果、世界は危機に瀕している事実を前に一丸となり立ち向かってゆくことになる。



 今日もミリアのもとには、世界各地の諜報部員から、大量の情報が報告書の形で寄せられる。

 セフィロトの封印が解除されていること、パッセージリングの耐用年数が迫っていること、それらの再セットのために超振動とユリアの子孫が必要なこと。ミリアはアッシュとティアにやらせるつもりだった。
 キムラスカに逮捕されたティア・グランツは牢屋に入れられている。死刑判決が出ているが、ユリアの子孫である事実を踏まえ、ヴァンの第一子が産まれるまでは執行猶予がついていた。パッセージリングの再セットのため彼女の身柄を一時的に借りることは難しくない。もしかしたら、その功績により、温情が与えられる可能性もあった。
 アッシュはミリアの暗示により、自分がファブレ公爵子息である事実を忘れた。自らの容色によってキムラスカ王族のおとし胤であると思い込み、面倒な事態を避けるべく、自主的に髪を短くして黒に染めた。柵がなくなったアッシュは日々を快活に生きている。パッセージリングの再セットに快く協力してくれるだろう。
 ルーク・フォン・ファブレ改めルーク・ルツ・キムラスカ=ランバルディアは軟禁生活から解放されたものの、今度は王子として教育詰めの日々に毎日飽き飽きしているらしい。休憩時間に体を解すように剣稽古を自主的にやる姿が目撃されている。その傍らにはチーグルが飛び回っており時々王子を怒らせているという。
 ガイ・セシルは王子となったルークの補佐のため城入りした。将軍に剣の腕を見込まれ騎士の道を進められ、それともこのまま使用人として生きるか迷っているらしい。従姉妹であるセシル少将と接するうちに、両親に問題があったことを知り、貴族として生きる覚悟もなくしたため復讐心は捨てたようだ。今はガイ・セシルという一人の人間として新しい生き方を模索している。
 アニス・タトリンは名と髪型を変えて両親と共に辺鄙な村で暮らし始めた。あんまりにも辺鄙すぎて騙す輩もおらず、両親と穏やかに生活しているらしい。両親は相変わらずお人好しらしい。
 ラルゴはバダックと名を変えて娘のメリルと暮らし始め、メリルは最近バチカルの若い商人といい雰囲気らしい。最近ようやく娘と暮らし始めたバダックが泣く日が近いかも知れない。
 ジェイド・カーティスは世界共同研究チームのマルクト側の責任者に選ばれた。ダアト側の責任者に選出されたディストのちょっかいが鬱陶しいのか、彼を虐げながら、障気中和の研究に没頭している。キムラスカではルークの動向を、教団ではアッシュの動向を気にしながら、ジェイドは個人研究として大爆発現象について調べ始めた。ジェイドがレプリカ研究に戻ったとディストははしゃぎながらジェイドの研究に協力している。
 ユリアシティで暮らすヴァンと妊娠中のリグレットは円満な家庭を築いていること、最近は子供の名前を祖父と一緒に考えている姿が見かけられた。ヴァンは預言遵守派を抑える旗頭をやりながら、次期ユリアシティの町長としての勉強を始めた。
 アリエッタは六神将を辞めて導師守護役に戻り、導師イオンと仲良くやっている。イオンはティアとアニスの一件を自らの糧として導師の勉強をいちから学ぶことにした。シンクは主席総長をはじめに六神将の抜けた穴を埋めるために教団の再編成にてんてこまいだ。仕事の多さにそろそろぶちギレそうな予感はしている。
「ミリア!!」
 情報室長室のドアが乱暴に開かれる。シンクは両肩で息をしながら、机と向き合っているミリアを見た。
「シンク? どうしたの?」
「どうもこうもないよ! なんで僕が参謀長とかいう面倒くさい役職に加えて、主席総長にならないといけないんだよ! いくらなんでも僕が過労死するからアッシュにでもやらせてよ!」
「そうね……詠師会で言ってみるわ。でもまだアッシュは若いし」 
「僕のほうがあいつより年下なんだけど!? それにあいつ血の気あまってるし、主席総長のイスに縛り付けておかないとなに仕出かすかわからないよ。この間なんかユニセロス一人で倒したみたいだし。なんであんな戦闘狂になっちゃってんのさ。せっかくの休みもバチカルの闘技場で優勝して不意にしてるし」
「……主席総長候補として推しておくわ」
 ミリアがアッシュに欠けた暗示は、自らがキムラスカ王族である事実を忘れることだった。その事実はアッシュの足枷になっていたらしく、暗示が成功した今、アッシュはエネルギッシュにあれもこれもとやりたいことをやりまくっている。ミリアの返事にシンクは安堵の溜息を漏らして「そうして」と言った。
「まったくやることばかりで嫌になる」
 シンクはその一言を置いて慌しく引き返してゆく。参謀長の仕事は山を成しているのだろう。ミリアも同じだ。机を埋め尽くさんばかりの情報の山を処理しなければならない。他にも、母親としての仕事のほかに、律師としての仕事も積み重なっている。やることばかりで手がまわらないが、それでもやるしかないのだ。思い描く未来のために。ミリアは小さな溜息をこぼして書類と向き合った。



END.

実はミリアがヴァンの子供を産もうかな、と言うシーンが書きたくて女主にしました。
2014/12/14
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