アブソーブゲート――地核へと落ちていったヴァンを見送った一同は、一様に複雑な表情をしていた。
兄を殺害した悲哀に暮れるティアを誰もが気遣わしげな視線を向ける。ただ一人、ルークを除いて。


「兄さん…」
「……ティアって優しいんだな。…それとも甘いのか」

兄の死を嘆くティアに、ルークは刺々しい口調で言った。

「「!!」」

ジェイドはハッと目を瞠り、ティアは驚愕した後に怒りによって顔色を赤く染め上げ――それから、何かに気付いたように青に変わった。

「落ち込んでる暇はないぞ。俺達にはやらないといけないことがあるんだから。…ここで泣いて悲しんでいても、何も変わらないんだ」

ジェイドは眼鏡のブリッジを上げて、何かを考え込むような表情になる。
ティアは青褪めた顔色で、絶句していた。
ルークの物言いに怒りを覚えたガイとアニスとナタリアが、ルークを叱り飛ばす。

「ルーク、何てこと言うんだ! ティアは肉親を亡くしたばかりなんだぞ!! 肉親の死を悼む時間が暇だなんて言うなんて…お前、変わるんじゃなかったのか!?」
「死を悼むことが暇だなんて、甘いだなんて言うなんて、酷いよ! たしかにあたし達にはやらないといけないことがあるけど、でも死を悼む時間くらいあるでしょ!?」
「何てことを言うのです、ルーク! 家族を亡くした者に対してその発言はあまりにも無神経ですわ!」

三人は怒号を上げて、ルークの非道な言動に傷ついていると思われるティアに視線を向ける。
ティアは今にも卒倒しそうな顔色で言葉を失っていた。下唇を噛み締めて、胸元で杖をギュッと握り締めながら、何かと戦っている。ガタガタと小刻みに震えているその様は哀れと言うしかない。
ティアの様子を見たガイは先ほどのルークの無神経な言動を思い出して、さらに文句を言おうと口を開く。
しかしその前にルークは踵を返して、肩にミュウを乗せたまま一行から離れようと歩き始めてしまった。

「っルーク!」

ガイは厳しい声を飛ばした。だが、ルークは立ち止まらない。ガイはティアに無神経なことを告げたルークに一言でも謝罪させないと気が済まなかった。
ルークの後を追うべく走り出そうとしたガイに、考え込んでいたジェイドがゆっくりと言葉を吐き出した。

「…ルーク、瞳が潤んでましたね。ヴァンにトドメを刺したのはルークです。この中で一番泣きたい誰なんでしょうね」

何を言っているのだと、ガイはジェイドを睨む。
その発言ではまるで、肉親を亡くしたティアよりも、ヴァンを殺害したルークの方が辛いとでも言っているようなものではないか。

「…ぁ」
「…そういうことでしたのね」

アニスとナタリアは、ルークとジェイドの一連の発言が何処から来るものなのか理解して、ルークに対する怒りの矛を収めた。
ルークとジェイドの発言は確かに無神経と言われても仕方ない言動だ。――だが。ナタリアとアニスは視線を走らせて、今だ理解せずに苛々しているガイと、青褪めた顔色で沈黙しているティアを眺めた。

「いったいどういうことなんだ? ジェイドもルークもそんなこと言って。ティアに対して酷いと思わないのか? 彼女は肉親を亡くしたばかりなんだぞ!」

ガイは怒りの矛を一向に収めようとしない。彼はかつて自分が言った言葉を、遥か彼方に置き忘れていた。
憤怒の表情でガイが吐き出す言葉の数々は、ルークの言動の非道さを責め立てる言葉ばかりで、ジェイドは静かな表情で見守り、ナタリアとアニスは痛ましい表情をする。
今も尚、ルークの言動を攻め立てているガイを止めたのは、ティアだった。

「…もう、やめて!」
「ティア、だけど…! あいつが言った言葉は決して許せるものじゃないんだ! ジェイドが言った言葉だって…あんまりにも無神経過ぎる!」

ガイはルークに謝罪させようと、再びルークを追おうとする。
ジェイドは、走り出そうとしたガイの肩を掴み、止めた。

「っ、邪魔しないでくれ!」
「…ガイ、貴方はまだ気付かないのですか?」
「何をだ!?」

頭に血が昇っているガイの声はいつにも増して感情的だ。
ガイは、非道な言動を告げたルークを叱り飛ばすことが自分の役目であると思い込んでいた。行動を制止されたことでより怒りが煽られて、ガイはジェイドを睨むことに躊躇を覚えなかった。
親の敵のように睨まれたジェイドはガイの視線を受け止める。

「先ほどのルークの発言は、ティアがこれまでルークや私達に告げてきた言葉ですよ」
「………………………………………………………え?」

ティアは苦しそうに眉間を寄せて、目を瞑った。
ガイは呆けた。

「そして、先ほど私の発言は、貴方が告げた言葉を、すこしばかりアレンジした言葉です」
「…なんだって?」

ガイの表情が強張った。

「適当なこと言わないでくれ! 俺はそんなこと、」
「…言ってたよ。シェリダンが襲撃された後」
「…言ってましたわね。肉親を亡くしたノエルがいる前で…ガイ、貴方、本当に覚えていませんの?」

アニスとナタリアは、ガイの発言を否定する。

「え…」

ジェイドのみならず、ナタリアとアニスにまで告げられたガイは困惑した。
ガイは、そんな無神経なことを言った覚えは無かった。
ナタリアはガイに失望を覚える。

「…たしか、ガイ、こう言ったよね。”爺さんたちを殺したのはティアの兄貴だ。この中で一番泣きたいのは、誰なんだろうな”って。」
「…ああ、それは、」

アニスがそう言うと、ガイはようやく思い出した。
だが、それが何だと言わんばかりに顔を顰めた。ナタリアが悲しみの表情で、今だ理解していないガイに告げる。

「…貴方は、肉親を亡くしたばかりのノエルの前で、加害者の身内であるティアが一番泣きたいと庇ったのですわ。…先ほどのジェイドの発言と、貴方の発言を省みてください」
「――――ぁ」

ガイは声を失った。そして、瞬く間に顔色を青に染め上げた。
身内を亡くしたノエルの前で、自分がどれほど無神経な発言を告げていたことにようやく気付いたガイは慌てて口を掌で押さえる。そうすることで、過去の己の失言を無かったことに出来ると、無意識のうちに思ったのかも知れない。

だが、現実には、ガイの無神経な発言を撤回する術など無い。

彼が無神経だと責め立てたジェイドとルークの言葉の数々は、丸々ガイとティアに返されるべき言動であった。
だから、ティアは青白い顔で震えて、戦っていたのだ。

自分がこれまでに告げてきた、取り返しがつかない無神経な言葉の数々と。

ガイの膝が笑い出し、彼は地面に崩れ落ちた。尻餅ついたガイは呆然と天上を見上げる。
肉親を亡くしたノエルの前で、加害者の身内を庇う。自分が復讐に費やした動機をも打ち砕き、加害者側を庇い、無神経なことを告げた自分が信じられなかった。

ジェイドは呆然としているガイから視線を逸らし、沈黙するティアを見る。

「…ティア、貴方はライガクイーンと卵の死を悼むルークを”優しいのね。それとも甘いのかしら”と罵りましたね」
「…はい」
「落ち込んでる暇はない。やらないといけないことがある。ここで泣いて悲しんでいても、何も変わらない。貴方は肉親の死に落ち込んでいるノエルの前で、そう言いましたね」
「…っはい、言い、ました」
「それだけでなく、私が思い出す限り、貴方は無神経なことを色々と告げていました。特に、ルークに対して。――先ほど、ルークが貴方の言葉をそっくりそのまま返したとき、貴方は怒りを覚えたでしょう。何てことを言うのかと」

ジェイドは一拍間を置いて、告げる。

「ルークもずっと、同じ気持ちだったんだと思いますよ。たとえ貴方が、善意からルークに接していたとしても。そんなもの、伝わらなければ意味がありません」

表にならない善意や好意は、向けられた当人にとって気付かない限り、無いものと同じなのだ。
たとえティアがこれまでルークを思って説教し叱咤してきたとしても、ルークにとってティアの言動の数々は理不尽なものでしかなかったのだろう。

「――貴方は他者の痛みには鈍感で、自分の痛みに敏感のようですから。先ほどのルークの言動や、私の発言に、思うことがあるのなら、その性格や言動を直すことをお奨めします」

ティアは涙を流しながら、頷いた。
そうすることで、今までの無神経な自分から変われると信じたかった。



END.

ティアはこの後、変わることが出来るかも知れませんね。
16歳にもなると、ある程度人格形成が作られてしまっているので、今までの自分を否定することは難しいと思いますが、心から反省したなら変わることも出来るはず。
しかし、この作品のルークはあれですね、ティアのことが嫌いのようです。


2011.08.16
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