「フローズン・ダガー!」
ミリアが見たこともない譜術を詠唱する。
彼女の足元に水色の譜陣が浮かび上がると、ミリアの目前に人の身体ほどある大きな氷の塊が出現した。濁りのない氷は人の首を簡単に切断してしまいそうなほど、鋭利だ。
ミリアが空に向かってあげていた腕を振り下ろす。
と、同時に氷塊が敵に向かって直線に突き進む。弾丸のような速さで直進してきた氷塊を避けきれず、ヴィーヴィルという鳥型の魔物の胸に突き刺さる。
絶命には一歩届かなかったが、ヴィーヴィルの身体が凍り地面に落ちた。
ルークは駆け出すと、凍ったヴィーヴィルの傍で足を止めた。
上空に飛び交うヴィーヴィルがルークを狙い、彼の近くに固まった。ヴィーヴィルは上体をそらし胸を膨らませる。炎の息を吐こうとしているのだ。
ルークは左手に持っていた剣を地面に突き刺すと、ミリアの譜術の影響で生まれた水のFOFを利用した。
「凍っちまえ! ――守護氷槍陣」
水のFOFの効果で守護方陣は守護氷槍陣に変化した。
地面に氷山が出来上がる。ヴィーヴィルが噴いた火はルークに届く前に氷山にぶつかり、一気に蒸発する。ルークの背丈を容易に越す氷山は上空のヴィーヴィルの身体を容赦なく突き刺した。断末魔をあげてヴィーヴィルは音素に返る。死体さえ残さずに消えたヴィーヴィルの最期を見届けて、ルークはひとつ溜息を吐いた。
「終わった…のか?」
「――そうですね。辺りに魔物の気配はもうありません。武器をしまっても大丈夫ですよ」
ジェイドは自身の武器をコンタミネーションでしまいながら、言った。
ルークを筆頭にそれぞれが武器をしまう。ルークはアルビオールの運転手のノエルに「やっぱり一緒に街に行った方が良い」と言った。
――西アベリア平野。
ルークたち一行はベルケンドに向かっていた。
ノエルが運転するアルビオールのおかげで、楽々とベルケンド近辺まで到着することが出来たのだが、アルビオールから下りるなり、ヴィーヴィルの群れに襲われてしまったのだ。
「でも、アルビオールが心配ですし……」
一度、ディストに飛行譜石を奪われてしまい、ルークたちの旅路に大きな影響を与えたことをノエルは申し訳なく思っているようだった。
それ以来、ノエルは自身の身の安全よりも、アルビオールが万全であることを優先させている。
「でも、ここにいたら魔物に襲われるかも知れない。俺はアルビオールよりもノエルの方が心配だよ」
「ルークさん……でも…」
ノエルはルークの言葉をうれしく思いながら、それでも受け入れる姿勢を見せない。
膠着状態になりそうなやり取りを遮ったのは、ミリアだった。
「それなら、ルークかナタリアがベルケンドでキムラスカ兵を借りれば良いんじゃないかな?」
「え?」
「ベルケンドはキムラスカ領だし、ルークとナタリアがベルケンドの駐屯兵に王族として命令を下せばアルビオールを守ってくれるよ。それならノエルもベルケンドに行けるでしょう?」
「――そうですわね! それが良いですわ。わたくしが兵に命令しましょう。ノエル、わたくしたちと共にベルケンドへ行きましょう」
ナタリアが同意を示す。
アルビオールが心配なのはわかるが、ノエルの身の安全が優先だ。
ベルケンドでキムラスカ兵を借りればいい。そうすれば、アルビオールが魔物に襲われる心配はない。
もし、六神将がアルビオールを奪取しに来たら一般兵では歯が立たないだろうが、それは仕方のないことだ。ノエルが気にすることではない。
ノエルは皆の心遣いに感謝して、共にベルケンドへ行くことにした。
ベルケンドにたどり着くと、ルークたちは即座にキムラスカ軍の駐屯地を訪れて、兵を借りた。
ベルケンドは様々な研究をしているため、その危険性と重要度の高さから駐屯軍が存在している。中には国益につながる研究もある。情報が盗まれないよう、厳重な警備が当然だ。
一時期、ヴァンにより一部施設が勝手に使われていたが、不祥事とも言える事件発覚以来、警備が見直されたらしい。
キムラスカ王国が預言に依存していたため、ダアトによる横行を許してしまった所為とも言えた。
ダアトの名を笠にきてローレライ教団の軍人がキムラスカ領土で好き勝手にやっていることがわかり、現在キムラスカは各地を調査しているようだ。
ともあれ、ナタリアとルークが命令を下せば何の問題もなく、キムラスカ兵を借りることが出来た。
早速アルビオールを守るためベルケンドから出向した兵士たちを見送り、ルークたちは宿屋に部屋を取ると、とある施設を訪問した。
「皆さん、おひさしぶりです」
シュウ医師がおだやかな顔で出迎えてくれた。
国の命令によるルークたち一行が訪れるときは最優先で対応してくれる。
「本日は何用でしょうか」
「ミリアを診てほしいんだ」
ルークはそういうと、ミリアを紹介した。
今日はミリアのためにベルケンドに訪れたのだ。ミリアはティアのレプリカだ。ミリアが生まれた時期によっては、ティアの障気触害を受け継いでいる可能性がある。
それだけでなく、シンクがガイに暗示を施したときのように、ヴァンがミリアに暗示をかけていないとも限らないので、それを調べに来たのだ。
ティアと外見が瓜二つ――というほどでもないが、似ている少女にシュウはミリアの正体に思い当たり、頷いた。
「わかりました」
「ルーク、あなたも診てもらったら如何です? せっかく来たのですから」
「うん、それがいいよ」
ナタリアとアニスに言われて、ルークも診断することにした。
まず服を脱ぐことに躊躇いがないルークが上半身を晒す。イスに座ったルークを軽く診たシュウ医師は、特に問題ないが、念のために譜業で調べると告げた。ミリアは女性のため別室で診る。
「障気触害は誘発しておりませんので、特に問題ありません。ティアさんのようにセフィロトの解除をして回らなければ何も問題ないでしょう」
「そっか…良かったな、ミリア!」
シュウ医師の見立てに仲間たちは、ほっと一安心する。
ミリアはシュウと、心配してくれた仲間に礼を言った。
「あの、それでティアさんは……? 障気触害が導師のお力で治療されたとは言え、再発された可能性がないとも言い切れません。念のために診ておいた方が、」
ティアの身を案じるシュウに、一同は苦悩の表情をした。
ルークたちの表情を見て、シュウは自分は何か悪いことを言っただろうかと口を閉じる。
重たい雰囲気の中、ルークはぽつり言葉を紡いだ。
「ティアは……俺たちを裏切ったんだ」
「え!?」
「違う! ティアは裏切ってなんかない!!」
ルークの言葉にすぐさま否定を示す。
シュウ医師はルークとガイ、どちらの言葉を信じていいのかわからず、2人の顔を交互に見た。
「ルーク、どうしてティアを信じてやらないんだ! 他の誰よりも、お前が信じてやらなきゃ、ティアが可哀想じゃないか!」
「……なんでガイはティアを信じられるんだ? ティアは俺たちに大事なことを何も言わなかったのに!」
ティアは大事なことを、ルークたちに言ったことが一度もない。
ヴァンが外殻大地を崩壊させる計画を立てていたことも、ヴァンを説得したいと思い独断で行動したときも。何ひとつ相談せず、勝手に行動した。
ティアがあのとき相談していれば。ルークは、ガイと当人を除いた一同は、どうしてもその思いを拭いきれない。
「……ガイがティアを庇うのはガイの勝手だけど、実際ティアはあたしたちを裏切ったんだよ! 今ティアがここにいないのがその証拠じゃん!!」
ルークを睨んでいたガイを、アニスが、ナタリアが睨みつける。
ガイは言葉に詰まった。
「それはっ、ティアに何か事情があって、」
ティアが仲間たちを裏切った。
状況証拠を見れば、たしかに疑いようのない事実だ。
ティアに何か事情があるのだと庇いたくとも、ガイはティアが仲間から離れた事情を知らない。
いつの間にか、ティアとミリアが入れ替わっていたのだ。
「その事情って何よ! あたしたちに何で何も言わずにいなくなっちゃったわけ!?」
「…きっと、ヴァンに騙されて、」
「だーかーらー、なんでわかんないかなぁ! なんで世界の敵であるヴァンに騙されちゃうの? もうヴァンはティアの兄じゃなくて、敵なんだよ! あたしたちはヴァンを倒すために今まで戦ってきたんだよ! ティアがずっとヴァンを信じてなきゃ、敵に騙されるわけないじゃん! それで騙されたなら、ティアはまだヴァンを信じていたくて、あたしたちを裏切ったんだよ!!」
「それは、でも、ヴァンはティアの兄だから、信じたくて」
「――ヴァンの所為でたくさんの人が死んだというのにですか」
いつまでも庇おうとするガイが見苦しい。
ナタリアは不快気に顔を歪めた。
「ティアはユリアシティでヴァンを討つ決意を固めたと思っていたのですが、そうではなかったとガイは言うのですね。あなたは…つい先日まで、兄を討つと悲壮な覚悟を見せていたティアは嘘だったと言っていることをわかっていますの?」
「っ!」
ガイがティアを庇うたび、悲壮な覚悟をしていたティアが薄っぺらく見えてくる。
何か事情があって、ヴァンに組したのかも知れない。ガイはそう望んでいるが、そうだとしたら――ティアの兄を討つという覚悟は薄っぺらいものだと言っているようなものだ。
ガイはティアを庇っているようで、庇いきれていないのだ。
ナタリアによってそのことに気付かされたガイは顔色を失い、それでもティアを庇える言葉を探した。
「……そうだ! ヴァンの仲間になったふりをして、ヴァンを討つつもりなんじゃないか?」
「……そんな頭が彼女にあるとは思えませんけどね」
ジェイドは、何故こうまでしてガイがティアを庇うのか不思議でならない。
「なんでそんなことが言えるんだ?」
「彼女にそんな思考があったなら、最初からそういう方向で動いているでしょう。――誰も巻き込むことなく」
そんな思考がないから、ティアはファブレ公爵家でヴァンに襲い掛かったのに。
ぐっと言葉を詰まらせたガイの視界の端に、ミリアの顔が映る。ティアに似た顔。まるでティアのように仲間に溶け込む、ミリア。
「――ミリアがいる所為なんじゃないか?」
ガイはミリアに視線を留めた。
「ミリアがいる所為で、ティアが返って来れないんじゃないか!?」
ガイの口から滑り落ちた言葉はミリアの心に深く突き刺す。
なんということを言うのだ。ミリアの顔色から血の気が引く。ナタリアとアニスの顔に憤怒が浮かび、信じられない失言にジェイドは顔を顰めた。シュウ医師もガイを信じられない顔で見つめ、カッと頭に血が昇ったルークはガイの胸倉を掴みあげた。
「ガイ、お前っ!!」
ルークがガイを睨み、ガイもルークを睨み返す――そのとき。
「――様! お逃げ……さ…! うわああああああ!!」
一枚の扉を挟み、悲鳴があがった。
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