ミリアは思案に暮れていた。

(ルークに気付かれてしまうなんて)

 ルークの身に起きている、大爆発現象。
 遠からず死に至るであろうルークと同様に、ミリアもまた、大爆発現象を発現していた。

 おそらく、大爆発現象が発現した時期は、ベルケンドで起きた被験者との邂逅と同時期であろう。ティアを見た瞬間ミリアの意識は強制的に闇に落ちたが、それはヴァンがミリアにティアを殺害させないための暗示ではないかとジェイドとシュウ医師が見解を出していた。事実、ミリアはティアに攻撃意思を見せた途端に意識をなくしたため、ジェイドたちの見立ては正しいのだろう。

 ミリアの被験者である、ティアとガイの行方は知れない。ただ、ベルケンドの事件によりティアはキムラスカ軍人に連行されていた。連行中に襲撃されてしまい、ティアとガイは忽然と姿を消した。その状況が導き出した答えに、ルークたちは苦々しく顔を歪めた。ティアとガイの行方がどこにあるのかこの時点では推測に過ぎないが、皆同じ答えを出していた。ティアとガイはヴァンに組したのだろう、と。
 仮にも仲間として共に過ごしてきた相手が敵になるということは、想像を絶する苦しみがあったようで、そのときばかりは皆が複雑な表情をしていた。

 最終決戦になるであろう、エルドラント。そこでティアとガイと戦うことになるかも知れない――かつての師と、仲間と、戦う覚悟を決めたルークたちに動揺を与えたくない。
それに、大爆発現象の対処方法などない。もしかしたらあるのかも知れないが、レプリカ研究から遠退いたジェイドではわからない。そもそも、大爆発現象の発生原因も解明されていないのだ。だからこそ、ルークの大爆発現象を食い止めることも出来ず、死に逝く彼を見ていることしか出来ない。レプリカの生態に詳しいシュウ医師を初めに、多数の研究者、医師に調べてもらったが、彼らは一様に匙を投げた。ジェイドは「あの洟垂れを捕まえておけば…」とレプリカ研究を投げた自分と違い、今もなおレプリカ研究に捕らわれているディストの実力を認めて、頼るような発言をひっそりとしていた。

 ミリアとしては、この秘密を抱えて独りで逝くつもりだったのに。誤算が生じてしまった。溜息を1つ吐いて、ミリアはベッドに仰向けで倒れこんだ。うっすらと塗装が剥げたクリーム色の天井が視界に映る。幸いと個室を借りることが出来たから、ミリアが口を開かず物音を立てずにいれば室内は静かだ。自分以外誰もいないから、気兼ねしなくて良い。静寂に身を浸していると、旅の疲れがドッと襲ってきた。眠気に誘われて目を瞑る。
 数分後、ベッドには泥のように眠るミリアがいた。





 コンコンと軽やかなノック音が、ミリアの目覚まし音の役目を肩代わりした。
 安眠が妨害されたミリアは眉間に皺を寄せて、ベッドで2度ほど寝返りを打つ。それでも鳴り止まないノック音に諦めて上体を起こした。瞼を持ち上げると、室内は暗闇が支配していた。
 いつの間に夜が来たのだろう、室内に配置された家具のぼんやりとした輪郭しかわからない。ミリアはベッドから下りると、1つしかないドアに向かっておぼつかない足取りで歩き出す。
 ドアノブを勘で探り当てて、強く引くとドアが開いた。廊下は譜業灯の白い明かりで照らされていて、暗闇にいたミリアは眩さに目を細める。誰が尋ねてきたのかミリアには一瞬わからなかった。

「うわ、真っ暗じゃないか。もしかして寝てたのか?」

 ミリアの返事を待たずに、ルークは勝手に部屋の中に足を踏み入れた。手で譜業灯のスイッチを探り当てて、明かりをつける。瞬時に室内はオレンジ色の光に満たされた。

「食事は取ったのか?」

 ルークはミリアの顔を見ると、「取って無さそうだな」と言った。どこを見て判断しているのかミリアは気付かなかったが、あきらかに寝起きの顔をしていれば当然である。

「ちょっと待ってろ」

 ルークは踵を返して部屋を出て行ってしまう。わけがわからずに目を瞬いたミリアは、ルークがいない今のうちに自分の髪の乱れを手櫛で直した。着替えもせずに寝てしまった所為で服に皺が寄っていたので、伸ばして一時的に直す。そうこうしているうちに、ルークは手に焼きおにぎりが3つとお新香が乗った皿を抱えて戻ってきた。

「宿屋のおっちゃんに頼んで用意してもらった。食べろ」

 ミリアに皿を手渡して、ルークは部屋の片隅にある、机の下にきっちり収まったイスを引き出すとその上に腰を落ち着かせてしまう。ミリアはルークにお礼を言うと、皿を持ったままベッドに座った。イスは1つしかないのだ。

 ミリアは皿に乗ったおにぎりを手に取り、口元に運んで食べ始める。もぐもぐと口を動かして食べるミリアを、ルークはぼんやりとした眼で眺めていた。ルークの視線を感じてミリアは非常に食べ難い。

「あの、ルーク」
「……ん?」
「そんなに見られると、食べ難いんだけど……」
「ああ、悪い」

 ルークはミリアから視線を逸らして、床をじっと見た。ミリアはサッサと食事を終えるべく、口を動かす。黙っていたルークが、不意に口を開いた。

「……なんかさ、懐かしいよな。お前にミリアって名付けてからそんなに経ってないのに、なんか、すげえそのときが懐かしく感じる」

 ルークはミリアの同意を求めず、まるで独白するように話し始めた。

「ベルケンドで、事件が起きて、ティアとガイと別れて。……明日もしかしたら、2人と戦うかも知れないのに、不思議と何とも思わないんだ。辛いとか、悲しいとか。ただ、明日ですべて終わるんだなって……ヴァン先生との戦いも、旅も、俺の命も」

 ルークは左手を差し出すように伸ばした。自分の左手を食い入るように見るルークは、

「今は何ともないけどさ。だんだん、俺の身体透けちまってる。……俺は本当に人間じゃないんだな。そんなことわかってたつもりだけど、死にそうになって実感してる。レプリカってさ、死ぬときは身体残らないだろ? そんな俺が残せるものってなんだろうって、最近よく考えるんだ。ルークって名前も元は俺のもんじゃないし、この身体もアッシュから生まれたもんだし、俺は俺のものだって言えるものが1つもない。……俺って何のために生きて、生まれたんだろう」

 ルークの黙って話を聞いていたミリアは、皿に焼きおにぎりがまだ1個残っていたが、食べることをやめて話し始めた。

「ルークは自分だけのものが欲しかったの?」
「レプリカだとわかる前は、何が自分のものとかそんなこと考えたこともなかった。でも、俺が今まで7年間過ごしてきた場所が、本当は俺じゃなくてアッシュのものだったと思ったら、俺のもんなんて何もなかったんだって思ったんだ」
「…アッシュのものだって言うけれど、ルークがルークとして7年間過ごした時間は本物だよ」
「それはわかってる。でも、アッシュが過ごすはずだった7年間を奪い取って過ごしたのも事実だ」
「ルークは自虐的に考えすぎだよ。ルークがアッシュの7年間を奪ったというのなら、ルークは自分の7年間の人生を、アッシュや、ルークをルークとして認めた人たちに奪われたんだ。ルークはアッシュの居場所を奪ったっていうけど、赤ん坊として生まれてきたルークが居場所を奪えるはずもない。ルークがルークとして生きるように強要したのはヴァンで、ナタリアで、ガイやファブレ公爵たちだった。ルークが悪いっていうのなら、ヴァンは当然として、みんな悪かったんだよ」

 ミリアはバッサリ切り捨てた。いっそ清清しく感じてしまうほどに。ぽかんと呆気に取られた顔をするルークに、ミリアは告げる。

「ルークだけのものが欲しいなら、私をあげるよ」
「はっ?」
「今から私はルークのものだ」
「いや、ちょっと待てよ? なんでそうなるんだ!?」
「だって、自分だけのものが欲しいんでしょう。私は少なくともアッシュに私をあげようと思わない。ルークだから私をあげるんだよ」
「だーかーら! なんでそんな、」
「長くない命だし、すこししかもたないだろうから。ルークと一緒に逝ってあげる」
「…ミリア?」
「私は、ルークと一緒に死ぬよ」

 刹那、ルークは声を失った。ハッと気を取り直すと、やっぱり、とかすれた声で呟く。

「お前も、ビッグバンを……」

 ミリアはいとも容易く同意してみせた。軽く相槌を打つミリアに、ルークは「いつから、」と尋ねた。

「ベルケンドで被験者に遭ってから。ルークよりもビッグバンの進行速度は遅いから、ルークよりは長生き出来るだろうけど、遠からず死ぬだろうね」

 ルークは超振動を酷使している。その所為で、大爆発現象の進行がミリアより早い。

「なんでそんな他人事みたいに……どうして今まで言わなかったんだよ!」
「言っても助からないことはわかってたから」
「だからって! おまえ、何も言わずに独りで死んじまう気だったのか!?」

 ミリアは穏やかな笑みを浮かべた。深刻な会話をしているのに、雰囲気にそぐわぬ笑みに、ルークは言葉に詰まる。何も言わずに、独りで死んでしまうつもりだったのだと、ミリアは表情で教えてみせた。今にも泣きそうな顔をしたルークは俯いた。荒れ狂う心情を抑えるために拳を作り、吐き出す。

「…独りで、死ぬ気だったんだな?」
「うん」

 ミリアは迷いない口調で応える。
 ルークがその瞬間に抱いた感情は、ミリアには想像出来ないだろう。

「じゃあ――俺と一緒に、死んでくれるか?」

 たった独りで逝かせるよりはマシなのか、それともルークよりは長生きするというミリアを拒絶してすこしでも彼女の生を伸ばすべきだったのか。
 ルークには判断がつかない。
 でもミリアは共に死んでくれというルークの言葉に、

「うん、一緒に死のう」

 軽い口調で、笑って言うから。
 ルークは溜息を吐いて、笑った。

「おまえ、バカだよ」

 ルークはミリアに向かって手を伸ばす。
 その手を、ミリアは拒まず、それどころか反対に握り返した。
 最期まで共にあるのだと教えるように。







 本当は死にたくない。
 けれど、その思いが叶わないことは、自分の透けていく身体を見て、誰よりも知っている。

 死ぬなって言ってくれた人がいる。
 世界のために死んでくれと言った人もいる。
 そうしてなお、しがみついてきた生だ。
 それも、もうじき終わる。

 死ぬことは怖い。
 怖いから、たった独りで死にたくなかった。
 その思いに、ミリアは寄り添ってくれようとしている。


「ありがとう」


 ミリアに生きてて欲しい。
 けれど、独りで死ぬのは怖いから、一緒に死んで欲しい。
 相反する感情が鬩ぎ合う中、ルークはそれでも共に死んでくれる人がいる事実をうれしく思った。

 その夜、ルークはミリアと身体をつなげた。
 明日、すべてが終わる。
 2人は死への恐怖から逃れるために、すこしの快楽を貪った。
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