終わりは存外呆気ないものだ。


「ルーク!」
「ミリア!」

 ルークはヴァンを倒して、ローレライの剣を大地に突き刺した。ローレライを解放するためにルークが放つ第二超振動は視覚できる波紋と化して、その場に広がっていく。ナタリアは「何故ミリアまでが」と小さな悲鳴をあげた。この顛末は予想できたことだった。ルークとの別れは覚悟していた。したくなくても、しなければいけないことだったから。しかしルークの傍に寄り添うミリアとの別れまでは、覚悟していなかった。慌てて連れ戻そうにも、ルークが全力で放った第二超振動の所為でこれ以上足を進められなかった。
 ジェイドはナタリアとアニスの肩に手を当て、タルタロスに戻ることを促す。このままエルドラントにいれば、ルークの第二超振動の餌食になってしまう。それは避けなければならなかった。
 ナタリアとアニスは下唇を噛んで、二人の名を呼んだ。ミリアは穏やかに微笑み、ルークは困ったように笑んでいた。それが、仲間たちの記憶に残る最期の二人の表情だった。







 超振動に巻き込まれて、消滅していくルークの身体とミリアの身体。崩壊していく建物、天井は罅割れて瓦礫が降り注ぐ。ルークとミリアの意識はすでに途絶えている。傍にはアッシュの遺体があった。ルークとミリアの体が音素へと帰り、再生する前に、複数の男たちが近付いた。先頭に立つ1人の男が指示を始めると、男の背後にいた者たちが従う。

「回収しろ」

 急げ、と男は短く伝えた。ルークの遺体に近付くと、男たちは特殊な加工がされているシートを被せて包む。ルークの身体を崩していた、音素乖離がぴたりと止まった。

「ローレライの宝珠と剣の複製をすぐさま開始しろ」
「閣下、アッシュとティアレプリカの遺体は?」
「アッシュの遺体は回収しておけ。ローレライとの完全同位体だ。遺体を解剖して、研究すれば何かの役には立つだろう。ティアレプリカは…回収して適当な場所にでも放置しておけ。ビッグバンはすでに始っている。レプリカティアがティアに変わるまで、そう時間はかからん」
「はっ!」

 男の言葉に、リグレット――レプリカリグレットは頷くと、すぐさま指示通りに動き始める。

「予定通りだ」

 誰が想像だにするだろう。
 ローレライの宝珠と剣をレプリカで複製してしまうなどと。





 ミリアにかけられた暗示は、ティアを守るための暗示だった。
 発動条件は簡単なものである。
 ミリアがティアに攻撃意思を見せたときに、強制的に意識がシャットダウンする。
 ただそれだけのことだった。
 それだけで、ティアはミリアから殺されずに済む。ヴァンはミリアが妹よりも強いことを知っていた。能力、頭脳面の出来の良さで言えば、ティアよりもミリアの方が優れている。そのことは分かりきった事実であった。だが、ヴァンの妹はティアなのだ。すこし出来が良いからといって、妹のまがい物を優先する気は無かった。そういう意味では、ヴァンは真実ティアの兄であった。

 ヴァンはレプリカ計画をやめるつもりはない。
 いずれ、人類すべてをレプリカにするつもりであった。
 そう、ティアも、自分も。

 そのために、ヴァンは故意に大爆発現象を引き起こせないかと、長年に渡りディストと共に研究を進めていたのだ。
 世界の敵になった後、ぬけぬけとベルケンドに姿を現したのは秘密裏に抱え込んでいた研究者員たちのレプリカの研究データを――否、大爆発現象に関するデーターを他所に移すためだった。
 レプリカの研究データはハッキリ言ってどうでもいい。だが、大爆発現象がどのような条件で発生するか研究させた研究員たちのデータを手放すことだけは避けたかった。手放してしまったら、ヴァンの本当の計画が暴かれる危険性があった。それだけは避けたかった。
 研究データや資料類はすべて回収したと思ったのだが、一部回収し損ねた資料があった。その資料を誰かに回収させに行く必要があったため、シンクに回収させに行くことにした。資料を回収するにも、国の命令によりベルケンドの警備は厳重になっている。どうやって警備を突破させるか考えていたら、各地に放ったスパイがルークたちがベルケンド入りするという情報を伝えて来た。レプリカティアであるミリアの暗示をいつ発生させるか悩んでいたこともあり、この機会を利用しない手はないとヴァンは思った。

 ミリアにかけた暗示はティアに攻撃意思を見せたとき強制的に意識がシャットダウンするというもの。
 だが、それは大爆発現象を故意に引き起こすための引き金であった。
 大爆発現象を利用して、被験者の消滅を図ると同時に、レプリカの身体を被験者に乗っ取らせる。 
 ティアレプリカとして生まれたミリアは、ティアと出会ったときに命が尽きる運命だった。
 世界の敵となったヴァンたちがルークによって倒されれば、追手もかからない。ルークたちとの決戦は、ヴァンとレプリカヴァンとの間に大爆発現象を起こすのに良いタイミングだった。

 複製されたローレライの剣と宝珠を前に、レプリカヴァンは微笑んだ。
 あとはローレライを召還すれば、第7音素を自在に操ることが出来る。そうすれば、レプリカを無制限に作ることが可能だ。
 ――ヴァンたちの計画はここからが始まりである。



「私は……」

 ミリアが目を覚ましたとき、視界に入ったものは見知らぬ木目の天井だった。

「あ、起きた!」
「じいちゃーん、ネェちゃん起きたよ!」

 小さな2人の子供がミリアの枕元で大声をあげる。目を丸くするミリアは慌てて上体を起こす。それほど広くない部屋に置かれた三台のベッド、そのベッドの一つにミリアは横たわっていた。子供たちの大声に誘われて、姿を現したのは、初老の白衣を纏う男性だった。男性はミリアが目覚めていることを知ると、起きたようだな、と告げた。ミリアは街の外で倒れていたらしい。物資を運ぶための荷馬車がミリアを拾い、街の医者である老人の元へ連れて来た。ミリアは礼を言った。

「私はミリアと言います」
「そうか。ミリアさん、あなたにいったい何があったのかね?」
「私にもわかりません。……ルークたちと、旅をしていたはずなんですが……ルークは?」
「……ルークと言うのは誰かわからんが、私の元に運ばれてきたのは貴方だけだったよ」
「そうですか……」
「それと……ミリアさん、貴方は妊娠しているようだ」
「え?」
「心当たりはあるかね?」
「………」

 ミリアは記憶を掘り返すまでもなく、心当たりを思い浮かべた。エルドラントに突入する前、たった一度限りのルークとの情交。あれがミリアの腹に命を作ったというのか。呆然とするミリアに医者はあるようだなと頷いた。

「産むか堕胎するか。決めるなら、早いうちの方が良い。どうする?」
「私、は――」

 レプリカの身でありながら、子供を授かった。子供を産めるかも知れないなんて、思いもしなかった。ミリアが戸惑ったのは一瞬で、すぐに彼女は言った。産みます、と。





 ルークの子を産むと決意したものの、ミリアは身を寄せる場所が無かった。子供を産むには整った環境が必要だ。衣食住が整った環境は当然のこととして、腹の子が大きくなるにつれて、ミリア一人ではどうにもならぬ問題も出てくるだろう。ミリアにはそういう意味で頼れる人は存在しなかった。子の父親であるルークに連絡を取ろうにも、ルークはエルドラントの地でヴァンを倒してローレライを解放して死亡している。ミリアはルークが音素へと還って行く姿を自らの眼で見ていた。
 そういう理由でミリアが故人であるルークを頼れるわけがなく、仲間であったジェイドたちを頼るにも気が引けて、これからどうするべきなのか頭を抱えて途方に暮れていた。そんなミリアに親身になってくれたのは、彼女が目覚めたときに診てくれた初老の医者だった。
 初老の医師は息子夫婦を早いうちに亡くしてしまい、孫2人と暮らしていた。ミリアともう一人増えたところで何ともない、好きなだけいればいい――そう言ってくれた医者の厚意に甘え、ミリアは医者の元でお世話になっていた。子供が産まれるまで、出来る限りのことはやろうと、家の家事を引き受け、医者の手伝いをして看護土のまねごとをしている。

 そうこうするうちに、ミリアは街に溶け込み、彼女の腹ははちきれんばかりの大きさに膨らみ。とうとう臨月を迎えた。
 出産予定日の5日早く、ミリアの腹は悲鳴をあげた。
 予想より早く産声をあげようと腹の中で暴れる赤子に、ミリアが気絶しそうになる。ベッドの上に横たわられたミリアの元に、世話になっている初老の医師と、出産の手伝いのために呼ばれた産婆が現れた。身体中から大粒の汗を噴出して、うなされるような声をあげるミリアを産婆は叱咤する。その声を薄れそうになる意識の中で留めて、ミリアは鼻の頭に皺を寄せて出産の痛みに耐えようとする。痛い、苦しい、股が引き裂かれそうだ――ベッドのシーツを力いっぱい握ることでこらえようとするが、痛みは予想を遥かに凌駕していたため、こらえきれなかった。
 ベッドシーツを掴んだ拳が、シーツを爪で食い破ってしまい、そのままミリアのやわらかな手の皮膚を爪が突き刺す。ミリアの手を伝い落ちた血液に気付いた初老の医師が、強い力で拳を作るミリアの手を無理やり開かせて、ベッドシーツの代わりに消毒した太い鉄の棒を握らせた。棒を渾身の力で握り締めたミリアは腹を破り、股の間から出ようとしている胎児の存在を認め、よりいっそうの激痛を覚える――。

 一瞬のブラックアウト。
 ――それは、ミリアの終わりを告げた。

 ミリアの記憶が走馬灯のように刹那のうちに流れる。それと同時に、ミリアの記憶ではない、他の女性の記憶が流れた。同時期、同時刻に、ミリアの記憶とは異なる行動をしている女性の記憶。ミリアの頭の中で、2人の記憶が交わらずに存在している。

(これは、なに?)

 小さな子供の手。目線が低かった子供の視界に、若かりし頃のヴァンが映る。ヴァンは子供を見るとやわらかく微笑み、子供を抱き上げた。子供の視界が高くなる。ヴァンは何かを言って、笑った。ぶつり。映像が途切れて、再び映像が流れる。今度はセレニアの花が咲いた、月の夜。木刀を持つルークが背に女性を庇って戦っていた。女性はその背に何かを言う。ルークは不機嫌そうな顔をして振り返り、何かを言った。ぶつり。映像が途切れて、再び映像が流れる。女性がたどり着いた場所で、パッセージリングは崩壊し、その場所にはヴァンとルークとイオンの姿があった。ぶつり。映像が途切れる。タルタロスで、俺は悪くないと言うルークの姿。ぶつり。映像が途切れる。ヴァンを説得するために女性はワイヨン鏡窟に行った。その場所で意識が消失して、次に目を覚ますときヴァンが何かを言っていた。ぶつり。ベルケンドに行った。女性の傍にはシンクがあった。あのときと同じように譜歌を使い、警備兵を眠らせて、ルークの元にたどり着いた。そして――ミリアの顔を見た。

 激昂した女性がミリアに向かって攻撃を仕掛ける。ミリアはそれに応戦した。
 はて。ミリアは自分なのに。
 なのに何故、ミリアに攻撃を仕掛けるのは、――【自分】なのだろう。

(――私は、だれ…?)

 ミリアだ。仲間に受け入れられて、ルークと情交を交わしたミリアだ。
 それなのに、どうして。

 ――女性は死の恐怖に怯えて、ベッドの上で布団をかぶっていた。女性を励まそうとするガイの声に、ヒステリックな感情で言い返していた。ガイがその場から去ったのか扉が閉まる音を覚えていた。それが、女性の――【自分】の最後の記憶だった。

「あ、」 

 ミリアじゃない。
 自分はミリアではない。

「あ、ああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 ティア・グランツ。
 それが、ミリアだと思い込んでいた彼女の本当の名前だった。

 白目を剥いて悲鳴をあげるミリアに――ティアに、医者と産婆が驚く。出産の痛みが錯乱状態を起こしたのかと慌てる医者たちを横に、ティアは泣き声をあげた。彼女の股の間から今まさに産まれようとしている赤子の感触を実感しながら、泣き声をあげた。

 ティアはルークを愛していた。ルークの子を産みたいと思った。その子供を今まさに産めている幸福よりも、ミリアの記憶に打ちのめされた。ティアの記憶の中にはルークと情交を交わした記憶がない。仲間と打ち解けた記憶がない。あるのは、ルークたちに否定されて、罪を犯して、大爆発現象に怯える記憶だけ。ルークと情交を交わし、仲間と打ち解けた記憶を持っていても、ミリアではないティアには、そのときの出来事を記憶として思い出せはしても感情はついてこない。それは彼女がミリアにはなれない証拠だった。
 ティアは理解した。この体は、記憶はミリアのもので。けれども、自分はミリアではなく、ティア・グランツであるのだと。

「あああああ……私は……なんで…っ、なんでっ、私は…っ……ミリアでいさせてぇ……!!」

 ティア・グランツの記憶などいらない。このままミリアでいたい。出産の激痛により、自分がティア・グランツであることを思い出してしまった彼女は嘆きながら、子を産む。愛する人と、自分以外の女との間に出来た子供を。



END.

2013/02/01
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