ND2025――。
ルーク・フォン・ファブレことアッシュの帰還より5年経った。将来的にキムラスカ国王の座につくことを約束された彼は、今までのブランクを取り戻すかのように勉学に励む日々を送っている。そんな彼の元にとある情報が舞い込んできたのは、冬の寒さが忍び寄る秋の日のことだった。
「――キムラスカ王族の子供?」
「ええ。心当たりありませんか」
マルクトよりアッシュを尋ねて来訪したジェイド・カーティスは早々に用件を打ち明けた。
アッシュもファブレ公爵夫妻も顔を見合わせて一同首を捻る。
「ナム孤島で見かけまして。アッシュはナム孤島をご存知ですね?」
「……ああ」
ナム孤島というのは、ラーデシア大陸に位置する、地図に載らない隠された島だ。
漆黒の翼であるノワールたちが島内に街を作り、そこにフェレス島など擬似超振動で消滅した島の住民が住みついている。
島の不法占拠もよろしくないが、そもそもラーデシア大陸はキムラスカ王国領土だ。そこにマルクト領であったフェレス島の住民が住みついているという点もおかしい。
それ以前に、漆黒の翼が義賊と言われていることもおかしい話だ。漆黒の翼は逃走中に交易に必要なローテルロー橋を爆破している。そのため一時的に物価は値上がり、大損害を蒙った商人もいるため、国際指名手配されたが、彼らが反省した様子はなかった。それに施政者から奪い取った金を平民に分け与えて義賊といわれているが、ルークの記憶の中でタタル渓谷を下ったときに遭遇したマルクトの易者は、漆黒の翼を恐れているような言葉を発していた。漆黒の翼が本当に義賊であるならば、易者が恐れる必要はあるまい。漆黒の翼が義賊という者は、ナム孤島の住民や、彼らの恩恵に授かった者だろう。それ以外の者にとっては、漆黒の翼とは凶悪な盗賊なのだ。
漆黒の翼は施政者から奪取した金をナム孤島の整備に当てているようだが、住民も少なく街もそれほど大きくないためそれほど整備に金を必要とするわけではあるまい。では残りの金は貯金しているのかと思えば、ナム孤島にある譜業品の数々を見ればわかるだろう。彼らは貯金することなく、街の整備で必要としなかった金で譜業品を買い漁っているのだ。勝手に島を不法占拠しているため、税金も発生しないし、施政者から奪い取った金で好き勝手にしているのだから、良い気なものだ。
「ナム孤島も何とかしなければな……」
アッシュは漆黒の翼と一時的に手を組み、最初こそは彼らに感心していた。フェレス島など行き場のない者たちを保護しているように見えたからだ。だが、ホド消滅の真実が和平締結の場で明らかになり、預言脱却した今も、島を不法占拠して、施政者から奪い取った金でその暮らしを続けている漆黒の翼や、ナム孤島の住民には嫌悪感を覚えてしまう。
預言脱却した今、預言のせいで滅んだとされるフェレス島の住民が隠れて暮らす必要も理由もなくなったのだ。マルクトに帰国して、皇帝陛下に陳情すれば、あの皇帝のことだ。自国民に対して、当面の生活を保障してくれるだろう。だが、彼らはそれをしない。何故なのか、理由は明白である。施政者から奪い取った金で暮らしているため、ナム孤島の住民は働く必要がないからだ。税金もない。楽な暮らしに慣れきった彼らは、今の生活を崩すような真似を自らしようと思わないのだ。
アッシュはナム孤島の住民の境遇を憐れみ、今の今まで目を瞑っていた。そのため彼らが自主的にマルクト帝国に戻ることを待っていた。そうすれば便宜を図れたから。だが、楽な生活に慣れきった彼らは今の生活を変えることを考えていない。いい加減、ナム孤島に手を入れるべきなのだろう。ジェイドもアッシュと同じ思いらしく、相槌を返した。
「いい加減限界ですよねえ。彼らの生活に目を瞑るにも」
「ああ、そうだな」
「ノワールたちにその忠告をしに行ったんですが、追い返されましたよ。もう目を瞑るのも限界だと思ったので、陛下に話をしました。陛下の怒りも買って私としては散々でしたよ」
ということは、マルクトからキムラスカにナム孤島の話が届いたのだろう。ナム孤島の住民は、マルクトの消滅した領土の住民が占めている。その住民をどうするべきか、近々協議が開かれるに違いない。ナム孤島の存在を秘匿していたのはジェイドだけではない。アッシュもそうだ。
「……フォロー入れといてやる」
「そうしてくださると助かります。……ノワールたちに話をしたあと、ナム孤島でキムラスカ王族の象徴を持った子供を見かけまして。年齢は5,6歳ほど。そちらに心当たりはありませんか」
外の女に手をつけたのではないかとジェイドは尋ねる。子供を作った疑いをかけられたのは、アッシュと公爵だ。シュザンヌは「公爵様……?」と氷のような眼で公爵を見た。公爵は心外そうに首を振り、誤解だと態度で告げる。アッシュは顎に手を当て考え込んでいた。
「もしかしたら……いや、だが……」
「身に覚えが?」
「俺ではなく、ルークに、だが」
ジェイドと公爵夫妻がハッと息を飲んだ。
ジェイドは血相を変えて、「まさか、でも」と同様に否定を繰り返す。シュザンヌは困惑して、アッシュとジェイドの顔を交互に見た。
「いったいどういうことです? ルークの子供が……?」
「……5,6歳のルークの子供がいるとしたら、ミリアが産んだとしか考えられません。ですが、ミリアはルークと共に死んだはず……」
「たしかにあいつはミリアを抱いている。それ以外、あいつが性行為をした記憶はない。ミリアがあいつの子を産んだというのなら、年齢はちょうど5歳くらいだろう」
「一致しますね。……ビックバンがミリアにも起こり得たと?」
「俺にも父上にもその覚えがない。叔父上に覚えがないのなら、ルークの子以外考えられないだろう。先祖帰りの可能性も否定できないが……その子供の顔はどうだったんだ?」
「……ルークを幼くしたようでしたよ」
「ルークの子供である可能性が高いな……」
ジェイドとアッシュはルークの子供に思いを馳せると同時に、子供を産んだミリアを――いや、彼女と大爆発現象することによって生き延びたであろう被験者のティアを思う。ティアはルークに好意を抱いていた。その彼女がミリアの体を乗っ取り、ルークの子供を産んだ。その事実はどういう感情をティアに齎したのか――想像するだけで背筋が凍りつくような嫌な予感を覚えた。
「ルークの子供がいるのですか? 本当に?」
もう一人の息子が残した、忘れ形見というべき存在がいるかも知れない。その可能性はシュザンヌを喜ばせた。
「可能性ですが……」
「もしルークの子供であるのなら、是非引取りたいわ。その子の母親はどうしているのかしら。生きているのなら、母親ごとその子を引き取りたいわ」
「……子供はともかく、ティアを引き取るのはどうかと」
「ルークが愛した女性でしょう? そうであるのなら、私の義娘よ」
「いえ、そうとも言い難く」
「どういうこと?」
「ルークの子供を産んだと思われる娘は、ティアのレプリカなんですよ。ミリアというんですが、その娘はルークと共にエルドラントで私達の目の前で死亡しています。今、ルークの子供を産んだと思われる娘は、ビックバンを起こした、被験者のティアである可能性が大きい」
「ティアさん……お兄さんと決別したという娘ですわね」
「ティアはルークに好意を抱いていましたが、ルークはティアに苦手意識を持っていました。ティアはミリアに悪意を抱き、関係は良好とは言い難かった。ルークの子供がいることを前提に考えると、ミリアとルークの間にできた子供をティアがどう扱っているのか不安があります。子供はともかくとして、ティアを引き取るというのは……」
「でも、子供の母親なんですから……」
「ミリアとティアは別人として切り離して考えるべきです」
ジェイドはミリアとティアを一緒くたにするのはどうかという。アッシュもジェイドもティアに対して良い印象を抱いていないのは明白で、シュザンヌはどうしてそこまで毛嫌いするのか不思議で仕方なかった。
「母上、俺もミリアとティアは切り離して考えるべきだと思います。本当にルークの子がいたとしても、それはミリアとルークの子であって、ティアの子ではありません」
シュザンヌは何も言えずに口を閉じる。ティアを無闇に庇うほどシュザンヌは彼女の人となりに詳しくなかった。
「あいつの子供なら引き取ろうと思うのですが……」
「ええ、それはもちろん。ルークの子供ならば、わたくしたちの孫だわ。そうですよね、公爵様」
「ああ」
公爵夫妻は頷く。ファブレに引き取るのは難しくなさそうだ。アッシュはスケジュール表を思い出して暇な日を選び抜く。しばらくの間公務が入っているが、都合の良いことに今日ならば何とか時間を空けることができそうだった。
「早速ナム孤島に向かって、確かめます」
「私も同行して構いませんか?」
「ああ」
アッシュはジェイドと共に船に乗り込みナム孤島に向かった。数名の護衛を伴いナム孤島にたどり着くと、物々しい様子に気付いたノワールたちが血相を変えて現れた。彼らは一様に顔色を悪くさせて、警戒心に満ちた眼差しを向けてきた。
「ちょっと、いったい何の用だい? そんなにぞろぞろキムラスカ兵を連れて……」
アッシュやジェイド一人だけならばともかく、二人がキムラスカ兵を連れて来たことでノワールたちは警戒心を抱いていた。先日のジェイドの忠告が彼らの警戒心を育てたのか、表情が強張っている。彼らの顔をゆっくりと順に見回して、ジェイドは顔に笑みを貼りつけて口を開いた。
「先日こちらにお邪魔したとき、ルークにそっくりな子供を見かけまして。その子供に逢わせて頂けませんか」
「……なんのことだい? あのお坊ちゃんにそっくりな子供なんて知らないね」
「隠し立てするようならそれでも構いませんよ。ナム孤島に国が介入する理由が増えるだけの話ですから」
「……脅迫かい?」
「おや、脅迫されるような覚えが?」
「……っあんた本当に嫌な奴だね……」
ノワールは苦虫を踏み潰した表情で呟く。大仰な溜息を吐くと、背後で顔を強張らせていたウルシーに子供と母親――ティアを呼んでくるように言った。頷いたウルシーはどこかに向かって走っていく。アッシュは背後にいる兵に目配せして、ウルシーの後を追わせた。ナム孤島がにわかに騒がしくなる。住民は不安そうに顔を見合わせていた。
「……言っておくけど、あたしは別にティアとティルを隠していたつもりはないよ。ただ……あの子が不憫でね」
ティルというのはルークの子供の名前だろうか――疑問はあったが追及することじゃなく、今は話を聞いた。
「不憫?」
「そうさ。ルークの子供を身篭ったのに、旦那は帰ってこない、キムラスカに知られれば子供を奪われる。それじゃ、あんまりにも可哀想じゃないか」
「……あなたはティアとルークが恋愛関係にあったと?」
「? そうだろう?」
どうやらノワールは誤解しているようだった。ミリアとティアの容姿は似通っていたから、誤解をするのは仕方のないことなのかも知れない。だが、ジェイドは誤解のままでいさせるつもりはなかった。事情を説明して理解を得る。ノワールは事の真相を知ると呆然としていた。話が終わる頃、ようやくウルシーとティア、それにルークによく似た子供が現れた。
3人の周囲を白光騎士団の兵士たちが取り囲んでいる。まるで罪人を連行するかのように。ティアは険しい表情で子供のやわらかな手を強く握り締めていた。子供を奪われまいとするその形相は鬼のようだ。すこし大人びたティアは一般的に見て美人な女性になっていたが、性格が顔に滲み出てしまったのか眉と目尻が鋭く尖っていた。見る者にきつい印象を与える。子供のほうは、断髪後のルークを彷彿とさせるような表情をしていた。唇を固く結び、ティアをしきりに気にしている。その姿はまるで虐待を受けた子供のようだ。
子供は状況を把握しようとして大きな翡翠色の眼を走らせる――アッシュの眼と合った。
「……お父さん?」
アッシュの姿を見て子供は呟いた。自分と父親がよく似ていると、ティアから話は聞いていたのだろう。ティアが子供を産んだ母親というのならば、アッシュもまた父親である。アッシュはルークの体を乗っ取る形で生還したのだから。ティアはアッシュの姿を見てハッと息を飲んだ。
「ルーク……?」
ティアはアッシュとルークを見間違えて、その場に立ち尽くした。呆然とするあまり手から力が抜ける。自然と、ティアと子供の手が離れた。瞬間、ティアは子供の存在を忘れて、涙ぐんだ眼をしてアッシュに駆け寄った。
「ルーク!」
どん、と抱きついてきたやわらかな女の体に、アッシュは声を飲む。ティアはあの頃とすこし大人びただけで、外見の変化はなかった。ルークの記憶に残っている、あの旅で見たティアの姿と、今のティアの姿が重なる。栗色の前髪を垂れ流して、アイスブルーの片目を隠した、ロングスカートの姿。ミリアの体であるのに、今ここにいるのは紛れもなくティア・グランツだと、――ティア・グランツでしかないのだと知った。
――当然だ。ルークの体を得たアッシュがアッシュであるように、ミリアの体を得てもティアはティアでしかない。アッシュは苦い笑みを口元に浮かべ、ティアの体を突き飛ばした。ミリアの名残がティアにすこしでもあれば、そんなこと決して出来なかった。ルークの記憶を大事に抱えるアッシュにとって、ルークが最後に抱いたミリアは”ルーク”の記憶に残された優しく切ない思い出の最たるものだ。その思い出を汚すようなティア・グランツの存在は許せるものではなかった。
突き飛ばされたティアはよろけて驚愕の面持ちでアッシュを見ている。わななく唇で吐き出された言葉は、彼女の精神の歪みを感じさせた。
「……どうして……? だって、もう、……ミリアはいないのよ? ミリアはわたしの代わりだったんでしょう? ミリアはいないのに、どうして……ティルがいるから?」
ティアはアッシュを見つめたまま、独り言を呟く。疑問を口にしては、都合の良い答えを弾き出して一人納得する。ティアは他人の意見を求めることなく、自分の中で世界が完結していた。
「そう、よね。ミリアとルークの子供だもの……いいえ、ミリアがわたしから寝取ったルークとの間に産んだ子供だもの。ルークが望んで作ったわけじゃないわ」
「……お母さん?」
子供は自らを望んでいないかのようなティアの言葉に呆然として、ティアを呼んだ。ティアの眼がぎょろりと子供に向く。ヒッと子供は引き攣った声をあげた。
「お母さんなんて呼ばないで! あなたの母親はわたしじゃないわ!」
「……っ」
子供の翡翠色の双眸に涙の幕が張る。母親に存在を否定された子供の姿に、痛ましそうに顔を歪めたのは一人、二人ではなかった。ジェイドは冷え切った双眸をティアに向けて、子供を抱き上げた。大人の腕に抱かれ、泣くのを必死に我慢していた子供の涙腺は容易く決壊した。
「〜〜〜っ!!」
うーっと呻くような泣き声をあげる子供はまだ泣くのを堪えようと下唇を強く噛んでいる。泣くたびに厳しく叱られていたのか、あるいは情けないと詰られていたのか。子供がどういう環境で育ってきたのかわかるような泣き方にジェイドは眉を顰めた。アッシュは子供を気遣わしげに見たあと、鋭い眼光をティアに向けた。
「その子供はファブレが引き取る。おまえにルークの子供を育てる権利はない」
「……え?」
アッシュの言葉を聞いて、ティアは彼がルークではないことに気付いた。アッシュは侮蔑の一瞥を投げかけて、ジェイドに抱き上げられた子供に近付く。子供はアッシュを見て、お父さん、と再び呟いた。
「すまない。俺は、おまえの父親じゃないんだ。――だが、これから、俺はおまえの父親になろうと思う。それを、受け入れてくれるか?」
子供はただ泣きながらアッシュを見ていた。子供から了承の返事を得ることはできなかったが、アッシュもジェイドもこれ以上ティアに子供を預けたままでいるという選択肢はない。何としてでもルークの子供をファブレで引き取る。アッシュやジェイドたちから向けられた双眸の冷たさに、ティアは身を強張らせて佇む。
アッシュもジェイドもそれきりティアを見ることなく、腕に抱えた子供を気遣いながら、船に戻るべく歩き始めた。二人の背を追うように白光騎士団の兵士たちが付いていく。遠ざかって行く彼らの背中に、自分の子供が連れて行かれることをようやく理解したティアの顔色から血の気が引く。とっさに追いかけようと駆け出して、自らの足に縺れて地面に転んだ。
「あ……ああっ……待って、わたし……」
船に乗り込む、アッシュとジェイド。腕に抱えられたまま、呆然としている自分の子供の姿。
「そんな、うそでしょう? ティル、待って、戻ってきて、お願い、……お母さんはここにいるのよ。行かないで」
ティアの引き攣った声は子供に届くことなく、船は穏やかな海面を舐めるように進み始めた。遠退く子供とアッシュたちの姿を視界に入れたティアの双眸が涙で揺らぐ。哀しみが押し寄せた。ルークの子供が奪われてしまった。ティアが腹を痛めて産んだ我が子は奪われてしまったのだ。――もう、ティアの腕に子供が戻ることはない。
「ああぁぁ――!!」
ティアの喉から迸る絶望の悲鳴は島全体に行き届いた。
だが、真実届いてほしい、海面を突き進む船に乗る子供には届かない。
母が子を思う声は届くことなく、波打つ音にまぎれて消えた。
END.
ニセモノが〜連載当時「子供が可哀想」という意見を貰ったときに書いたやつ。
UPし損ねていたので今さらUPしました。
ちなみに子供の名前ですが、ティアが自分とルークの子供と思い込みたくて、それぞれの名前をもじって付けました。ファブレに引き取られたら改名されるんじゃないかな。
2013/09/12
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