「お、お父様っ!? どういうことですの!?」

 会議室の前にいた兵士たちを押しのけ、無作法にも会議中の会議室に駆け込んできた娘に、インゴベルトは溜息を隠しきれなかった。
かねてより家臣に娘の無作法をやんわりと指摘されていたが、エルドラントでヴァンを討ち果たした甥二人──本当の甥は一人で、うち一人はレプリカだったのだが、今や本当の甥と変わりない──のうち一人である、レプリカの甥が姪…つまり女として帰ってきてから状況が一変した。

 ナタリアの無作法が以前にも増して指摘されるようになったのだ。

ナタリアは本物の王女ではない。キムラスカ王家である赤い髪と翠の瞳の象徴を持ち合わせてないナタリアを、王女と疑う者は多かった。
 それでもナタリアが一生懸命福祉活動に精を出していたので、反発は少なかった。
 しかし…親善大使についてゆくことを王が禁じたにも関わらず背き、王命を破った。
アグゼリュス崩落後など、本来なら自らの安否を知らせるためにすぐさま国に帰還しないといけない身でありながら、あろうことか敵国をうろついて、国民にその姿を見られている有様。
 ナタリア王女の信頼は失墜し、娘可愛さで、ナタリアをヴァン討伐に一躍買った英雄としてなんとか失脚しないように取り計らっていた。

が。

 レプリカルークが女になって戻ってきた影響もあり、ナタリアを失脚させるべきだと声が上がってきたのだ。

 レプリカルークは世界を救った英雄。それに加えてキムラスカ王族の象徴を合わせ持つ。度重なるキムラスカ王族の信頼が失墜してる今、アッシュとルークを結婚させようという貴族たちは七割にも昇る。
 インゴベルトとしてはナタリアとアッシュを結婚させたい。
 しかしルークも惜しい。
 他貴族にルークを嫁がせようと企みはしたが、マルクト皇帝からルークを妻にという申し出がある以上、申し出を拒否するには同等の地位を持つ者───即ち、次期キムラスカ国王に目されているアッシュでないと失礼に当たる。
 家臣たちに押されるように、インゴベルトが下した決断は───アッシュとルークを結婚させることだった。
 貴族たちが自国の王女を異様な目で見ていることに気付かず、ナタリアは感情のままわめき立てた。

「ルークとアッシュを結婚させるなど! わ、わたくしとアッシュの婚約は…!?」
「ナタリア、落ち着きなさい」

 貴族たちの目を気にしながらインゴベルトが宥める。ナタリアは父の気持など露知らず、血走った目で口走った。

「落ち着いてなどいられませんわ! わたくしとアッシュは愛し合ってるのです!! それを…わたくしとの婚約を破談にし、あろうことかルークと結婚などと…っ!!」
「ナ、ナタリア、落ち着きなさい」

 頭を振りかぶる娘を宥めようとインゴベルトが言葉を尽くすが、ナタリアは聞く耳を持たない。それどころか、狂ってしまったかのようにぶつくさと呟きはじめた。

「そうですわ。ルークとガイを結婚させれば良いではありませんか。復讐をしようとしていたガルディオス伯爵が、仇のルークに惚れたということにすれば…」
「ナ、ナタリア、落ち着きなさい!!」
「これが落ち着いてなどいられませんわ!! お父様も何を考えていますの!? ルークは人間ですら無いのですのよ!! そのような者をアッシュと結婚させるなどと…正気とは思えませんわ!!」

 シンと会議室が静まり返った。元々静かだった室内に、痛いほどの沈黙が突き刺さった。貴族の誰かが、ぽつりとこぼした。

「…ナタリア殿下がご乱心なされた」
「英雄のルーク様を人間ですらないと…」
「陛下に向かって正気とは思えないと…」

 ざわざわと会議室がざわめく。ようやく自分が、貴族たちの目の前で失言をしてしまったことに気づいたナタリアがハッと顔色を変える。ナタリアを見ながら、貴族たちは眉を寄せて噂をして───…。

 ナタリアの唇がわなわなと慄きだした。

「な、なんですの…。わたくしは悪くないですわ…。ア、アッシュとルークを結婚させるなんて馬鹿なことをお父様が仰るから…」

 ナタリアに向けられる目が、どんどん冷たくなってゆく。

「っ…!!」

 今までちやほやされていただけに、貴族たちが向ける視線の冷たさに耐えられなくなったナタリアは────ついに、逃げ出した。退室の挨拶もせず逃げ出したナタリアに何人かの貴族たちが失望の溜息を落とす。
 ちゃんとした教育が行われていたにもかかわらず、なぜあのような高慢で身勝手な姫になってしまったのか…それは娘を溺愛しすぎたインゴベルトにも責任がある。
 王だからこそあからさまな非難は受けないものの、インゴベルトも娘がわがままに育ってしまったことを理解しているのだろう。インゴベルトは苦々しい表情であった。

「…陛下、畏れがら言わせてもらいますぞ。王女は政務に携わるには経験不足かと…」
「う、いや…しかし」
「畏れがら…公務を任せるにはナタリア王女では荷が勝ちすぎてるかと…」
「だ、だが…」

 次々にあがる貴族たちの声は、暗にナタリア王女の失脚を促していた。それでもインゴベルトは娘に落胆し貴族たちの忠告を重く受け止めるのではなく、なんとか娘の名誉を守ろうと弁護を尽くすのだった。


  *


 ─────ルークのせいですわ…!!

 あれもこれも、すべてルークのせいだ。偽物で人間ですらないのに、アッシュの居場所を七年間奪って、自分たちを騙していたあの痴れ者!
 アグゼリュスを崩壊させたが、ヴァンを討伐したことで罪を償ったから、広い心でキムラスカ王族と認めてやってもいいと思っていた矢先にこれだ。

 自分からアッシュを奪うなんて…っ!!

 アッシュが自分との婚約を破棄してルークと結婚するわけがない。
 どうせ、ルークが父たちを誑かしたのだ。
 あのレプリカが父たちを誑かしたせいで、貴族たちの前で自分も失態を見せてしまった。

 許せない、絶対に許せない…!!!
 なんとかして、あのレプリカをアッシュたちから引き離さなければ…!!

 カツカツと…ナタリアの怒りをそのまま表したようにヒールが荒い音を鳴らした。すれ違ったメイドたちは王女の顔を見て、一様にギョッと目を見開いて固まった。
 秀麗で愛らしい面持ちが、まるで悪鬼羅刹のように変貌を遂げてる。
 王の命令でナタリアの護衛をしている兵士でさえ、あまりの恐ろしさに声をかけられない。
 一人の護衛騎士が勇気を振り絞ってナタリアにどこに行くのか尋ね、帰ってきた答えは「ファブレ公爵邸ですわ!!」と憤りも顕わにした返事だった。




「ルーク様、アッシュ様! ナ、ナタリア姫がご来訪しました…っ!」
「へ」
「あぁ?」

 青空の下、中庭で仲睦まじく──とは言い難いが、アッシュがルークに対し優しくなったため、ルークも警戒しながらだが…二人でほのぼのと世間話をしながらお茶をしていたところに、慌ただしく現れたメイドが先ほどの言葉を投げかけた。
 ルークはナタリアに会うのも久々だな、と呑気に思い、ナタリアが訪問してくる理由に思い当ったアッシュは眉間に深い皺を浮かべた。

「チッ……案の定きやがったか。ナタリアはどこにいる?」
「執事長がなんとか止めています。しかし、すぐにこちらに来てしまうかと…。どうしますか?」
「あと五分もたせろ」
「かしこまりました!」

 アッシュの命令を受けてメイドが一礼し去ってゆくが、アッシュはそれを見届けることもなくルークに向き合った。メイドとアッシュの不穏なやり取りに何かあったのか、ルークは不安げな顔していた。

「ナタリアが来るだけだろ…? なんでそんな怖い顔してんだよ…」
「あとで理由は教える。今は部屋に戻ってろ」
「けど…」
「頼む」
「!」

 アッシュがオレに頼むつったぁぁぁぁぁぁぁぁああっっっ!!??

 驚愕のあまりルークはこくこくと頷いた。善は急げ、とアッシュに背を押されるまま自室へと向かう。扉に手をかけた瞬間、メイドたちが慌てる声と怒り狂ったナタリアの声が聞こえた。

「いけません、ナタリア殿下!!」
「お退きなさい!! 王女のわたくしに逆らうなど許されませんわ!!」

 たくさんのメイドを引き連れたナタリアが、二人の目の前に姿を現す。ナタリアが、アッシュとルークの姿を目にして、怒りのあまり赤く染まった顔でルークをねめつけた。

――……許せない。

 ルークの背中を押して、ルークの部屋に行こうとするアッシュ。
 自分の大切な婚約者に……アッシュに寄り添ったルーク。ナタリアの目の前が赤く染まった。

「ナ、ナタリア…?」

 以前は婚約者と同じだったルークの声。今は女であることを知らしめるように、鈴を転がすような可愛らしい声で。それがまたナタリアの怒りを助長させた。グッと拳をつくったナタリアは、ルークへと近づく。そうして、そのまま殴りかかろうと手を振りかぶった。

 ──ガツンッ!!

 殴ってしまったのは、婚約者を奪おうとしている憎きレプリカルークではなく。
 ――レプリカルークを庇ったアッシュだった。

「っ…チッ」

 弓術をやるだけあってナタリアの力は強い。殴られたとき咄嗟に歯を食いしばらなければ、きっと歯の一本くらい抜け落ちていたに違いない。頬に走った痛みに顔を顰め、アッシュはナタリアを睨みつけた。
 婚約者を殴ってしまったことに呆然としていたナタリアがビクッと体を震わす。

「アッシュ! 大丈夫か!? 頬っぺた真っ赤じゃねーか! す、すぐに冷やさねーと!!」
「落ち着け、俺は無事だ。…お前こそ、怪我はなかったか?」
「オレはアッシュが庇ってくれたから無事だけど…」

 ────どうして。

 ルークを庇う?
 そのレプリカはアッシュの居場所を奪って…今度は自分との結婚を阻もうとしてるのに!

 ────何故!

「…してですの」
「…ナタリア?」
「どうしてそのようなレプリカを庇うんですの!? それは貴方の居場所を奪い、今またわたくしたちの邪魔をしようとしているんですわよ!!レプリカルーク! 貴方も卑劣ですわ! お父様たちを誑かし、わたくしからアッシュを奪おうなどと…っ!!」
「ち、ちがう! オレはアッシュとナタリアを引き離そうとなんか…叔父上だって誑かしてない!!!!」
「うそ仰い!! そうでもなきゃ、わたくしを差し置いてアッシュが貴方を選ぶわけがございませんわ!!」
「っいい加減にしろ、ナタリア!!」

 ナタリアの言いがかりに耐えきれなくなったアッシュが怒号をあげた。ナタリアがどうして、と傷ついた顔をする。アッシュは彼女に失望を隠しきれなかった。

 ──エルドラントでヴァンを打ち倒すことなく死んだアッシュは、ルークと一つに溶け合った。

 アッシュの記憶をルークが、ルークの記憶をアッシュが……それぞれ自分のものとして記憶を共有して、ルークはアッシュが神託の盾で味わった苦痛を自分が居場所を奪い取ったせいだと謝り────アッシュはルークが味わった経験に吐き気すら感じた。
 七年間一歩も外を歩くことを禁じられ、育て親のガイは冷たい目を向けて、たまに訪問してくるナタリアは口を開けば約束を思い出したかと口にするだけ。
 記憶を失った息子に対し、父はわれ関せず、たまに元気な姿をみせる病床の母は記憶を失った息子を可哀想だと口にして、周りにいるメイドたちも過去のルークと比較しては嘆くばかり。
 家庭教師は、勉強ができたアッシュと、レプリカルークを比較しては「こんなことも忘れてしまったのか」と叱咤した。
 こんな劣悪な環境で育ったルークは、けれども驚くほど純真で……。
 事故とは言え、外に出れたとき喜びとわずかな不安に充ち溢れていた。

『すげぇ! 空ってこんなに広かったんだな』
『魔物なんて初めて見た。どうしよう…殺しちまった。こいつにもオレと同じで家族がいんのに…』
『調理してないリンゴって丸いのか。生で食ってもあんがいイケるもんなんだな』
『うへぇ、靴が泥だけになったぜ。けもの道って歩くの大変だ。すげぇな、ティアは。余裕で歩いて…弱音なんて吐いてらんねーな』
『どうして殺すんだよ! ライガクイーンはただ卵を…自分の子供を守ろうとしただけだってのに…!』
『いやだ。こわい。戦いたくなんかない。でもティアたちが戦えって…! 足手まといはいやだ! 守ってもらってガイやティアやジェイドが死ぬのもいやだ…。オレが戦うしかないのか…!?』

 戦うことを恐れるのは人として当然なのに、そんなルークに自分はなんて言った。

『戦うことが怖いなら、剣なんて捨てちまいな!!!!』

 預言で死を詠まれて、我が身可愛さで逃げ出した。けれど、逃げ出した自分は悪くないんだと、自分の居場所を奪い取ったレプリカがいるせいで邸に帰れないんだと、言い訳を重ねていた。
 ルークの記憶を、経験を味わったアッシュは、否応なく、ずるい自分に気付かされた─────。

 押し殺した溜息の分だけ、ナタリアへの怒りが詰まってる気がした。

 ──七年間婚約者が入れ替わってたことに気付かず身勝手な考えを押し付けておきながら、アッシュが現れた途端にルークを偽物呼ばわりしたナタリア。自らが偽姫でありながら、偽物呼ばわりすると傷つくのに、他者に対して偽物と言う高慢な姿……。

 ナタリアは気付かないのだろう。
 ナタリアよりルークを選んだ、その理由が自分にあることに。

 考えもしないのだろう。
 自分が悪いことなど。

 アッシュは温度を伴わない冷徹な瞳でナタリアを見据えた。

「…お前との婚約を破棄したのは俺の意思だ。ルークに言いがかりをつけるのはやめろ」
「ど…どうしてですの? わたくしが何かアッシュの気に障ることでもしました? 婚約を破棄するなどと…そんなこと仰らないでくださいまし…お願いですわ、ルーク」
「俺はもうルークではないと言ったはずだ。お前とは一緒に国を背負っていけない、そう判断したから婚約を破棄しただけだ。…もう城へ戻れ。俺はもう二度とお前の顔を見たくない」
「ル、−ク!」

 伸ばした手は、アッシュによって叩き落とされ…ナタリアは愕然とその場に崩れ落ちたのだった。
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