インゴベルト×女体化ルーク



キムラスカ王妃が没して十一年。
ゆっくりと、しかし確実に。
キムラスカ=ランバルディア王国に、変革の時が訪れようとしていた。






ファブレ公爵子息、ルーク・フォン・ファブレの誘拐――。
その報告は国の中心に激震を走らせた。
王族の血統を受け継ぐファブレ公爵家の子息ともなれば、現王家に男児がいない今、次期国王の座を約束されたも同然の子供だった。次期国王の誘拐に、当時のキムラスカ軍は血眼になって行方を捜索したが、その甲斐も空しく、公爵子息の行方は掴めなかった。
しかし、ローレライ教団を若くして総将にまで上り詰めた男ヴァン・グランツのおかげで、公爵子息は救助された。
ヴァン・グランツの証言を信用するならば、敵国マルクトの者が公爵子息を誘拐し、監禁していたと言う。誘拐していた者たちを殺害し、何とか公爵子息を助けることに成功したと言い張った彼は、その証拠として己が殺害した者たちを見せた。その者たちは一見普通の傭兵を装っていたが、マルクトの国旗の刺繍がされたハンカチを皆一様に持っていた。
この事からヴァン・グランツは公爵子息を救助した恩人となり、彼はキムラスカに重用される人物となった。
マルクトには含むところがあるものの、その当時は敵国である彼国と対話をするという考えは思いつかず、公爵子息が無事に救助されたということもあり、結局有耶無耶で終わった、はずだった。
――救助されたルーク・フォン・ファブレが、記憶喪失で、よもや女になって帰って来なければ。




***



鉄面皮と称されるほど、あまり表情を面に出さない公爵がめずらしく、困惑した面持ちをしていた。長い間 公爵と幼馴染をやってきたインゴベルトではあるが、こんな顔見たことがなくて、不思議がった。
忠義に篤く、有能で可愛げのない年下の公爵が困まる事態など、欠片たりとも思い当たらない。はてさて、いったい公爵は何に困ったのか。興味本位で尋ねるインゴベルトの声は、楽しそうに弾んでいた。


「どうしたのじゃ、公爵が困るなどめずらしい。何か困りごとか?」
「…は、それが…」
「うむ、どうした」
「…それを話す前に、人払いをお願いします」
「む。…信用できる者しかおらぬのにか」
「ファブレの威信にも関わることです」


そう言われては仕方ない。
インゴベルトは周りを取り囲む、信用できる者たちを視線ひとつで追い払う。王室には公爵とインゴベルト王のみ取り残された。
静寂に満ちた室内で、声音を小さくさせて、公爵は話し始めた。


「先日救出された息子のことですが…実は、息子が…娘になって帰ってきたのです」
「…何じゃと?」
「陛下がお疑いになるのも無理はありません。しかし、事実です。息子は娘になって戻ってきました」
「しかし…にわかには信じられぬな」
「そう仰ると思い、秘密裏に息子を連れて参りました」
「何じゃと?」
「こちらにお呼びしてもよろしいでしょうか」
「うむ」


インゴベルトが相槌を打つと、公爵は外で待機していた兵を呼びつけ、なにかを言付けた。間もなくしてファブレの私兵、白光騎士団の白銀の甲冑に身を包んだひとりの兵士が何かを両腕に抱えて現れる。外套を被せられているらしく、正体はつかめなかった。
入室許可を得て、招き入れた兵士の腕の中でもぞもぞと何かが動く。それで、両腕に抱えられたものが人だとわかった。
公爵は外套を取り外す。ばさりと取り外された外套から、鮮やかな朱色の髪の毛が舞うように現れた。色素が抜けてしまっているかのように、毛先は金色。
子供の顔はインゴベルトも見知っていたルーク・フォン・ファブレに似ていたが、ルークよりも貧弱な印象を受けた。
こぼれ落ちそうなほど、大きな瞳は、蒼が勝っている翡翠色。キムラスカ王族の象徴を受け継いだ十歳ほどの子供は、意思が薄い、まるで人形のような眼をしていた。
ぱちぱちと時折する瞬きが、子供が生きていることを知らせる。逆をいえば、瞬きをせねば、人形のようにさえ見える。


「この子供が、救出されたルークです」


公爵の言い方では、まるでこの子供は“ルークではない”と言うような言い方だった。
引っ掛かるものを覚えながら、インゴベルトは兵士の腕に抱かれた子供をまじまじと見る。
初めて会うインゴベルトが珍しかったのか、幼い子供はインゴベルトをじーっと見つめていた。


「…髪も眼も、色素が薄いな。誘拐される前のルークは、紅色ともっと濃い翡翠色の目をしていた。しかしこの子供は、別人のようじゃ」
「…陛下もそう思われますか。私も、この子供はルークではないと見ています」
「何故そう言いきれる。マルクトの実験のせいで、記憶を失い、体にも変化を来してしまったのかも知れないではないか」
「いくら実験のせいだとしても、性別が変化するでしょうか? 身体に負荷がかかる大きな実験をしたとして、性別が変化するよりも、ルークが死亡するのが先のはず。それに……この子供の髪の毛ですが」
「どうした」
「切った途端、音素になります」
「何じゃと!? それは…まさか、」
「陛下もご推測どおり、この子供は――レプリカではないかと」


馬鹿げた冗談を、と一笑するには、あまりにも笑えない言葉だった。
レプリカなるものの存在をインゴベルトも知っている。ファブレ公爵領であるベルケンドの研究所で、一時期こぞって研究されていたのを記憶していた。
敵国の天才、ジェイド・バルフォアが作り上げた生体フォミクリーを基に作られたレプリカ技術は、被験者そっくりの生体を生み出すというもの。
その価値は図り知れず、当然国がこの技術に目をつけないわけがなかった。
被験者そっくりの人物が人為的に作れるのなら、軍事転用して、兵士として使うと言うシュミレートまで行われていたほどである。人命を失うことなく、戦力を手に入れられる。それはあまりにも魅力的過ぎた。
しかし、それから数年の時を経て、発案者のジェイド・バルフォアがレプリカ技術を公で禁じたため、レプリカ研究はすべて破棄された。――表向きには。
秘密裏にレプリカ研究を行うところは今だあり、その最たるところは、ファブレ公爵領ベルケンドだった。
そのため、救出された息子がレプリカであることに、ファブレ公爵はいち早く気付いたのだろう。
自分の息子に似て、異なる性別を持つ娘の存在を、どう扱って良いのか分からないと言う顔で、公爵は苦々しく口にした。


「…正直なことを仰いますと、私はレプリカという存在を軽視していました」


レプリカルークに、公爵は視線を移す。
するとレプリカルークも公爵を見つめ、しばらく経って、ゆっくりと手を伸ばした。
幼い子供が、親に抱っこをねだる様な、そんな甘えた手を。
公爵の瞳に、切なげで、温かい感情が宿る。


「意思が見えない被験者のまがい物。――被験者を象った、人形とも思っていました。ですが…」


公爵は、大きなその手で、レプリカルークの手を握ってやった。
レプリカルークは繋がれたその手を、不思議そうに見やり、首を傾げる。
そして、唇が、ゆっくりと。
小さな弧を、描いた。


「ここにいるのは、まだ幼い子供にしか私には見えなくて……どう扱っていいのか、わからず……陛下にご指示を頂きたく存じ上げました」


責任を押し付けるようで、真に申し訳ないのですが…。
と公爵は続けた。

責任を押し付けたわけではない。
息子と似ている娘を、どう扱うべきなのか。冷静な判断が下せずに、公爵は指示を仰ぐのだ。

その思いを理解したインゴベルトはこう口にした。



「では、その子供を――…」


「そなたの娘にしたらどうだ」


実の息子と似て異なる性別をもって、生まれてきた娘。
その子供を、ファブレ夫妻は愛せずにはいられないだろう。
ならば、存分に、愛してやればいい。


「シュザンヌは病弱の身故、もう子が望めないだろう。もう一人、娘を授かったと思って育てればいい。これもローレライの思し召しじゃ」


インゴベルトの言葉に、ファブレ公爵は感極まったかのように息を詰まらせて、深々と頭を下げた――。

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