アクゼリュスが崩壊し、親善大使一行は無事地上に帰還した。
国に無事を知らせなければ戦争になりかねない。特に王族のルークにはその心配があった。ジェイドは手紙で知らせるらしい。導師イオンは和平がどうなるか気になるからルークについていくと言った。
親善大使一行はアッシュを加えて、キムラスカ首都バチカルに向かった。
「おお、帰ってきたか」
親善大使一行がバチカルに戻ると疲労を隠せない王の姿があった。
ナタリア乱暴事件、アクゼリュス崩壊、度重なる悪報の数々に心を傷めていた。いささか頭髪が薄くなったような気がする。
ルークが自分がレプリカであること、本物はアッシュだと告げて、ヴァンの計画をありのままに話すと、王はしばらく呆然としていた。
「……うむ、うむ、そうか。実はな……」
親善大使一行が苦難に直面しているとき。バチカルでもいろいろあった。
まず、ナタリアを乱暴した暴漢共は全員逮捕された。事情を聞かれたのち即時処刑されたという。温情は一切なかった。
また、ナタリアの護衛や侍女たちは罰を受けた。王女が勝手に城から脱け出した事実が判明したのだ。護衛や侍女たちは王女の愚行を止められなかった責任を問われた。王女に比べれば奉公人である侍女の命は軽く、侍女の大半が処刑された。騎士のほうにいたっては命のみならず名誉も地に落とされた。
ナタリアは心を壊してしばらく部屋で療養していた。
その間に、アクゼリュスが崩壊した。
大詠師モースは預言通りマルクトに戦争を仕掛けるよう進言した。インゴベルトとしては今はナタリアのこともあり、戦争などできるはずがなかった。もし、アクゼリュスと共にルークの命まで喪われていたら。ナタリアの心は修復不可能なほどに壊れてしまうかも知れない。
娘可愛さに渋る国王を、大詠師モースは最初こそなんとか言い包めようとしていたが、次第に焦れたようで、ナタリアが偽姫だと口にした。モースとしては偽姫だからナタリアのことなど気にするなと言いたかったのだろう。
国を揺るがす真相の判明に国王たちは混乱した。
大詠師モースに事情調査し、それが事実だと知ると、キムラスカ王家を謀ってきた重罪人として捕らえた。ダアトは抗議したが大詠師モースがしたことを知ると、彼を切り捨てに計った。ダアトを二分割していた巨頭の一人であったモースは、今では大詠師でもなんでもなく、身分も権力もない平民でしかなかった。
ナタリアを平民に戻すべきだという意見が浮上し、長年娘として可愛がってきた国王ですらも反対意見は出せなかった。かといって、ナタリアをこのまま平民に戻すのは、親として接してきたインゴベルトからしてみれば不安が尽きない。
ナタリアの処遇を決めかねて会議を重ねていると、ふと王城の一角が騒がしくなった。療養しているはずのナタリアの部屋からだと気付き、王はただちに向かった。そこで、インゴベルトが目にしたのは。
見知らぬ複数の男を連れ込んでる、ナタリアの姿だった。
廃工場での一件以来、心を壊しがちだったナタリアは自身の正体を知り、ほんとうに壊れてしまったのかも知れない。それとも、男から味わった恐怖を克服しようとしたのか。なんにせよ、王女とされてきた者の度重なる醜聞に、もはや彼女を庇う手立てはなくなってしまった。
これ以上、王女の名を穢す前に、即刻ナタリアを城から追放するべきだと誰もが口をそろえた。
インゴベルトにできることといえば、ナタリアにいくらか金を持たせ、信頼できる者に娘を預けることだけだった。
国王はナタリアに護衛と監視をかねて密やかに兵士をつけていたが、彼女の奇行は収まらなかった。預けた者達が頭を悩ませて相談しにきた。ナタリアは夜毎家を脱け出すという。調べてみると、複数の男達の間を渡り歩いていることがわかった。代わる代わる、夜な夜な、様々な男と夜を共にする。そして花を売り、金を受け取るという娼婦の真似事をしている。ナタリアの相手の中に、国王は自分と同年齢の者までいると知り失望に崩れ落ちた。
ナタリアは、もうだめだ。
墜ちてしまった。
さすがに、そんなことをルークたちにいえるわけがない。
インゴベルトはただナタリアは偽姫だと判明したから追い出した、といった。事実だけをみればその通りであった。
アッシュは激昂して、ナタリアの行方を捜しに出て行った。そのあとを心配したルークが追いかける。
導師イオンはモースのしたことについて詫びた。
和平は恙無く結ばれた。ヴァンの計画もあきらかになり、和平締結をした両国で対応が急がれている。
その裏で起きた事件は、キムラスカ王家に大きな爪痕を残した。
「待てよ、アッシュ! 闇雲にナタリアを探したって見つかりっこねえだろ!」
「うるせえ!」
「おい人の話を聞けよ! 猪突猛進!」
「てめえに言われる筋合いはねえ!!」
国王の話を聞いて、いてもたってもいられずバチカル城を出た。アッシュが昇降機に乗って街に下りようとすると、滑り込むようにルークも乗った。ついてくるのか。舌打ちをすると、じっとりとした目で睨まれる。
「当てはあんのかよ」
「漆黒の翼に依頼する」
「叔父上に聞けばよかったじゃねーか」
「教えると思ってんのか」
「……じゃあ、父上」
「陛下の意向に従うだろう」
「……」
「……」
二人して黙りこむ。ルークから話を聞いてアッシュはナタリアの身に何が起きたのか知っていた。同時に、思った。
あのとき、廃工場の外側では陸上走行艦タルタロスが止まっていた。その中には、ヴァンの命令により導師イオンを連れて行こうとするアッシュたちがいたのだ。アッシュの目と鼻の先でナタリアが乱暴されていた。その事実を知ったとき、アッシュを襲ったのがどういう気持ちであったのか、ルークは知る由もないのだろう。――ナタリアを想っていることなど知らないのだから。
「……ナタリアを見つけたら、どうするんだよ」
「ナタリアの傍にいる。……公爵家はおまえが引き継げ」
アッシュの言葉の意味を悟りルークは険しい目を向けた。七年間、アッシュはルークを憎んできた。自分の居場所を奪い、自らの正体も知らずに安穏と暮らしていると。心の底から憎んできた相手が、今となっては、大事なことを託せる相手だというのだから人生はわからない。
昇降機がガタンと街に下りる。街へ足を踏み出した。そのときだった。アッシュは街中で見つけてしまった。恋人らしき男と、腕を絡めて歩く、ナタリアの姿を。
「――アッシュ?」
なんの縁もなく、寂しく過ごしていると思っていた。その、ナタリアが。恋人らしき男と歩いて、楽しそうにしている。乱暴されたときにできた心の傷は癒えたのか。それとも腕を組んで歩く男に癒してもらったのか。
――アッシュの出番はなかったというわけだ。
今さら出てこられても、困るだろう。
「ッハ……戻るぞ」
道化のようだ。アッシュは虚しい気持ちになって踵を返した。今しがたおりてきた昇降機に向けて歩を進める。
「は?」
「公爵家に戻る。ついてこい」
「はあ!? ナタリアは!?」
「もう、いい」
「はああ!?」
「もう、いいんだ」
終わったのだ、すべてが。ルークは片眉を跳ね上げて理解できない顔をしていたが気にすることなく昇降機に乗った。ルークが乗るのを待って、アッシュは昇降機のレバーを引いて上に上げた。どんどん遠ざかっていく街並みの中にナタリアを見つけたらしく、ルークが「あっ!」と大きな声をあげてナタリアの名前を呟いて指差す。だが、アッシュは何も言わなかった。
アッシュの拒むような顔に、それ以上ルークも何も言うことはなかった。
ナタリアは小さく溜息を吐いた。
今夜の相手である男にはわからぬように自嘲の笑みを浮かべる。
時折動く昇降機から、ルークらしき二人の男が降りてきたことにナタリアは気付いていた。二人とも区別がつかないほど見目は似ていたが、服装は異なっていた。ナタリアが見慣れた白い服を着用していた方がルークで、もう一人は影武者だったのだろう。ルークは気付かなかったが、影武者の方はナタリアに気付いていた。
あの影武者は、男と歩くナタリアを見て、ルークを連れて昇降機に足を引き返した。それでよかった。きっと、ルークにも伝わるだろう。
廃工場で何が起きたのか。目を閉じれば昨日のように思い出す。自分の浅慮な行動の末に起きた出来事を、運が悪かったという言葉で片付けられるはずがない。
ルークに顔を合わせられないほど、汚れてしまった。
こんな自分では、王女に、ルークに相応しくない。
だから、離れた。
引き止められぬよう、軽蔑されるように振舞った。これでもうおしまい。誰もナタリアを引き止めることなどないだろう。
いつか、聞くはずだ。ルークが国王になって、誰かと結婚して、幸せに暮らしている噂を。そんなのは耐えられなかった。だから、その前に。
潮風が届く。潮騒が呼んでいる。男がショーウィンドウを見ている隙に、ふらりと夢を見るような足取りでナタリアは港に向かって歩き出した。
その日の夕方、バチカル港で女が一人身投げした。
END.
(2015/11/20)
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