「いったいどうなってるのじゃ…」
アクゼリュスが消えたと言う報告が、インゴベルトの元に届けられた。
和平のために送った親善大使一行とも連絡がつかず、キムラスカ上層部は事実の追求に躍起になっている。そうして届いた報告と噂に、インゴベルトの顔色は白くなった。
ルーク様 死亡の疑い濃厚。ルーク様と護衛を除いた一部の者たちの生存確認。
その中にはナタリア王女、導師イオンの姿もあり。どうやら一行はグランコクマへ向かっているもよう。
――などなど。インゴベルトの元に届けられる情報は、どれも良くない。報告書を持つ手は震え、インゴベルトはかつてないほどの不安に苛まれた。
――ルークが死んだ。
まだ、確定されたわけではない。しかし、死亡の疑いが濃厚だとこの報告書には書かれてある。そんな事あるわけがない、と。一笑してしまいたいのに、当の本人の姿が見えないのでは、話にすらならない。
(ルーク……)
帰ってくると、必ず、帰ってくると。
約束した。
その言葉を信じることが、出来ずにいる。
この報告書を破ることで、ルークの死亡の疑いを否定することが出来たのなら、どんなに救われるだろうか。
足の爪先から徐々に体が冷えてゆく。
心を満たしたのは、途方も無い、喪失感。
報告書を見たまま、固まって動かないインゴベルトの傍らにいたモースが、満足そうに笑った。
「陛下、これもすべて預言に詠まれていたことです」
「………なんじゃと…?」
報告書から顔をあげる。
モースに向けたインゴベルトの瞳は、信じられないものを見たように、揺れていた。
「ローレライ教団には、古くから秘匿されている預言がございます。それによると、今年、ルーク様を送ることでアクゼリュスは崩落すると詠まれていたのです。ですから、このたびのルーク様の死は気に病む必要はありません」
「気に病む、必要が無い……」
インゴベルトは虚ろにモースの言葉を繰り返す。
モースは脂ぎった顔に浮かべた笑みを、さらに深めた。
「そうです。陛下が気にする必要はございません。ルーク様の死は、預言に必要だったのです。ルーク様も本望でしょう…この国の繁栄のために死ねたのですから…」
「繁栄…?」
「これはこれは。まだ言ってませんでしたな。アクゼリュスはルーク様の死をもって崩落し、その後キムラスカはルーク様の仇を取るようにマルクトへ宣戦布告するのです。そしてその戦争は、キムラスカの大勝利に終わると、預言に詠まれています」
「…つまり、このことは必要だったのじゃな…?」
「ええ」
大きく頷いたモースに、インゴベルトは顔を俯かせた。
「クク……ルークの死が必要だったと申すか……クッハハハハハ!!」
哄笑が響く。突然笑いだしたインゴベルトに、モースは不気味なものを見るような眼を向けた。
「イ、 インゴベルト陛下…?」
「――預言なんて要らぬ」
「陛下!?」
「我が妃の死を当然と肯定する、お前も。――要らぬ」
ぞっとするような、冷たい声だった。モースは一歩足を後退させる。
平凡――悪くいえば凡庸で、取り柄というものが見当たらぬ王だったのに、今のインゴベルトは身を震わさずにいられない威圧感を放っている。それだけではない。纏う雰囲気が、冷酷なものに変化を遂げていた。謁見の間に居並ぶ臣下たちの額に、冷や汗が垂れる。
「この者を捕えよ。牢に放り込んで置け」
玉座に座るインゴベルトから放たれた言葉に、モースは愕然と佇み。
臣下たちはこぞって頭を深く垂れた。
その光景を眼下に収めて、インゴベルトは玉座の肘掛部分をつよく握る。
預言などに頼ってきたツケが、今になって重く圧し掛かったと自覚せずにいられなかった。
・・・
四日後――ルークとアッシュから、一通の手紙が届いた。
封筒は分厚く、中に入っている手紙が何枚にも及ぶことが一目でわかる。封を切ったインゴベルトは手紙を中から取り出した。その拍子に、親指ほどの大きさの譜業が転がり落ちた。インゴベルトの傍にいたファブレ公爵がそれを拾い、「…どうやら録音機のようです」と告げる。アクゼリュスに出発する前にインゴベルトがルークに持たせた録音機だろう。
それはともかく、今は手紙に目を通すのが先だと、逸る気持ちを抑えつけ、手紙を開いた。読み進めるうちに、最初は喜色に染まっていたインゴベルトの顔から血の気が引いてゆく。それは次第に険しい顔へと変化を遂げ、それでもインゴベルトは手紙の隅々まで目を通し――片手で目を覆った。
口元は固く結ばれていて、その様子がまたインゴベルトの荒れ狂う心中を表現していた。
「…陛下、どうなされました」
「…ルークとアッシュは、無事だそうじゃ」
インゴベルトの言葉に、事情を知っている重臣一同の顔が安堵の色を灯した。
しかし続けざまに放たれたインゴベルトの言葉に、一同は唖然とした。
「この手紙によると、――ナタリアたちは、ルークたちをユリアシティという街に置いて勝手に出歩いているそうじゃ」
「…なんですと?」
「ルークの護衛兵はグランツ謡将率いる一団に殺害され、導師イオンを人質に取られたルークは仕方なく超振動を使用したそうじゃ。パッセージリングというものを破壊するために。その後アクゼリュスは魔界というところに崩落し、超振動使用の負荷が掛ったルークは気絶したそうじゃ。そのルークをアッシュが見つけ、ユリアシティの一室を借りうけルークの意識が戻るまで其処にいたと言う事じゃ。連絡が遅れて済まないと書いてあった」
事の次第を大幅に割愛して、話す。
手紙によると、アクゼリュス以降の詳細がルークとアッシュにより綴られていた。
アクゼリュスでアッシュと入れ替わる予定だったが、アッシュが来なかったためにアクゼリュスにルークが向かったこと。(このときアッシュはヴァンの企みを知ったことで、監禁されていたらしい。部下の助力を受け、すぐさまアクゼリュスに向かった)
その後、アクゼリュスに着くとルークの護衛はグランツ謡将の私兵に殺害され、ルークは第七坑道に連れて行かれたらしい。アクゼリュスに蔓延している障気を消すために、ルークの超振動が必要だとグランツ謡将は言ったが護衛を殺害されていたルークが信用せずにいると、導師イオンを人質にしたと言う。しかし導師イオンの方は自分が人質に取られていることにも気付かず、セフィロトと言う扉の封印をまんまとダアト式譜術で解呪してしまったらしい。そして、導師イオンを人質に取られていたルークが仕方無く超振動を発動すると、パッセージリングというものは大きく振動を起こしたが、そのときアッシュが現れて超振動を使った事でルークの力を掻き消したと書かれてあった。
ティア・グランツが歌うユリアの譜歌で何とか生き延びた一行は、魔界という障気で出来た海に落ちた。そこで漂っていたタルタロス(おそらくグランツ謡将率いる兵士たちが乗り回していたと思われる)に乗り込み、状況を整理するとルークが、アクゼリュスを崩落させたと一行に言われたらしい。
サイテー、などと好き勝手に言われたルークは、いつの間にか一行の中で犯罪者となっていたと。そのときに、ジェイド・カーティスによりルークがレプリカであることが知れたらしい。そのことを知った一同――中でもナタリアにいろいろと言われたと、震えた文字で書かれてあった。超振動を使用した負荷と、それらの暴言に精神的に疲労していたのだろう、ルークはアッシュが遠くから走って来た姿を視認するや否や、気絶したという。――その後は、アッシュが手紙を綴っていた。
アッシュの手紙によると、気絶したルークを心配するものはルークの足元にいたチーグル一匹だったという。導師イオンの方は少しは心配したようだが、導師守護役に近寄る事を禁じられて結局ルークに近寄ることは無かったと言う。流麗な文字で綴られたアッシュからの手紙は、ところどころ怒りが見え隠れしていた。
ユリアシティの一室を借り受け、ルークをベッドに寝かせた後、アッシュが被験者ルークだと知れたナタリアに自分達と行動を共にするように誘われたが、断ってやったとだんだんと言葉が荒れていった。
その後に、こう一文が添えられていた。
『アクゼリュスで何があったのか、すべてルークの録音機に収録されています。それを聞いて下さい。これ以上、私が書くと主観が入って正確な報告ができそうにありません』と。
インゴベルトの話を聞いていたファブレ公爵が、怪訝に顔を顰めた。
「…導師が人質に取られていたなどと…導師守護役は何をやっていたのだ…。ティア・グランツもガイ・セシルも…」
「…とにかく、録音機を再生してみようではないか」
罪の所在については、それを聞いてからでも遅くは無い。――インゴベルトの言葉に、一同は重々しく頷いた。そうしてファブレ公爵は、先程から手にしていた録音機を再生した。
デオ峠、アクゼリュス――ユリアシティ。時間が経つごとに、録音機から聞こえてくる言葉の数々に上流階級に属する重臣一同の眉間が深く皺をつくった。
特に、アクゼリュス崩落後のタルタロスでの場面は、酷いの一言に尽きた。
『ルークがパッセージリングを破壊して…』
導師イオンの言葉に、一行の鋭い視線がルークに向かったのだろう。
ルークの言葉は微かに震えていた。
『俺が…悪いっていうのかよ』
ヴァン師匠が、と話そうとするルークの言葉を、ジェイド・カーティスが冷たい声で経ち切った。
『やれやれ…馬鹿の発言にはイライラさせられる』
『な…っ…』
『これも、貴方がレプリカだからでしょうかねぇ? このようなことを招いておきながら、出てくる言葉が謝罪ではなく、自己弁護だとは。…聞いて飽きれる』
予想外の状況に苛立ったジェイド・カーティスは、余裕が無かった。それを証明するかのように、声には焦燥の色がありありと浮き出てしまっている。
レプリカの言葉に一際反応を見せたのは、ナタリアだった。
『レプリカ…? それは、いったいどういう意味ですの、大佐』
『それは……』
ジェイド・カーティスは黙る。それに何かがあると悟ったナタリアは追求しようと口を開いた。
『大佐っ、いったいどういう意味ですの!』
しかしジェイドは沈黙したままだった。
ナタリアがそんなジェイドに詰め寄ろうとしたのか、ヒールの音が荒々しく聞こえてきた。ナタリアがジェイドを詰める、その前に。――ティア・グランツが口を開く。
『レプリカっていうのは…人間とそっくりのものよ』
『え…ど、どういう意味ですの、ティア!』
『被験者から得た情報を元に、その人物そっくりの人間を人工的に生み出す。――それが、レプリカと言うのよ。…兄さんが、いつぞやそう言ってたわ…』
『その人物そっくりの………っ、まさか…!』
『っ、ナタ』
『その名前を貴方ごときが呼ばないでくださいませ!』
『…っ』
ルークに向けるナタリアの声は、鋭く、そして嫌悪に染まっていた。
『貴方はルークの妹などではないのですね…。よくも、ルークの紛い物の分際でルークの名前を騙ったままこんな大犯罪を犯して下さいましたわね!!』
『な、ナタリア!!』
『貴方ごときに親しげにそう呼ばわれる筋合いはありませんわ!! ああっ、お父様…お父様は知らないにちがいません…そうでなければ、こんな偽物と…こうしてはいられませんわ…早くお父様にこの者の正体を教えてあげませんと!』
『……』
『覚悟しておくと良いですわ、レプリカルーク! 貴方はすぐにお父様から捨てられて、ファブレ家からも捨てられるでしょう…』
靴音を鳴らして、ナタリアの声が聞こえなくなる。ドアが閉まったような音がした。
そのあとに、アニスとティア、ガイの言葉が続けられる。
『サイッテー』
嫌悪を剥き出しにいた幼い声。
『あんまり…失望させないでくれ…』
辛そうで、それでいてルークに失望したと言わんばかりの、青年の暗い声。
『少しは良いところもあると思ってたのに…見損なったわ』
呆れたと、見損なったと、軽蔑に満ちた女性の声。
『なんだよ…俺が悪いのかよ…っ』
ルークの苦悶の声のあとに、続く、チーグルの声。
『みゅ〜、ご主人様…』
――これ以上、聞くと、怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。
しかしそれでも録音機から音が聞こえなくなるまで、耳を澄ませて聞いた。聞き終えた一同は、放心するようにイスに背を預ける。
「…陛下、どうなさいますか」
「…マルクトと、ダアト宛てに文を送れ。――録音機の内容を事細かく、書記官に記させたうえで」
マルクトとダアトを訴える気だということは、すぐさま重臣たちは察した。
そして背筋を正す。ぴりぴりとした緊迫感が室内を満たし、戦争になるかも知れない、と一同は思いを揃えた。
「こうも親善大使を侮辱されるとは思わなかったわ。抗議せねば、我が国の名折れじゃろうて。反対意見はあるか」
ぐるりとインゴベルトが一同を見渡せば、皆はそろって首を左右に振った。
「いえ、ございません。陛下、――ナタリア王女はどう致します?」
ナタリア――可愛い、可愛い愛娘。
ルークを妻に娶って以来、険悪な仲になってしまったが、それでも可愛い娘だと想っている。けれど、その想いを断ち切らねばなるまい。ルークがインゴベルトの妻であることを知りながら、それでも暴言を吐き、王の命令を無視してアクゼリュスに同行した娘を、インゴベルトは裁かねばならない。
それが、王である以上、インゴベルトに課せられた義務だ。
「…ナタリアを、王籍から抹消する。そのうえで、王妃への侮辱罪にあたる罪を犯したとして、捕える。――良いな」
娘には甘いと知られていたインゴベルトの決断に、重臣一同息を飲み、そろって頷いた。
そしてナタリアたちは指名手配に掛けられ、そのことを知ったナタリアたち一行がバチカルに乗り込み、難なく逮捕されることとなった。
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