ぽっかりと空いたルークの口が、驚愕を物語っていた。
ミリアを見つめて、ルークの口元が次第に引き攣り始める。ミリアに向けて首を傾げる。
「……おい、冗談だろ?」
「えーと残念ですが、本当です?」
ミリアも首を傾げた。あ、おろしてください、とミリアがいうので、ルークは何も考えずに従った。しばらく思考停止していたルークだったが、ハッと我に帰ると、大声をあげた。
「――ガイ!」
「うん!?」
「ミリアはここに! いるよな!?」
ここ、でルークはミリアを思い切り指差す。
「ルーク様、人を指差しちゃいけませんよ」
「黙ってろ!! なあ、ガイ、ミリアはここにいるよな!?」
ガイは困ったような表情から、傷ましいものを見るような顔になった。ぐっと目頭を押さえる。
「ルーク……おまえ、苦労したんだな……! 幻覚を見るようになっちまって」
「おや、状態異常ですか? パナシーアボトルでも飲んでみますか? 脳の異常は治りませんが」
「ちげーよ! 失礼な奴らだな!!」
ガイの同情と、本気なのか揶揄なのかわからないジェイドの言葉を、ルークは怒りつつ否定した。ガイは苦笑すると、暗い表情になった。
「冗談だよ。なんでミリアの名前が出てきたのか知らないが、ミリアなら意識不明の重体のままだ。他にも怪我人が多数出たが、ミリアと一部の料理人が酷い怪我を負ってる」
「え?」
「ミリアはルークが擬似超振動で飛ばされた時に、どうも花瓶の上に倒れこんじまったらしくてな。出血多量で重体だ」
「な、なんだよそれ……」
ルークはこわごわとミリアを見る。ミリアは驚いた顔で口を開けていた。
「……なんでおまえが驚いてるんだよ!?」
「えっ、だって、私死んだものとばかり。え、意識不明の重体? ……生きてたんですか!?」
「いや知らねーし! つか何があったんだよ?」
ミリアは「私にもなにがなんだか……」と首を傾げた。
「……ルーク、おまえさっきから誰と……いや、やっぱりいい。聞きたく、」
「幽霊でもいるんですかねえ」
「わざとらしくいわないでくれ旦那! せっかく人がわからないふりをしてるのに!」
ガイは青褪めた。ルークは見えないものが見えて、会話しているようにしか見えない。怖がるガイとは違い、ジェイドはよくわからない笑みを浮かべた。
「あ、でも倒れる寸前に歌を聞いたような気がします」
「歌ぁ? ……ああ、そういえばティアの譜歌が……俺も頭痛くなったっけ……あ? 待てよ。……ティアの譜歌は魔物を倒す……艦橋を取り戻すとき、神託の盾騎士団兵もナイトメアを聞いて昏倒してた……もしかして、俺が擬似超振動で飛ばされたとき、家で似たようなことが起きてたのか……!?」
ルークはガイを振り返る。
「ん、なんだ? どうしたルーク」
「ガイ! おまえ、ミリアが倒れたって言ってたよな。それもしかして、歌のせいか!?」
「歌? いや、わからないが」
「おまえだって倒れそうになってただろ!? 俺が飛ばされる前、譜歌を聞いて!」
「え……ああ、そうだ。そういえば、あの譜歌を聞いて、急に眠くなって……思わずベンチに縋りついたんだ。……もしかして、ミリアたちは譜歌のせいで……?」
ルークと同様の解答を見出したガイが深刻な表情に変わる。そうにちがいないとルークは険しい表情で同意した。
ルークが得体の知れない何かとしゃべり始めてから、ティアは青褪めて固まっていた。
ティアは幽霊が大の苦手だった。いかにも幽霊がいそうな古びた家屋を見るだけで、身構え、驚かされたときには気絶する始末である。緊張してるときほど、周囲の音がはっきりと聞こえるもので。――ティアは自然とルークたちの話に耳をすませていた。
ルークとしゃべっている幽霊の名は、ミリアというらしい。
ルークの家で働く家人で、歌を聞いて倒れた。ルークが、擬似超振動で飛ばされる直後、あるいは直前に。他にも怪我をした人がいる。
ティアの顔色が、今度はちがう意味で青くなった。
もしかして。まさか、そんなはずは。巻き込まないようにしたのに。ティアの脳裏に言葉が過ぎる。ごくりと唾を飲み、こわごわとルークを見ると、ルークとガイの視線がティアに向いていた。
「もしかして、彼女があの時の……?」
「ああ、そうだ」
ルークは力強くうなづく。非難の眼をティアに向けながら。ガイも目元を険しくさせてティアを見ていた。
ルーク、ガイ、それにティアの間で気まずい雰囲気が流れる。ジェイドは訝しく思ったものの、いつまでもこうしてはいられないと話を切り替える。
「何があったのか知りませんが……とりあえず話は後にしましょう。いつまでもこうしていたら危ない」
せっかくリグレットとの戦闘を回避してイオンを取り戻したのだ。イオンは大人しく話の成り行きを見守っていた。ルークのほうをじっと見て、なにやら考えこんでいたが。
「イオン様もそれでよろしいですね?」
「あの……はい」
イオンは何か言おうとして言いよどんだ。しかしすぐに頷く。
「早く行きましょう」
ジェイドは、気まずい雰囲気を出す三人に声をかける。ティアは安堵したように表情を和らげ、ガイは苦笑を浮かべてティアを睨むルークの背を軽く叩く。ルークは渋々といった様子を隠さずに、仕方なく歩き始めた。
エンゲーブから東寄りに南下してセントビナーへ向かう。ルークとティアの雰囲気は気まずいまま、二人は互いに近付こうとしなかった。
道中、神託の盾騎士団兵士に奇襲されたものの退けることに成功した。まだ人を殺すことに抵抗があるルークはいざ兵士を殺す瞬間になって躊躇い、その隙をつかれて怪我してしまった。
「くそっ、いってえ」
ルークは右肩を切り付けられて血を流していた。出血のわりに怪我は浅く、その場で回復譜術を受ければすぐに治る傷だ。
「ルーク様、大丈夫ですか?」
ルークの周りを心配したミリアがあたふたとうろつく。視界をちょろちょろうろつかれるのが鬱陶しくて、ルークは「平気だから落ち着け」といった。
「私が強かったらルーク様をこんな目に合わせないのに」
「俺の不注意だから気にすんな」
「ご主人様痛いですの? 大丈夫ですの? 死なないでくださいですの!」
「せめて治せないものでしょうか。シュザンヌ様のために回復譜術を習得したので、触れればなんとか……」
ミリアはぐっと眉根を寄せて、ルークの怪我をじーっと見る。
「油断するからよ」
ティアは呆れた顔でルークに近寄り、治そうと手を差し伸べる。途端、ルークは険しい表情でティアの手を弾いた。
「俺に触んな!」
「っルーク、怪我した時に意固地になっても仕方ないでしょう。早く治さなくちゃ」
「うるせえ! おまえのせいで俺ん家のメイドが怪我したんだぞ! おまえの手なんか誰が借りるかよ!」
ルークの中で、ティアは敵に近いものに変わっていた。ティアはひゅっと息を飲んで、ルークを見つめる。
睨み合う二人に、ガイがルークの気を逆撫でしないようにそっと声をかける。
「……ルーク、気持ちはわかるけど、怪我を治してもらったほうがいいんじゃないか? 救急箱もないし、いつまでもそのままにしておけないだろ」
治さなければいつまでも痛いままだ。血の臭いにひかれて魔物が寄って来る可能性も高い。ルークは嫌そうな顔をした。一方、ティアはルークとの和解の道を見つけ出したかのように、「じゃあ治すわね」と明るくなった表情でより近付く。
ルークは警戒心剥き出しで、手を伸ばすティアを見る。と、不意にルークの右肩は光に包まれ、スッと怪我が治った。服が切られていなければ、まるで何事もなかったかのように。
「できました!」
ミリアは治った怪我を見て、誇らしげな笑顔を見せた。ルークは目を丸くして、彼の怪我が治る瞬間を目撃したティアとガイは呆然とする。
「えっ?」
「いったい何が起きたんだ……?」
ルークはミリアと、切られたはずの肩を交互に見遣り、笑顔になった。
「よくやった!」
乱暴な手つきでミリアの頭をわしゃわしゃと撫でる。ミリアの髪が鳥の巣になったが、ルークは気にしなかった。
「ありがとな! これであいつの手を借りずに済んだぜ!」
「ル、ルーク様のお役に立てたら、こうえ、光栄です……あの、頭、気持ち悪くなってきました……」
ルークに頭を撫でられるたび、ミリアの頭はぐらんぐらん左右に揺れた。ミリアの眼がぐるぐると回りだす。が、ルークはやっぱり気にしなかった。
ルークはティアをちらっと見て、口角をつりあげる。ティアに恩を作らずに済んで、心底嬉しかった。
ルークの笑みが癇に障り、ティアは柳眉をつりあげると「よかったわね」と刺々しい声で告げる。せっかく助けてあげようとしたのに。親切を無碍にされた気分だった。それと同時に、やはり何かいるのだと確信する。幽霊らしきものと会話し、接触しているルークに恐怖心もあって近寄りがたくなり、ティアはルークに背を向けた。勝手にすればいい。怪我をしても知るものか。
「……ルークとティアにも困ったものですね」
「いったい何があったのでしょう?」
二人のやり取りを見ていると、旅の幸先が不安だ。
ジェイドは科学者として幽霊などという目に見えないものを信じる気にはなれなかったが、いないと否定する気もない。根拠がない存在の立証は不可能なのだ。本音をいえば、いようがいまいが自分に関わらなければどうでも良いのだが。
「それに、彼女が幽霊ってほんとうなんでしょうか? ルークの家のメイドさんは可愛らしいですね。赤と黒のメイド服って、僕初めてみました」
「……はい?」
イオンの視線の先を見る。宙を撫でているとしか思えないルークがいる。はっきりいって何かキメちゃっているように見えるが、ジェイドの眼から見えるものとイオンが見ているものは異なるらしい。
イオンはルークが撫でている者を見て、にこにこと笑っていた。
(2016/06/28)
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