道なりに進みセントビナーに到着した一行だったが、先手を打った六神将が検問を強いていたことで、街の中に入ることができなかった。
「まいったな……」
頭を悩ます一行だったが、ルークが「あ、そうだ」と思いついたように言った。
「ミリア、おまえちょっと六神将の様子見てこいよ。おまえなら見つからないだろ」
ルークはミリアが幽霊だと受け入れて、ミリアの状況を有効活用しようとしていた。ミリアが見えるらしいイオンが「大丈夫でしょうか……?」と心配そうに見ていたが、ミリアは軽く安請け合いをする。
「じゃあ、様子を見てきます」
と、ふらふら〜とクラゲのように門に近付いたミリアだったが。どうにも、仮面の少年に、見られているような気がしてならなかった。
検問を強いている神託の盾騎士団たちはミリアに気付かず、厳重に監視の目を光らせている。彼らはミリアに気付いた様子はなく、ミリアが顔の前で手をふっても反応ひとつしない。だが、兵士の傍に仁王立ちする仮面の少年はミリアが動くたびに反応していた。
物陰に身を忍ばせて、様子を窺っていたルークたちも気付く。ミリアが見えているのではないかと疑いを持った瞬間、仮面の少年が動いた。
「おい」
「はい、なんでしょうか」
「そいつ、捕まえないの」
「は? そいつ、ですか?」
仮面の少年に話を向けられた兵士たちは困惑していた。少年は顎でそいつだとミリアを示す。
「その赤と黒の服をきたメイドだよ」
「どこに……?」
兵士たちは探すが、やはり彼らには見えていないらしい。ミリアが目の前にいるのに素通りしている。仮面の少年は舌打ちする。
「……なんでもない。おまえたちは街道のほうを見ていろ」
「はっ!」
兵士たちは素直に従う。仮面の少年はミリアを睨んで、「ついてきな」と一言いう。
「え、いやです」
「……なんだって?」
「どうして私があなたについていかなきゃいけないんです?」
「……」
仮面の少年が苛立つのが手に取るようにわかった。物陰に身を潜めていたルークが青褪めて「あのバカ」と小声で貶す。イオンもはらはらと心配そうだ。ミリアが見えていないジェイドたちはよく状況がわかっていなかった。
主とその友人に心配をかけていることも知らず、ミリアは不思議そうな顔で仮面の少年と対峙していた。
少年の眉間が狭まり、剣呑な雰囲気を出すが、ミリアには通用しない。幽霊になってからというもの、何者にも害されなかったミリアは警戒心と緊張感が消えていく一方だった。
「それじゃあ、失礼しますね」
ミリアはぺこりとお辞儀をして、サッサとセントビナーに入ってしまう。門番も検問もミリアの前にはなかった。仮面の少年が見ているなら、ルークたちのもとに戻るのも危険だろうと判断してのことだったが、少年はうまく釣られてくれたようで苛立ちと不穏さを露にしている。
「待ちなよ」
少年はミリアを追いかけるべく街の中に入る。検問の眼は自然と緩くなり、ルークたちは運良くエンゲーブから配達にやってきた馬車に乗せてもらい、検問をパスした。
烈風の異名を持つシンクはかつてない苛立ちを覚えていた。
マルクト帝国との外交問題を危惧しながら、仕掛けた神託の盾騎士団によるセントビナーへの検問。
神託の盾騎士団はローレライ教団の自衛組織であるため、各国で自由に行動できる権利を与えられているが、その権利だとてキムラスカ、マルクト両国の慈悲により認められているものだ。此度の一件は、権利に胡坐をかくような越権行為であり、マルクトからの批判は避けられない。
セントビナー駐屯軍のグレン少将からは鋭い眼光を向けられ、勝手に検問を敷く神託の盾騎士団に対して、良い印象を抱いていない。
もはや、マルクトからローレライ教団に抗議が向かうのは時間の問題であり、その前になにかしらの成果をシンクは欲していた。
誘拐された導師の保護が最優先であったが、リグレットたちはマルクト兵の牽制に夢中になり、導師を取り逃がしたらしい。無様なことだ。
シンクとしては、神託の盾騎士団で最高の戦力である六神将が四人も作戦に参加していて、しかも空から奇襲を仕掛けてマルクト兵の意表をついたのに、導師保護という簡単な任務が失敗する理由がわからない。
奇襲直後に艦橋は完全に制圧し、兵士の数は五分五分。
そして、一人につき将軍並の実力を持つ六神将が作戦の指揮を取ったのだ。
いくらマルクトに死霊使いといわれたジェイド・カーティスがいようとも、ラルゴが使ったアンチ・フォンスロットにより弱体化されていて、強敵は誰一人いなかった。
これほどお膳立てされた作戦、状況下で成果をあげられないなど、リグレットたちは無能としか言いようがない。
リグレットたちは理解していないが、『国家予算の三分の一に該当するアンチ・フォンスロットでジェイド・カーティスを弱体化させておきながら、六神将は四人ともジェイド・カーティスに勝てず、ラルゴは怪我まで負った。マルクト軍艦の艦橋を制圧したが、作戦に失敗した』ということになる。
ヴァンが神託の盾騎士団の事実上トップである以上、リグレットたちは何のお咎めもないが、本来であれば何かしらの罰が下るところだ。シンクは冷たい視線と無能という言葉を四人に浴びせたが、理解したようにはみえなかった。
何よりもシンクが気に食わないのは、四人の作戦の失態の尻拭いをやらされていることだ。こういう時ばかり、参謀総長として都合よく敬われて使われる。苛立ちと辟易とした感情が頂点に達しつつある時、その不可思議な女は目の前に現れた。
赤と黒のメイド服をきた女。ぴりぴりとした緊張感に苛まれる中、のんきな顔で兵士たちの前に立ち、手を振ってた女に、シンクは見事に毒気を抜かれた。いまだ苛立ちは燻っているが、八つ当たりするほど子供でもない。消化しきれぬ感情を抱えることは慣れていて、シンクはとりあえず、まんまと兵士たちの検問から脱け出した不審者を見張ることにした。
「そこの女、待てっていってるだろ」
「えっと、私ですか?」
「アンタ以外に誰がいるの。名前は。そのメイド服どこの」
「ナンパですか?」
「は? ちがうよ、バカじゃないの。いいから名前」
「言いたくないです」
「やましいことでもあるわけ?」
「名前も知らない人にいう必要があるとは思いません。あと初対面でバカっていう人にも。礼儀を覚えてから出直してください」
女はにっこりと笑う。シンクの苛立ちが一気に頂点に達した。
「ふぅん……なるほど、名乗れないほど変な名前ってわけ。それなら可哀想なこと聞いたね。僕が悪かったよ。ゴメンね」
「え。……ふふ、そうなんですよ、人にお聞かせするにはとてもお恥ずかしくて。そう、あなたの仮面と同じように」
「……」
「……」
シンクは眼つきを鋭くさせる。女の笑みが深まる。ゴングは互いの間で鳴っていた。
「……赤と黒のメイド服。赤はキムラスカカラー。デザインはキムラスカのクラシカルタイプのメイド服だね。格式がある。生地が一級品だ。メイド服ならそれなりに数を用意しなきゃいけない、ということはそれなりの資産がある貴族じゃないと無理だ。おそらくはキムラスカの伯爵家以上のメイド。赤黒のメイド服、一級品の生地、キムラスカカラーでだいぶ君の身元が絞れたよ。歩く身元証明ご苦労様」
ぴきっと女の笑みが凍りついた。
シンクは鼻を鳴らして、皮肉った笑みを浮かべた。
「ああ、もう行っていいよ。あとはこっちで勝手に調べるから」
女は苦虫を踏み潰したような顔をして、悔しそうに言った。
「そうですか、それじゃあ失礼しますっ!!」
女はふんと鼻を鳴らすと街の中へぐんぐん突き進んでいく。これ以上マルクトを刺激するわけにはいかないので、シンクは立ち止まって女の背を見送った。口元に勝利の笑みを浮かべて。
残念ながら、導師一行の姿は見つからなかった。これ以上マルクトと軋轢を作る前に、シンクは撤退の命令を出した。大詠師モースが怒り狂う姿が想像できたが、作戦に失敗したリグレットたちをスケープゴートにすればなんとかなるだろう。仮にも同じ組織の仲間を売ることにシンクは何の躊躇もなかった。導師の保護という面倒な任務を終えたら、赤と黒のメイド服をきた女を調べよう。そう思って、シンクはセントビナーをあとにした。
「――ルーク様ー!」
「うぉっ!? な、なんだ!?」
ルークたちがセントビナーに入り、宿屋に向かうと、カウンターの傍にいたミリアが、サイノッサスの突撃を思い浮かべるような速度で突進してきた。
ルークは思わずかわす。ミリアは立ち止まれずに転んだ。幽霊でも転ぶんだな……と、ルークは不思議そうに見下ろした。どうやらミリアは宿屋で待っていたらしい。
「わ、わたしはダメなメイドです! バカです!」
「なんだ、今さら気付いたのか」
「否定してくださらないんですね!」
「だっておまえバカじゃん」
タルタロスの上から飛び降りたり、死んでると思い込んでたり。ルークから見れば、ミリアは立派な神経図太いバカメイドである。まあ健気に主人を慕って、こんなところまで追いかけてきたという、可愛さもあるが。
ルークはミリアの傍で屈むと、ミリアを痛々しいものを見るような目で見下ろした。
「で、どーした。おまえがバカなのは今さらだから、そんな気にすんなよ」
「果たしてそれは慰めなんですかねえ」
ジェイドが余計な一言をいってるが、誰も突っ込まなかった。
「変な仮面の少年に、私がキムラスカのメイドだってバレました」
「へー。なんか問題あるのか?」
「………………………………………………そういえばありませんね!」
幽霊の身元が判明したところで何がどうなるわけでもない。なぜならミリアは一部の人間にしか見えないからだ。見えない人間にミリアの存在を話したところで、白昼夢か、目の錯覚か、脳の病気を疑われるのがオチだ。ルークたちの場合はイオンも見えると判明したので、ミリアという幽霊の存在を受け入れつつあるが、他はそうもいかないだろう。
「そうだ。今から街ぶらつくけど、おまえもついてこいよ」
「え?」
「せっかくマルクトにきたんだぜ? 観光しなきゃ損だろ。ソイルの木も見てみたいし」
「ソイルの木って、樹齢二千年といわれている木ですか?」
「そうらしいな」
「見てみたいです!」
パァッとミリアの顔に明るい笑顔が浮かぶ。落ち込んでいたと思ったら次の瞬間には笑っているのだ。喜怒哀楽がはっきりしていて、ミリアはわかりやすい。
「おー。じゃあ行こうぜ」
「はい!」
「ルーク、俺がついて行かなくて平気か?」
「六神将も撤退したようだし、大丈夫だろ」
「……そうだな。わかった。危ない真似はするなよ?」
「しねーっての!」
ルークとミリアはわくわくと浮き足立って宿屋のドアに向かう。ルークの背に、ガイは慌てて部屋番号を忘れないように告げた。パタンとドアが閉まり、ルークの足音が遠ざかっていく。一人分の足音しか聞こえないが、きっとミリアも傍にいるのだろう。幽霊など非現実的だが、ルークの様子を見ていると、幽霊の存在を否定する気になれなかった。
「ガイ、ルークのことですが」
「ん? なんだ、旦那」
ジェイドは真意が読み取れない笑みを浮かべて、ガイに話かける。
「本当にミリアという者はいるのですか?」
「ああ、いるぞ。……なんだ、幻覚か心の病気でも疑っているのか?」
「……タルタロスで見た光景は、ルークにはずいぶんとショッキングのようでしたから」
ガイはルークたちと合流する前の光景を思い出し、自然と表情を曇らせた。たしかに、家という巨大な鳥かごの中で大切に育てられてきたルークには衝撃が大きいだろう。そのせいで心的傷害を負っていても不思議ではない。だが、それをいうのなら。
「……ここのところ色々あったからな……。旦那はルークがなぜマルクトにいるのか、理由を聞いたか?」
「……いえ」
ジェイドは事情の確認を怠っていたことに今さら思い至った。ルークとティアがマルクトの境界線を侵した結果だけを見て経緯は知らない。ルークがわがまま坊ちゃんだから、神託の盾騎士団兵のティアが巻き込まれたのかと考えていた。
ジェイドがルークを初めて見たのはエンゲーブだった。ルークに食料泥棒の容疑が向けられていて、村人たちが彼を食料泥棒だと突き出した。それを見て、ジェイドはルークに対してマイナスの印象を抱いていた。ルークを食料泥棒だと完全に疑っていたわけではない。だが、食料泥棒の容疑を向けられるような行為を仕出かした人物だと思っていた。
その容疑は導師の手によってすぐに晴れたものの、ルークたちが宿屋に向かったあと、ローズは村人が軽率にルークを食料泥棒と疑ってかかった理由を聞いていた。彼が屋台のリンゴをお金も払わずに勝手に食べたことで疑いを向けたのだと、村人たちは消沈した様子でいった。お金はその後きちんと払ったが、一度向けた疑いはそう簡単に解けるものではない。村人たちの話を聞いて、ジェイドは一目でルークがキムラスカ王族であることに気付いたものの、人間性は疑わしいという先入観を持ってしまった。
ルークがマルクトにきたのは、彼のわがままで、ティアはそれに付き合わされたか、放っておけなくなったのだろう。ティアは世話焼きのようだから――そう勝手に思っていたので、マルクトにいる理由を深く考えなかった。ルークが考えて行動しているように見えなかったから、マルクトにきた理由を考えるだけ無駄だと思ってしまった。どうせ、きたかったからきた。そんな裏も表もない単純な理由なのだろうと。だが。
「もしかして、マルクトに来る前に何かあったのですか?」
そういえば、ルークはミリアと再会したときに、なにやら譜歌の話をしていなかったか。話の前後がわからないため、聞き流していた話が、深い意味があるように思えてくる。ジェイドの問いに、ガイはちらりと横目でティアを見る。ティアはなにやら神妙そうな顔をしていた。
「……ティアがファブレに譜歌を使って侵入したんだ。たまたま来訪していたヴァン謡将に何か恨みを持っていたらしいが、ティアの譜歌のせいで多数の怪我人が出ている。ミリアも、その一人だ」
ジェイドとイオンの顔色がにわかに変わった。
「……待ってください。それじゃあミリアが幽霊になったのは……?」
「ミリアは……譜歌のせいで、花瓶の上に倒れこんだと見られている」
「そんな! ティア、あなたはヴァンと私情で喧嘩していたんですよね? なぜルークの家を巻き込んだんですか?」
「巻き込むつもりはありませんでした! だから私は譜歌を歌ったんです。……その、譜歌が効きにくい人もいて、殴って昏倒させてしまった人もいるけど、他の人を巻き込まないように私は最大限配慮したつもりです!」
ティアは必死な顔で弁解する。誤解されてはたまらないと思っていったことだが、理解は得られなかった。ジェイドもイオンも、一部始終を見ていたガイですら、信じられないものを見るような目を向ける。居た堪れなくなってティアはさらに弁解を重ねた。
「本当です! 私はルークを、ファブレの人たちを巻き込むつもりなんてなかったんです! 信じてください!」
ジェイドは理解し難いと首を横に振り、イオンは悲しそうに瞼を落とす。理解を得られない衝撃にティアの顔色が青褪めていくが、誰も彼女を気遣うことなどなかった。
「では、ルークは……ティアとの間に擬似超振動を起こしてマルクトに?」
タルタロスが擬似超振動を観測したことを思い出して、推測する。ルークもティアも第七音素術土だった。キムラスカのバチカルにいたルークが、マルクトにいる理由など擬似超振動による移動にしか考えられない。
「ああ」
「なんてことだ」
ルークがマルクトにいるのは事故だった。国境を無理やり越えてきたのではなく、事故ならば、ルークに過失はない。ティアの犯罪の被害者であるルークを、理由も聞かず、ジェイドは拘束して和平協力を要請したことになる。ジェイドは事情を聞かなかったことを激しく後悔した。ルークに謝らなければいけない。
「まあ、そういうわけだから……俺はルークの心の病気を否定しないけど、そうだと決め付けられるものでもないと思う」
「……そう、ですね」
「何にせよ、ここ最近、ルークには心休まる暇がなかっただろうし、街をぶらつくのは良い気分転換になるだろうさ。それですこしは気が晴れてくれるといいんだが」
「そうですね……。私はすこし出かけてきます。ガイ、イオン様を見ていてもらえますか?」
「ああ、いいぞ」
「すぐに戻ってきますので、よろしくお願いします」
ジェイドはイオンは宿屋で休んでいるように告げ、ガイに世話と護衛を頼むと部屋を出ていく。ティアは視界にすら入れなかった。ティアは縮こまって身の置き場をなくしていた。
ジェイドは宿屋を出て左手側にあるマルクト軍基地に向かう。ルークの事情を知った今、彼を都合よく扱う気はなくなっていた。グレン将軍に頭を下げて、事情を打ち明けて、護衛兵の増員とティアの捕縛のために兵を要請する。グレン将軍に烈火のごとく怒りを向けられたが、なんとかジェイドの要請は通り、翌朝には手筈が整うといわれた。礼をいって軍基地をあとにすると、セントビナーの観光をするルークとミリアを見かけた。
観光で幾分と鬱憤が晴れたのか、ルークの表情は明るくなっていた。きっと、ミリアも傍で笑顔を見せているのだろう。
楽しそうなところに水を差すことはあるまい。宿に戻ってきたら、ルークに謝罪することにして、ジェイドは宿に戻った。
(2016/07/16)
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