「やっと帰ってこれたぜ」
バチカル港にキャツベルト船が停留する。ルークたちは船旅の疲れが滲んだ顔でぞろぞろと船を降りると、バチカル港にはキムラスカカラーの赤い軍服を着た軍人一同がルークの帰りを待ちわびていた。中でも、胸部に勲章を身に着けた一人の女性が前に出る。きりっとした面持ちが特徴的で、身だしなみが整った女性だった。
女性はルークの前に立つと、一層背筋を伸ばし敬礼する。
「ルーク様、無事のご帰還心よりお祝い申し上げます」
「ああ、えーと、……」
「申し遅れました。キムラスカ王国軍少将ジョゼット・セシルと申します。インゴベルト陛下より命令を受け、セシル小隊がルーク様のご帰還をお迎えにあがりました」
「ああ、そうか。ご苦労」
「そちらの方々は……」
セシルの視線がイオンとジェイドに向かう。おどろく様子も見せないことから、正体が事前に知らされていたのだろう。ルークはイオンと、アニス、ジェイド、それにガイ、マルクト兵を紹介した。
「こっちは導師イオン、隣にいるのは導師守護役のアニス・タトリン。和平使者のジェイド、うちの使用人のガイだ。それと、ジェイドの後ろにいるのは、ジェイドの部下たちのマルクト兵。彼らには道中たいへん世話になったから、よくしてやってくれ」
「……はっ!」
セシルはルークの言動にこそおどろいたように眉を跳ね上げたが、すぐさま表情を戻した。イオンは青白い顔でぎこちなく微笑む。アニスは笑顔で「よろしくお願いしまーす」と愛想よく接した。ジェイドも――初対面ではわからない程度の――愛想笑いを浮かべて挨拶をする。ガイは驚愕に目を瞠っていたが、慌てたように面を伏せて「よろしく」と答えた。
「ちょっとルーク、私のことは?」
ティアがむっとした様子で口を挟む。一人だけ紹介されずに臍を曲げていた。
「やることを忘れてなかったから、すこしは見直したと思ったのに……」
セシルの米神がぴくりと引き攣り、イオンの顔色がさらに蒼くなる。ルークは冷え冷えとした目で一瞥したあと溜息をついた。
「……ルーク様、彼女は?」
「あー、放っておけ」
相手する必要ないと、ルークは切って捨てた。それにますますティアが臍を曲げるが、ルークは知らんぷりするとセシルに城までの案内を頼んだ。
バチカルは巨大譜石の落下でつくられた窪みを利用してできた街だ。
施設や建物、一般住居で作られた城下町。その上の階層に、貴族街、城へと続く。上下に上り下りするため、移動手段は天空客車と昇降機のふたつに限られており、このふたつの譜業はバチカルの観光名物にもなっている。
「たっけー」
昇降機に乗ると、今まで味わったことがない浮遊感にルークは身を強張らせた。徐々に上がっていくうちに緊張感は解けたものの、一望できる景色に目を輝かせる。
人で賑わう城下町、平民が生活を営む住宅街、それらが収まった巨大譜石で作られた大きな窪み、バチカルから遠くの街に伸びる街道、平原、森、ゆったりと行きかう魔物、商人と思われる馬車すべてが見えた。
「ルーク様、危ないですよ」
ルークは思わず前に出てより景色を味わおうとするが、ミリアに声をかけられて踏みとどまる。今まで経験したことがない高所にミュウが固まっていたので、ルークは落ちないよう抱き上げてやる。そうしている間に昇降機は止まり、ルークたちは上層部にたどりついた。
軍用施設の前を通り、ファブレ公爵家のすぐそばを通り抜けて、城にたどり着く。セシルと城の前で別れると、ルークはそのまま城に入り、兵士に声をかけて、インゴベルトの居場所を尋ねた。陛下は謁見の間にいるらしく、大詠師モースがいるという。しかも居座って威張り散らしているらしい。ルークの眉間が狭まる。ルークは警備兵が止める声も聴かずに、謁見の間に乱入することにした。
「――マルクトは開戦準備を整えており」
「適当なこと言ってんじゃねーぞ!」
「無礼者! 誰だ! 今、私が陛下と謁見の……」
「叔父上、ただいま戻りました」
モースの言動を遮り、ルークは謁見の間の中央に向かう。モースのことなど知ったことではないと見事なスルーを披露して、周囲を唖然とさせた。
「お、おお、ルークか。よくぞ無事に戻った」
「叔父上、モースの言動なんて信じないでください。マルクトは開戦準備なんてしてません。エンゲーブとセントビナーに行きましたが、のどかなものでした」
「なっ、なにを……失礼ながらルーク様に軍事のことなどわかるわけが、」
「はあ? 見てきた俺の意見より、他人から股聞きしたあんたの意見のどこに正当性があるんだよ。つかあんたのその情報間違ってるぜ。叔父上に誤った情報べらべらしゃべって恥ずかしくねーの?」
「ッ!!!!!」
ルークは鼻で笑って一蹴する。ジェイドは明後日の方向を向きながら「いやあ、実に煽り上手ですねえ」と小声でつぶやいた。イオンとアニスとティアは驚愕の表情で固まり、ガイとミリアは遠い眼で「ルークの奴、鬱憤溜まってるな……」「長旅でしたから……」と声を揃えて会話になっている。ガイにはミリアが見えていないのだが。
「大体よ、なんで偉そうにしてんだよ。てめーの部下がやったことわかってんの? あんたの部下のティアのせいで、俺はジェイドたちに会うまで前衛で戦わせられて『詠唱中は守って!』とか、人のうしろに引っ込んだティアに『踏み込みが甘い!』とかさんざん言われてきたんですけど?」
モースは瞠目してぱくぱくと口をはくつかせていた。ルークはこれまでの旅路を思い出してふつふつと煮えたぎるような怒りを覚えていた。モースを睥睨すると、口角をつりあげて皮肉った笑みを浮かべる。その形相はアッシュと似ていたのだが、今のルークに指摘できる者などいない。
「うちの使用人共を攻撃譜歌で眠らせておいて、まともな謝罪もなし。それどころか巻き込まないようにしたとかよくわかんねー理屈こねて正当性を主張するし。こんなところでマルクトが開戦の準備をーとかホラ吹いてる暇あんなら、部下の教育しろよ。つか部下の教育ひとつ満足できてねーくせに、なんでこんなところにいるんですかねえ? ああ、暇なのか! 邪魔だからどっか行っててくださいーとか部下たちに歪曲に言われちゃったりした? そーだよなあ! 部下もコントロールできない上司とかいねえほうが余計なこと言われなくて済むもんなあ! 今頃あんたたちの部下はダアトでのびのびやってるだろうぜ」
「ぶ、無礼な」
「無礼? その言葉あんたの部下にこそ教えてやってくれませんかねー。人のこと馬鹿にして、やれ見直したわとか、ここは戦場よとか、足手まといにならないでとか偉そうに講釈垂れてた奴に。大詠師モース旗下情報部所属ティア・グランツと名乗った誰かさんによー。あん?」
「う、あ、」
モースの額にびっしりと汗が浮かんでいく。言われ慣れてない暴言の数々に、次第に目を回しはじめて、体を小刻みに揺らし始めた。
謁見の間はもはやルークの独壇場だ。どこのごろつきだと言わんばかりにルークはモースに詰め寄って睨みを聞かせていた。
ルークの独壇場を見守りながら、ジェイドたちは小声で会話をする。
「……あの暴言のレパートリーは誰が教えたんでしょうね?」
「お、俺じゃない、俺じゃないぞ!?」
ガイは脂汗を浮かべて心外だと首を振るが、ジェイドの冷えた眼差しにしどろもどろになる。ミリアには心当たりがあった。
ガイと騎士がしゃべってる会話を、以前ルークが隠れながら盗み聞いていた光景を見たことがある。もしかしたらそれで覚えたのかも知れない。軟禁されているルークの前では、誰も外のことを離さない。ルークが外に憧れを抱かないように皆配慮している。だが、ルークの眼が届かない場所で、話をすることはあった。ガイと騎士は、街で可愛い女の子を見つけた時や、街を荒らしていた輩を倒した時のことを武勇伝のように話すことがあった。その時、ミリアは常にないガイたちの粗暴な言動の数々におどろいていたが、ルークが話に聞いたことを真似していたら。
――今ジェイドに白い眼を向けられているのは、ガイの自業自得である。
ミリアは生温い笑みを浮かべて、ジェイドの視線から逃れようとするガイと、モースに詰め寄るルークを交互に見やった。
「も、モース様、」
ルークの暴言に泡を食っていたのはモースだけではなかった。話題の当人も血相を変えておろおろと慌てている。ルークを止めようと口を開くが、あの暴言を自分に浴びせられたらと思うと、気おくれしてしまう。
その間にもやまないルークの口撃に、ティアの顔色もとうとうなくなり。
どさりという音が重なって、音の出所に視線を向けるとモース、ティアそれぞれ卒倒していた。
ルークから浴びせられた言動が衝撃的で、元々高血圧だったモースは、あっという間に頭に血が上ったようだ。ティアも上司に心労をかけたショックと、暴言の数々に頭がパニックになって気絶したらしい。そんな二人にも構わず、ルークは能面のような表情で一言告げる。
「起きろよ」
容赦ない。
「る、ルーク、その辺に……」
インゴベルトが止めるとルークはようやくやめた。怒りが収まっておらず冷えた表情をするルークに、みな腫物を扱うような慎重な――怯えた――態度だった。ルークがジェイドたちを紹介し、ジェイドが和平親書を手渡すと、インゴベルトはルークをちらちら見ながら考える時間をくれと和平使者一行を謁見の間から追い出した。ティアが起きたのは、和平交渉が終わった後のことだった。
ジェイドとマルクト兵の部屋、それにイオンとアニスの部屋は与えられることになったが、用意まですこし時間がかかるという。
ルークは家に帰るべく別れようとしたが、アニスが「あっ、ルーク様ぁ」と甘えた声を出して引き止めたせいでできなかった。
「あのぉ、ルーク様のおうちに、あたし行ってみたいなー、なんて」
「はあ?」
「お願いしますぅ」
ね、いいでしょ、とルークの腕に抱き着いて甘える。
「アニス、ルークの迷惑になってしまうのでやめてください」
「えー? いいじゃないですかぁ。すこしでも一緒に旅したんだし、その誼で。ね? いいでしょ、ルーク様」
ちっとも良くなかったが、家を目前にして、押し問答を繰り広げるのも面倒だった。ルークは度重なる心労で家に帰りたい気持ちでいっぱいだったのだ。
ルークは溜息を吐いて「しょーがねーな……」と渋々受け入れる。それに図に乗ったアニスがもしかして脈有り? とにやりと笑っていたが、誰もツッコミを入れなかった。どうせ、あとすこしの付き合いだ。ルークもジェイドも見逃していた。
「すご……」
ファブレ公爵邸を見て、アニスはぽっかりと口を開けて呆然とした。ルークが門を潜りさっさと中に入ってしまう様子を見て、慌ててアニスたちは追いかける。
「「「おかえりなさいませ、ルーク様」」」
「出迎えご苦労」
ルークの帰還を聞きつけ、玄関で出迎えた使用人一同は整然と並び叩頭した。ルークはその様子を見ても平然としていて、貴族らしい姿をアニスたちに意図せず見せつけた。ルークの態度がフランクだったから、アニスたちは気安く接していたが――ここにきて、問題があったのではないかと周囲の様子を見て、思ってしまった。気おくれするアニスたちの前で、ルークはラムダスと名乗った執事と話しはじめた。
「俺がいない間、なにかあったか?」
「奥方様がルーク様が消えた心労でお倒れになりまして、他にも使用人の何名か重軽傷で寝込んでおります。中でも、ミリアは今もなお意識が戻っていません。なんとか譜業で延命していますが、このまま意識が戻らない状態がさらに続けば、遠からず……と医師からは言われております。旦那様がなんとかミリアが助かるように、内外から医師を呼んでいるのですが……」
「ミリアはそんなに深刻な状態なのか……」
ルークは難しそうに顔を顰めて、ついつい後方にいるティアを睨む。ティアは、気まずそうに視線をそらした。
「それにしても、父上が一人のメイドを気にかけるなんて珍しいな」
ルークはそういうと、母とミリアを見舞うために母の寝室に向かおうとしたが、ミリアからストップがかかった。
「ルーク様、お待ちください。まずはお体の汚れを落とし、お洋服の着替えをお願いします」
「ん、ああ……そうだな。母上のところに行く前に、シャワーを浴びる。着替えを用意しておいてくれ」
「かしこまりました」
シュザンヌは体が弱い。長旅から帰ってきたルークがどんな病原菌を持っているかわからないので、体の汚れを落とさずに会うことはできない。ミリアに止められて思い至ったルークはすぐさまラムダスに着替えの用意をしておくように命じた。
「イオンとジェイド、それに護衛たちは応接室に。おまえたちは勝手にしろ。くれぐれも母上の寝室と、父上の書斎に近づくんじゃねーぞ。余計な真似したら、即行叩きだすからな。ガイ、そいつら見張っとけ」
客として招いてもいいのはイオンとジェイドと、世話になったマルクト兵だけだ。ティアとアニスに関してはもてなす必要を感じない。ルークの物言いに、アニスとティアがむっと眉をつりあげ、ガイは苦笑を浮かべたものの何も言わなかった。
ルークは他の使用人にイオンたちを応接室に通すように命じると自室に向かった。ミリアは自分の体の様子を見に行った。ルークは母の見舞いが終わったらミリアのところにも顔を出すことに決めた。
2016/10/18
prev next
back