(すっかり痩せちゃったな)
ミリアはベッドに横たわった自分の姿を、不思議そうに眺めていた。
目の前で眠る自分が、別人のように思えて、これが自分とは思えない。
枕に頭を預けた女性は、見る者が痛ましく顔を歪めるほど痩せていた。
ふっくらと丸みを帯びていた頬はこけて、呼吸器をつけられた唇は血色を欠いていた。枯れ木のように細い腕、手首には青い血管が透けて見えた。わずかに上下する胸からは脂肪が削ぎ落されて貧相になっている。毛布を剥ぎ取れば、きっともっと見るに堪えない姿があるのだろう。
そんな、すっかりと痛ましくなった自分を、ミリアは凪いだ心で見ていた。ぼうっと。まだ夢の中から醒めていないような、寝起きの人間の眼差しで。
ミリアの傍には、眠る自分の容態を保つために呼ばれたであろう医者がいた。他にも、看護のために用意されたメイドたちが数人いる。
一介のメイドが意識不明になっただけで、ずいぶんと物々しい。
ミリア本人ですら訝しく思うほど手厚い看護体勢だった。
(わたしは、ただのメイドなのに)
ミリアは素性が知れない人間ではない。バチカルの一般市民の子供だ。家庭環境は悪くないが、中流寄りの下流階層生まれだった。
父は流行り病で倒れ、母は再婚して良い暮らしをしているが、ミリアは家を出た。ミリアの父は亡くなった父だけで、他の人と再婚した母に対して複雑な思いを抱いていて――母の幸せを邪魔する気はなかったが、新しい家族に溶け込める気もしなかった。
だから、ファブレ公爵邸の住み込みの使用人の募集を見て、藁にも縋る思いで応募した。
運よく住み込みで働けるようになった今が夢のようで、何とか役に立とうと与えられた教育を身につけようとしたが、いまだに敬語ひとつ満足にこなせない駄目メイドだ。
血縁関係がはっきりとわかるくらいには父親と似ていて、出自が高貴というわけでも、家が裕福というわけでも、器量が良いわけでもない。はっきりいってミリアはいつ死んでも、悲しむ人物が少ない人間だと、自分で思っている。母くらいは悲しんでくれるだろうが、新しい家庭を育んでいる母の悲しみがそれほど深いものとは思えない。
こんな手厚い看護を受けるほど、自分に価値があるとは思えないのだ。
だからミリアは自分を生かそうとする医者やメイドたちを、不思議そうに見ていた。
こんなにたくさんの人たちに生きていることを願われているが、きっとすべて無駄になるだろう。
ミリアは自分の体の状況を冷静に把握していた。
ミリアの呼吸はか細く、手首に巻きつけられた管が自分の命をかろうじてこの世に留めている。だが、それも時間の問題だ。
「……わたしが死んだら、誰か困るのかなあ」
こうまでして、自分を生かす価値があるのだろうか。彼女は、まるで死人のような自分の体を眺めたまま、呟く。
その呟きを拾う者はいないはずだったのだが――ドアが急に開いて、不機嫌そうな声が降ってきた。
「あたりまえだろーがバカメイド。少なくとも俺は困る。だからンなアホなこと言ってんじゃねーぞこのバカアホポンコツメイド」
「……ずいぶんとこき下ろしてくださいましたねルーク様!?」
「うるせーおまえが悪い。バカなこと言いやがって」
悪態をつきながらルークは病室に入り込んだ。驚く医者たちを気にかけず、ミリアの横をすり抜けて、ベッド近くにある椅子に腰を下ろす。ミリアに背を向けて、ベッドに横たわるミリアの体を見ながらルークは呟いた。
「……泣いてんじゃねーよ」
ミリアは唇を固く結んだ。そうでもしないと、嗚咽が漏れそうだった。
「……泣いてないです」
間髪入れずに返ってきた言葉がうれしかったなんて、そんなこと。
「そーかよ」
ルークはミリアの声が震えていたことに気付いていたが、気付かないふりをして、背を向けていた。じっと睨むように、翡翠の双眸はベッドに横たわるミリアを見つめる。
ミリアの顔は青白く、ぴくりとも動かない。呼吸するたびに上下する胸だけが、彼女が生きていることを教える。
さっさと起きろ、このバカ。ルークが胸中で呟いた言葉は届くはずもなく、ミリアは目を覚まさない。
*
「……ねえ、ガイ」
気おくれしたようなティアの声が和やかな雰囲気になっていた応接室に落ちた。ルークが一行から離れて、四十分ほどにもなるだろうか。最初の十分ほどは静かにしていたが、三十分も経てば気が抜けて口も軽くなる。
もとよりルークの家に興味があったのはアニス一人で、ジェイドとイオンは和やかに談笑していた。アニスは暇を持て余して足をぶらぶらとさせていたが、勝手に家をうろつくほどではない。他人の家であり、自分は客であることを理解しているからだろう。その自制も、長い間放っておかれたら解けるのは明白で、あともって三十分といったところか。それまでにルークが戻ってくることを期待したい。
ファブレ公爵邸に戻ったからには、ガイも使用人として職務に戻る必要があるのだが、家主の息子であるルークがティアたちの監視を命じたため、応接室に留まっていた。
応接室に案内されたのはイオン、ジェイド、マルクト兵くらいだが、客人――否、不審者に公爵邸をうろつかれるのも嫌がった使用人たちによって、ティアたちもまとめて応接室に案内されている。
アニスなどはルークに好きにしろといわれた大義名分を手に、家の中を見てまわりたかったようで、不満げな顔でお茶請けのチョコチップクッキーをかじっている姿が目についた。
「どうかしたか?」
ガイはティアに話しかけられて首を傾げる。ティアはきまりの悪そうな顔で視線を素早く走らせては、思い悩むような表情をしていた。
「その……ルークのことで……。彼を巻き込むつもりはなかったけれど、ルークを巻き込んだのは事実だから、せめて、ご両親には謝った方が良いじゃないかと思って。ガイに、取り次ぎをお願いできないかしら?」
「え?」
そんなことを考えていたのか。栗色の長髪と、露出した服装のわりに、ティアが真面目であることはわかっている。
悪い人ではないのだろうが、如何せん、どうにも間違っていることも。
ガイとしては、ティアの謝罪の姿勢は好ましく思えた。だが。
「そうだな……俺も謝罪はしたほうが良いと思うけど、取り次ぎに関しては俺よりルークに聞いてみるべきなんじゃないか?」
と、ガイは応えながらメイドを呼び、お茶のお代わりを持ってこさせた。ルークを待っている間に、すっかりとお茶は冷めてしまったのだ。
「今のルークは私の話に聞く耳を持たないわ」
きっぱりとティアは言い切った。
メイドはすぐさまお茶のお代わりを持ってきた。ティーポットの中で茶葉を蒸らしている間、ガイはティアの話に付き合う。
「はっきり言い切ったな」
「だってそうでしょう? ……ルークは、私の話を聞いてくれないわ」
ティアは悲しそうに俯いた。イオンがいたましそうに眉を寄せるが、ジェイドは冷ややかな目で彼女を見ていた。ガイといえば「まあ、そうかも知れないな」と頷いた。
とはいえ、二人が出会った経緯が経緯だ。ルークのあの態度は仕方ないといえば仕方ないが、度を超しているように見えなくもない。
茶葉の蒸らし時間になったので、ガイはティーポットを手に取り、イオンとジェイドのお茶を優先的に入れ替えた。ティーポットの口から流れ出る液体は濁りのない琥珀色で、カップになみなみと注ぐと、芳醇なダージリンの香りが立ちのぼった。ティーカップをイオンたちに差し出すと、ありがとうございますとお礼が返ってくる。
イオンはほっと小さな息を漏らして、早速ティーカップに口をつけて、暖を取るように両手に包んだ。どうやら体が冷えていたらしい。
公爵邸は快適に過ごせるような温度に保たれているが、何分広い家だ。じっとしていると寒くなるのも仕方なかった。
「ルークにいうだけ無駄だから、こうしてガイにお願いしてるのよ」
ティアはガイから同意を得られて勢いづいたのか、ほんのすこしだけ、語調を乱した。ルークを非難がましくいう彼女に、自然とガイの眉間が狭まった。
「ルークにいうだけ無駄、ね……。ルークが君の話に聞く耳を持たないのは、君のルークへの態度が原因なんじゃないのかい?」
きつい言い方になってしまったが、ガイは撤回する気はなかった。ティアがハッと瞠目して、話を聞いていたジェイドが意外そうに眉を跳ね上げた。
「……ガイも、怒っているの?」
ティアは顔色をなくして、ガイを恐々と見つめる。
「怒らないと思うのかい? ルークほどじゃないが、俺だって君に危害を加えられているんだぜ」
ティアは蒼褪めた。味方だと思っていた人間に裏切られたような、ショックを受けた表情で呆然としている。ジェイドやイオン、アニスも、驚いたような顔でガイを凝視している。ガイは小さく嘆息をついた。
「何か誤解してるようだが、俺は最初からティアの味方になったつもりはないぞ」
ティアが何も言えずに黙り込む中、ジェイドとイオンが彼女の心情を代弁するように口を開く。
「それにしては、ティアの味方をしていたように思えますが」
「そうか?」
「ええ。僕も、その……ガイはティアの味方だと思ってました。今までどちらかといえば、ティアの発言に寄り添うように、ルークを諫めていたので」
「そんなつもりはないんだが……旦那たちの目にそう見えていたってことは……もしかしたら、ルークにも誤解されてるかもしれないな」
あちゃあ、とガイは額に手を当てて天井を仰いだ。心外だった。
「言っとくが、俺は本当にティアの味方をしてるつもりはないぞ。ただ、俺はルークの教育係だ。だから、ルークが人を傷つけるようなきついことを言ったら、それを諫める必要がある」
本当は荷が重たいんだがな、とガイは苦笑した。教育係ができるほど、自分はすぐれた人間ではないと自負していた。
「……あいつは記憶喪失になってから、今までずっとファブレ公爵家から出たことがないんだ。この家の者たちはみんなルークにやさしいが、外に出ればそうもいかないだろう?」
ファブレ公爵家という鳥籠で育てられたルークは、文字通り箱入り息子だ。この家で彼を傷つける者はいない。いたら排除される。そういう場所でルークは育てられた。ガイはそのことについて、思うことがあった。
「いつか、あいつの過ぎる言葉のせいで、本来買うはずのない恨みを買ったり、あいつ自身が傷つけられることもあるかもしれない。ルークには対人関係の経験が不足してるから、人とたくさん接して、言葉の使い方を覚える必要があるんだよ。だから、あんまりにも言葉が過ぎるようなら、誰かが諫めてあげなくちゃいけないんだ」
ティアが光明を見出したように目を輝かせた。口を開きかける。それなら私が、と先んじて言おうとした彼女の言葉を遮るようにガイは話を続けた。
「それができるのは、俺やミリア、ルークに近い人間だけだろう?」
よくわからない奴に、ましてティアには絶対説教されたくないと思うし、とガイは小さく続ける。ジェイドは同感だったらしくティアを一瞥しただけで、頷いた。
「だから、まあ……君がシュザンヌ様に謝罪したい気持ちは否定しないが、俺はそれを許可できる立場じゃない。ルークに聞いてみてくれ」
謝罪をしないよりはした方がいい。よく今さら謝罪しても、自己満足になる……というが、それは加害者や第三者の意見だ。勝手に被害者側の意見を、第三者が、ましてや加害者が決めつけていいものではない。
被害者は加害者にされたことを決して忘れない。昨日起きた嫌な出来事ですら忘れにくいのに、命を脅かしかねないほどの事件に巻き込まれた事実を、どうやって忘れるというのだ。
時間の経過が心の傷を癒してくれることもあるかもしれないが、それは本人が決めることであって、赤の他人が決められるものではないのだから。
「……わかったわ」
ティアはぐっと黙り込むと頷いた。納得していない表情だったが、ガイが自分の味方でないことによほど衝撃を受けたらしく、青白い顔で引き下がった。
ティアはルークの母親に謝罪したいというが、ルークと軋轢を生じつつある彼女が彼に許可を得るとは考えにくい。
もしかしたら、シュザンヌの部屋を見つけて、無理やり入ろうとするかもしれない。目を光らせておく必要がある。
ガイはティアの動向を気にしていたが、彼女に用足しを告げられると無理に追うこともできず。部屋の近くにいたメイドにティアの監視を任せた。
「ルーク、ここですの?」
ティアと入れ替わるように、ガイたちの目の前に一人の女性が現れた。豪奢な金髪を揺らして現れた女性に、ガイはぎょっと瞠目した。
「あら、ガイ。戻ってましたのね。お久しぶりですわ」
「ナ、ナタリア様? どうしてここに?」
「もちろん、ルークの帰還を聞きつけてですわ。城にきたというのに、ルークったら、婚約者のわたくしに挨拶もせずに公爵家に戻るんですもの。だから、わたくしがきて差し上げたのです」
「は、はあ……そうですか……」
「それよりもガイ、ナタリアと呼びなさいと言ったでしょう。あなたも幼馴染ですもの、遠慮する必要はなくてよ」
「いやいや、そういうわけにはいきませんよ」
「固いですわね……。まあいいですわ。そんなことより、ルークはどこですの? それに、そこの方たちは? ……マルクト兵のようですけれど」
ナタリアはぐるりと応接室を見回すと、ジェイドたちのところで視線を留めた。ジェイド、イオンを交互に見やると、訝しげに細い眉を寄せる。
「それに、導師イオンに、導師守護役ですわね。いったい何事ですの?」
「いや、それは俺の口からはちょっと……」
どうやらナタリアは詳しい事情を知らないらしい。マルクトから和平使者が訪れ、その仲介役に導師イオンが訪れていることは、口止めされているわけではない。
早晩、事情は噂という形で広まるだろうが、今のナタリアには知る資格はないらしく、何も知らないまま公爵家に訪れたようだ。なら、ガイに教える権利はない。ガイが口ごもると、面白くなさそうにナタリアは顔を顰めた。
「……まあ、いいですわ。そんなことより、ルークはどこですの?」
「ルーク様なら、シュザンヌ様のところだと思いますが」
「それが叔母様のところに行ってもいなかったのです。ルークの部屋を訪ねても不在ですし……」
「ああ、それなら、たぶん、ミリアの見舞いでしょう」
俺もルークが戻ってきたら一度ミリアの様子を診ておきたいと思っていて、とガイが続けようとしたが、ナタリアから冷ややかな雰囲気が漂って口を閉じる。
「――ミリア? なぜルークが使用人の見舞いなど……いえ、やさしいルークのことですもの。使用人が怪我したのなら見舞いの一つくらいはしておこうと思ったのでしょう。でも、そう、ミリア……」
ナタリアの声がだんだんと低くなっていって、ガイは女性の恐ろしさに慄いた。
「あの、ナタリア様? ルーク様とミリアは、ナタリア様が思ってるような仲ではなくてですね、」
「わたくしは何も言ってませんわ」
たしかに言っていないが、ナタリアが纏う雰囲気と表情が雄弁に面白くないと言っている。
「ミリアは怪我人で、ルーク様は見舞いをしているだけですから。ナタリア様が邪推するような仲ではないので、ミリアが元気になっても変な目で見ないでくださいね?」
「当たり前でしょう。おかしなこと言わないでくださいませ」
つんと顎をあげてナタリアは澄ました表情になると、ジェイドたちに取り繕った笑顔を向けて、応接室を出て行く。
ガイはどっと疲れて、肩から力が抜けた。溜息を吐くと、ジェイドは「あれがナタリア王女ですか。いやはや、ルーク様の苦労も偲ばれますねえ」とつぶやく。アニスはライバルの出現かと敵意を燃やしていた。
「ナタリア様もな……普段は王女らしい気品あふれる方なんだが……ルークのこととなると、どうにもな……」
七年前、ナタリアはルークと相思相愛の仲だった。
そのせいで記憶喪失後のルークが、ナタリアに対して愛情や好意を喪ってしまい、耐えられなくなってしまった。ルークへの執着心は日に日に大きくなるばかりで、ルークの傍に自分以外の若い女性がいるとあからさまに不快感を示すのだ。だから公爵家には、若いメイドは限られた数しか存在せず、いたとしてもルークの傍から外されている。
ナタリアに対して公爵たちが理解を示していたからこそできることだが、怪我人相手に嫉妬心を燃やすのは行き過ぎだ。面倒なことにならなければよいのだが――ガイの祈り空しく、面倒なことは起きた。
ティアがシュザンヌの寝室に侵入しようとし、それを阻もうとするメイドと軽い言い合いになった。
騒ぎを聞きつけたルークがミリアと共に現れて、ルークとティアが口喧嘩していると、そこにナタリアが現れて騒動が拡大した。
ルークとティアの関係を邪推するナタリアと、彼女に責め立てられて辟易しながらも母の寝室に無許可で侵入しようとしたティアを叱るルーク、謝罪を真っ向から否定されて反発するティアという三すくみの状態はしばらく続いた。
騒動が収まったあと、ガイはティアへの監視を怠ったとして叱られたが、今回ばかりは甘んじて受け入れるしかなく。
ガイが疲れて溜息を落とすと、ジェイドが生温い笑みで励ますように肩を叩くのだった。
キムラスカ王国は三日間の会議ののち、マルクト帝国の和平交渉を受けることにした。
ユリアの第六預言によると、ND2018にルークがアクゼリュスに向かうことが預言で決まっており、それによってキムラスカ王国の繁栄が築かれるという。
マルクト帝国の和平交渉は渡りに船だったらしく、ルークは祖国の繁栄のため預言通りにアクゼリュスに向かうことになった。
ルークは同行者の中にティアがいることにあからさまに顔を歪め、そんなルークを見て彼女も不機嫌そうにそっぽを向いた。二人の緩衝材としてガイも同行することになり、嫌な役割を押し付けられたと肩を落とした。
ミリアは公爵邸にいても仕方ないので、ルークに再びついていくことにした。公爵邸にいてもミリアは誰とも意思疎通ができない。自分の眠ってる姿を見ていても、気が滅入るだけだ。それなら、ルークの傍でくっつきまわってるほうが、よほど有意義だった。
どういう理屈かわからないが治癒術を使えるなら、足手まといにもならないだろう。
ジェイドたちは公爵邸の外で待っていた。ルークは荷を確認すると、ちゃっかりとついてくるミリアに視線を移す。
「ミリアもついてくるのか?」
「はい、お邪魔でなければ」
「全然かまわねーぞ。すこしは役に立つしな」
ルークはニッと笑ってミリアの同行を受け入れた。ティアに治癒術を借りなくても済むと思っているのは明白だった。
「おーい、ガイそろそろ行くぞ」
ルークは振り向いてガイを呼ぶ。公爵邸の玄関の柱に飾ってある宝剣を、ガイはじっと見上げていた。ガイが長い間遠出するときによく見かける光景だ。
鈍い光を放つ宝剣は、真剣だという。父がホドの戦功で得た褒賞らしく、実に立派な装飾が施されていた。物語の中の勇者が終盤入手するような宝剣は、剣士であれば一目で手に入れたいと思わせるものだ。もしかしたらガイも憧れているのかもしれない。
「ああ……今行くよ」
ガイが宝剣から視線をそらす。ゆるく口角をあげて、ルークの元へとやってきた。
「忘れ物はないか?」
「子供扱いすんなよ」
「おっと、余計だったか」
ガイはからから笑ったあと、すこしだけ真面目な顔になった。
「ところでルーク」
「ん?」
「ティアのことだが」
「あいつの話はすんなよ。イライラする」
ルークが顔を顰めるが、ガイは気にせずに告げる。
「あんまり酷い態度をとるなよ。陛下のご命令で旅を共にするんだから。彼女を許せない気持ちはわかるけど、それでおまえの品性を落としても仕方ないだろ」
「ガイに俺の気持ちがわかるかよ!」
尊敬する師を傷つけられて、強制的に邸から連れ出されて、無理やり戦わせられて。――人を殺した。ルークの苦しみの原因を担ったのはティアだ。それなのに、ガイはティアに酷い態度をとるなという。ルークから見て、ガイはティアに絆されたようにしか見えなかった。思わず、ルークはガイを睨みつけた。ガイは悲しそうに瞳を揺らして、それでもと強い口調で言った。
「わかるよ。わかるから、言ってるんだ。俺はおまえに、嫌な奴になってほしくない。……頼む、ルーク。聞き分けてくれ」
まるで、子供に言い聞かせるような言葉だった。
ルークはむしゃくしゃして、舌打ちをすると、ガイに背を向けた。玄関に向かって大股で進んでいく。愕然と手を伸ばしたガイを視界の端に留めながら、振り返らずに突き進んだ。整列したメイドに見送られて、ドアを通り抜ける。ガイはルークの名前を呼んだが、ルークは足を止めようと思わなかった。
だから、遅れてルークの後を追いかけたミリアにしか、聞こえなかった。
「……おまえたちの関係は俺と公爵の関係に似ているんだぞ……!」
ガイの血反吐の呟きは、ミリアにしか聞こえなかったのだ。
(2016/11/15)
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