ルークとガイの関係が悪化したのは一目瞭然だった。
 ルークは不機嫌そうに眉間を寄せて、ガイも苦々しい表情で黙り込んでいる。何より二人の間に流れる空気がピリリとした緊張感を孕んでいた。
 旅の幸先が不安になるのは当然のことで、継続して護衛にあたるマルクト兵の顔も曇る。

 親善大使一行のメンバーとして、キムラスカ側から選出されたのは以下の通りだ。
 ルーク、ガイ、精鋭兵でつくられた一個小隊。計二十名ほど。
 それに、公爵邸への罪を不問にしてもらったティアが同行する。
 マルクト側の同行者を合わせると五十名近くの集団になる。親善大使一行は衆目を集めていた。

 ルークは同行者の顔ぶれを見て、イオンとアニスがいないことに気付く。

「イオンは?」
「イオン様は役目を果たし、ダアトに戻ることになりました。六神将が迎えに来るそうです」
「六神将が迎えに?」
「大詠師モースの話では。……当初は我々が送り届ける予定だったんですがねえ、信用ならないと言われまして」

 ジェイドは溜息を吐いて嘆いてみせる。ミリアはジェイドと距離を保ちながら、ガイと共にルークを探している間にケセドニアで聞いた噂を思い出した。

 時期的には、ファブレ公爵邸が襲撃される前のことだろうか。

 大詠師モースによって、導師イオンが軟禁されているという情報が出回り、そのせいで暴動が起きた。暴動の首謀者は判明しておらず、暴動はすぐに神託の盾騎士団によって鎮圧させられたものの、導師イオンの姿はそれ以後忽然と消えた。そのせいで真偽を問う信者たちが詰めかけて、一時ローレライ教団は混乱したという。
 その混乱を齎したのが、ジェイドたちマルクトならば。
 ――大詠師モースがマルクトを信用できないというのも無理はない。

 ルークはダアトで起きた暴動は知らないものの、ジェイドが何かやらかしたことに感づいたのか、胡散臭いものを見る目を向けていた。

「……ふーん。イオンのことはわかった。アニスは?」

 アニスのことを聞くルークは自然と声を抑えていた。ジェイドもそれに合わせて小声でしゃべる。

「ことがことですからね。ダアトで裁くとモースは言ってましたが、私の部下が犠牲になってますから。のちほどマルクトに送ってもらう手筈になってます。……大詠師モースを引きずり下ろすことは不可能ですが、アニスの首の一つくらいは頂きますよ」

 ジェイドは眼鏡を直すそぶりを見せながら、冷ややかな笑みを口元に刻む。殺意が秘められた低い声音が耳を撫でて、ぞわりと背筋を震わせた。ルークは鳥肌が立った腕をさすりながら、心なしかジェイドに距離を取って相槌を打つ。
 ルークは小声のままぼそりと呟いた。

「……ミリア、おまえの気持ちが今よーくわかったぜ。ジェイドは、こわいな」

 ミリアはルークの背中に隠れながら、何回もうなづいた。

 そんなやり取りもさておき。
 親善大使一行は挨拶も程々に、出立することにした。

 アクゼリュスの状況が深刻なため、早急に向かう必要がある。船で行くことに決まり、キムラスカは船の手配をしてくれた。大型船だ。船の操縦員、五十名近くの人員が乗り合わせるうえに、加えて支援物資などを船に詰め込むのだから当然だ。それでもなお船には余裕があり、アクゼリュスの住民を数百人程度収容可能だという。マルクトはキムラスカに頭が下がる一方だ。

 大型船が待ち構えているバチカル港に向かって歩き始めると、神託の盾騎士団の部隊を街中で見かけた。兵士の囲いの中に、イオンがいる。ダアトに戻るイオンの護衛といったところか。彼らに守られるようにして、バチカルの外に向かって歩を進めている。
 イオンは固い表情をしていたが、ルークたちに気付くとすこしだけ表情を和らげた。兵士に無理をいったのか、進行方向を変えて、ルークたちの元へとやってくる。
 ミリアは、イオンの後ろにいる人物を見て、即座にルークの背後に姿をひっこめた。

「ルーク! ジェイド、ガイ、それにティアも……旅の間、お世話になりました。ろくに別れの挨拶ができませんが、お元気で」
「あ、ああ……イオンもな」

 ルークはイオンの背後にいる人物が気になって、イオンの話がまともに入ってこなかった。旅を共にしてきた、ジェイドたちマルクト兵もにわかに警戒する。

「イオン様もお元気で。この度は和平協力感謝いたします」
「いえ、僕なんかがお役に立つなら。……ジェイド、アニスのことは……」

 イオンはジェイドの顔を見ると、視線をやや斜め下に落とした。口ごもった様子で、それでもアニスの様子を聞く。ティアは大詠師モースがとりなした。だが、アニスの件は。ジェイドは目元をきつくすると、親しみのある雰囲気から一転して、氷のような冷たさをあらわにした。

「……イオン様にお伝えすることが遅れましたが……アニスは黒でした。我々はすでにその証拠を握り、大詠師モースと話をつけています。アニスの身柄は、この任務が終わり次第、マルクトに引き渡していただきます」

 イオンの瞳が揺らいだ。動揺が体にあらわれて倒れそうになる。イオンを支えたのは、烈風のシンクだった。

「大丈夫ですか、導師」
「……ありがとうございます、シンク」
「いえ、仕事ですから」

 烈風のシンクはイオンに視線も合わさずに冷たくいうと、ルークと、その背後に隠れるミリアを見て目を細めた。

「赤と黒のメイド服はファブレ公爵家、か。アッシュの話は本当だったみたいだね。浮遊霊、見えてるから出てきたら?」

 シンクはミリアの正体を突き止めているようだった。ミリアは恐る恐るルークの背中から姿を現す。シンクとミリアが会うのはセントビナー以来だ。もう二度と会うことはないと思っていたが、神様は味方してくれなかったらしい。シンクはミリアを見るなり鼻で笑った。ミリアの頬が引き攣るがルークたちの手前怒りを抑え込む。ミリアとシンクの間で冷ややかな火花が散る中、話は進む。

「ジェイド、アニスはダアトで裁きますから、」
「――それは取引の反故ですか?」

 ジェイドの心胆を寒からしめる声が、イオンの懇願を一言で切り捨てる。ジェイドは冷ややかな顔で、蒼褪めたままの導師を見下ろしていた。赤い双眸が鋼のような硬質さを伴っている。一瞬、潮騒以外の音が止んだような気がした。肌が粟立つ緊張感が渦巻く。

「取引の反故、とは……」
「我々マルクトは彼女の行いにより、軍艦一隻と百三十余名の人命を失いました。これに対して、ダアトはいまだにマルクトに軍艦の返還もせず謝罪も賠償も行っていない状況です。大詠師モースとの取引の末、アニスの首で”ひとまず”この件を収めることを決めたのですが……それとも、イオン様はこの破格の条件を蹴り、我々が納得するだけの謝罪と賠償責任を果たしていただけますか?」
「――」

 イオンの瞳孔が猫のように丸くなる。唇をわななかせている導師の姿は観客の同情を誘うが、ジェイドは知ったことかと視線を強めた。視界の端で、制止しようとするティアを氷柱のような一瞥で止める。一介の兵士が出る幕ではない。

 イオンはすっかりと黙り込んでしまった。代わりにあとを引き継いだのはシンクだ。

「ダアトの統率者は導師イオンです。その導師イオンを通さずに大詠師モースに交渉したことについて、マルクトはどうお考えですか」

 シンクの口調に抑揚はなく平坦なままだった。導師イオンの護衛として任務を受けたから、形式的に導師を庇っている。そんな口調だ。シンクの人となりを知らない彼の部下にしてみれば、冷静沈着に聞こえるのだろうが。ジェイドは顎に手を添えて首を傾げた。

「ふむ。では、はっきり言わせていただきましょう。我々マルクトは導師イオンの統率力に疑問を抱いています。ファブレ公爵家、タルタロス、カイツール――そのどれもが導師イオンの部下による犯行です。また、それらの被害に対する導師イオンの態度も、我々の想像をはるかに下回るものでした。アニス・タトリンに対して並々ならぬ感情もおありのようでしたし、ね」
「……つまり、実権を持たず公私混同をする導師イオンと交渉の席につくのは無駄だと。ずいぶんとハッキリ言いましたね」

 シンクが要約すると、ジェイドは軽く肩を竦めてみせる。神託の盾騎士団兵士は自分たちの導師がバカにされたことに腹を立てて険しい顔をしているが、それはマルクト兵もおなじことだ。マルクト兵は固い表情で、神託の盾騎士団の動きを警戒しつつ、殺意を必死に抑制していた。
 今、親善大使一行に顔をそろえているマルクトの部隊の中には、第三師団の中に友や知人がいた者も多い。もしタルタロス襲撃に関与した神託の盾騎士団兵が目の前にいたら、切り殺してやりたいと思う者もいる。それらの者たちは当然、導師の対応に不満を持っている。

 イオンはショックを受けて呆然とした。自分でも思っていたことを、統率者としての未熟さを他人に指摘される。何よりイオンがショックだったのは。

「……僕は、導師なのに……」

 血の気を引かせたイオンの顔には怯えが混じっていた。シンクは導師の顔をちらりと一瞥したあと、やはり抑揚のない口調で、形式的にジェイドを注意した。

「導師イオンに対して失礼なのでは?」
「これはこれは、大変失礼いたしました」

 失礼とはいったが。シンクはジェイドと同様に、まったくそんなことを思っていないようだった。導師に敬意をもたない二人のやり取りは、イオンの心をいたく傷つけた。

「それでは、我々はこの辺で失礼いたします」

 ジェイドが愛想笑いを貼り付けて別れの挨拶をすると、イオンは顔色をなくしたまま弱弱しく頷いた。シンクは目礼すると、導師をうながしてバチカルの外に向かって歩き出す。他の神託の盾騎士団兵たちは苦虫を踏み潰した顔でジェイドを睨んでいたが、導師を守る形で追従した。
 マルクト兵と神託の盾騎士団兵の間に一触即発の雰囲気が張り詰めていたが、火種は燃えずに済んだらしい。ルークは見慣れないやり取りに固唾を飲んで身じろぎすらできなかった。ジェイドは敵を見るような眼で導師一行を見送り、振り向いた。

「では、そろそろ行きましょうか」


 アクゼリュスは南ルグニカ平原の北東にある。バチカルを出立したあと、まず西南に舵を取り、南アベリア平野と東アベリア平野がある大陸を抜けて、今度は北東に舵を切る。そのまま直進して、行き当たったカイツール近くに船を止めることになる。

 直接アクゼリュスに船を停留させたいのはやまやまだったが、アクゼリュスの周辺は山に囲まれていて、船を止められるだけの場所がない。アクゼリュス近くの、パダン平原と東ルグニカ平野の境目に侵入できれば船を近くに止めることは難しくなさそうだが、船が侵入できるほどの幅が足りず、岩などの障害物も確認されているため無理な話だった。

 カイツール近くに止めても、そこからアクゼリュスに到着するまで、パダン平原を越えなければならない。
 健常者なら徒歩で越えられるが、支援物資を運び、なおかつ救助した住民などを連れて歩くには距離がある。そこで、カイツール軍港に配備されている陸上走行艦の一つを借りる。キムラスカに多大な借りを作ることになるが、マルクト側の街道が壊れてしまっているのだから他に手はない。キムラスカ領土を、マルクト軍艦や船が我が物顔で出歩けるなら話は別だが。そんなこと、キムラスカが許すはずもない。

 この件に関してマルクトは頭を悩ませることになったが、ローテルロー橋が壊れた影響で、市場に大きな打撃が出ている今なら交渉の余地はある。キムラスカ国王が和平交渉の判断に悩んでいる最中、数日の猶予があったジェイドはバチカル内を歩き回り、街の様子と市場をチェックしていた。
 現在キムラスカとマルクトの間に国交は結ばれておらず、物流はすべて中立区であるケセドニアを通じて行われている。今まで運搬は馬車で行っていたが、ローテルロー橋の破壊により、船での輸送を余儀なくされた。慣れない船での運送に商品がダメになることは多々あり、その分、商品の価値も値上がりしている。さぞかしキムラスカ国王も頭が痛いことだろう。
 そこで、マルクトはローテルロー橋が復旧するまで、船での輸送費を全額負担をすることにした。無論それだけではないが、本格的な交渉はジェイドの権限を越えている。マルクト皇帝陛下に取り急ぎ連絡を取り、交渉内容に了承を得たとはいえ、詳しい内容などは後日正式に寄越す使者に委ねられることになった。

 話を戻すが、そういう理由でキムラスカの軍艦の使用許可を得たので、アクゼリュスまでの順路については問題なかった。
 懸念されるのは和平妨害だが、キムラスカ、マルクトの精鋭部隊といった並々ならぬ顔ぶれのなか妨害が起こるのも考えにくい。そのため、親善大使一行は大型船に乗り込むと、それぞれ好きに過ごしていた。

 ルークはミリアと共に行動していた。ルークはガイのことを気にしていたが――ガイもルークを気にしていた――ファブレ公爵家のやり取りが尾を引いているようで互いに顔を合わせても必要最低限の会話しかしない。ミリアは今まで見たこともない二人の雰囲気の悪さに緊張して、胃が痛んだ。幽霊でも胃痛になるのかとうれしくない大発見に空笑いも出てくる。
 ガイはルークと居づらいのか大体ティアと行動し、ティアも居場所がないせいかガイと共に行動した。ジェイドは飄々とした笑みを浮かべて、ふらりといなくなり、いつの間にか戻ってきているということを繰り返した。

 船旅は八日ほど続くのだが、ルークは二日経った時点ですでに船旅に飽きていた。

「あー……こんなに退屈なのはひさしぶりだぜ……」
「ル、ルーク様、ほら! ウミネコですよ!」
「ウミネコもイルカもカモメも見飽きたっつーの……。見渡す限り海、海、海! 景色すら楽しめねーじゃねーか!」

 ルークは頭を掻きむしる。両手の指の合間に抜け毛を見つけてしまい、ミリアは注意した。

「ルーク様、ハゲますよ」

 効果は絶大だった。ルークはぴたりと頭を掻きむしるのをやめた。ファブレ公爵の額も年々後退しているため、ルークはなるべく髪の毛を大切にしようと決めている。髪をいじめるのは、よくない。

「……潮風はべたつくし、くさいし、剣舞ばっかりやってんのも飽きたし、つまんねーの。おい、ミリア、なんか面白いことをやれ」
「えっ無茶ぶりやめてくださいルーク様」
「いいからやれよー俺がやれっつってんだからやれよーーあーーん?」
「あの、ルーク様、その絡み鬱陶しいのでやめてください」
「おまえもなかなか言うようになったな……。あーあ! つまんねーの! ヴァン師匠と一緒だったら、稽古でもしてくれんのに」

 ルークは舌打ちして、足元をちょろつくミュウを靴の爪先で突く。みゅみゅみゅ、とおどろいた声をあげてミュウは躓きそうになっていた。

 ヴァン・グランツは妹の後始末を買って出た。親善大使の先遺隊として出発し、アクゼリュスの現状を把握して住民を救助するという。ティアとヴァンの誤解はいつの間にか解けていて、忙しい兄に勘違いで迷惑をかけたと彼女は落ち込んでいる。ティアと行くならヴァン師匠と一緒に行きたかったぜ、とルークは愚痴った。

「……ガイとは話したくねーし」

 ルークは溜息を吐くと、横目でミリアを見た。
 
「ミリア」
「はい?」
「……おまえはガイのことどう思う? あいつ、ティアのことばかり贔屓してるよな」

 ルークは眉間を狭めて不貞腐れたようにいった。実際、不貞腐れている。七年間一緒にいた幼馴染かつ親友である自分を差し置いて、ポッと出のティアを庇うガイが気に入らない。

「贔屓……そうでしょうか?」

 ミリアにはガイは贔屓しているようには見えなかった。ルークとティアの仲がさらに険悪にならないよう、間に入っているだけ。ルークがティアに厳しい態度をとるから、諫めるために、ティア寄りに見えるだけだと思った。

「そうだろ! ティアのことばっかり庇いやがって……! ……ガイのやつ、俺が悪いように言いやがって! なんなんだよ!」

 ルークとガイはティアという一人の存在によって、拗れてしまったようだ。ミリアは生温い目をルークに向けた。

「……ルーク様は、ガイにどうしてほしいんですか?」
「どうしてほしいって…………ティアに構ってんの見るとむかつく。オレのことは責めるくせに」
「ルーク様はガイにそばにいてほしいんですね」
「はあ!? ちげーよ! そんなの、」
「前のように、ガイとしゃべったり、遊んだりしたいんですよね」

 ルークは黙り込んでしまった。不貞腐れた表情は、次第にばつの悪いものへと変わっている。

「自分が一番仲が良いと思ってた友人が、自分の苦手な人と仲良くしてるのが、面白くないんですよね」

 まるで幼い子供の独占欲だ。初めてできた親友が、他の人と仲良くしている姿を見て、覚える感情。微笑ましいとミリアはニコニコ笑う。

「うるせーバカ!」

 ルークは頬に朱をのせて怒号をあげる。しかしミリアがニコニコと笑うものだからすぐに毒気が抜かれ、不貞腐れた様子で「そんなんじゃねーし」と顔をそらす。すると、穏やかに波打つ海にぽつんと白い点を見つけた。しかも、白い点はだんだんとルークたちが乗る船に近づいていた。

「……なんだ……?」

 白い点の正体はすぐに判明した。鳥だ。眼にも鮮やかな白い羽を持つ鳥。鳥の足首には、丸められた手紙のようなものが糸で括りつけられていた。

「ルーク様、伝書鳩です! しかもあれは……インゴベルト陛下の印です!」
「叔父上の?」

 白い伝書鳩はルークの頭上で旋回する。ミリアに言われてルークは腕を差し出した。伝書鳩はルークの腕に羽根を下ろす。その間に、足首に括りつけられていた手紙の糸を解く。身軽になった鳥はふわりと羽根を羽ばたかせて、すぐさま飛び立ってしまった。手紙の封蝋を解くと、羊皮紙には堅苦しい文章が並んでいた。ルークは嫌そうに顔をしかめて、文字を読む。

「なになに――――ナタリアがいなくなっただあ!?」
「ええっ!?」

 驚愕するミリアをよそに、ルークは頭をかきむしって何度も手紙を読みなおした。嘘であってほしいという思いから。

「マジかよ……」
「ルーク様、ナタリア様がいなくなったって」
「よくわかんねーけど城からいなくなったらしい。親善大使一行にくっついてきてる可能性があるから、発見したら保護して送り返せだと……。何してんだよ、ナタリアのやつ……」

 インゴベルト陛下から届いた手紙には、城からナタリアがいなくなったことと、ナタリアが親善大使一行の後を追った可能性が示唆されている。もし勝手に同行してる場合は、発見次第、保護して送り返す必要がある。くれぐれもよろしく頼む、と叔父から願われてルークは溜息を吐いた。

「……ナタリアを探すか」
「はい……」

 大型船だ。隠れようと思えば、いくらでもナタリアは隠れられる。ルークはげんなりした顔で肩を落としてとぼとぼと船内に戻る。そのうしろをミリアもついて行く。

 ――捜索したものの、ナタリアが見つかることはなかった。






 ナタリアは父の反対を押し切り、親善大使一行に同行しようと思った。
 はじめての外交に戸惑う婚約者を立派に支えて、キムラスカ国内にルークと自分の名前を轟かせてやりたかったのだ。

 隠れて城を抜け出して、なんとか親善大使一行に合流すべくナタリアは頭を働かせる。ルークたちはおそらく陸路で行くはずだ。船だと悪目立ちして和平を妨害される危険性がある。それに、父が船や兵を敵国に貸すとは思えなかった。

 ナタリアは廃工場を通り抜けて、街の外で親善大使一行が出てくるのを待つことにした。そこに現れた見慣れぬ一隻の軍艦。キムラスカ軍旗が掲げていないそれは、ナタリアにとって警戒の対象だった。
 見慣れぬ軍艦がバチカルに近づいていることを父に知らせるために城に戻るべきか。だが、そうすれば、自分が城を無断で抜け出したことがバレてしまう。悩んでいると、軍艦は街のほど近くに停止した。動向を注視していると、軍艦のタラップが降りた。
 タラップが降りた先には、導師イオンと烈風のシンクの姿が見えた。そうして、彼らを出迎えるように一人の青年が降りてくる。――ルークと瓜二つの青年が。

 婚約者の姿を認識した時には、ナタリアの足は勝手に動き出していた。

「”ルーク!”」
「っナタリア!?」

 青年の声は、ナタリアの記憶にある婚約者の声よりすこし低かった。だが、ナタリアは彼が自分の名前を呼んだものだから、すっかり青年をルークと思い込んでしまったのだ。
 導師がいるのは、きっとルークが協力を頼んだから。ルークの恰好が神託の盾騎士団の軍服なのは、和平妨害を懸念して変装しているから。これでルークがマルクトの軍服を着ていたのならナタリアも違和感を覚えたが、ダアトはキムラスカと友好関係を保っていた。

「あの、ナタリア殿下、彼はルークじゃなく、鮮血の――」
「イオン様」

 導師が何かをいおうとしたが、ナタリアはわからなかった。言葉を遮るようにして、シンクが口出ししたせいだ。導師は怪訝な顔でシンクを見る。シンクの表情は仮面で隠れているせいでわからなかったが、口元は笑みを浮かべていた。

「シンク?」
「せっかく来ていただいたのですから、ナタリア様には僕達の旅に同行していただいてはどうでしょう」

 シンクの言葉はナタリアにとって渡りに船だった。

「まあ! いいんですの!?」
「シンク、お前は何を言っている!」

 顔を輝かすナタリアと異なり、ルークは焦燥と動揺を浮かべて止めようとする。ナタリアは、ルークが同行に喜んでくれなかったのが不満だった。記憶喪失になってからルークに邪険に扱われることには慣れているが、もうすこし優しくしてくれてもいいはずだ。婚約者なのだから。

「もちろん、ナタリア様の都合が良ければの話ですが」
「良いわけないだろう! ナタリア、おまえはすぐにかえ、」
「――帰りませんわ。もちろん大丈夫ですわ、どうか一緒に行かせてくださいませ」
「ナタリア! おまえは王女なんだぞ。その自覚があるのか」

 ルークはナタリアを何とかバチカルに戻そうとする。王女としての自覚など、記憶喪失以前のルークならまだしも、今のルークには言われたくない。ルークは公爵子息として、王女の婚約者として自覚が不足しているのだから。

「”ルーク”、あなたがなんといっても、わたくしはついて行きますわ。でも、そうですわね……そんなに王女として同行するのが問題だというのなら、わたくしはただのナタリアとして一緒に行きますわ。これなら問題ないでしょう」

 ルークが唖然とした表情で絶句し、導師イオンは目を丸くしていた。良い提案だと思ったのだが。ナタリアが首を傾げる間にも、奇妙な空白が横たわる。

「いいですわよね、”ルーク”?」

 有無を言わせぬ笑顔でごり押しすると、ルークの眦がきつく吊り上がり鼻頭に皺が寄った。ルークを怒らせてしまったようだが、ルークのサポートをすれば彼も許してくれるはずだ。外交経験ゼロのルークをサポートできるのは、自分しかいないのだから。ナタリアがじっとルークを見つめると、彼は苦々しい表情で下唇を噛む。苦渋に塗れたルークを一瞥し、シンクはナタリアを促した。

「……では、タルタロスにお乗りください」

 ナタリアは花が開くような鮮やかな笑みでうなづくと、タラップをのぼりはじめる。何の迷いも躊躇もなく。

 ルークと呼ばれた彼はナタリアの姿を見ていられずに、視線を下ろした。苦悩が入り混じった表情はいっそ悲愴さを見る者に感じさせるのに、彼をルークと呼んだナタリアは気にかけてもくれない。
 イオンは戸惑いながら、本当にいいのかと問うような視線をナタリアに向けていたけれど、当の本人はこれから先の未来に思いを馳せている。
 イオンはどうしていいのかわからない様子で、ルーク――鮮血のアッシュと、シンクを見る。アッシュは顔色をなくしてナタリアのあとに続く。
 そして、シンクは。――嘲笑うような笑みを口元に浮かべていた。
 イオンの背筋をぞわりと冷やした笑みを浮かべたシンクは、瞬きをするほんの一瞬で、元の無表情に戻っていて。眼の錯覚かとイオンは首をかしげる。

「イオン様、どうぞ」
「あ、はい」

 シンクに促されて、イオンはタラップに足をかける。かんかんかん、とタラップを上るイオンの背を見ながらシンクは呟いた。

「……被験者なんて馬鹿ばかりだ」

 この旅で、どれだけあいつの心は壊れるだろうね。と、シンクは口内で嘲る。タルタロスの艦内に入ったナタリアの表情は明るく、アッシュの表情は曇っていて。それはまるで、二人の今後の未来が完全に交わりきることがないような、どうしようもない食い違いが露わになっていた。



(2016/12/16)

崩落前のアクゼリュス付近の詳しいマップがわからなくて執筆に四苦八苦してました。動画などで一応調べてみましたが、想像で補っている部分が大半です。原作のマップと詳細が異なっていても、ご理解お願いします。
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