親善大使一行を乗せた大型船が、カイツール周辺に到着したのは夜のことだった。事前に用意されていたキムラスカ軍の陸上走行艦に早々に乗り込み、アクゼリュスに向かう。ここまでくると、アクゼリュスはもう目前だ。
 艦橋で進路を確認していた艦長の眼がアクゼリュスを補足する。艦内放送でベッドから叩き起こされたルークたちは支度を整え、陸上走行艦を降りることになった。

「……すっげえな……」

 ルークは軍艦を降りるなり瞠目した。街全体を覆いつくす毒々しい赤紫の靄、周辺にはキムラスカ軍の陸上走行艦が止まり銀の甲冑に身を包んだ兵士たちが続々とタラップを駆け下りてくる。それだけでなく、マルクト国旗を掲げた兵士と馬も見えた。救援物資が次々に然るべき場所に置かれキムラスカ軍がマルクト軍と合流する。

「ローテルロー橋が復旧したのか?」
「いえ。臨時的処置として流れ橋を架けてもらったようです。ローテルロー橋のような大きな橋を復旧するには年単位の時間がかかりますが、数台の馬車や人が通る分の橋なら、数か月で済みますから。……間に合うかどうかは賭けでしたが、職人が不眠不休で仕事してくれたようですね」

 ジェイドの声音には安堵が滲んでいた。その裏には、流れ橋の建設に至るまでの苦労が見えた。ルークを保護した後、ジェイドはセントビナーでグレン将軍に助力を願った。助力の中には、ローテルロー橋の復旧を陛下に陳情するものもあった。この一件でジェイドはこっぴどく怒られたが、グレン将軍はしっかりと働いてくれたらしい。ジェイドがキムラスカにつく前には、すでに流れ橋の建設の着工に取り掛かっていた様子だった。
 ルークは感心した様子でマルクト軍を一瞥すると、すぐに状況を思い出し、厳しい面持ちに変わる。

「……とりあえず、街の代表に挨拶すればいいんだな?」
「ええ。ナタリア殿下のことも聞いてみましょう」
「ああ。ミリア、おまえは先にナタリアのことを探してくれ」

 ルークはミリアが幽霊であるため、住人の救助には役立たないと考えている様子だった。物に触ることができないのだから当然といえば当然だ。ミリアも、自分がルークの傍にいても役立たないと思い、彼の命令に素直に応じた。

「はい。ルーク様、お気をつけて」
「ああ。一応、お前も気をつけろよ」

 ルークは口角をあげて無理やり笑みを作ると、出迎えにきたマルクト軍人に先導されてジェイドと共に街の中に入っていく。ガイとティアも後を追いかけた。一人残されたミリアはナタリアのことを探して街をうろつく。

 アクゼリュスは薄氷に立っているような危機的状況だった。

 地面から噴出した障気濃度は日増しに濃くなり、住民の身体に害を成すと同時に、鉱山の地質を脆弱化させた。それにより坑道内で落盤事故が相次ぎ、掘削作業中に天井や側壁が崩壊し、閉じ込められ、救助した時には窒息死している作業員も多数確認されている。障気触害で苦しんでいる住民の救助も早急に救助が必要だが、坑道内で取り残されている作業員もいまだ多く存在しているようで人手はいくらあっても足りない。

 街の代表たちと挨拶するルークたちを尻目に、ミリアは街を見て回った。酷い状況としか言いようがなかった。むき出しの地面に死人のような顔色で横たわる人々がいる。中には救助隊を確認して、安心して、息を引き取る者も多く存在していた。

 ミリアは戸惑ったように救助を待つ人々に手を伸ばしたものの、やはり見えず触れない。どうしようもない無力感に顔色を歪めて、それでも、ルークのいうとおりナタリアを探した。

(……いない……。ここじゃなくて、もっと奥にいるのかな)

 街中を見て回ったがナタリアの姿は確認できなかった。ミリアは街の奥、一際障気が濃い――坑道に視線を向ける。いくら幽霊といえど、闇に足を踏み入れるかのような濃度の高い障気に、ミリアは尻込みする。しかし。うしろを振り向くと、救助活動をする兵士たちの姿が視界に映った。

(……やれることをしなくちゃ)

 ミリアは両手で頬を叩いて気合いを入れると坑道の奥へと足を踏み入れた。


 坑道の奥は酷い有様だった。障気のせいで視界は晴れず足元には頻繁に何かが見えた。それは鉱石であったり、人の死体であったり。ミリアにもし体があったら躓いていたかもしれない。目をこらしながら手探りで狭い坑道を進むと、すこしばかり開けた場所に出た。
 どうやら分かれ道のようだ。ぐるりと周囲を見回すといくつもの穴が見える。掘削した石や鉱石を運ぶためのレールが地面に敷かれ、穴まで続いていた。トロッコの中には鉱石が無造作に居座っている。ミリアは順番に分かれ道を確認し、行けそうな場所を探す。いくつかの坑道は落石で潰されていた。
 ミリアはその中の一つに入ってみる。ナタリアの姿を探してみるものの、人っ子一人いなかった。

「うーん……ここじゃないのかな?」

 ミリアは気落ちした様子で呟く。すこしでもルークの役に立てれば良いと思っていたのだが、今回ばかりは難しそうだ。しょんぼりと肩を落として元の道を引き返す。開けた場所に出た途端、ミリアの耳が話し声を拾った。

「……で、いいんですね」
「ええ、ご苦労様でした。導師」
「いえ、お役に立てたなら良かったです。……あの、僕は住民の様子を見たいのですが。見ても構いませんか?」
「ええ、どうぞ。シンク、お前もついて行ってやれ。導師のことは任せたぞ」
「……わかりました」
「すみません、シンク」

 坑道の奥から出てきたのは導師とシンクだった。二人の間に流れる空気は緊張感に溢れていた。予想外の二人の姿にミリアは呆気にとられる。ぼうっと佇む彼女の姿に二人も気づいた。導師は安堵したように顔を緩めたが、シンクの表情は仮面で覆い隠されていてわからない。

「ミリア、あなたがここにいるということはルークたちもいるんですね」
「イオン様、どうしてここに?」
「和平の行方が気になってしまって。和平は、僕が引き受けた仕事でもありますから」
「そう、ですか……。でも、こんなところにいたら体調を崩しちゃいますよ。すぐに街から出たほうがいいです」
「大丈夫ですよ。僕は人よりすこし体力が持たないだけで、健康ですから」
「でも……」
「そんなことよりルークとジェイドに会いたいのですが、二人はどこに?」

 イオンはミリアの気遣いをやんわりと流した。呆れて物が言えなくなるとはこの事か。ミリアは閉口したものの、すぐに気を取り直した。

「ルーク様たちなら街の出入口の方で救助活動をしてます」
「そうですか。じゃあ、僕たちも行きましょう。シンク」
「……ええ」

 親善大使の居場所を知ると用は済んだとばかり、イオンは街の出入り口に向かって歩き始める。シンクはイオンの後を追いかけながら、横を通り抜ける際に不吉な言葉を漏らした。

「幽霊でも死ぬのかな」

 驚いたミリアが振り返る。シンクの細い背中は質問を拒絶している。二人はそのまま街の出入り口に向かい、障気に飲み込まれるように姿が見えなくなった。
 ミリアはしばし呆然と立ち尽くしていた。幽霊でも死ぬ。シンクがなぜそんなことを口にしたのか理由がわからなかった。

(……なんか、嫌な感じ……)

 足元で大量の毛虫が蠢いているような、全身の毛が粟立つ感覚がした。ミリアは悪い予感を無理やり頭から追い出すと、イオンたちが来た方向に向かってさらに歩を進める。まだ話し声は聞こえていた。


 *


 時は数刻前に遡る。タルタロスはデオ峠近辺で止まった。アクゼリュスに向かうと思われるマルクト軍の隊列が確認されたため、シンクはこれ以上タルタロスで近づくのは危険と判断した。
 先の一件で、神託の盾騎士団とマルクト軍の軋轢は深まっている。不用意に神託の盾騎士団がアクゼリュスに近づくと余計な刺激を与えることになる。そこでシンクは、少人数で部隊を編成しアクゼリュスに向かうと口にした。
 和平成立のためアクゼリュスに向かいたい導師イオンを中心に反対する者は誰一人おらず、導師とナタリアの周囲を固めるための小隊が結成された。もちろん精鋭から集められた兵士である。万全を期すべく入念な準備が行われた。アッシュたちは神託の盾騎士団兵士とばれないよう軍服を脱ぎ、旅人と同じ服装に変えた。

 アッシュは依然として、ナタリアに”ルーク”と誤解されたままだった。事実、アッシュは”ルーク・フォン・ファブレ”でもあるのだから、否定しにくい。タルタロスでの一件により、ナタリアに言葉では表せない複雑な感情を抱いたものの、幼馴染としての情はある。久しく呼ばれなかった真実の名前を呼ばれる幸福は何物にも耐えがたく、いい加減打ち明けるべきだと思いながらも、説明できずにいた。

 それにアクゼリュスに行けば、アッシュが説明せずとも、ナタリアは気づく。ルークとアッシュを比較してみれば、どちらが彼女の知っている今の”ルーク”か一目瞭然だ。ルークはファブレ公爵家であつらえた服装を纏い、一方アッシュは軍服を着用していたのだから。
 気づいたら、もう二度とナタリアはアッシュに近寄りはしないだろう。それどころか、騙されたと非難囂々の眼を向けるかも知れない。そう思うと、自然とその話題を避けてしまった。
 
 アッシュの正体に勘付いているであろう、シンクとイオンも、また不思議な態度だった。イオンはまだいい。イオンはナタリアを見て真実を述べようと口を開きかけては黙り込む、そんな場面が何度も見られた。しかし、シンクに関しては真意は不明だ。アッシュとナタリアが肩を並べていると視線を向けているが、アッシュがそれに気づいて視線を向けると、合う前に逸らしてしまう。ただでさえシンクは仮面で表情が読み解きにくいのに、眼も合わなくなると、アッシュは彼の心情がまったくわからなくなった。

 各々思うことを抱えたまま、到着したアクゼリュス。そこで待っていたのは、救助に勤しむマルクト軍と、ヴァンだった。ナタリアは街の代表に救助状況はどうなのかと話を聞く。政治経験を持たない”ルーク”の代わりに親善大使としての役目を買って出たのだ。
 アッシュはナタリアのその姿を視界に留め、心を重たくする。アッシュがナタリアに注意を向けているうちに、シンク、イオン、ヴァンが話を進めていた。

 ヴァンの話によると、やはり、アクゼリュスにはパッセージリングがあるという。平時にアクゼリュスを神託の盾騎士団が訪れては、マルクトを刺激する恐れがあるため、この混乱に乗じてパッセージリングの調査をしたいという話だった。
 ヴァンはアッシュにだけ聞こえる声で「ユリアの預言の年だ。アクゼリュスで何か起こるかも知れない。その前に調査をしておきたい」と言った。ヴァンからユリアの預言をすこしだけ教えてもらっていたアッシュも異論はなかった。

 14坑道の奥深くにあるパッセージリングを目指す。ぞろぞろと歩き出したアッシュたちを見て、ナタリアは代表との話を中断し慌ててついてきた。向かった先は14坑道の奥、そこで、ヴァンはイオンに頼み導師のみが開けることができる封印を解除させた。
 導師の力を使ったイオンはアクゼリュスの住民の様子が気になるようで、その後別れた。アッシュはついてくるように言われ、ナタリアと、数人の神託の盾騎士団兵士と共に14坑道の最深部へと足を踏み入れた。


 *


「ナタリアが来ているって!?」

 パイロープと名乗る街の代表者に話を聞いたルークは仰天した。予想通りといえば予想通りだが、自分たちよりも先に到着していることに疑問を抱く。ルークは困惑してジェイドに視線を向けた。ジェイドも同じ疑問を抱いたようで、厳しい表情で代表者に尋ねた。

「ナタリア殿下は一人で来ましたか?」
「いえ……私のところには顔を見せただけですが、数人同行者がいるようでした。グランツ謡将とお話していたので、彼ならご存知かと」
「ヴァン師匠と? ったく、ナタリアの奴、いったい誰と……」

 ルークはナタリアを心配するあまり毒づく。パイロープはルークをじっと見て、「あっ!」と驚いた声をあげた。

「そ、そういえば、ナタリア様はルーク様とよく似ている方と一緒でした」
「え……」

 ルークの顔色が青くなる。ジェイドは厳しい表情に驚愕を上乗せして、動揺する心のまま、早い口調で問う。

「それでナタリア殿下とその人は今どこに?」
「グランツ謡将と共に14坑道のほうに行きました」

 パイロープはナタリアが向かった先を指差す。ルークは指が示した方向に向かって勢いよく走りだした。ガイとティアが二人で驚愕の声を上げる。名を呼んで引き留めるジェイドにルークは足を止めずに答えた。

「ナタリアを連れ戻す!」


「ルーク! ――ガイ! 追いかけてください! 私の足ではルークには追いつくことは不可能です。ルークに追いつけるのは貴方しかいない!」

 ジェイドの声にびっくりして固まっていたガイが弾けたようにルークの後を追う。ぐんぐん遠ざかるガイの背中を追いかけながら、ジェイドは叫んだ。その後をさらにティアが続く。ティアだけ状況を掴めずにいたが、何か良からぬことが起きていると察していた。

 ルークは舌打ちをついた。視界を不明瞭にする障気に苛立つ。アッシュが、被験者が、ナタリアと共にいる。心穏やかではいられなかった。被験者がナタリアをどう思っているのか知らない。しかし、彼女をこんなところ――障気が蔓延した死の街――に進んで連れてくるくらいだ。ナタリアが死んでも良いのだろう。

(ナタリアになんかしやがったら、絶対に許さねえ!)

 ルークはアッシュに恨みがある。タルタロス、カイツール、二度も襲いかかられた。命を危険に晒されたのだ。それだけでもルークがアッシュに悪印象を抱くのは十分だったが、この上幼馴染のナタリアまで害されたらと思うと、流石に恨みも頂点に達するというもの。怒りを原動力にルークの走る速度が上がった。坑道に足を踏み入れ、長く陰鬱な道を闇雲に進む。もっと早く走ろうと足で思い切り地面を蹴った。
 14坑道の奥。ぽっかりと空いた穴から、眩い光が漏れていた。ルークはその穴の中に迷わず突き進む。するとルークを出迎えたのは、遥か昔に作られたとしか思えない人類の知恵の結晶である不可思議な光景だった。

「な、なんだここ……」

 螺旋状に連なった階段。中央には、一本の大きな柱が立っている。それを守るように不思議な文様が神々しい光を放ち周囲を照らしていた。ルークは呆然と頭上を見上げる。立ち尽くすルークの右腕を、息を乱したガイが掴んだ。

「ルーク! 良かった……。怪我はないか?」
「ガ、ガイ?」

 ガイは相好を崩してルークの無事を喜んだ。ルークが怪我をしてないか、頭の天辺から足の爪先まで確認し、怪我がないことを確かめると安堵の吐息をこぼす。ここ最近、ガイと全然口を効かなかった分、ルークはむず痒くなった。

「怪我なんかしてねーよ。それより、腕。放せ」
「あ、ああ……その、まだ怒ってるのか、ルーク」
「べつに怒ってねーよ」

 ルークに指摘されてガイはすぐに腕を放した。機嫌を窺うようにじっと見てくるガイに、ルークはたまらず背を向けて、今はナタリアのことが先決だと言わんばかりに歩き出す。よくわからないところに出たが、話し声が、奥の方から聞こえていた。話の内容は把握できないものの、どうも良くない雰囲気だ。足音を立てないほうが得策だと思われた。足音を立てないよう慎重に歩き出すと、ガイもルークの意図がわかったように静かについてきた。

「ガイ、お前はついてこなくていい」
「やっぱりまだ怒ってるじゃないか!」
「シッ! あんまり大きな声出すなっての! ……お前はティアの傍にいてやれよ。気になってんだろ」
「たしかに気にはしているさ。だけど、ルークが思うような意味で気になってるわけじゃない。ルークとティア、どちらかを選ばなきゃいけないなら、俺が選ぶのはお前だよ、ルーク。そのことだけはわかってくれ。俺は、お前と喧嘩したくてしてるわけじゃないんだ。俺にもいろいろ事情があって、」
「その事情ってやつを話してもらわなきゃ、信用できるわけねーだろ」
「っ……それなら、俺が話せば、お前も言うのか?」
「なに?」
「ここにくる前、ジェイドと何か話していただろ。その話をしてくれるなら、俺だって、お前に打ち明ける」
「……。いいぜ。それなら、話してやるよ。ただし、それは住民の救助が終わってからだ」
「ああ。……それなら俺も、その時までに覚悟を決めておく」

 二人は同時に口を閉じた。すべては住民を救助した後だ。それまでに覚悟を決める必要があった。
 無言で足を進めると、開けた場所に到着した。突出した先端に佇む、いくつもの影が見える。一人はヴァンだった。彼はアッシュに何事かを話しかけている。アッシュの傍にはナタリアがいた。その三人を守るように、数人の神託の盾騎士団兵士たちがいる。ルークは集団の傍にミリアの姿があることに気づいた。彼女はじっと柱の下を見つめていた。

「ミリア……?」

 ミリアの様子がいつもとはちがう。彼女はじっと下を――地面を見つめているようだった。ルークは怪訝に思いミリアに注視する。ガイは警戒するようにヴァンたちをじっと見ていた。アッシュは小さく頷くと、柱に向けて両手を翳した。

「いったい何をやっているんだ……?」

 キィインと澄んだ高い音が響く。アッシュの両手に急速に音素が集まっているのがわかった。

「……おい、なんか、まずいんじゃないか?」

 ガイが焦ったような声を出す。その声に応えたのはルークじゃなかった。

「あれは……まさか、超振動?」
「え……? ……うそ。まさか……」

 二人を追いかけてこの場にたどり着いたジェイドが、ティアが事の深刻さを伝える。ジェイドは怪訝そうに柱と、その前に立つ集団を見ていたが、ティアは違った。ティアは視界にすべてを収め瞠目すると、血相を変えた。

「ダメ、まさか、兄さん、そんな、うそよ。うそ。しないって、言ったじゃない……!」
「ティア?」
「兄さんやめてっっっ! 外殻大地は崩落させないって言ったじゃない!」

 ティアが絶叫する。彼女の静止は間に合った。

 アッシュは驚いて、両手を翳したまま振り返る。つまり、それは。柱に向けようとしていた力がルークたちに向けられるということだった。
 超振動と思わしき力が閃光を放つ。三人を囲っていた神託の盾騎士団兵が力に飲まれて忽然と消失した。まるで、最初から存在しなかったように。

「――――ッ!」
「ルーク!」
「っ駄目だ、間に合わない……!」
 
 その瞬間、ルークの背筋を蛇のように這ったのは恐怖でもなんでもない。無力感だった。抵抗も逃げることもできないまま、圧倒的な力に飲まれるしかない。無力感が足を強張らせた。
 ガイとジェイドが、それでもルークを守ろうと手を伸ばす。ティアが悲愴な顔で項垂れるのが見えた。焦燥感で歪む二人の顔を、ルークは視界の両端に留めた。閃光が眼前に近づく。力に飲み込まれる。死を覚悟した。刹那。
 スローモーションのように、ルークの目の前に飛び出してきた小さな体があった。

「ミリア」

 ルークは名を呟く。ミリアが振り向く。くしゃりと今にも泣きそうに歪んだ顔が、不格好な笑みを浮かべようとして、失敗していた。

「ルーク様、わたし――」

 超振動がミリアを飲み込む。目を焼くような閃光が一瞬、強烈な光を放った。そしてすぐに散った。まるで爆発する前の星が、最後の命を燃やしたかのように。
 ルークは呆然と光を見ていた。目が眩むような光が霧散していく。その光の正体を、ルークは誰に言われるまでもなく、理解した。

「ミリア」



2017/06/06
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