シンク逆行物。被験者に万遍なく厳しい。※ピオニー陛下死亡。
そしてPM&アリエッタ死にます。

*****

 シンクは幽体となり、音譜帯から地上を眺めていた。死亡して意識が消えると思いきや、そんなことは無く、シンクの絶望は今もなお緩やかに続いている。

 世界滅亡。

 シンクの心の拠り所はルークたちによって阻止された。ルークたちはヴァンを倒し、ついにはローレライを解放して世界を存続させようとしている。

(あほくさい)

 シンクはローレライを解放するために超振動をエルドラントの大地に突き立てたルークの姿を、冷ややかな眼で見下ろしていた。
 自らの命を犠牲にして世界を救う。ルークの功績を人は後に英雄として称えるのだろう。ふざけた話だ。アクゼリュスの一件を持ち出して、人間がルークに贖罪を強要させただけなのに。

(レプリカは所詮道具にしかなれない)

 自らが道具であることを知らずに、死を選ばされたルークには同情を覚える。そもそも、アクゼリュスの消滅は預言に詠まれていたことだ。ローレライ教団とキムラスカはその事実を知っていた。キムラスカの繁栄の礎にするために、ルークとアクゼリュスの消滅を願いながら、彼を死地に送り出したのだ。ルークを罪に問えるのはマルクト皇帝だけ、その皇帝だとてキムラスカとダアトの思惑を知り、ルークに対して責任追及することは無かった。

 それなのに、ティアたちはルークに贖罪を強要させた。
 アクゼリュス消滅の引き金を最初に引いたのは、ティアの兄だというのに。

(自分の罪から目を逸らして、レプリカの罪だけ目を尖らせる。ティア・グランツはヴァンの妹らしいよ。世界滅亡を回避するためにレプリカを使いながら、レプリカを使い捨てにしたあいつの……)

 ヴァンとティアを嫌悪したシンクは舌打ちする。

(こんな世界、滅んでしまえ)

 ローレライがルークの超振動で解放されると、莫大なエネルギーが天に昇った。
 第七音素の渦だ。
 シンクはそこに躊躇いもなく身を投じた。
 この後の未来に続く、被験者にだけ優しい世界から逃避するように。


 *


 焼き付くような火の熱さを感じた瞬間、シンクは目の前の人物を強く突き飛ばした。
 防護服に身を包んだ人間が驚愕の表情を浮かべて、尻餅をつく。

(ここは……ああ、そうか。これは夢?)

 イオンレプリカの一体が火の海に投げ落とされる姿を見る。一度見た光景だ。動揺はしなかった。ただ胸に被験者への憎悪を膨らませただけだ。

「こ、こいつ……この失敗作が!」

 耳障りな声を出して尻餅をついた人間が立ち上がり、シンクの腕を掴もうとする。

「――うるさいな」

 シンクは反対に人間の腕を掴んで、火の海に放り投げた。

「え?」

 宙を舞った人間が一瞬呆けた顔をする。防護服に守られた人間はそれだけで無敵になったつもりだったのだろう。現状を理解して、恐怖に顔を引き攣らせた。悲鳴もあげる間もなく、火に飲み込まれてゆく。

「ざまあみろ」

 シンクは吐き捨てた。
 レプリカイオンを殺そうとしている被験者全員を、生きたまま火の海に投げ入れた。助けを求めて伸ばされた腕、恐怖に引き攣る被験者の顔を、シンクはじっと眺めた。

(夢でもなんでもいい。被験者は全員殺してやる)

 レプリカをゴミのように扱う被験者などいらない。この世界から殺しつくして、レプリカの世界を作り上げてやる。そのために、シンクはヴァンの計画に賛同するふりをして彼を利用してやることにした。


 アクゼリュスが崩落したあと、フォミクリーを使って大量のレプリカを作ったヴァンとリグレット、ラルゴをシンクは躊躇いなく始末した。レプリカを大量に作ればヴァンたちは用済みだ。シンクを仲間だと思い込んで隙だらけだったから、遅効性の無味無臭の毒を仕込んで殺害するのは簡単だった。

 ディストはレプリカを作り続けている。元々師を蘇らせたい一件でレプリカ研究をし続けているような奴だ。ヴァン亡き後も自分で勝手にレプリカを作っていた。レプリカを作り続ける限りディストに利用価値があるから生かしておくことにした。今やダアトはレプリカの住処になっている。被験者は数えるほどしか存在せず、皆シンクをレプリカの導師として信じている。

 数少ない被験者の一人であるアリエッタは、仮面を外して被験者イオンのふりをして、ライガクイーンを助けてやれば簡単に騙せた。ディストは研究者として役立つので役立つ限りは使い続けるが、アリエッタは被験者を大量に殺させたあとは始末する。被験者とレプリカの区別もつかないような奴はいらないし、魔物を操る戦力を持つアリエッタを生かしておくのは恐ろしい。

「アリエッタ、お友達をたらふく食べさせてあげたいだろう? グランコクマなら餌が大量にあるよ」
「でも、”イオン様”、あそこは人が多い、です」
「だから良いんじゃないか。色んなお友達を呼んで豪勢な食事をしよう。みんなきっと満足するよ。アリエッタの弟たちもたくさん食べれて嬉しいはずだ。住処が燃えてから、満足に食べれてないんだろう?」
「……はい。グランコクマなら、弟たち、満腹になる、ですか?」
「なるさ。あそこは餌が豊富だからね。ああ、そうだ。グリフィンにこれを持たせてごらん。高いところから軍本部と宮殿に向かって落とすんだよ。そうすれば、餌が手に入りやすくなる。ああ、それとあそこにも――」

 グリフィンに爆弾と手榴弾を持たせて、グランコクマの軍本部を落としてやる。グリフィンを迎撃するために大砲等を使おうとしても、高い所から落とせば、弾道の飛距離の問題で倒され難くなるだろう。

「餌を食べさせて弟たちを満腹にしてやるんだ」

 アリエッタは頷いて、グリフィンたちに爆弾を持たせて、グランコクマを襲った。
 マルクトの首都は宮殿と軍本部、それに防衛の要である巨大水道橋が機能を停止したことで混乱した。その混乱に乗じて大量の魔物が街に侵入する。ピオニー陛下は爆撃によって命を散らした。皇帝を喪ったことで、グランコクマの混乱は増して、一夜と掛からず大量の死傷者を出して魔物はグランコクマを占拠した。



「グランコクマが……!?」

 魔物に襲われてマルクト帝国の首都が崩壊。ピオニー陛下死亡。軍本部の機能停止――噂伝いに聞いた事実に、ジェイドは動揺した。アリエッタの仕業と見抜いたところで今となっては後の祭りだ。
 マルクト帝国は皇帝位を巡り、皇帝の親族を名乗る者たちが争っている。ピオニー亡き今、ジェイドにはその皇帝位が誰の手に落ちるか興味は無かった。ただ、このままアリエッタの暴挙を見過すことはできない。ピオニーの、グランコクマの住民の仇を取らねば。

 アリエッタの足取りを追いながら、ルークたちはダアトにいるイオンを尋ねることにした。セフィロトが暴走している現象についてイオンに話を聞くことにしたのだ。教会に入り、すぐさまイオンの私室を訪ねる。

「……あれ?」
「どうしました?」
「譜陣が反応しないんですよぉ〜」

 導師の私室に向かうためには譜陣を通り抜けなければならない。導師守護役のアニスは当然その譜陣を解くことができたのだが、いくらアニスが譜陣を解こうとしても、譜陣はうんともすんとも言わなかった。

「譜陣新しく書き換えられちゃったみたいですぅ。今度イオン様に会ったら聞かないと」
「困りましたね……」

 あと一歩でイオンに会えるというのに、ジェイドたちは立ち往生する羽目になった。

「仕方ありません。何処かでイオン様を待ち伏せしましょう」

 時間を無駄にすることは避けたかったが致し方ない――旅の休息も兼ねた提案を口にすると、了承の声が仲間から聞こえる前に、一つの声が阻んだ。

「その必要はないよ」
「シンク! アリエッタ!?」

 武器を構える一同の前に、シンクが神託の盾騎士団兵の小隊を率いて現れる。傍にはアリエッタもライガを従えていた。アニスはアリエッタの服装を見て呆然とした。アリエッタはアニスと同じ導師守護役の服を着ていたのだ。ただ色はアニスと分けるためか、白地に緑色だった。

「なんで……」

 アリエッタは不細工な人形を胸元でぎゅっと握り締めて、アニスを睨みつけた。

「アニスのバカ……」
「なんでアンタがその服を着てんのよ!」
「アリエッタ、”イオン”様の導師守護役だもん!」
「そんなわけないでしょ!? アンタなんかがイオン様の導師守護役なわけないじゃん!!」
「本当だもん! アニスが導師守護役の方がおかしかったんだもん! ”イオン”様、アニスのものじゃない! アリエッタのだもん!」
「なにいっちゃってんのぉ!?」
「本当だもん! ね、”イオン”様!」

 アリエッタはシンクを見た。

「はあ!? イオン様とシンクの区別もつかない……」

 シンクは仮面を外した。イオンと瓜二つの顔にアニスたちは瞠目する。

「うそ……」
「なるほど、そういうことでしたか……。シンク、いえ、オリジナルイオン様とお呼び致しましょうか?」
「シンクで良いよ。あんたたちには呼ばれる必要がないからね。あいつらを捕まえろ」
「はい!」

 シンクの命令を受けて、神託の盾騎士団兵がジェイドたちに掴みかかる。多勢に無勢だ。数の力に押されて、ルークたちは捕らえられた。

「ルーク以外他の奴らは全員バチカルに連行して」
「「「!?」」」
「インゴベルト陛下が偽姫をお待ちだよ」

 ナタリアを指してシンクは皮肉げに口角をつりあげた。ティアが一人その場に残されるルークの名前を呼んだ。

「ルーク!」
「ああ、そいつは譜歌を使うから音律士専用の逃走防止の首輪をつけてやって」

 シンクはティアを一瞥して命令すると、逃走防止用の首輪がティアにはめられた。譜歌を歌うと首輪がしまるようになっている。ナイトメアを歌って逃げることができなくなってしまった。目立つ行動をしたばかりに目をつけられたティアにジェイドは舌打ちをついた。
 ジェイドたちは神託の盾騎士団兵によって教会の外に連行されて行く。

 ルークは一人だけ残されて動揺しながらも、シンクを睨みつけた。

「どうして俺だけ連れて行かなかったんだ?」
「アンタはレプリカだ。被験者じゃない」
「どういう……」
「説明は後だ。今はゆっくり休みな。――ルークを客室に案内してやって。客だ。丁重にもてなしてやって。目は離すなよ」

 シンクは神託の盾騎士団兵にルークを客室に案内させる。ルークは困惑したが、シンクの真意を見抜くつもりか、今は大人しく言うことを聞く気のようで促されるまま客室に向かってゆく。

「”イオン”様、ルークは助ける、ですか?」
「うん。あいつはレプリカだからね」

 被験者イオンとして盲目に従うアリエッタに、シンクは相槌を返す。被験者の犠牲になったルークは最初から助けると決めていた。
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