ティアたちがダアトにたどり着いたのは、ジェイドたちと二手に別れてから四日後の日没だった。

 ジェイドたちに比べて緊急性が低い――何しろルークの様子を探るのが目的だ。救出はジェイドたちと合流した後でも構わない――ため、強行軍になる必要はなく、一先ずは当面の宿を決める。長期間の滞在を視野に入れているため、安宿だ。シャワーが浴びれて、寝れる場所があれば良い。

 選んだ安宿はまさにそんな宿だった。
 外観は古臭く、宿の看板もぼやけている。年季を感じる木のドアを開けると、カウンターに座っていたのはいかにもやる気がない中年女性が出迎えた。二人は宿帳に記帳し、長期滞在の旨を伝えて前金を多少払う。とたんに女性の愛想はよくなり、重たそうな腰をあげて自ら接客してくれた。

 どんなに店員が愛想良くても安宿は安宿だ。通された二人部屋も、外観を裏切らなかった。
 埃っぽい匂いと、時代遅れのベッドカバー、軋む木のベッドに、備え付けの机と椅子、経年劣化ですこしだけ罅が入っている壁。女性が「ごゆっくりどうぞ」と笑顔で部屋を出て行くと、ティアは即座に窓を開けようとする。埃っぽい空気をなんとかしたかった。

「ティア、夜だから窓開けないほうがいいよ。ここ大通りから一本外れた道にある店だから、大通りから見えるし。女二人で泊ってると知られたら、危ないよ」

 アニスに忠告を受けて、ティアは窓から手を放す。しっかりと鍵を閉めて、カーテンを引いた。
 少ない荷物を部屋の一角に置いて、アニスは窓際のベッドを陣取る。ティアは必然的にドアの近くのベッドで寝ることになった。シャワールーム付きの部屋を選んだため、いつでもシャワーを浴びることができる。
 ティアは早速旅の汚れを落とすべく、荷物の中から愛用のシャンプーセットを取り出して、バスタオルを持ち、シャワールームに消えた。

「ったく、ティアってばのんきなんだから」

 シャワールームのドアがしまるのを待ち、アニスはぼやく。ティアに聞かれたくなかった。
 アニスは財布の中身を確認して溜息を吐いた。当面の宿代は大丈夫だが、長期間ここで生活するとなると、やはり食費などが不足しそうだ。

(この出費は痛いなあ……。本当は宿代ケチって家に戻りたいけど、パパとママを巻き込みたくないし……)

 アニスは嫌な予感を覚えていた。

 ルークが捕まり、イオンの様子もわからず、ナタリアが自決させられ、グランコクマが襲撃されてピオニー陛下の安否は不明のまま。
 自分の理解が及ばないところで、刻一刻と事態が進行している。それも、悪い方向に。

(導師部屋の譜陣が書き換えられてるってことは、あれはぜったいシンクかヴァンの仕業だよね? イオン様があたしを締め出すとは考えにくいし……。それに今のシンクは導師の名を名乗って好き勝手やってるみたいだし。ひょっとしたら、今の教団で権力を握っているのはヴァンじゃなくてシンク? シンクはイオン様に当たりがきつかったし、もしかしたらイオン様、もう生きてないのかも……)

 悪い考えがよぎり、頭を振って無理やり追い出す。

(さすがに導師を殺すなんてこと、するはずないよね。……でも、教団がシンクの手に落ちているのは間違いなさそう。イオン様もだけど、ルークも心配だし……。……パパとママも大丈夫かな……?)

 イオンの身は心配だが、ルークも心配だ。それに、お人好しの両親も。
 自分たちに敵対している娘の親、という理由で両親が危険な目に遭っていないとも考えられない。

「あーもう! 頭がぐちゃぐちゃする〜!」

 アニスは頭をかきむしってベッドにダイブした。埃が舞って大きく咳き込んだ。シャワールームのドアが音を立てて開く。どうやら考え事をしていた間に、それなりに時間が経っていたようだ。ティアが体にバスタオルを巻きつけて出てきた。

「アニス? 次、入る?」
「入る!」


 翌日から二人は教団と神託の盾騎士団の本部の様子を探り始めた。
 いつも通りのルートを巡回する警備兵の目をかいくぐり、アニスは神託の盾騎士団内部を探索する。ティアは服装を変えて、信者を装って、堂々と教団の礼拝堂に入ることができた。

 教団も、神託の盾騎士団も平穏だった。兵士や信者たちの話を聞くと、ヴァンは主席総長を辞めたらしく、その椅子に座っているのはシンクだという。他の六神将はアッシュを除いて健在で、教団で大詠師の地位にも就いたシンクの代わりに今の神託の盾騎士団を動かしているのはジゼル――名を改めたリグレットらしい。
 ヴァンが主席総長を辞めた、という話を聞いて、アニスもティアもおどろきを隠せなかったが、だからといってどうにかできたわけでもない。ティアは兄の行方を気にして探ったが、兵士も信者も誰ひとりとして行方を知らないようだった。

「いったいどうなっているの?」
「そんなのあたしにもわかんないよ。でも……明らかにシンクはおかしいよ。あいつ、元々参謀長だったけど、ここにきて、大詠師や主席総長になってるなんてぜったいおかしい。それに、他の六神将がなんでシンクの言うこと聞いてるわけ? ヴァンも……いったいどこに行ったっていうの?」

 昼に合流した二人は昼食を取りながら互いに状況報告を行った。
 おいしいと評判のサンドイッチも砂を噛んでいるような気分になるほど、今のシンクたちの動きが不可解だった。
 ここにきて、アニスは情報不足を強く痛感した。自分たちには情報を集める足と、それを活かすだけの頭脳役が足りない。ヴァンたちに比べて行動力の差も歴然としている。

 今まではジェイドが頭脳役をこなし、足はアルビオールで補うことができた。情報は各国の王や首脳陣から得ることもできた。しかし、今ではそうもいかない。これまで行動の指針を取っていたのはルークで、ルーク、ナタリア、ジェイドのおかげでアニスたちは各国の首脳陣から簡単に情報を得ることができた。今のアニスたちには、行動の指針を取る人間も、頭脳役もいない。ボードゲームに例えると、駒だけが盤上にのこっていて、プレイヤーが不足している状態だ。
 シンクたちにいいようにやられるわけだ、と胸中で舌打ちをつく。アニスはちらりとティアを見て、溜息をついた。

(ティアじゃ頼りにならないし……)

 ガイでも同じことだが、一緒に行動しているのがルークかジェイドだったら、とアニスは思わずにいられなかった。二人ならきっとこんなにアニスが頭を悩ませなくても、今後の方向性を決めてくれたはずだ。

(今のところイオン様とルークの居場所は確認できないし。……先にルークを探したほうがいいかも。ルークなら即戦力になるし)

 ルークは戦闘力もあるし考える力もある。戦闘力が皆無に等しいイオンよりも、ルークの救出を優先すべきだ。

「……とりあえず、ルークを先に探そうよ。で、救出できるようならしちゃおう」
「そう、ね。……イオン様のことは気になるけど、今後のことを考えるとルークを優先すべきだわ」

 ティアも同じ考えのようだ。その考えの中には、ルークへの淡い恋情も含まれているようだが、見逃すことにする。ルークを救出したら嫌味の一つは言うつもりだが。
 二人はハムとレタスのサンドイッチをたいらげて、再び情報収集を始めた。一日目はたいした収穫もなく終わった。

 二日目、三日目も似たようなものだった。

 毎回異なる場所で情報収集に励んだものの、一般市民や兵士から得られる情報は似たりよったりで成果はない。そこで四日目はすこしばかり大胆に行動した。アニスは要職に就く兵士が立ち寄る場所に網を張り、ティアもアニスと同じように行動した。

 アニスは元・導師守護役だ。災害時や襲撃に備えて、教団内の隠し通路や避難場所は当然のこと把握している。めったに使われないそれらを経路して教団の最深部に侵入し、清掃員を装って、耳を研ぎ澄ませる。要職に就いているだけあり、要人はみな口が固かったが、親しい人間の前や、酒を飲むとその口も軽くなるはずだ。

 五日目はティアは外見を活かし夜の酒場で娼婦を装って、要人を接客した。アニスはその間、その要人たちの部屋に侵入して情報収集に励んだ。

「最悪だわ……」

 宿屋に戻ってきたティアはひどく苛ついた様子だった。
 娼婦に見えるように派手なメイクとドレスで着飾っているせいで、二十代半ばに見える。情報部所属だが、自らの性を利用して情報収集したことはなかったらしく、娼婦の格好をするといつもこんな調子だった。アニスが言葉を発する前に、指一本触らせてないわよ、とヒステリックな声で言うとティアはシャワールームへこもった。
 ティアがベッドに脱ぎ捨てたネイビーブルーのドレスは、たばこと、アルコールの匂いが染みついていた。

 胸元が大きく開いたこのドレスを選び、買ったのはアニスだ。
 すこしばかり値が張ったドレスを雑に扱われて腹が立ったものの、今のティアを刺激しようとは思わない。溜息一つついて、ドレスを持ち上げて丁寧に椅子にかける。ハンガーなんてしゃれたものはこの部屋にはない。
 アニスは玉の輿に乗るためなら男にいくらでも媚びれる。だからティアの気持ちが理解できない。それ以前に情報部でありながら、潔癖性を保つティアがよくわからなかった。

(あたしの体がもうすこし成長していればなー)

 ティアよりもよっぽどうまく、女を利用して情報を引き出すものの。今回のターゲットは幼女趣味じゃないから、アニスが近づいたところでお菓子でも握らされて終わりだ。発育不良の胸を見下ろして溜息をついたころ、ティアはシャワールームから出てきた。
 メイクと一緒に怒りも落としたのか、出てきたときには、ティアの機嫌もすっかり元に戻っていた。

「褒めてちょうだい。ルークの居場所、わかったわよ」
「ほんとに!?」
「ええ。教団の三階にある西側の最奥にある部屋で監禁されているみたいだわ。キムラスカの王位継承権をめぐり、権力闘争を嫌がった赤い髪のキムラスカ王族を保護している、という名目でね。その階は大詠師の私室もあるから譜陣でしか行くことができないようだけど、ルークがいる部屋に食事を運ぶタトリンという男性は譜陣の暗号を知っているようよ」
「それって……!」
「わたしも、もしかしてと思っていたけれど……アニスの身内かしら?」
「たぶん、そうだと思う。教団でタトリン性を持つ人間なんて、あたしたち以外いないし……パパだと思う」
「それなら、アニスのお父様にお話を聞くことはできないかしら」
「どうだろう……」

 ティアには言葉を濁したものの、聞くのは簡単だ。お人好しの父のこと、聞けば簡単に教えてくれるだろう。しかし、問題はなぜアニスの父がそんな大役をしているかということである。

(ぜったい罠だよね……)

 アニスは下唇を噛む。おそらく、アニスを誘き出すために、またルークを脅すために父を利用しているのだろう。そうでもなければ、一般信者で導師守護役の父としか利用価値がない男に、要人を任せるわけがない。父は、ルークとアニスを牽制し、誘き出すための餌だ。

(パパのバカ……!)

 どこまでも足を引っ張る父に腸が煮え滾る。詐欺師に騙されて、借金をして家族に迷惑をかけるだけでは飽き足らず、シンクにまで利用されて。アニスのアーモンドの瞳に怒りが宿る。今度ばかりは両親にガツンと言ってやらなければ、気が済まなかった。

「……明日、家に帰ってみる。それで、パパに聞いてみるよ。ティアは今度はイオン様の情報集めてて」
「わかったわ」

 アニスの心情も知らず、ティアはそっけなく相槌を打つと髪の毛を乾かす。ルークの居場所を知り、希望を持てたのか、珍しく明るい表情をしていた。鼻歌を歌っている。
 アニスは呆れた眼で一瞥すると、ベッドにもぐりこんだ。まだ眠るには早い時間だったが、明日に備えて早めに就寝した。
 ダアトに到着してから、ルークの居場所を掴むまで、すでに九日が経過していた。

 十日目の朝は、天気が悪かった。
 鉛色の重たそうな雲が一面に広がり、いつ泣き出してもおかしくない。太陽は見えず、いつもなら散歩している老人が目立つ大通りも閑散としている。アニスは早朝から開いているパン屋で、総菜パンを四個買い、一旦宿屋に戻った。
 テーブルの上にパンを二個置いて――ティアの朝食だ――自分の分を食べる。ミルクで最後のひとかけらを口に放り込むと、朝食を終えてもまだ寝ているティアにメモを書いた。
 
 ”家に帰ってパパとママと話してくる。
 もしかしたら今日は家に泊まるかも。
 あたしのことは気にしないで、先に寝てて。

 アニス・タトリン”

 パンの横にメモを置いて、しずかに部屋を抜け出した。ティアの眠りを妨げることなく宿屋をあとにすると、早速タトリン家の帰路をたどる。

 母と父は元気だろうか。借金が増えてなければいいのだが。――そんなことを考えながらもアニスの足取りは軽かった。
 自覚がなかったが、家が近いのに帰れなかったことが精神的な負担になっていたようだ。浮かれた気分になっている自分に気づいて、無理やり怒っている表情をつくった。

 タトリン家は教団に間借りしている。アニスが導師守護役で、大詠師モースのスパイだったからできたことだ。
 教団の中に入り、家に向かう。信者たちの横を通り抜けて、たどり着いた家のドアを軽くノックした。「はーい」と客を出迎えようとする声は母のものだった。パタパタと足音がドアに近づく前に、アニスはドアノブをひねった。

「ママ、パパ、ただいま!」

 ドアを開けると、母がきょとんと目を丸くして立っていた。母のうしろに見えるダイニングテーブルで、朝食を取っている父も目を丸くしていた。そして父の対面に座る小柄な少女も目を丸くしている――。

「……え?」

 少女は、アニスと瓜二つの顔をしていた。

「……誰?」
「パパ、ママ、この人、二人のお客さん?」

 アニスと少女が同時に口を開く。

 アニスは少女が自分の両親を”パパ””ママ”と呼んだことにショックを受けた。
 少女は不思議そうな顔でアニスを見ていて、両親は困惑して二人のアニスを見比べている。
 心臓に楔を埋め込まれたような嫌な予感に、アニスの口元が引きつった。

「ちょっ……待ってよ、あんた、誰なのよ。――ねえ! パパ、ママ! こいつ、いったい誰!?」

 玄関で困惑する母を押しのけて、家に入ると、アニスは少女の元に向かう。間近で見ると、少女とアニスは本当によく似ていた。少女を指さして両親に問うと、父は眉間に皺を寄せて敵意を向けて、母は困惑していたものの少女を庇うように抱きしめた。

「なんでっ」

 両親の様子を見て、アニスは血相を変える。どうして、自分じゃなく少女を庇うような真似をするのか。憤怒と悲哀に身を震わせる。

「や、やだなあ、パパとママ、あたしがわかんないの……? アニスだよ? アニス・タトリン。パパとママの一人娘だよ。――なんで、なんで、あたしをそんな目で見るのっ?」

 両親は不審者を見るような目でアニスを見ていた。父は席を立ち、母と少女を背に庇う。

「……私たちの娘は、”アニスはここにいる”。君はいったい誰なんだい? アニスによく似ているようだけど……」
「だ……だから……! あたしが、本物のアニスなんだってば!」

 両親に、アニスは自らが本物の娘だと訴える。しかし両親はアニスを不審そうに見るだけで、自分の言い分を信じる様子はなかった。

「ほら、前にさ、あたしが導師守護役になったとき、ママお祝いにチョコケーキ作ってくれたでしょ!? パパはあの時喜びながら、あたしに怪我をしないようにって――」

 両親から向けられる冷たい眼差しに心が悲鳴をあげている。それでもアニスは自らが娘だと信じてもらえるように、震える声で、過去の出来事を話す。それでも疑惑は拭えず、両親の視線は冷たいままだった。

「パ、パパ、ママ!」

 お人好しな両親が嫌いだと心の中で罵った日もあった。借金のせいで生活が苦しくなっても、そのせいで自分が泥をかぶることになっても、両親を見捨てることができなかった。ほんとうは大好きで仕方がないのに。――それなのに。
 両親は、娘が偽物とすり替わっていても気づいてくれない。

 大好きな両親に、裏切られた。悲しみが心を埋め尽くして、涙となって現れる。アニスのアーモンドの瞳からこぼれおちる大粒の涙を見て、両親はようやく視線を和らげた。
 子供を慰めるような視線に変わる。本物と偽物の差に気づかない両親だが、お人好しだから、娘と似た子供にもやさしいのだ。

(ママ……パパ……大好き……お願い。あたしが本物だって、信じて……!)

 もう一度だけ。もう一度だけ、両親を呼ぼう。心からの願いをこめて、両親に呼びかけた。

「ママ、パ――」

 母の腕の中に守られていた少女が、笑顔で言った。
 思い出をかたるアニスに対抗するように。

「ねえ、パパ、ママ。この間行ったレストランのハンバーグ、おいしかったね。また今度行こうよ」

 両親はおどろいたように少女を見て、すぐに表情をやわらかくした。

「……ええ、そうね。おいしかったわね」
「また今度行こう」

 アニスは蚊帳の外に弾き出された。少女と両親は、家族だった。

(なにそれ。あたし、そんなの知らないよ……)

 自分の知らないところで、自分の名前を名乗る少女が両親と思い出を作っている。本当なら、そこは自分のいるべき場所だったのに。
 腹の底からマグマのように感情がふつふつと沸き上がった。本来なら、自分が受けるべき愛情を、偽物に奪い取られた。許せない。許せるはずが、ない。

「――あたしの居場所を取らないでよ!」

 怯えるように震えた偽物が目ざわりだった。

「あんたなんか、どうせレプリカのくせに――!」

 自分の居場所を取り戻して、両親の目を覚まさせなければ。絶望と怒りを使命感に変えて、トクナガを大きくしてその頭に乗った。両親をトクナガの大きな腕で振り払うと、二人は壁に激突した。呻き声をあげて倒れる両親に、少女は心配そうな顔で走り寄ろうとする。

「パパ! ママ!」

 少女が、レプリカのアニスが、アニスの両親をパパとママと呼ぶ。この期に及んで、アニスのふりをして両親を騙している。
 頭に血が上ったアニスはトクナガで高く跳躍した。天井すれすれまで跳んだトクナガが、少女の頭上に襲い掛かる。

「――あんたなんか死んじゃえ!」

 圧死させてやる。明確な殺意で恐怖におののく少女を押し潰した。少女の体がひしゃげる悲惨な音を聞きながら、アニスは深い安堵感に包まれた。これで自分の居場所を取り戻せる。そう無邪気に信じていたのだ。潰れた”娘”に悲鳴をあげる両親を目にしながら。


 *


 アニス・タトリンが襲撃犯により圧死した。
 襲撃犯はアニス・タトリンと酷似した少女だった。
 騒ぎを聞きつけた神託の盾騎士団兵士が襲撃犯を捕獲したものの、襲撃犯は自らが本物のアニスと言い張り、殺した少女を口汚く罵っていた。罪の自覚はまるで見えないという。
 タトリン夫妻は娘の不幸を嘆き悲しみ、襲撃犯の厳罰を望んでいた。

 ――ジゼルからタトリン家の不幸を聞いたシンクは上体を折り曲げて思わず笑っていた。
 この時ばかりは策士の表情も、冷徹なレプリカの王としての仮面も剥がれ、ただの少年になっていた。目尻に涙を浮かべてひぃひぃ笑うシンクはしばらく笑いが止まらなかった。

 アニス――被験者アニスの発言は間違っている。少女はまぎれもなく、タトリン夫妻の娘であり、アニスこそが偽物だった。

 今のタトリン家は、全員レプリカである。
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