「――またですか?」
失望と呆れが混在した溜息混じりの言葉は、アニスの思考を止める役割を充分に果たした。
「え」
またってどういう意味ですか――アニスは大きなどんぐり眼でジェイドを見上げる。子供の特権を活かしまくってアニスはそれなりにジェイドに可愛がられていたので、常ならば愛想の欠片もないものの、負に満ちた表情を向けられなかったのだが、このときばかりは違った。
まるで路傍の草に向けるような、どうでもいい視線を向けられた。
面白いおっさんとして好意を寄せていた相手に、まさかそんな目を向けられるとは思わずに、アニスは言葉に詰まった。
キムラスカ・ランバルディア王国首都バチカル。
和平交渉も成立し、和平の一環としてキムラスカが任命した親善大使と共にアクゼリュスへ向かうことになった。
そんな最中、バチカル城に居たアニスが”導師イオンが誘拐された”ので”ついで”でも良いので探してくれと申し立てた。親善大使一行に。
ここにジェイドの嫌味が炸裂することになった。
「アニスは良いですねえ。楽な仕事で給料を貰えて」
「ちょ、どういう意味ですか!? あたしはちゃんと、」
自身を侮辱する言葉を浴びせられ、頭に血が昇ったアニスが顔を赤く染めながら言い返す。ジェイドは唇で笑みを象った。
「ちゃんと、仕事してるとでも? エンゲーブでは導師イオンを見失った挙句にチーグルの森まで護衛対象者を独り歩きさせて危険に晒し、タルタロスでは導師の傍を離れる有様。そして今回は誘拐ですか。しかも導師捜索をついで扱い。いやはや、導師守護役の仕事とは、導師を見失い危険に晒すことがちゃんとした仕事なんですねえ」
「っ!!」
「導師守護を仕事として給料貰っている以上、そこには責任というものが付随するわけですが…あなたに責任があるとは到底思えませんね。何しろ守護対象者を”ついで”扱いで捜索して欲しいと我々に願い出るほどですから」
アニスは顔を俯かせた。しかしジェイドは嫌味を止めようとしない。
すっかりとジェイドの嫌味になれたルークは「あー、早く終わんねぇーかな」とヤンキー座りして空を仰いでいる。
慣れていないガイとティア――ティアは先日ジェイドに嫌味の矛先を向けられて以来、彼に苦手意識が出来たのか、ジェイドの前では大口を叩かない。――はオロオロと右往左往する。
ジェイドの大人気ない嫌味を止めたいものの、川の流れを堰き止めるよりもジェイドの嫌味は止めることは難しい。そのことを身をもって経験する羽目になったティアは苦虫を踏み潰した顔で見守る。
35歳の大の大人が、10歳程度の子供を虐めるという行為は外聞が悪いのだが、世間体というものをジェイドはちっとも気にしなかった。
「そうですねえ、”ついで”で構わないのであれば、アクゼリュスに向かう道中に探しても構いませんよ。”ついで”に。ただ見つからなくても知りませんよ。我々が導師イオンを見つけることなど、おそらく無いでしょうが、”ついで”ですから、アクゼリュスに向かう”ついで”に、ええ”ついで”に探しましょう」
「〜〜イオン様はマルクトのために、和平交渉引き受けてくれたんだよ!?」
ついで、ついでと繰り返すジェイドに恩を売る気かと言外にアニスは脅迫する。
ジェイドはしれっと返した。
「ええ、そうですね。イオン様には感謝していますよ。ですが、和平交渉はバチカルにたどり着き、インゴベルト陛下と謁見し交渉するまでです。すでに和平交渉の任が果たされた以上、イオン様が誘拐された件については、我々マルクトには一切責任ありません。無論、導師誘拐は残念なことだとは思いますが」
「な…っ! じゃ、あ、キムラスカに…!」
導師イオンはバチカル城で誘拐されたのだ。キムラスカの警備に問題があったのだとアニスは導師誘拐を責任転換しようとする――が、それもまた、ジェイドによって叩き潰されることとなる。
「城の警備は厳重ですよ。国主が住む場所に変な輩を通すわけないでしょう。アニス、貴方はイオン様が誘拐されただの何だの言ってますが、誘拐されたならキムラスカが騒ぎ立てないはずがありません。バチカルにおいて、導師が誘拐されたとあれば、それは間違いなくキムラスカの失態ですから。それが貴方一人しか騒いでいない。誘拐だと思って騒ぎ立てているのは貴方だけなんじゃないですか?」
「だって、そんな、」
ジェイドに対抗する言葉を探して、アニスは頭を働かす。年齢のわりに語彙が豊富なアニスであるが、ジェイドに対抗するには年齢も経験も不足していた。
「――やれやれ。まだ理解出来ませんか。アニス、私はどうして我々に導師誘拐の捜索の協力を願い出るのかと言っているんですよ。私たちは親善大使一行です。私たちには、障気触害の中、我々の到着を待ちわびている一万人もの住民を救助するという大役を果たさなければいけないんですよ。他のことに構ってる余裕などありません。ましてや、導師誘拐の捜索など、アクゼリュスの住民救助の片手間に出来るような代物ではないでしょう」
「……、」
だから、ついででも良いから、とアニスは言おうとしたが、ジェイドの視線の鋭さの前に舌が上手く回らずに黙り込む。
「我々に相談するよりも先に、あなたの上司たる大詠師モースがバチカル城にちょうど運良く居るんですから、そちらに相談したらどうです? もっともその場合は――あなたが職務怠慢をした所為で、導師の行方が知れない事実が明らかになってしまいますがね」
「!」
アニスの眼に様々な感情が過ぎる。叱責を恐れる怯え、怒り、困惑――。
同情を誘いそうなほどに項垂れて見せたアニスを、ジェイドは意に介すことなく、ルークたちを振り返った。
「余計な足止めを食ってしまいましたが、予定通りアクゼリュスへ向かいましょう」
アニスの訴えを余計な足止めと切り捨てて、ジェイドは少女に背を向けて歩き出す。ルークは憐憫に満ちた視線をアニスに送り、溜息を吐き出してすぐに歩き出す。ティアとガイはいつまでもアニスを気遣って、ちらちらと視線を送っていた。
アニスは唇をきつく結び、ジェイドたちの背を睨むように見ていた。大きな両眼には透明の膜が下睫を濡らし、頬に一筋の涙が伝う。
自身が泣いていることに気付かないアニスの足は地面に縫い止められたように動かすことが出来ずに、親善大使一行の姿はどんどん遠ざかって行く。
アニスは彼らの背を追うことも、大詠師モースの下へ行くことも出来ずに、ただ立ち止まっていた。
END.
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