「待って…」


天に昇りゆく白光を、ノエルはただ見つめていることしか出来なかった。
今にも崩れ落ちそうな膝を必死に奮い立たせて、光の中心へと近寄る。そこにはレプリカの人だかりが出来ていて、一人、また一人と音素へと還って行く姿が見えていた。
レプリカに囲まれて、赤紫色の空を仰いでいるのは、ノエルが愛した人。


「いかないで、ルークさん!」


ルークは振り向いた。
ふたりの視線が、交差する。
ルークの唇が微かに動く。
読唇術を習得してないノエルには、なんていっているのかわかるはずも無かったのに、不思議と、そのとき彼が言おうとした言葉は読み取れた。


“ごめんな、ノエル。――俺を好きになってくれて、ありがとう”


涙で、視界が滲む。
ノエルはその場で膝を崩し、ただ黙って涙を流しながら、ルークを見つめ続ける。
泣き声すらあげることも出来ず、傷つくノエルをルークは慰めるように、微笑んだ。
まるで、泣くなよと言うように。


そうしてルークは、一際強い白光に呑み込まれてしまった。
次にノエルが目を開けたとき、そこにはもう、レプリカの人だかりも――彼もいなくて。



ただ、彼がいた名残りのように、衣服と愛用の剣が落ちていた。









世界を瞬く間に覆い尽くした――障気。
赤紫色の靄はグロテスクな見た目を裏切らず、人体に多大な害をもたらすものだった。各国では老人やまだ幼い子供たちが障気の被害にあったと言う報告がいくつも挙り、人体だけでなく、大地や空気にも被害は及んでいた。このまま時を重ねれば、人類は遅かれ早かれ死ぬ運命を辿ることだろう。


誰しもの頭に、絶望の文字が浮かんだとき、ひとりの天才が障気中和案を打ち出した。
マルクトが誇る天才、ジェイド・カーティス。彼が打ち出した障気中和案は、まともに考えれば穴があったが、その案は、焦っていた当時の各国の首脳陣にとっては都合の良いものだった。
障気と時を同じくして現れた数万にものぼる、レプリカ。レプリカの処置をどうしようか悩んでいた各国にとって、障気とレプリカが消せるなら一石二鳥だった。


ジェイド・カーティスが生み出した障気中和案は満場一致で可決され、その際に犠牲に選ばれたのは、独自で超振動を扱えるルーク・フォン・ファブレのレプリカだった。
レプリカルークは人類の期待を背負い、そして、障気中和と言う大役をこなし、今。――短い生を終えた。



レムの塔で行われた障気中和を、ノエルは、ただ見ていることしか出来なかった。
愛する人を、死地へと運んだのはノエルが操縦したアルビオールだった。
インゴベルト陛下の勅命を受け、致し方なくルークをレムの塔まで乗せてきたが、あのときもし自分が命令に背いていたら、今もルークは生きて隣にいてくれたかも知れない。
そう思うと、涙はより一層溢れて、ノエルを苦しめた。


「ノエル…」


涙を流すノエルを、アニスは気遣う。
慰めの言葉を掛けようとしたが、どんな言葉を言えば慰められるのかわからずに、アニスは口を閉じた。
すこし離れたところで、ルークを愛し始めていたティアが、彼の死を想って泣いていた。


「ルーク…」
「…ティア。愛する人を亡くして、お辛いでしょうけど、しっかりして下さいませ。貴方がそんな顔をしていたら、ルークはきっと哀しみますわ…」


今にも倒れそうなティアを、ナタリアは支えていた。
ナタリアの表情はティアを想いやっていたが、どことなく晴れやかなように見えた。
ガイもふたりの傍に近寄り、哀しみに満ちた顔でティアに慰めの言葉を掛ける。


「そうさ。ルークはティアのことが好きだったから、ティアがそんな顔してたら、哀しむよ。辛いけど、元気出すんだ」


大粒の涙をこぼしていたティアは、ガイの言葉に、ゆっくりと頷いた。


「…そうね。泣いてばかりじゃ、ルークはきっと哀しむもの…元気出すわ」
「そうですわ。ルークの死を無駄にしないためにも、これからわたくしたちはよりいっそう頑張らないといけませんもの」


泣き止んだティアを見て、ナタリアとガイは笑った。
その姿を見ていたアニスが、気分が悪そうに顔を顰める。沈黙を保っていたジェイドは、ティア達の様子にどう言う意味なのか溜息を吐いて、いまだ泣き止まないノエルに声を掛けた。


「…ノエル、そろそろ行きますよ」
「………」
「ノエル」


ノエルは返事をしない。
彼女の腕を、ジェイドは引っ張って、立ち上がらせようとした。
パシン――小さな音を立てて、ジェイドの手が叩き落とされる。


「…ノエル?」


涙を拭って、ノエルは立ちあがった。
そうして、彼女はジェイドを睨んだ。


「ジェイドさん、私は貴方を絶対に許さない!」
「っ…」
「貴方が障気中和案を出さなければ、ルークさんは今も生きていたのかも知れない。ジェイドさんも、インゴベルト陛下も、ピオニー陛下も――ルークさんが消えたことで、青空を取り戻したことを喜ぶ人たちを、私は許さない」
「…ノエル。では貴方は、人類が滅亡しても良かったと言うんですね?」
「ジェイドさんは極端ですね。そんなこと、私は一言も言ってないのに」
「貴方が言っているのは、そういう意味ですよ。……私たちはルークや一万のレプリカを犠牲にすることでしか、生きていけなかった」
「もっともらしいことを言わないでください! 超振動が必要だったなら、疑似超振動でもよかったじゃないですか! ジェイドさんはルークさんをみすみす殺す方法を選んだんです!」
「っ…」


ジェイドは言葉を失った。
やり場のない想いを怒りに変えたノエルは、ジェイドを責め立ててもしょうがないことを理解していた。
ルークが犠牲になる方法を選んだのは各国の首脳陣で、ジェイドは案を提出しただけだ。障気中和案を実行する権限は彼にはない。
そのことをわかっていながら、ジェイドを責め立ててしまうのは、八つ当たりだった。


ルークを死地に運んだ自分にはジェイドを責める資格は無い。唇を噛んで、涙を堪えようとするものの、涙は止まる事を知らない。ナタリアが困惑の声をあげた。


「ノエル、どうしましたの、そんないきなり怒って…」
「っ殿下は良かったですね…」
「なにを…?」
「アッシュさんが犠牲にならなくて、本当に良かったですね」
「っ!!」


完全な嫌味だった。
アッシュが好きなナタリアは、ルークが障気中和を実行して安堵を覚えていたのだ。超振動を扱える者が犠牲に必要だというのなら、アッシュが犠牲に選ばれても不思議ではない。
だから彼女は、ルークが犠牲になったことにわずかな哀しみを抱いても、それを上回る安心があった。
ノエルが突いたのは、ナタリアのそういう卑しい想い。


言葉が出ずに立ち尽くすナタリアや、他の面々をノエルは見回した。


「知ってますか…? ルークさん、ずっと苦しんでたんですよ」


アクゼリュスが崩壊してしまって。
その責が自分にあると、ルークは長い間ずっと苦しんでいた。
贖罪の道を模索して、世界に尽くして生を終えたルークは、ようやくそれで苦しみから解放されたのかも知れない。


「毎夜のように悪夢に魘されて…ルークさんはいつ死んでもいいような、覚悟を決めた顔をしてた。教えて下さい、どうしてルークさんがそんな顔をしないといけなかったんですか? ルークさんのどこが悪いんですか? どうして彼ばかり追い詰めるんですか? ガイさんはルークさんを卑屈だって否定した。ティアさんは調子に乗らないでって言ってルークさんを傷つけて、アニスさんはルークさんの友達を殺した。私はルークさんを死地に運んだ…っ。みんな、みんな、みんなルークさんを追い詰めた!」


ノエルの言葉は、叫びへと変わっていた。


「それなのに、誰も恨まずに、自分が悪いって言ったルークさんが、どうして死ななければいけなかったんですか……!?」


その言葉に、一行は返答に窮した。
ノエルは泣き崩れる。
ルークの名前を数えきれないほど繰り返しても、応えてくれる人はもういなくて。
彼を連れ去った青空の下で、ノエルは生きるしかなかった。


End
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