ティア→ルーク×ノエル
“地核振動停止作戦”実行前夜――。
大事な作戦を目前に控え、一行は職人の街シェリダンで一泊をすることに決めた。地核には恐らく六神将の誰かが待ち構えていると思われる。一度地核へ突入してしまえば、脱出するまで出て来られないと想像出来たので、一行は食材の買い足しやグミやライフボトルの準備に余念が無かった。
「あとは…ライフボトルと、レモングミね。レモングミは四個、ライフボトルは六個必要よ」
「わかった」
ガイとナタリアに頼まれて、ルークはティアと一緒に、回復アイテムの買い出しにきていた。
買い出しメモを読んだティアの指示に従って、ルークは買い物かごの中にレモングミとライフボトルを積み上げる。結構な金額になりそうだが、戦闘時は命を救う必須アイテムなので、お金を惜しんではいられない。一行の中で一番金銭感覚がしっかりしているという理由で、幼いながらも一行の財布を握るアニスから渡されたお金で買い物を済ませ、二人は店を出た。
職人の街と称されるシェリダンでは、ひっきりなしに声が飛んでいる。やれ、金槌は何処だ、お前の横にあんだろうが、ネジ一本足んねーぞ、どこ行った、お前の足元だ、と言った怒号が飛び交って活気に満ちている。音機関が唸る音があちこちから聞こえて、振動が足元から伝うことも珍しくない。
ルークはシェリダンの街独特の雰囲気が嫌いではない。街中に鉄やオイルの匂いがして、食事をするときは勘弁してくれと顔を顰めたくなることもあるが、キムラスカでは一番活気がある街だと思っている。
だから、ルークとしてはゆっくりと見て回りたいのだが、女連中は体に油がつくような気がしてシェリダンがあまり好きじゃないらしい。
早く宿屋へ戻りましょ、と促すティアに頷いて、彼女の両手を見やったルークはガイの言葉を不意に思い出した。
『いいか? 女の子の荷物は、なるべく男が自然に持ってやるもんだ。ティアと買い物に行くとき、彼女の荷物をさり気なく持ってやれよ。それがカッコいい男ってもんだぞ、ルーク。』
しょうがねーなぁ――と胸中で呟いて、ルークはティアに言った。
「ティア、お前の荷物持つよ」
「え? ルークだって両手に荷物あるのに…いいの?」
「べつに嵩張るだけで重くねーし。ほら、貸せよ」
そう言って、ルークはティアの手から荷物を受け取る。
ライフボトルが数本入った買い物袋は、小さなペットボトルの水を数本抱えている重さだ。重たい剣を振り回し、前衛で戦っているルークにとっては大した重さではなかった。
買い物袋を四つも抱える羽目になったルークは両手の荷物を持ち直し、至って普通の顔で、宿屋へ向かって歩き出す。これで良いのだろうか。初めてこんな事をしたルークは少しばかり照れ臭かったが、ガイの言うとおり…初めてにしては、上手く出来たと思う。これで少しはカッコいい男に近付けただろうか。カッコいい男になったら、きっとノエルは――ノエルがいったい何だと言うのだろう。不可思議に思い、自然と足を停めたルークは、ティアが後ろからついてきていないことに気付いて振り向いた。
ルークの双眸に、少し離れた先で林檎のような赤い顔で佇むティアが映った。
「ティア? どうしたんだよ、早く行こうぜ」
「あ…、ご、ごめんなさい。すぐに行くわ」
慌てて駆け寄ってくるティアの顔は未だ赤く、ルークは風邪でも引いたのか、と一瞬疑ったものの、ティアが歩く姿はしっかりしていたので、特に追求する事は無かった。
ティアが黙々と歩くので、つられるようにして黙りこんでいると、宿屋へ着く寸前にティアが「荷物持ってくれてありがとう…」と風で掻き消されてしまいそうなほど、小さな声で呟いた。
ティアのすぐ前にいたルークはその言葉が聞こえたので、「ああ」と小さく笑って、宿屋のドアを押して中へ入った。
「その様子だと、上手くいったみたいだな」
ティアと廊下を歩いていると、にやにやと笑うガイにそんなことを言われたのだが、ルークはわけがわからずに不思議そうな顔をした。ガイの言葉に思い当たることがあったのか、ルークの後ろに続いていたティアは、可哀想なほど真っ赤な顔でガイを睨んだ。
「なんか、今日はいつにも増してガイとナタリア変だったな」
「はいですの」
シェリダンの宿屋の一室。窓際に設置された簡素な机の上で、ルークは日記を開いていた。都合良く一人部屋が全員分取れたので、部屋にはルークとミュウしかいないので、普段は言い難くて話さないことも二人は軽快に話していた。
今話題に昇っているのは、ガイとナタリアの怪訝な様子だ。ティアと一緒に買い物をしてきてくれと頼んだのはガイとナタリアだと言うのに、宿屋へ戻ってきたら『楽しかったか?』などと聞いてきたのだ。ただの買い出しに楽しいも何もないと思ったのだが、気分転換にはなったという意味で頷けば、ガイは笑顔で肩を叩いてきた。それだけならともかく、その後の夕食時にもガイの変な様子は続いて、ティアと向い合せにテーブルにつかされたりした。ナタリアはナタリアで、時には素直になりませんとティアに逃げられますわよ、と意味不明なことをルークに言ってくるから、ルークが眉間を寄せたのも無理は無い。
いったい何だったんだか。わけわかんねぇ、とルークが呟くと、日記の傍にいたミュウが内緒話をするように、密やかな声で言ってきた。
「ティアさんはご主人さまが好きですの。だからガイさんとナタリアさんは、ご主人さまとティアさんをくっけようとしているんですの」
「ティアが? …なに言ってんだよ。ティアが俺のことなんか、好きになるわけないだろ?」
「どうしてですの?」
「だって俺、あいつを失望させちゃっただろ? ま、そのことは俺が悪いんだけどさ……だから、俺のことなんか好きになってくれる奴なんて、いないよ」
「そんなこと無いですの! ぼくはご主人さまが大好きですのっ!」
「…お前、恥ずかしい奴だよな、前から思ってたけどさ。…でも、ありがとう」
俺もお前のことが好きだよ、と言う意味をこめて、形の良いミュウの頭を優しく撫でる。
そうして、今日の出来事を思い出しながら、ペンを日記に走らせてゆく。ルークが日記に集中し出すと、ミュウは邪魔しないようにそっと離れて、机から窓枠にぴょんと飛び移った。
ピタリと窓ガラスに張り付いて、外を眺める。藍色に染まった空には、曇がかかっていて、明日の天気が曇りだと予想させる。けれど、雲の合間からチラホラと星が覗いているので、明日はやっぱり晴れかも知れない。もう夜も遅いのに、シェリダンの街は眠る様子が無く、街には人がまばらに行きかっていた。
外を眺めていたミュウは、街を歩く見なれた人物を見つけ、不思議そうな声をあげた。
「みゅ? …ご主人さま〜」
「ん? どうした」
「ノエルさんがいますの!」
「え?」
ルークは日記から顔をあげて、ペンを放り出す。イスから立ち上がり、窓に近づいてミュウの視線の先を追った。そこには確かに、ノエルの姿があった。ノエルは重たそうに籠を両手に抱えていて、何処かに向かっている。彼女の向かう先に思い当たったルークは、施錠を外して窓を開けた。
夜だから控えめに、けれどもノエルに届くように、彼女の名前を呼ぶ。
「ノエル!」
ノエルは立ち止り、不思議そうにきょろきょろ辺りを見回した。
「上だよ、ノエル」
ノエルが上を見上げる。宿屋のニ階の窓から、少し身を乗り出しているルークを見つけて、ノエルの顔が綻んだ。
「ルークさん」
「これからイエモンさんたちの所へ行くのか?」
明日行われる“地核振動停止作戦”のために、い組とめ組の全員がタルタロスの最終チェックのためにドッグに詰めていることをルークは知っていた。夜更けとも言えるこの時間帯に、ノエルが何の用事もなくフラフラと出歩くとは思えないし、自然と口から突いて出た言葉だったのだが、ノエルは驚いたような顔をした。
「はい。よくわかりましたね」
「まぁ、な。差し入れでもしに行くのか?」
「はい、お爺ご飯の時間にも帰ってこなかったので…。今から差し入れしに行くんです」
「そっか…んじゃ、ちょっとそこで待っててくれよ」
「え?」
「俺も行くからさ。…イエモンさんたちに用があるんだ」
本当は用事など何もない。ただ、ノエルをドッグまで送る口実だ。
ノエルはそのことに気付いたのだろうか、一瞬目を瞬いて、すぐに申し訳なさそうな顔をして「はい、一緒に行きましょう」と頷いた。それを見届け、ルークはミュウの頭を掴み窓から放り投げる。
ボールのように容易く投げられたミュウを、ノエルは慌てて受け止めた。
「ルークさん!?」
「ミュウと一緒に待っててくれよ。ミュウ、ノエルの護衛、頼んだぞ」
「はいですの!」
ミュウのその言葉に満足そうに頷いて、ルークは窓を閉めて施錠した。
ルークが宿屋から出てくるまで、ノエルを独りぼっちで立たせておくのは不安がある。短い時間でも、暴漢に襲われないとは限らないのだ。ミュウにノエルの護衛をお願いしておくとルークは少しだけ安心出来た。
いつもの白い着衣を羽織り、剣を腰に差して、鍵をかけて部屋を後にする。
ノエルの元へ足を急がせようとしたルークだが、一声仲間に声をかけておくべきかと思い立ち、隣の部屋のドアを軽くノックした。ひょっこりとジェイドが顔を出す。
「ジェイド、俺すこし出かけてくる」
「おや、非行に走るんですか?」
揶揄じみたその言葉に、間髪いれずにルークは否定を返す。
「ちげーよ! …ノエルがドッグに行くって言うからさ、送ってくる」
「…そうですか。気を付けて行ってきなさい」
「ああ!」
慌ただしく駆けて行くルークの姿を見届け、ジェイドは微笑んだ。
ルークの心は着実に成長を遂げているようだ。自主的にノエルを送ろうと思う程度には、ノエルを大切に思っていることが態度で見てとれる。この調子であればティアが泣く日は近いかも知れない。――そう思うと、ティアにわずかな同情を覚えるが、そんな想いはすぐに消えてしまう。
ジェイドには、ティアに同情を抱く気持ちよりも、このままルークが優しい恋を育んで幸せになれるよう、彼の幸せを祈る気持ちの方が比べ様もないほどに大きかった。
To Be…
ジェイドはルークの父親ポジションです。
そしてミュウの扱いが粗雑ですが、ルークはミュウを信頼してます。
前半ルク←ティアで後半ルクノエ。両者を見比べると温度差が激しいです…。
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