ノエルと一緒にいると、自然と歩幅を小さくしたくなる。
ルークはノエルの歩幅に合わせるようにゆっくりとドッグまでの道のりを歩いていた。ノエルの手の中にミュウを押し付け、彼女が持っていた手包みをごく自然に受け取って隣を歩く。かすかな光を放つ星空の下を歩く二人は、近所迷惑を配慮したのか小さく声を潜めて会話に話を咲かせていた。


「明日は大切な日なのに…送ってくれて、ありがとうございます、ルークさん」
「俺はイエモンさんたちに用があるから一緒に行ってるだけで、べつにノエルにお礼を言われるようなことはしてないだろ」


本当は用事なんて無いのだが、ノエルにお礼を言われるのがこそばゆくて、ついルークはそっぽを向いてそんなことを口走ってしまう。くすくすと控えめな笑い声が聞こえて、ルークは横目でちらりとノエルを盗み見る。わずかに頬を染めたノエルが、「ルークさん、可愛い」と小さく呟いて、ルークの頬が火がついたように赤く染まる。


「か、可愛いって…褒め言葉じゃないだろ」
「ふふ…すみません」


謝っているのに、悪びれた様子もなく鈴が転げたような声音で笑うノエルにルークは苦笑した。


「ったく。…俺より、ノエルの方が可愛いよ」
「え?」


ルークの言葉をすぐには理解出来なかったらしく、ノエルは目を丸くした。
ニ度は言ってやらねぇ、とルークは前方に視線をずらした。
二人の間に漂う雰囲気が、むず痒いものへと変質してゆく。今まで空気を読んで黙りこんでいたミュウが、とうとう耐え切れなくなったかのように、ぽつりとこぼした。


「…二人ともラブラブですのー」
「なっ」
「えっ」


途端に耳まで赤く染まるルークとノエル。ミュウの言葉の意味を理解して、餌を待つ魚のごとく口をぱくつかせて、結局何も言えずに二人は黙りこむ。
ドッグに着くまでの短い間、不自然な沈黙が二人の間に横たわり、ルークはひっそりとミュウのことを恨めしく思った。





「おお、よく来てくれたのう!」


ドッグへ着くと、イエモンたち一同が嬉々とした様子で出迎えてくれた。
最終チェックも終えたらしく、一息をついていたところだったらしい。大きなドアを開けると、熱々のコーヒーを片手にテーブルを囲んでいる老人達の姿が見えた。ノエルが持ってきた包みを手早くあけると、そこには多種多様のサンドウィッチが入った弁当箱が顔をのぞかせた。空腹が刺激されたか、イエモン達は一斉にサンドウィッチに手を伸ばし、頬張った。


「それにしても、ノエルが来るのはわかるんじゃが、なんでルークさんが?」
「お、俺は…えーと…」


急に話の矛先を向けられて、ルークはしどろもどろになる。
ルークはノエルを送るために来ただけであり、イエモン達にべつに用事があったわけではない。ノエルに対する言い訳は考えたが、イエモン達に対する言い訳は咄嗟に出て来ずに言葉を探しあぐねる。


「あ…ルークさんは私を」


困り切ったルークに救いの手を差し伸べようと、ノエルが何かを言おうとしたが、ルークはその言葉に覆い被さるように早口でしゃべった。


「俺はイエモンさんたちにチェックの様子を聞きにきたんだ! ちょ、ちょうど良いからノエルを送るついでにジェイドに聞いて来いって言われてさ…だから、それで」
「え…? そうなんですか…」


もっともらしいその言葉に、納得が言ったようにノエルは相槌を打つ。
その顔はどことなく翳が落ちていた。
ルークの様子と、ノエルの様子を交互に見たイエモン達はにやり、と面白そうな顔をした。


「ほほう、なるほどのう…そうか、そうか」
「ノエルちゃんも大人になったねぇ」


感慨深そうにしみじみと頷く老人達に、ノエルとルークは顔を見合わせる。イエモンはノエルの姿を見つめた後にルークを見つめると、目尻の皺を深くさせて笑った。


「そうか……あのノエルがのう…。ルークさんなら、わしも納得じゃ」
「あ、あの…お爺ちゃん?」


ノエルの困惑した声を無視して、イエモンはルークに向き合う。


「ルークさん」
「はいっ?」
「ノエルを頼みます」


深々と頭を下げるイエモンにルークは背筋を正す。
どうやって言葉を返せばいいのか、すぐにはわからず、何も言えずにルークが黙りこんでいると、イエモンが真摯な眼差しで再度言った。


「ノエルを、頼みます」


ただでさえ折り曲がった腰を折り曲げて、イエモンは頭を下げる。ノエルが「お爺ちゃん、なに言ってるの!」と羞恥のせいか赤くなった顔で、頭を下げるイエモンを必死にやめさせようとするが、他の老人達に抑えつけられてしまい、なすすべもなくそれを見守るしかない。


「…はい」


ノエルの祖父が、頭を下げている。なんて言ったらいいのか、わからない。
複雑な感情が胸に渦巻いて、ルークはたった一言の言葉しか返せなかった。
ノエルを頼まれる理由なんて、今のルークにはわからない。危険な旅に付き合わしてしまっているノエルを、それこそ命がけで守る心構えは出来ているけれど。イエモンが頼みたいのは、そういう事じゃないのだろう。
力強く「はい」という言葉を返せば、イエモンはそれで充分だと、皺くちゃの顔を安堵で綻ばせた。


「良かった。ルークさんなら、わしも安心じゃ」
「…お爺ちゃん…」


困り切った声で、ノエルはイエモンを呼ぶ。
恨めしそうな視線を向けてくる孫に、イエモンはからからと笑った。


「しょうがないだろう。お前はわしの大切な孫なんだから。ここにいない、お前の父親代わりじゃ」
「もう…っ、お爺ちゃんってば。私とルークさんは、そんな関係じゃないんだから。ルークさんに失礼でしょ? …ルークさんには、ティアさんがいるんだから。ルークさんも、今のお爺ちゃんの話し、気にしないで良いですからね!」


何でそこでティアの名前が出てくるのだと、ルークが疑問を口に出す前に、老人たちが一斉に険しい視線をルークに向けた。


「なに!? ノエルちゃんがいるのに、他にも女がいるのか!?」
「ティアちゃんってあれじゃろ、あの片目を隠した別嬪な嬢ちゃんじゃろ! あの素晴らしい胸をした…ノエルちゃんのみならず、あの嬢ちゃんもか?! …羨ましいぞ…わしがあと三十年若ければ、どっちかを貰ったのに…!」
「アンタはなにエロい手つきで馬鹿なことを言ってるんだい!? アンタがいくら若かろうとも、ルークさんのかっこ良さには敵いっこないよ! そんなことより、ルークさん、アンタ…ノエル以外にも女がいるのかい?」


ずずい、と恰幅の良い老年の女性に詰め寄られて、ルークは後ずさる。


「ちょ、ま、待ってください、いったいなに言ってるんですかっ!?」
「み、みんな! 落ち着いてよ、もう! みんなの気持ちは嬉しいけど、私とルークさんはそもそも付き合ってないんだから、そんな、問い詰めるような真似をしてもルークさんに迷惑がかかるだけでしょう!?」
「付き合ってないだと!? ノエルのどこに不満があるってんだ!」
「あーもう!!」


一度ついた火は、易々と止めることは出来ないらしい。
その後、蜂の巣を突いたような騒ぎは落ち着くまで随分と時間がかかった。
問い詰められたルークはノエルを送り届けた後に宿屋へ戻り、くたくたな様子でベッドに倒れ込んだ。
眠るべく瞼を閉じれば、イエモンが頭を下げる様子が思い浮かんで、何故かその姿は翌日になってもくっきりと鮮明にルークの脳に焼き付いていた。







“地核振動停止作戦”決行日――タルタロスに乗り込む一行の前に、“地核振動停止作戦”の情報をスピノザにより入手したヴァン・グランツが魔弾のリグレットたち部下数十名を引き連れてシェリダンへ現れた。
作戦を遂行すべく、シェリダン港へと急いだ一行はそこで見てしまう。タルタロスを守るべくイエモンたち、老人達が奮闘する姿を。
怪我しているのに、それでもなお、ヴァンたちの行く手を塞ぐ姿に、堪らずに、応戦すべく剣を構えたルークに対しイエモン達はタルタロスへ乗り込むように声を荒げた。
そして言うのだ。こんな年寄りでも、障害物にはなると。だからタルタロスに乗り込めと。――ルーク達が行ってしまえば、殺害されることがわかっているだろうに。
そんなことをいうイエモン達の目には覚悟が浮かんでいて、ルーク達は彼らの想いを無駄にしないようにタルタロスへ乗り込むしかなかった。


「…お爺ちゃん」


閉じられた分厚い扉、出港すべく機関室に急ぐジェイドの足音を聞き届け。か細げなノエルの小さな声が落ちる。頑丈な扉越しに、佇んで何も言わずに顔を俯かせたノエルの頼りなさげな肩に、ルークの目に熱いものがこみあげた。今は慰めなんて縁起でもない。
ただ、寄り添うだけしか出来ないけれど、それでもノエルに寄り添うべく、ルークはそっとノエルに近寄ろうと、足を一歩踏み出した。そしてルークは、



「落ち込んでいる暇はないわ」



ティアの言葉に、耳を疑った。


To Be…
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