「あら…ノエル、徹夜したの? 目が真っ赤よ」


それは朝食時の出来ごとだった。
朝食当番であるアニスが手早く料理を作り、顔をそろえて皆が食事を摂ろうとしたとき、ノエルの腫れ上がった瞼に気がついたティアが声をあげたのだ。


いつも朝から元気な笑顔を浮かべているノエルの表情は、今日も笑顔であったが、いつもより陰って見えた。
彼女の眼の下にはくっきりと隈が出来ていて、徹夜明けしたときのように眼球に赤い線が幾重にも走っている。
染み一つない肌白い面だからこそ、変化が現れるとよくわかる。
ティアやナタリア、それにガイはノエルが徹夜明けしたのだと疑わず、人の顔色を読むのが上手いアニスはそんなティアたちに一瞬信じられない目を向けていた。


「本当だ。ノエル、アルビオールの整備徹夜で頑張ってたのかい?」
「…ええ、そうなんですよ。整備してたら次々と気になるところが出ちゃって…」
「それなら俺にも声をかけてくれたら良かったのに。俺も少しなら手伝えたぞ」
「ガイさんの手を煩わせるほどのことじゃなかったので…」
「そうか…」


ノエルの言葉に納得したようにガイは頷いた。
音もたてず野菜たっぷり入ったスープを飲んでいたナタリアは、スプーンを置いて口元を布巾で拭きながらノエルに視線を向けた。


「大丈夫ですの? 今日はベルケンドに向かうのでしょう? 寝不足で運転するのは危険でしてよ」
「そうね。万が一のことが起きてはいけないし…今日は歩いて行きましょうか」
「でも…そうしたらベルケンドに着くまで時間がかかりますわね」


ノエルが徹夜したのだと疑わない彼女たちは、自分たちの言葉がノエルを責め立てているものなのだと気づきはしない。

無意識に放たれる言葉の刃は容赦なくノエルを傷つけ、彼女の顔色が徐々に曇り始める。
それを見ていたルークが持っていたスプーンに力を込める。
ジェイドが不快に眉を顰め、アニスが慌てて彼女たちの会話に口を挟んだ。


「ねぇ、ナタリアもティアも急ぎすぎだよ。そういう話をするのは先にノエルに話を聞いてからするべきでしょ。寝不足つったって仮眠は取っただろうしさ、ベルケンドまでアルビオールで行けばココから大して時間がかからないし飛べるかも知れないじゃん。ね、ノエル」
「え…ええ。ベルケンドまではアルビオールで行けば一時間もかかりませんし、今日は風も穏やかですし操縦ミスをしない程度には仮眠は取ってますから…操縦に問題はありません」
「ほら、ノエルもこう言ってるしさ」


アニスが取り繕ったような笑みを浮かべ話す。
ノエルはそれに同意を返し、話はここで終るかと思いきやナタリアが少々憤った声で言葉を紡いだ。


「アニス、ノエル。貴方達はそう仰いますが、万が一のことが起きたらどうするつもりですの? 寝不足だと判断ミスも起きますわ。仮眠をとったからとはいえ、操縦ミスだって起きないとは限りませんのよ。私たちの命を乗せて飛ぶんですもの、無理は禁物です」


確かに本当に寝不足であったなら、ナタリアの言うとおりにするべきなのだろう。

だが、ノエルは寝不足ではないのだ。
――泣いたから、目が腫れぼったいわけであって。


ノエルの顔をよく見れば涙の跡が薄らと出来ていることに気づくのに、ナタリアたちは気づかない。
アニスは彼女たちのこういう気が回らぬところに嫌気がさしたのか顔を顰めた。


「その通りよ。やっぱり今日は念のため、歩いて向かうべきだわ」
「でも、ティア。それじゃあ君が辛いんじゃないか? 障気を体に取り込んで、歩くのも辛いだろうに…」
「私なら大丈夫だわ」


気丈を装って笑うティアだが、その表情は儚げだ。
ガイはそんなティアに「君は凄いな」と称賛する。
そのあとに続けられた言葉にルークは我慢できず立ち上がった。


「昨日あんなことが起きたのに君は立派だよ。身内が犯した罪にも負けずにいるなんて、そう出来ることじゃ…」
「ガイ!」


怒りに満ちたルークの声が、静かな朝を蹴破った。
ルークが立ち上がった拍子に、彼の膝の上に置いてあったスープが地面に落ちた。
まだ半分以上残っていたスープが、地面に大きな染みを作る。
無残になったスープを気にも留めず、ルークはガイとティアを睨みつける。


「ルーク? いったいどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもねぇよ! お前ら、最低だ!!」
「な、なんてこと言うの、ルーク!」


ティアが叱咤の声を飛ばすが、ルークは気にせずノエルに駆け寄った。
そうして呆然とするノエルの肩を揺さぶり、アルビオールの中に入ろうと誘った。
よろよろと緩慢な動きで立ち上がったノエルは、ルークに促されるままアルビオールに向かう。
二人はそのままアルビオールの中へ入って行ってしまった。
ルークに淡い恋心を抱き始めているティアは傷ついた様子で見つめていたが、ルークが振り向くことは無かった。


「な、なんなの、いったい…」


ガイとナタリアは顔を見合わせ、ルークが怒った理由がわからず首をひねる。
アニスはルークが落としたスープ皿を「アニスちゃんの美味しいスープを台無しにするなんて」とぶつくさ文句を言って片付けた後、ティア達を睨んだ。


「あたし、ルークが怒る理由わかるよ。あたしだって今、ルークと同じこと思ったもん。ティア達、サイテーだよ」
「アニス!? なんで貴方まで…」
「――ノエル、泣いてたんだよ」
「え……」
「気づかなかったの? あれは寝不足なんかじゃないよ、泣いてたんだよ。…昨日のことを思い出してみてよ、このタイミングでノエルが寝不足なんてするわけないじゃん」
「………」


ティア達三人はそれでも顔を見合わせ、わからないと黙りこむ。
アニスは重たい溜息をついて、もうヤダと小さく口にした。


「あたし、洗い物してくる。大佐ぁ、あとは任せました!」
「やれやれ…私が説明役ですか?」


面倒だと溜息を吐いて、洗い物をしに行ったアニスの背をジェイドは見送った。
ティア達に順繰りに視線を向けたジェイドの瞳は不愉快な色を浮かべている。
ジェイドの苛立たしげな雰囲気を感じ取った三人は自然と背筋を伸ばした。


「…貴方がたはルークとアニスが怒った理由をちゃんと考えましたか?」
「それは…考えたさ、ちゃんと」
「嘘ですね。考えていたなら、先ほどのような言葉は言えません。貴方がたはノエルを深く傷つけたのですよ。ルークとアニスが怒るのは当然だ」
「……」
「ガイ、貴方は先ほど言いましたね。“身内が犯した罪にも負けずにいるなんて”と。それはティアへの褒め言葉になっても、ノエルには毒でしかないんですよ。襲撃されたのはシェリダンです。シェリダンはノエルの故郷だということを忘れていませんか」


サァっと三人の顔色が青褪める。
ガイは特に顔色が悪い。
当然だろう。
彼は加害者の妹であるティアを庇い、被害者の身内であったノエルを大して気にも留めなかった。
自分と彼女の境遇を重ね、どれだけ自分がノエルに対して酷い言動を投げ掛けたのかようやく気付いた。


「お、俺…! ノエルに謝りに…」
「やめなさい。それは貴方の自己満足です」
「っ……!」


厳しい声音で止めるジェイドに、走り出そうとしていたガイの足が止まった。
地面に足を縫い付けられてしまったかのように、動けずにいる。
ジェイドは眼鏡のブリッジを直し、赤い双眸で三人を冷たく見据えた。


「謝っても迷惑でしょう。謝罪すれば取り返しがつくわけではないと言うことは、貴方がたがルークに言ってる言葉ではありませんか。ノエルは貴方達を責めません、だからと言って許すわけではない。たとえ心の中で憎んでいても、その怒りを身の内に留める。彼女はそういう人間です。ルークが怒ったのは、貴方がたを責めないノエルが傷つくのを見ていられなかったからでしょう」


ティアがジェイドの最後の言葉に俯く。
ノエルが自分たちのせいで傷つくよりも、ルークがノエルの為に怒った事実の方が彼女の中では重かったらしい。
ナタリアは気まずげに沈黙し、ガイは憔悴して黙りこむ。
気まずげな雰囲気が広がり、ジェイドは腹の底から重たい溜息を吐いた。






End
ティア→ルクノエ。
ルクノエ要素薄すぎましたが、原作イベントで踏まえているのでこんなものかと。
この後アニスが食事を無駄にしたルークを怒りつつも、ノエルとルークの分のおにぎりを差し入れてくれます。

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