春先の風は冬の冷たさを孕み、ひんやりと肌を撫でつける。
フライトジャケットを着用しているからまだマシだが、顔に当たる風が突き刺さるように痛くて、温かい飲み物が欲しくなる。
家に戻ったらすぐさま温かいシャワーを浴びて、暖をとることにしよう。ハッチを開けてタラップを降りたノエルが思ったことは、まずそんなことだった。
機体から降りてきたノエルの元に、数人の技術者たちが駆け寄って来る。
今し方乗っていた機体の感想を聞くためだろう。
この日、ノエルは先日緻密な計算を経て作られた譜業航空機L17の試験を頼まれていた。
「ノエル! L17の乗り心地はどうだった?」
「だいぶ乗りやすくなったわ! でも曲がるときに機体の飾り部分が視界を邪魔してちょっと…」
「あー、そうか…」
感想を素直に述べると、ひとりの若い技術者がガックリと肩を落とす。隣にいた少し年老いた技術者が若い技術者を肘で突っついた。
「ほれみろ! やっぱりつけなきゃ良かったんだって」
「でも白一色のシンプルボディだぞ? 地味じゃねーか!」
「だから他に色を使うべきなんだよ。赤なんてどうだ」
「んー……ノエルちゃんはどう思う?」
いきなり話をふられ、ノエルは目を丸くした。
技術者たちはノエルに揃って目を向けて、意見を求めてる。
ノエルは困ったような笑みを浮かべて、機体に視線を向けた。
今は沈黙を保っている譜業航空機L17。
航空機としてはあまり大きくない機体だが、エンジンが今までの比ではなく、空を飛べば鷹のように風を切り、弾丸のように飛ぶ。
その代わり操作が難しいこの機体は、飛ぶことに特化していて、見た目は白一色というシンプルさが持ち味だった。
「そうですね……赤よりも茜色はどうですか? 夕陽のような茜色だったら、機体のイメージに合うと思います」
この機体は、ルークをイメージして作られた航空機だ。だから名前が"L17"と言う。
ルークには白も良いけど、茜色もよく合う。
焚き火のような暖かな茜色が、今はもう記憶の中でしか見れない彼の髪を思い出させる。
ノエルの中でルークのイメージは茜色だった。
「そう…だな。茜色も良いかもしれない」
「じゃあ茜色の飾りつけるか」
「いや、それよりも茜色に機体を塗り替えたほうが良くないか?」
ノエルの提案を聞いて、技術者たちは意見を出し合い始める。
真面目で仕事面で妥協をしない彼らは、いつでもこうして意見の衝突をしている。
しかし、今回は今までの比ではない。この街の、いや世界の英雄であるルークをイメージして作る機体とあって、一段と力を入れているのだ。
ルークのことでこうやって話をする人たちのことを見ていると、ノエルの頬は自然と弛んだ。
大好きな人を高く評価してくれる人たちの話を聞くのは、とても嬉しいことだ。
このまま本当なら話に参加したいところだったが、ノエルは彼らに別れを告げた。
今日は行きたいところがあるのだ。もうじき日も暮れてしまうから、急がねばなるまい。
何処かへ急ぎ足で向かうノエルの背後では、技術者たちがL17の話題で盛り上がっていた。
世界滅亡の危機が去ってから、三年という月日が流れていた。
ルーク達の活躍により世界は救われたが、世界救済に一番貢献した英雄レプリカルークは消息不明のまま歴史の一ページに刻まれた。
彼の生死すらわからぬまま、もうじき彼の成人式は開かれる。それは一つの節目であった。
ルークの生死を諦めるための。
三年という歳月は長くないが、短くもない。
最初こそ誰もがルークを想い涙を流していたが、三年という月日が心の整理をつけさせた。
覚悟したのだ。誰もが、彼の死を。
いつまでも嘆いていられないと。
嘆き悲しんでいる間にも、世界はめまぐるしく変化してゆく。
この街だってそうだ。
シェリダンも、彼がいない間に変化を遂げていた。
街の中央に、記念碑が建造された。
これは三年前ヴァン・グランツ率いる神託の盾騎士団兵士たちにより引き起こされた、シェリダン襲撃事件の際に殺害された人たちの魂を鎮めるため建造されたモニュメントだった。
巨大な石の表面に、亡くなった者達の名前が細かく掘られていた。襲撃事件が起きた日には、記念碑の周りは花束で埋め尽くされる。
ナタリア王女を始めとした名ある貴族たちの連名によって寄贈されたモニュメントは、いつしか街のシンボルにさえなっていた。
ナタリア王女と言えば、三年前、どうにも甘い考えがあった王女は、今は帝王学に励んでいる。
その身にキムラスカ王族の血をひかぬことがわかり、旅を経て思うところがあったのだろう。いちじき彼女の出奔が問題視されていたが、有耶無耶に終わった。
それというのも、ナタリア王女の問題よりも、変貌してゆく時代の流れに取り残されぬようキムラスカが奮闘していたためであった。
預言からの脱却、偽姫騒動、ルーク・フォン・ファブレの偽物事件、和平を行っておきながら、マルクトに戦争を仕掛けた事実など……キムラスカは問題だらけだったのだ。
王女個人の問題よりも国全体の問題が重視されるのは当然であった。しかし、彼女が偽姫であることはキムラスカ国民のみならず、世界が知るものとなっている。
これから彼女に何か問題があれば、即時にナタリア王女は罷免されることは間違いなく、現在は判決待ちする罪人のように猶予を与えられている状況とも言えた。
シェリダンの復興支援はダアトも協力している。
ダアトは世界全体が預言脱却を宣言した今でもその威光は通じる。預言脱却とはいえ、そう簡単に人の意識は変えられぬことが如実にわかる威光だった。
一年ほど前に導師に就任したフローリアンたち詠師により、ダアトの悪名は回復してきているが、フローリアンには辛いものがあるだろう。
導師を育てたアニス・タトリンに対し、つい先日、マルクトが引き渡し要求をしたのだ。
彼女は英雄であったが、それと同時にタルタロス襲撃事件幇助の疑いと、スパイ疑惑、導師殺しの三つの疑いがかけられていた。
とはいえ、マルクトが彼女を裁けるのはタルタロス襲撃事件の幇助のみ。残り二つに関してはダアトの問題である。
英雄ということもあり、彼女が犯罪を犯していてもそう長く服役することはないだろうと、世論は甘い見方を示している。
彼女にとって本当の罰とは、”英雄であるが犯罪者でもある”という世間の厳しい目に晒されることなのだろう。これから先、彼女がどうなるのかノエルにはわからなかった。
それと同じくして、フローリアンが頭を抱える問題があった。
ダアトに所属するもう一人の英雄…聖女と謳われるようになったティア・グランツである。
彼女は大罪を犯したヴァンの身内であるが、世間は彼女に対し同情を向けていた。それが変わりだしたのが、マルクトで流行り出した噂である。
いわく、「聖女ティア・グランツは軍人であったにも関わらず、公爵子息であったルーク様に対し無礼な態度を取り続けていた」という事実である。
ルークはレプリカと知れたが、ファブレ家が彼を本物の子息と変わらないと公言したため、その身分は変わらない。
それどころか、ルークがレプリカである前からティアが不敬を働いていたことがだんだんと噂で広まり始めた。
火の無い所に煙は立たない。噂に火をつける証言者が現れることによって噂は真実味を帯びて、彼女の本当の人となりを調べるために記者が取材を重ねているらしい。
ジェイドやガイも彼女たちと似たり寄ったりだ。
ガイは爵位返上の噂が流れているし、ジェイドは和平時の親善大使に対する態度が問題視されている。
ただガイはともかく、ジェイドはこれ以上の批判はないだろう。
彼はルークを生みだした技術を作りだしたし、障気中和の際に類まれなる知識を世界の為に役立てた。
それに現在マルクトが中心になることで進めているレプリカ保護に、彼の存在は欠かせなかった。
これらは平和による弊害なのだろう。
世界の危機に心揺さぶられた人類は、他のことに気を配る余裕が生まれ始めたのだ。
ようやく平和を皆が実感し始めたからこそ、生まれた弊害が英雄批判だというのだから、薄情なものだ。
英雄は平和になれば無用、という証拠なのかも知れない。
唯一、英雄の中で批判を受けていないのはルークのみだった。
アクゼリュス崩落の真相は隠されてる今(もっともルークがアクゼリュスを崩壊させたとしても、確証がない)彼に罪は無い。
本物のルークとすり替えられたことは、被験者ルークが誘拐された当時彼は赤ん坊と変わりなかったため不可抗力とされているし、彼を批判すれば、ルークが入れ替わった事態に気付かぬキムラスカにも批判が及ぶ。
ルークは自らの命を削り、世界を救済した。彼は本物の英雄だ。その事実だけで、人は良いのだ。
モニュメントの横を通り抜け、ノエルはよく行く花屋に立ち寄った。
花屋では幼馴染の女の子が出迎えてくれて、ノエルの姿を見るなり彼女は店の奥に引っ込み、花束を持って来てくれた。
カーネーションで出来た花束だ。白一色に染まった花束はどことなく寂しく見えた。
代金を払い、花屋を出たノエルは白いカーネーションの花束を手に、シェリダンの一角にあるとある場所へと向かった。
その場所へ近づくほどに人気が減ってゆく。街の大通を抜けたせいもあるが、今から向かう所が哀しくて、無用な人を拒むせいもあるのだろう。
緩やかな坂をのぼると、そこは開けた場所だった。街を一望できるほど眺めが良い。
藍色の空にうっすらと茜色が混じり始めていて、L17に乗っていたときより低いが、空に近いとノエルは思う。
そのまま歩を進めると、鉄柵で四方を囲まれた場所にたどりついた。囲いの中には、石が均一間隔でずらりと並べられていた。
ここは墓地だ。三年前に起きたシェリダン襲撃事件で犠牲になった人達が、深い眠りについている。
墓地の中に足を踏み入れたノエルは、墓地を管理している人から墓を綺麗に掃除するための水が入ったバケツと柄杓を借りた。
そうして墓地の一角に足を運んだノエルは、バケツを下し、一つの墓の前に佇む。
その墓石にはイエモンと言う名前が刻まれていた。
ノエルはやんわりと微笑む。
笑みと言うにはあまりにも寂しそうな表情だった。
「お爺ちゃん、久しぶり。私は元気にしてるよ。お兄ちゃんも、お母さんもお父さんも元気だよ。ここ最近忙しかったから、なかなか来れなくてごめんね」
墓石に向かって話しかける。
墓の中で眠る祖父に何かを話しかけても、骨だけになったイエモンから返事があるはずもない。
ノエルの言葉は独り言のように風にさらわれて、消えてゆく。
祖父が亡くなってから何度も繰り返してきたことだけど、その都度寂しさに駆られたが、それでも話しかけることをやめると言う選択肢はない。
ここには大好きな祖父が眠っているのだ。
骨だけになっても、今もなお大切で、大好きな祖父が眠っているのだ。
「…もうじきね、ルークさんの成人式が開かれるの。私にも参席しないかってファブレ公爵夫人からお手紙が届いたのよ。…でも、私、お断りするわ」
成人式と上手い具合に言い繕っているが、その実情はルークの死亡を認めるための葬式だ。
そのようなものに参列する気はノエルにはなかった。
きゅ、と唇を結んだノエルはバケツの水を柄杓で掬い、墓石にかけた。そうして布で綺麗に墓石を掃除してゆく。
塵埃が溜まっていたが、なるべく時間を見つけたときはマメに来て掃除してるおかげで大して汚れていない。
掃除はほどなくして終わり、綺麗になった墓石にカーネーションの花束を供えた。
兄か両親が供えたのだろうか、黄色のカーネーションが萎びていた。
ノエルが供えた花も、三日も持たずにきっと萎れてしまうだろう。
「私くらい、ルークさんのこと待っていたいの。…お母さんたちには、そろそろ良いご縁を見つけなさいって言われてるけど」
ノエルももういい年だ。
自分と同世代の人たちの中では、早い者はすでに子を授かっている者たちもいる。
恋人一人いないノエルを心配して、あれこれ世話を焼こうとしている者たちもいる。
お節介な近所のおばさん達の中には、見合い話をもってくる始末だ。
良い人を紹介されることだって何度かあったし、その中で良いなと思う人がいなかったわけではない。
「…私、ルークさんのこと好きなの。あの人ほど好きな人、見つけられそうにないわ」
一陣の風が吹き抜けた。
突風に目を瞑る。ルーク達と旅をしていたころよりも、格段と長くなったノエルの髪を風がさらう。
後ろから、あの頃よりも少し低くなった声が、聞こえた。
「…ノエル…」
その声に、瞠目して。ノエルはゆっくりと、振り返る。
振り返った先にいた人物に、じんわりと瞳に涙が浮かんだ。
夕焼けに溶けてしまうんじゃないかと思うほど、朱い髪の青年が其処にいた。
彼は驚いたように目を瞠って、その手に持っていた白いカーネーションの花束を落としそうになっていた。
あの頃よりもわずかに伸びた身長、あの頃より少しばかり逞しくなった顔つき、あの頃より長くなった髪が、彼にも流れた時間を窺わせる。
彼は、あの頃とはちがった服装をしていたけれど。
一瞬、彼と酷似している青年かと、疑いはしたけれど。
浮かべる表情が、柔らかくて。
まぎれもなく、彼が其処にいて。
「…ルークさん…っ!」
「おわっ…」
感情に突き動かされるまま、彼に抱きついた。
いきなり抱きつかれた彼…ルークはたたらを踏みはしたが、勢い余って転ぶことはなかった。
胸元で泣くノエルに、ルークは困惑したようなそれでいて嬉しそうな笑みを浮かべて、いつぞやと同じようにノエルが泣き止むまで抱きしめようと背に腕を回す。
涙を流しながら、ノエルはルークの胸元で小さく笑う。
「…ふふ、いつかもこんなことありましたね」
「そうだな…」
「私、独りで何度も泣きました」
「…」
「ルークさんのうそつき。私を独りで泣かせないって言ってたのに」
「う。……ごめん」
ノエルはルークの胸を押して、そっと離れる。
ルークは眉を垂れ下げて、申し訳ないことをしたと心から反省しているような表情をしていた。
「いいえ、許しません。だから、だから…」
たった一言を口にするのに、どうしてここまで切ない気持がこみ上げてくるのだろうか。
”未来”を約束する言葉が、どうしてこんなに涙を誘うのか。
「だから、これからはもう二度と、私を独りで泣かせないでください」
控えめに告げられた未来を約束する言葉に、ルークは目を瞬く。
そうして、なんだ、そんなことか、と言うように微笑んだ。
「ああ。約束するよ」
未来を約束する誓いの言葉が、何よりも嬉しくて。
ノエルは精一杯の笑顔で笑った。
END
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拍手のルクノエ設定の続きでした。
恋愛要素全面に出しましたが、この二人なものなのでどこか控え目になりました。
裏話として、ED後、成人式でタタル渓谷でPMのもとに戻る前にルークは一足先にノエルのもとに戻りました。
でもノエルに会う踏ん切りがつけられず(三年間待たせたし、もしかしたら恋人出来てるかもしれないし/とウダウダ悩んでた)イエモンたちを見舞うため訪れた墓地にノエルがいたという設定です。 THE・ヘタレルー君。
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