キムラスカ=ランバルディア王国――。
天高く伸びるバチカル城の一室に一人の青年がイスに腰を下ろしていた。左右に素早く動く翡翠色の双眸は書類の内容をすぐさま読み取ると同時に、武骨な手が流麗な文字でサインを印す。ペンの走る音だけが静謐に満ちた部屋に落ちて、いっそ息詰まりをおこしてしまいそうなのに、青年は感情を忘れてしまったかのように無表情だった。
厚い扉からコンコンとノック音が小さく落ちる。執務机におかれた書類から目を離すことなく、青年は「入れ」と一言口にした。


「失礼いたします。政務中に申し訳ございません」
「前置きは良い。用を述べろ」
「はっ! ――ファブレ公爵家に賊が侵入し、ルーク様が誘拐されました」
「何だと?」


ようやくペンを下ろしたとき、滅多に表情を変えない『仮面王子』で有名なミリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディアの眉間は険しい峡谷を生み出していた。



キムラスカ王国には一人の王子がいる。
その名をミリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディアと言う。生前の正妃が産んだ正当な世継ぎで、ナタリア王女とは一歳差である。
顔立ちは美形の一言に尽き、王族の象徴が深く現れたために長く伸ばされた黒に近い濃色の紅髪を常にうなじで束ね、鋭利な刃物のように鋭い翡翠色の双眸は宝石に劣らない輝きを放っていた。幼いころから自衛の意味を兼ねあえて、剣技と体術を習っているのだが、筋肉がつきにくい体質なのか細身の長身で190センチ近くある。そのため間近にすると迫力があるのだが、慰問や視察のとき、子供と接する彼はごく自然に膝を折り、子供と目線を合わす。
多くを語らないのか、言葉数は少なく、寡黙と言っていいほど。それ故に誤解を受けやすい性質なのだが、彼が優しいことは態度を見ればよくわかるので、クールでかっこいい王子様と評判は良い。
整った顔立ちをしているため、表情が変わらないと冷たい印象を受けて、彼が気に食わない政敵たちには『鉄面皮王子』と揶揄されることもあるが、国民の多くは、彼の雇用政策を初めとする多くの政策で生活が良いほうに向っていることを理解していたので、彼は国民に深く愛されていた。
近い将来、ミリア王子が玉座に腰を下ろしたとき、キムラスカは彼の治世が続く限り安定した平和を手に入れるだろう――。
国民に、次期国王であるようにと渇望された王子。
――だが。彼の王子は預言によって、七つのときに王位継承権を剥奪された。
これには預言を重用しているキムラスカ国民は憤懣を覚え、ミリアが立派な後継者たる存在になってゆくたびに、預言という存在を疑問視する声が出てきた。

預言に保障された確固たる未来か、幾多の政策で民に信頼を受けた王子が作る未来か。

預言を笠にキムラスカの政策に口出しする、ローレライ教団の介入を面白いと思う国民はおらず、時が経てば経つほどに、民意はミリア王子の王位継承権復活の方向に流れつつある。あと、一度。ローレライ教団がキムラスカの内政に干渉すれば、不満を抱いていた国民は爆発する。
そんな最中に、起きたひとつの事件。ローレライ教団神託の盾騎士団の軍人による、ファブレ公爵家襲撃、ルーク・フォン・ファブレ様誘拐――それは、ミリアを支持する多くの者たちの不満を爆発させるきっかけとなった。




・・・




「――今だ、捕縛しろ!」


セシル少将の涼やかな声を合図に、いきなり現れた大勢のキムラスカ兵はティア・グランツを簀巻きにした。
バチカル城に和平使者が一歩足を踏み入れた、わずか一分の出来事だった。
突然の事態に茫然自失でいたティアが意識を取り戻したときには、彼女はすでに全身を縄で拘束されて、唯一自由な口にまで猿轡が施されていた。今にも何処かへ――おそらく牢屋に――ティアが引きずっていかれようとしている。その光景を目にしたイオンは、我を取り戻すなりセシルに抗議した。


「セ、セシル少将、これはいったいどういうことですか!?」
「そーですよぉ! いったいティアが何したって言うんですかぁ!?」
「そのティア・グランツはファブレ公爵家を襲撃し、ご子息であらせられるルーク様を誘拐した犯罪者です」
「そんな…! それはきっと何か事情があるんです! だから…」


イオンが解放するようにお願いをするが、セシルは首を振って否定を示す。謁見の間にお通し致します、と彼女は告げて何事もなかったように、規則正しい靴音を響かせながら先導する。
セシルの背後では、イオンがルークにティアを解放してもらうようにさり気なく助力を願っていたが、ルークは曖昧な返事しか出来なかった。


謁見の間に続く扉の傍らには二人の兵士が配置されていた。
その二人の兵士が恭しく豪奢な扉を開ける。


重たい音を立てて開いた扉を越えて、和平使者一行が入るとそこはキムラスカカラーの紅に包まれた広々とした空間だった。全体的に青で纏められた涼やかな印象を与えるマルクトの謁見の間と違い、キムラスカの謁見の間は全体的に赤と厳粛な雰囲気に包まれている。
マルクトでは気さくな王が謁見者を気軽に出迎えるが、キムラスカでは階段の上に玉座を設けているために気軽に王の顔を拝めない。王の顔を謁見者が見るのは不敬、という古来の礼儀に則って作られているのだが、和平の使者一行はそれを失念してしまっていた。

王の顔を見るため突っ立ったまま面を上げている和平使者一行に、謁見の間につくなり面を伏せて膝をついたルークは驚いていた。和平使者だったら、外交先の礼儀くらい学んで然るべきものではないのか。少なくとも、ルークはそのように従兄に教わっていた。
貴族たちから呆れるような目を向けられていることも知らず、和平使者一行は王に暢気に挨拶して用件を述べた。和平の話が終わるなり、イオンが一歩前へ足を踏み出してティアを解放するように訴え始める。


「インゴベルト陛下、ティアを今すぐ解放してください。お願いします! ティアが逮捕された原因は聞きました。でも、ティアが公爵家を襲撃したのは、きっと何か事情があってのことなんです。ルークも無事に帰って来ましたし、なんとか穏便に事を済ませていただけませんか?」
「うむ……」


インゴベルト国王は困ったように唸る。そうしたいのはやまやまなんだが、とインゴベルト国王は表情で雄弁に告げる。国王の腹心の部下のように玉座の横に図々しく居座っているでっぷりと肥えたお腹をしたモースも、インゴベルトの迷いを押し切るように言った。


「陛下、ティア・グランツはユリアの子孫です。ルーク様もご無事に戻ってきた以上、穏便にことを収めてはどうでしょう。――ファブレ公爵のためにも」


暗にティアを侵入させるような警備をしていたファブレ公爵家にも問題があると、モースは告げる。ティアを解放すれば、インゴベルトの懐の大きさも窺えるだけでなくファブレ公爵家の威厳も保たれるのだ――導師イオンよりもよほど上手く、モースは言葉を操った。インゴベルトの心は大きく揺れて、頷きそうになる。
迷うインゴベルトに、玉座の後ろにある王子用の座席から鋭い視線が突き刺さった。たらり、とインゴベルトの額に汗が浮かび上がる。
カッと目を瞠って無言になってしまったインゴベルトに、モースは怪訝な顔で「陛下?」と問いかけた。インゴベルトはそれには応えず、後方の王子に丸投げした。


「…ミリアよ。この件、どう思う?」


ミリア殿下の唇が、うっすらと弧を描く。
そして。


「無論、ダアトの申し出は蹴るべきだと」


頭に直接刻まれるような艶やかな声音が紡がれた。
モースはミリアの言葉に、不機嫌に顔を顰めた。自分の言葉を否定されることなどキムラスカに来てから一度も無い。思い上がり、ついには自身が王になった気になっていたモースは水を差された気分を味わい、ミリアに何か言おうと振り返る。そして、顔色を無くした。


鉄面皮王子と称されるミリア殿下が、はっきりと他者にわかるように微笑むときは、腹の底から沸き滾る怒りを抑えようとしている証拠だという。


どこかで聞いた噂が、モースの脳裏に浮かびあがる。
王子は嫣然と、微笑んでいた。


――誰だ、この人は。
季節はずれにも冷水を浴びせられたように、モースは全身に鳥肌を立てた。
嫣然と微笑むミリアはそれまで、モースが評価していた人物とは似ても似つかない印象を与えた。
今までモースが思っていたミリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディアという王子は、繁栄の預言をもってきた自分に対して、機嫌を損ねないように媚びることもしない無愛想な王子だという印象があった。有能だが、それだけだと。
だが、今モースの目の前にいる王子は凄絶な印象を与えるばかりでなく、モースの心を惹きつけてやまない。そんな魅力で溢れていた。頭を下げて、敬わずに居られないほどの笑みに預言のことが頭からすっぽり抜けてしまったモースは口を開けて、呆ける。ハッと我に返ったモースは顔を赤く染めて、土下座した。
自分の顔を見せているのが恥ずかしい、というほどのモースの低頭っぷりを見せ付けられたミリアは動揺することなく、むしろ静かになって大変よろしいというように笑みを深めて、自身の考えを告げた。


「ファブレ公爵家は我がキムラスカ王家に連なる一族。そのファブレ公爵家へ侵入した賊に対し、ローレライ教団の教団員を理由に何の処罰なしに解放すると言う行為は、キムラスカ王家よりもローレライ教団員の命のほうが重いと知らしめているようなもの。よもや、王族の命よりも、ローレライ教団の一平卒の命が重いなどと言えますまい。もし、言えば最後、我がキムラスカ王家は諸外国に侮られ、国民からも信頼性を失うことになるでしょう」


ミリアの言うとおり、ファブレ公爵家はキムラスカ王家の親戚筋にあたる。
王妹が降嫁するほどに血の繋がりが濃く、また貴族社会の中で一線を画している地位についている。その公爵家に賊が侵入したということは、キムラスカ王家を侮辱したも当然である。だというのに、ローレライ教団の教団員を理由に何の処罰もなしに解放すれば、連綿と続いてきたキムラスカ王家の価値は石ころほどの価値しかなくなる。王権制度を敷いているキムラスカ=ランバルディア王国にとって、王家の価値を損ねる行為を許しては国の尊厳にも関わることなのだ。
ティアを逮捕した理由が、キムラスカ王家の威信を守るためだというミリアの言葉に納得できず、イオンは情に訴えた。


「そんな理由でティアを逮捕するなんて…、どうか考え直してください!」
「そうですよぅ! もーちょっと罪を軽くするとか、出来ないんですか?」


アニスもイオンの言葉に追従する。
導師はともかく、守護役である彼女が謁見の間で口を開く権利などありはしないのだが、身分に疎い彼女はすぽーんとそのあたりの常識が欠如してしまっていた。ルークの迎えであるガイもミリアの話に納得できずに、アニスとイオンの話にそのとおりだと相槌を打つ。ジェイドだけが我関せずと口を開くことなく、傍観していた。
一人頭を下げているルークは突っ込みたくてしょうがない。肩を震わせて、今にも罵声を浴びせそうになる衝動を抑えるのに苦労していた。
ミリアから向けられる視線の温度が、氷点下に冷え込んだ。


「そんな理由とは、導師はキムラスカ王家を侮辱しているのか?」
「! そんなことはありません!」
「だが、貴殿が言っていることはそういうことだ」
「どうして…どうしてそういうことになるんですか!?」
「教団員を理由に王家に連なる公爵家を襲撃した賊を解放するなどと、キムラスカ王家の命を軽く見ている証拠だ。今しがた貴殿は言ったろう。『そんな理由で逮捕するなんて』と。賊は公爵家へ侵入し、王位継承権を持つ子息をも誘拐した犯罪者だ。貴殿の言い分は、その犯罪者の命よりも、キムラスカ王族の命が軽いと言っているも同然だぞ」
「っ」


イオンは息を詰まらせた。
そんな――そんなつもりで言ったんじゃない。イオンはとっさに首を振って、否定を示す。さすがにこれに頷けば、ローレライ教団がどういう立場に立たせられるかいやでもわかった。ティア一人のために、危ない橋を渡ることは出来ない。
イオンは導師だ。ローレライ教団の頂点に立っている以上、教団員の命を守る義務がある。直属ではないが、部下にあたるティアを守りたい一心で言った言葉が、キムラスカ王家を侮辱することに繋がっていたなんて――考えが足りなかった。イオンはうなだれて、震えた声で言った。


「考えが足りませんでした…。先ほどの言葉はすべて撤回します。…すみません」
「イオン様!?」


イオンの言葉に納得がいかないのはアニスだった。
前言撤回したイオンにアニスは大きな衝撃を受ける。ティアをイオンが見捨てた瞬間に立ち会ってしまい、アニスは恐怖した。


「そんな…そんな、イオン様が前言撤回することはありませんよぉ! イオン様が言ってることは正しいです! ティアが誘拐したっていうルーク様も無事だったんだし、そんなに事を大袈裟にしなくてもいいじゃないですか。あたしたちにキムラスカ王家を侮辱している意思だってないし、それに…ティアはユリアの子孫だって話だし! この世界で栄光を齎した聖女の子孫ですよ? 逮捕するなんてー、むしろキムラスカがダアトを侮辱してると思いますけどぉ?」
「アニス!」


嫌味混じりのアニスの言葉に、イオンは肝を冷やした。
王族に対して嫌味を言うローレライ教団員――。いくらなんでも処罰の対象になることは、みなまで言われずとも理解出来た。普段はきちんとした…とは言えないが、貴族相手に対して媚を売ってるアニスにしては珍しく強気な態度だ。いったい何がそうさせてしまったのか、イオンにはわからず、ただ戸惑う。だが、それでもアニスに謝罪をさせようと咎めるように名前を呼んでみたが、アニスはきりりと眉をつりあげて、「だーって、そうじゃないですかぁ」と謝罪する態度を見せようとしなかった。イオンはアニスの代わりに頭を下げた。


「僕の部下が大変失礼なことをしてしまい、申し訳ございません!」
「…教団は随分と良い教育をされていることだな」


ミリアは素っ気なく嫌味を吐く。イオンは頭を下げて受け止めるしかなかった。
国王を差し置いて進む会話だが、インゴベルトはすでにミリアに事を一任していた。
自分のために導師が謝った。その事態に慌てたアニスは、またもや口を滑らせる。


「イオン様が謝まる必要はありませんよぉ。キムラスカがわからずやなのが悪いんですから」
「アニス! 貴方と言う人は…少し黙っててください!」


イオンに叱咤されたアニスは不満そうに口を尖らせて「なんでですか」と呟く。
二度もキムラスカ王族に対して不敬を貫いたアニスに、イオンは苦い思いがこみ上げた。一度は嫌味交じりにもアニスの言葉を遠まわしに許してもらえたが、二度目は許してもらえるかわからない。アニスの不敬は立派な処罰理由になるのだ。ティアを庇いたい気持ちは十分に理解出来るが、それで自分が危ない橋を渡ってどうする。アニスをどう守ろうかイオンは必死で脳内で言葉を探したが、せっかく探した言葉もミリアの容赦ない言葉の前に消えた。


「どうやら貴殿の部下は礼儀が足りないようだ。そのような者を重用しているとは…貴殿は疲れているのではないか?」


イオンにはこう聞こえた。
『部下すら満足にコントロール出来ない、そのような導師など必要無いだろう』。
アニスの首ならず、イオンの首すらすげ替えてもいいのだと――。イオンの顔色からざっと血の気が引いた。
導師になるべくして誕生させられたイオンにとって、導師じゃない自分など無価値な存在でしかない。頭を下げることに躊躇は無かった。


「僕の部下が大変失礼致しました…っ! この者は導師守護役の中でも礼儀知らずで…教団の恥部を晒してお恥ずかしい限りです」
「イオン様!?」


イオンの手酷い言葉にショックを受けたアニスは愕然とした。
追い詰められた人間のように緊張で強張った顔で、だがしかし、しっかりと前を向いたイオンはアニスを率直な言葉で切り捨てた。


「アニス・タトリンは今をもって解雇致します。彼女たちを、ダアトは一切庇いません。何卒、ダアトには温情をお願いします」
「イ、オン様……」


アニスの膝はかくりと落ちて、ぺたりと絨毯の上に座り込んだ。
何かあってもイオンが助けてくれると、信頼ではなく、都合の良いお役立ちアイテムのようにイオンを見ていたアニスは、まさか自分が切り捨てられるとは思いもしなかった。


「そうか。さすがダアトを率いるトップだ。英断に感謝する」


これでわざわざ武力を用いてダアトを潰さずに済んだよ――とミリアの鋭利な翡翠の双眸は告げていた。
一度踏み外せば待ち受けていたのは地獄だと、細い綱渡りを知らず知らずのうちにしていたイオンは、無表情に戻ったミリアに安堵せずにいられなかった。

話は終わったと、ミリアはインゴベルトに視線を向けて、頷く。
インゴベルトはうむと相槌を打ち、謁見の間にいるに似つかわしくない罪人を追い出すために兵士に命をくだした。
兵士がアニスを捕らえようと近付く。恐怖で彩られた表情で、アニスは小さな手を伸ばし、イオンに救いを求めた。


「イオン様!」
「…触らないでください」


アニスに裾を掴まれたイオンだったが、一瞥することなく、導師は導師守護役の手を振り払った。
精一杯瞠目させたアニスの双眸に映ったのは、下唇を噛んだ導師の横顔。


「イオ、」


もう一度、イオンに助けを求めたアニスの口は背後から近付いた兵士によって塞がれて、謁見の間から連れ出される。
イオンはアニスを振り返ることはなく、背筋をまっすぐに伸ばしたまま立っていた。










「もう不要だな」


ミリアは自身の執務室の椅子に背を預けた。彼の視線の先にあるのは、決して少なくはない書類。
そこには、導師と大詠師の連名で届いた謝罪文があった。

あの一件より、六日後。
キムラスカの怒りを買ってしまったことにようやく理解したダアトは、預言を笠にキムラスカ国内でのさばることが出来なくなっていた。キムラスカに借りをいくつも作った所為だ。
それにダアトのこのたびの失態で、民意は完全にミリアの預言離脱に一気に傾いた。
ミリアの王位継承権復活も本日開かれている会議により、本決まりになる。そうなれば、病死か暗殺でもされない限り、ミリアが玉座を継ぐことになる。預言によって王位継承権を一度は奪われたミリアが玉座につけば、それだけで預言を離脱することに繋がるのだ。

謝罪されようと、これ以上ダアトと懇意にする気はない。被害を受けたのはキムラスカで、加害をしてしまったのはダアトだ。謝罪文を受け取るかどうかは、被害国たるキムラスカが決める。
未来の次期国王たるミリアは、すでにキムラスカの政権を握っている。
国王のインゴベルトはミリアが成人するまでの繋ぎでしかないのだ。民意が預言から離脱しつつある今、預言に頼って政治を行ってきたインゴベルトは自身が国王に相応しくないことを理解して、影で王座を早々に手放している。その辺の見極めがうまいインゴベルトは、愚王にならずに済んだ。

ミリアはダアトからの謝罪文を纏めてゴミ箱に捨てた。
そして二度と視線を向けることは無かった。


コンコンとノック音が厚い扉を叩く。
ミリアはいつもどおり仕事をしながら、「何用だ」と扉越しの相手に尋ねた。


「ルーク様がお越しになっています」
「ああ、通せ」


今日の昼間は可愛い従弟であるルークと昼食を摂ろうと約束していた。天気もいいし、バルコニーか中庭で摂るのがいいだろう。――ミリアはペンを置いた。
兵士に通されたルークがミリアの姿を見て、パッと顔を輝かせる。他者にわからないほどかすかに、ミリアの瞳がやさしく笑んだ。


「ミリア殿下、本日はお食事にお招きいただきありがとうございます」
「これはこれは、ご丁寧に。ルーク殿に招待を受けていただけるなど私も光栄だ。――ルーク、堅くならなくていい、寛げ」


う、ばれた。とルークの両眉が情けなく下がる。
しかし、すぐに復活したルークはお言葉に甘えて、と満面の笑みを向けた。ミリアは可愛い従弟の笑顔をやさしく受け止めながら、ルークを通して役目を終えて引き下がる兵士に声をかける。


「ゴミ箱を空にしておいてくれ」



ゴミ箱の中にあるものは、不要なものと判断した書類が紙の山を成している。
その中にたとえダアトの未来があったとしても、捨てられた以上、ゴミでしかなかった。






END

書いたまま放置していたものを、手直し&加筆してupしました。
当初はキムラスカ(ナタリア&アッシュ含む)捏造だったんですが、ナタリア&アッシュ捏造なしで偽姫編やろうかなーと企んでます。この夢主で。気が向いたら書きます。
2011/11/22
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