【6】
「さて、次ぎは――」
一同の眼がぐるりとティア・グランツに向かう。
空気と化していたティアは血の気が引いた顔で硬直していた。仲間の罪が暴露され、逮捕されるまでの一部始終を見たせいだろう。自分とアニスが呼び出された意味を考えているような、揺れる眼をしていた。
「ティア・グランツの処分を決める」
「わ、私は何も……」
一連の騒動を見てしまい、ティアは気弱な声で反論した。もしや。自分が自覚していないだけで、何か犯罪を犯してしまったのではないか。そんな思いがティアを気弱にさせた。
「ティア・グランツはヴァンの計画を事前に知り、殺害を目論み、譜歌を使いファブレ公爵家に襲撃した。その結果、引き起こされた事態を注視したい。まず、無関係のファブレ公爵家を巻き込んだせいで、公爵家の警備は一時無効になった。これにより公爵家が討たれる可能性もあったわけだが……?」
ティアを見つめる無数の眼。
「……えっ?」
何を言われたのか理解するまでしばらく時間がかかった。ティアはますます血の気を引かせ、しどろもどろに話す。
「……その可能性は考慮していませんでした。あの時の私は追い詰められてヴァンを討つことしか考えておらず、公爵家の警備兵を眠らせたのも彼らを巻き込まないようにするためで……」
「矛盾しているな。警備兵を眠らせ巻き込まないようにする行動は理性的だ。追い詰められるほど心理的に余裕がないならば、理性的に行動するのは難しいと思うが」
「私としてはなぜファブレ公爵家でヴァンの殺害を実行しようと考えたのか気になります。キムラスカとダアトの外交問題に発展するとは思いませんでしたか?」
「……ファブレ公爵家をヴァンの殺害場所に選んだのは、ダアトでは警備が厳重だったからです。それにキムラスカとダアトは良好関係にあるので、外交問題になるとは思いませんでした。ヴァンを殺害したくても、他の人を巻き込むのは本位ではなかったんです」
ティアの言動に各々が溜息を吐いた。
「浅慮としか言いようがないな。私兵を持つことが許されている公爵家の警備より、ヴァンの警備が厳重だと? 笑いさえ出てこない」
「ヴァンの殺害が成功しなくて良かった。もし殺害が成功していたら、ファブレ公爵家は客人を殺害されていたことになる。ファブレ公爵、白光騎士団に厳しい責任と糾弾が向かっていたことでしょう。ダアトも幹部を殺害された以上、犯人が誰であれ、責任追及しないわけにはいきませんからね。そうなると、ダアトとキムラスカ王国の外交に皹が入りましたよ」
「そもそもファブレ公爵家を殺害場所に選んでおいて、巻き込むつもりはなかったというのがおかしな話だ。殺人犯が他人の家で人を殺害しておきながら、その家の住人を巻き込むつもりはなかったといってるようなものだぞ……」
呆れ混じりに次々と言われて、ティアはグッと息を飲んだ。言われた言葉の意味を理解すると、縮こまって羞恥に頬を染める。
だって。しょうがないじゃないか。あの時の自分はそれしか方法がないと信じ込んでいたのだから。そりゃ、ルークたちを巻き込んだのは申し訳なかったが、こっちだって――。
不満が顔に露になっていたのだろう。
「何か言いたいことがあるならば言え」
発言を求められた。
「……重ねて申し上げますが、あの当時の私は精神的に追い詰められていました。その上で、人を巻き込まないように、最大限に配慮したつもりです!」
「配慮の結果が、公爵家の警備無効化と子息誘拐か」
「っそうだとしても、私はルークを巻き込むつもりはありませんでした。ルークの誘拐だって、誘拐と言われるのは心外です。私がヴァンを攻撃している最中に彼が間に割って入り、擬似超振動が起こったんです。擬似超振動は完全に想定外でした。私からしてみれば、当時のルークは、ヴァン殺害を邪魔した邪魔者でしかありません」
「ルーク殿が悪いと?」
「そんなことは言ってませんが、ルークにも責任があると思っています。ルークが邪魔したせいで、ヴァン殺害が遅れ、結果的にヴァンの計画は進行しアクゼリュスが崩壊した。私の視点ではそうなります」
「ルーク殿に責任があるとは思えないが。ルーク殿は自分の家にいて、侵入者から客人を庇っただけだ。止められるようなところで殺人行為を犯した貴様にこそ責任がある」
「なぜ私一人にだけ責任を追及されなければならないのですか? ルークが邪魔しなければ、もっと早く、ヴァンを殺害することができました。そうしたらアクゼリュスだって崩壊しなかったかも知れないのに……!」
「今はアクゼリュスの話をしているのではないが……。ならば、貴様はなぜカイツールでヴァンを殺害しなかった?」
「えっ?」
ティアは鳩が豆鉄砲を食らったように間抜けな顔をする。
「カイツールで待機していたヴァンに、貴様がナイフを構える姿が目撃されている。険悪な様子だったそうだが、宿に入り、しばらくして出てきた時には、ナイフをしまい警戒を解いていたそうだな。――ヴァンに絆され殺害を断念したのではないか?」
「……それは」
「和平使者一行がバチカルに到着する前の話だ。それからも数度ヴァンを殺害する機会はあっただろう。殺害を断念したのでなければ、機会を不意にしたことをどう説明するつもりだ?」
黙りこんだティアに一同は言った。
「アクゼリュス崩壊はユリアの預言に詠まれていた」
「ローレライ教団の信義は預言だ。派閥によって方針は多様だが、預言であることに変わりはない。教団に属し、預言を妄信しそのためなら手段を選ばないモースの直属の部下だった貴様に、アクゼリュス崩壊の責任を責める権利はない」
「ユリアの預言を実現させてくれたルーク殿に感謝するべきだろう」
皮肉塗れの言葉を投げられ、ティアは項垂れた。
「……アクゼリュスの話から戻すが、貴様のせいで、ダアトとキムラスカ間で外交問題が出てもおかしくはなかった。そのことだけはわかるな」
「……はい。大変申し訳ございませんでした。責任を取らせていただきます」
この後に及んで貴様一人で責任が取れない事態だと思ってるのか、と誰かがぼそりと呟いた。
ティアのせいでローレライ教団の幹部の顔ぶれは入れ替わっている。
アニス・タトリンの一件ですでに疲労していた詠師たちの精神に鞭打つかのように、これまたとんでもない問題児がいるものだ。親であるテオドーロ市長に針の視線が突き刺さる。テオドーロは苦虫を踏み潰したような顔で「ユリアの子孫として特別扱いして育てたのが仇となったか」と呟いた。
ティアはユリアの子孫として大切に育てられてきた。ルークのことを世間知らずとバカにできる立場ではないのだ。ユリアシティというユリアの預言を妄信する者達が暮らす街で、箱入り娘として大切に育てられてきたティアには。
「……本来であれば処刑されるのが当然だが、貴重なユリアの子孫であることに代わりはない。ユリアの子孫を脈々と残してもらう必要がある。キムラスカに温情を願い、おまえの延命に了承してもらった。……苦い条件を突きつけられたが」
「……苦い条件?」
ティアは処刑という言葉に身を強張らせたが、すぐさま安堵したように訊ねた。
「ユリアの子孫を、将来キムラスカ王国に渡すことだ。……キムラスカ王族の血に、ユリアの子孫を取り込むつもりなのかも知れん」
ダアトの重鎮はそろって苦々しい顔をする。聖女ユリアの血を、キムラスカ王家に取り込まれる。元々キムラスカ王家は、キムラスカ王国において神のような威光を放つ一族だった。その血族に、ユリアの血を取り込む――と、なれば。聖女ユリアを神聖視する者達は、こぞってキムラスカ王家を支持するだろう。キムラスカ王家にわたるのが、唯一のユリアの血族とならないように、手を打たなければならない。早急に。重鎮たちは近くの者と目を合わせ頷いた。不穏な空気に気付かず、ティアは言葉通りに意味を受け取って頬を染めた。
「それって、まさか、私がルークと……?」
ルークにほのかな恋心を寄せるティアは思いもよらぬ展開に浮かれた。表情をやわらげ、頬を染める。まさか、と一同は否定した。
「誰が犯罪者を王家に迎え入れるものか。貴様が産んだ子供か孫が、将来的にキムラスカ王国のものになるということだ」
「えっ……! ま、待ってください、そんな、私は結婚もしてないのに……!」
「ああ、結婚はしなくていい。キムラスカ王家を敵に回した犯罪者と結婚する物好きもいないだろう。それに、貴様に産んだ子供を任せる気もない。貴様は我々が宛がう男の子供を産めばいい」
「私は子を産む道具ではありません! 人権侵害だわ!」
ティアは甘い夢が砕かれて非難がましい声をあげる。人権侵害の言葉を聞いて、一同は鼻白む。
「本来ならば処刑されるはずの罪人に人権などあるものか。おまえの罪は公的に問われることがなくなっただけで、帳消しになったわけではない。公的には、おまえは死人になる。死人に口なし。貴様にはもはや語る口もないのだ」
「そんな……!」
自分がしたことは人権を侵害されるほどの重い罪なのか。そうとは思えず不服の表情を浮かべるが、ティアの心情を理解しているくせに、詠師たちは気にも留めない。
ティアは悟らざるおえなかった。彼らが言うように、自分に人権はないのだと。
「ひどい……」
思わずぽつりとこぼすが、誰も反応しなかった。蒼白になった顔で周囲を見回してみるが、皆一様に厳しい表情をして、同情さえ寄せてくれなかった。祖父テオドーロですらそうだ。ティアは絶望の淵に立たされた気分でへたり込んだ。
「……ルークに、せめて、謝らせてください。そうすれば、きっと――!」
ルークならば。自分を哀れんで、助けてくれるのではないか。ルークから、心優しいシュザンヌ夫人に伝われば。きっと。
たった一つのか細い希望に縋るように面をあげると、凍てついた視線と声が降り注いだ。
「――時間の無駄だな」
呆れを孕む声は、ティアの未来を決定付けた。
ユリアシティにある一室。そこでは夜な夜な、一人の女がベッドの上ではしたない声をあげている。最初は泣き声だったが、夜を重ねるうちに次第に甘い声になっていた。取り囲む男たちの顔は毎夜異なるが、目覚めるたびに抱かれる女は顔ぶれが違うことすら気付けていないだろう。
「クールを装っておいて好き物だったようだ。今では、よろこんで男を咥えてる」
「元情報部の意地をすこしでも見せてくれるといいんだが」
「無理だろう。あれに体を張って情報を得るだけの度量はない。処女性を損なわない仕事ばかり与えられていたようだ」
「ユリアの子孫だからか」
「だろうな。何にせよ、この分なら、あの方の言うとおり早晩孕みそうだな」
詠師たちの手には、ティア・グランツが体で稼いだ札束がある。ファブレ公爵家の見舞金になるはずのそれを見遣り、男たちは隣室であがる悲鳴まじりの女の声に背を向け、金勘定に夢中になった。
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