【7】

 ナタリアは現状を理解できないまま、離宮にて監禁された。

 風の噂で、父が王位継承者決定権を失ったこと、それにより次代の国王の座が空白になったことを知った。
 ともすれば、王位を巡り血なまぐさい争いが繰り広げられるところであったが、貴族達はルークかアッシュ、どちらかに王位を継がせようとしているらしい。
 変わり行く現状にやきもきして、何度王城に戻ろうとしたかわからない。しかしナタリアの監視を兼ねた警備は厳重で、足止めを食らっているうちに、――事態は急速に終わりを迎えた。

 結果、ナタリアは王の娘として認められたが、王族ではなくなった。
 王位継承権と共に、王女としての権力をなくし、ルークとの婚約も無効となった。立場的には平民であり、今後王女として名乗ることも公式に顔を出すことも許されない。

 渦中に身を置くこともなく、すべて終わってから結果だけ突きつけられたナタリアの心情は荒れ狂った。嵐のような心情で監禁が解かれるのを待つ。
 ナタリアの元に父が尋ねてきたのは事態が収束してから、約一ヵ月後のことだった。

「お父様!」

 久しぶりに再会したインゴベルトは窶れていた。父の憔悴しきった様子に驚愕し、健康を気遣いながらも、なぜこんなことになったのか理由を尋ねる。インゴベルトはぐったりと椅子に背を預けて、頭を手で抑えながら謝罪した。

「すまんな、ナタリア。そなたがこうなったのも、すべてわしのせいじゃ」
「お父様、それはいったいどういうことですの?」
「そなたがわしの本当の娘でないと知れた時、その時点で、そなたには王位継承者の資格と公的権力を失っていた」
「王位継承者の資格はわかります。ですが、公的権力まで? わたくしはお父様の娘として認められたはず」

 キムラスカ王家の血を継いでいないのだから、王位継承権を失うのは仕方ないことだ。それはナタリアも理解していた。だが、公的権力までとは。困惑するナタリアにインゴベルトは言った。

「そなたは一度わしの命令に背いて、親善大使一行に同行した」
「え、ええ、その、……大変申し訳ございませんでした。あの当時はルーク一人に任せるのはたいへん不安で……今思えばわたくしの行動は軽率だったと理解していますわ」
「……うむ。そなたの軽挙妄動も問題だが、一番の問題は国王の命令に背いたことじゃ。どんな理由があるにせよそれは許されるべきものではなく、本来であれば反逆とみなされて処分されても仕方ないことだったのだ」

 ナタリアは息を飲んで黙り込んだ。それほどの事態だったとは思い至らず、自らの軽率さに反省する。意気消沈するナタリアを見て、インゴベルトは苦しそうに目を細めた。

「……その後、アクゼリュスが崩壊し、わしは王女の死を理由にマルクトに宣戦布告した。それを聞きつけて姿を見せたそなたを、わしは一度は偽姫として処分しようとした。……大臣に渡された毒の杯を覚えているだろう?」

 ナタリアは、ルークと共に王城の一室に監禁された。そこで、毒の杯を渡されたのだ。大臣の手によって。王女として認められていた者に毒の杯を渡す。それはインゴベルトの意思が関与していないとできないことだった。

「王の娘と認める前に、わしはナタリアを偽姫として処分しようとした。王女の死を理由に開戦し、国王自身が偽姫を一度切り捨てておきながら、その者を再び王女として扱うなど認められないと言われた」

 キムラスカ王国は王権制度により保たれている国だ。王族の血統を何よりも重視する国において、平民の娘を王女として扱うことがどれほどリスキーなものか理解すべきだった。
 戦争の発端となったナタリアに貴族達から厳しい眼が向けられるのは当然のことで、彼女の扱い次第では、インゴベルトに非難が及ぶのは予想できることだった。
 王の器に相応しいか見定められていることも知らず、インゴベルトはナタリアを王女として扱った。ナタリアから公的権力を取り上げなかった。その結果が、キムラスカ王国建国以来の異例の事態――王権制度の一時撤廃を招いてしまった。
 歴史書に刻まれる失態である。インゴベルトは後世愚王として刻まれることになるであろう。

「お父様……ですが、この国は絶対君主制のはず。お父様に絶対的な権力があるのに、どうして貴族たちはお父様を窮地に追い込めますの?」
「王権制度がなければ、わしのような凡夫が王になれることはないからじゃろうな……」
「そんな……! お父様は凡夫などではありませんわ!」
「いいや、わしは凡夫じゃよ。預言を重用し、政治にまで預言を取り入れた。先王も預言信者であることに変わりはなかったが、わしは対応を誤った。ルークがティア・グランツに誘拐された件も然り、そなたの件も然り。あげくに戦端を開いて国民の生活を脅かすだけには飽き足らず兵士の命を犠牲にした」
「それは大詠師のせいではありませんか! 大詠師がお父様に取り入って、甘言を吐いたせいで……!」
「他国の者に取り入る隙を見せたことが誤りだったのだ。国王であるのだから。王権制度がなければ、わしのような凡夫が王になれるはずもない。君主制も維持できまい。こういえば、わかるか、ナタリア。――わしはもうキムラスカ国王でいる資格はない。ここにいるのは、キムラスカ王族の血を継ぐだけの、インゴベルトという人間でしかないのだ。貴族たちはキムラスカ国王に頭を下げても、インゴベルトという凡夫に頭を下げる理由などない。わしには、皆に慕われるカリスマ性も、国を率いる才覚もないのだ」
「……お父様……」

 ナタリアは何を言えばいいのかわからず、父を呼んだ。

「……そなたはもう王族ではない。これまで王女としての役目ご苦労だった」
「お父様……。わたくしは、……ルークと、アッシュと約束を交わしたのです。二人で、この国を豊かにしようと。これまでのように、王女として国を支えられなくなったのは、たいへん悲しいことですが理解しましたわ。ですが、何も婚約を破棄しなくとも……わたくしはお父様の娘ですのに」

 どうにかならないのかと、ナタリアは涙を浮かべながら父に泣き付く。インゴベルトは哀れみに満ちた眼差しで娘を抱きしめた。

「……わしも、貴族議会に理解を求めたのだが、無駄だった。アッシュは他の娘を娶ることになるだろう。だが、そなたがそれでもアッシュを望むなら……愛人ということになる」

 父の腕の中で、ナタリアは目を瞠った。本来であれば、アッシュの隣にナタリアが立つはずだったのに、その場所を見知らぬ女性が奪う。そんなこと許せるはずがなかった。怒りか、悲しみか、ナタリアの体が小刻みに震えた。

「……アッシュは、……アッシュの気持ちを聞かせてくださいませ。わたくしに、どうか。アッシュに会わせてくださいませ……!」

 アッシュはあの約束を大切に思ってくれているはず。ナタリアを差し置いて、他の女性を妻に選ぶなど信じたくなかった。

「それは無理じゃ。間違いが起こらないよう、そなたとアッシュたちの交流は禁じられている。そなたがアッシュと会う時は、アッシュが結婚し、世継ぎが産まれた後の話になる」
「そんな……!」

 アッシュに世継ぎが産まれた後なら、二人の関係が進展しても、国にも公爵家にも影響は出ない。妻という立場にこだわらなければ破格の譲歩だったのかも知れない。アッシュと将来的に結ばれる可能性を示唆されているのだから。だが、ナタリアは満足できなかった。アッシュの妻という立場は、本当ならば自分のものだったのだから。

 父の腕に抱かれながら、ナタリアは考えた。どうしたらアッシュを自分の物にできるのか。思考を巡らし策を練るものの、手足となってくれる者は存在せず。皆、落ちぶれたナタリアに背を向けた。
 ナタリアは離宮に留め置かれ、以後、王城に二度と出入りすることは叶わなかった。

 公爵家を継いだアッシュを遠眼で見ることが精一杯の日々。近付こうとしては監視の者に阻まれる日々。
 その日常は、アッシュが結婚して、公爵家の世継ぎが生まれるまで変わらなかった。
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