マルクト帝国にとって災難だったのは、ファブレ公爵家襲撃時に発生した擬似超振動がマルクトにて集束したことだろう。
 首都のマルクト帝国軍基地に備わっている超振動計測器が、擬似超振動を観測した後、ただちにマルクト軍は擬似超振動の集束場所に軍隊を派遣したものの、そのときにはすでにタタル渓谷は元通りの静けさを取り戻していた。
 原因不明の超振動の観測に、すわキムラスカ王国の攻撃か、計器の故障かと騒がれていたものの、数日も経たないうちにキムラスカ王国より連絡が入った。

 ファブレ公爵家襲撃、犯人のティア・グランツと、ファブレ公爵子息のルーク・フォン・ファブレの間に擬似超振動が発生した。
 至急公爵子息の保護と、犯人の逮捕を頼みたい――要約すれば、そのような内容だった。

 超振動の正体がわかり、安堵したマルクト帝国は是の返事を返した。
 ピオニー陛下は予てよりキムラスカ王国との平和を模索しており、つい先日グランコクマより和平使者を送ったばかりだった。そんな最中に起きた出来事だ。ファブレ公爵子息といえば、ナタリア王女の婚約者にして、王位継承権第三位。次期キムラスカ国王と目されている人物だ。
 
 そんな重要人物を保護できれば、キムラスカ王国のマルクト帝国の心証はよくなるだろう。
 それに、次期国王であるルークは箱入り息子でろくに外出したこともないという。名前だけが一人歩きしていて、どんな人物なのか、まったくわからなかった人物だ。今後キムラスカ王国の中心に立つであろう人物と、未来の両国について有意義な会話ができるかも知れない。思いがけぬ幸運を逃さずチャンスに変えるべく、ピオニーはすぐさまルークの保護を命じ、このグランコクマ宮殿にまで連れてくるように関係各所に通達した。

 だが、そんなピオニーの元に返された答えは、彼の予想だにしないものだった。
 ピオニーが保護を命じた公爵子息がエンゲーブで食料泥棒に間違われてしまい、マルクト軍が連行、一時牢屋――拘置所に留め置かれたという。
 グレン・マクガヴァンから届いた報告書に、普段は快活な笑みを浮かべるピオニーの顔から笑みは剥がれ落ちた。
 そのとき、一同は奇しくも胸の内を揃えた。

 ――和平交渉、終わったな。
 始まる前から失敗を確信してしまった。



(今日も門前払いかしら……)

 ティアはセントビナーのマルクト軍基地を見上げながら、ふうと一つ溜息を吐いた。
 連行されたルークを追いかけてティアはセントビナーにまで来たものの、依然とルークに会えないまま、日にちだけが経過していた。
 何とか事情を話して、釈放してもらおうとしたのだが、門前払いされるだけで話もろくに聞いてもらえなかった。長期戦になりそうだと覚悟を決めて、その日からティアはセントビナーの宿屋に泊まり始めたのだが、元々お金をあまり持ち合わせていなかったこともあり、すぐにお金が底を付いてしまった。
 仕方なくティアはマルクト軍基地を訪ねる時間を削って、宿泊費を捻出すべく、街の外で魔物を狩っていた。おかげで身体能力は向上したが、現状を考えると素直に喜ぶこともできない。
 
(いっそルークを置いていけたら……ダメよ。元はといえば私のせいだもの。それに送り届けるって、ルークと約束したわ)

 苦い顔で思考に耽るティアの前を、数名のマルクト軍人が通りすぎる。
 ネイビーの軍服を纏い規則正しく歩行する軍人の後を、項垂れた顔の人たちが重たい足取りで追いかける。
 つい先日ティアが泊まっていた村で、すっかりと見慣れていた顔ぶれがそこに並んでいた。

「……エンゲーブの住民だわ。何かあったのかしら……」

 憤怒に顔を赤らめて、ルークを食料泥棒と罵っていた村人たちだ。そのことに気付いたティアが目を瞠っていると、村人たちは絶望と後悔が入り混じった表情で、マルクト軍基地の中にぞろぞろと足を踏み入れて行った。
 いつまでもただ眺めていても仕方ないので、軍基地を訪ねてみるものの、やはり門前払いされてしまった。忙しそうにしていたため、あんまり強くいうのも気兼ねして引き下がる。一つ溜息を吐いたティアは旅費を稼ぐべく、セントビナーの外に出た。
 ――1時間も経たないうちに、マルクト兵に護衛される形でルークが現れるとも知らずに。

 結局ティアはルークとすれ違ったまま、二度と彼と再会することはなかった。
 軍本部より通達を受けたマルクト兵により、ファブレ公爵家襲撃、公爵子息の誘拐と他いくつかの余罪で逮捕されてしまったから。



2013/10/25
次回完結です。たぶん。
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