緩やかな山道がまっすぐに続くデオ峠。
山道をどんどんと登りつめて行くと、空気が薄くなり呼吸が苦しくなる。それと同時に、果てしない地平が見渡せた。緑豊かな野原、太陽の恵みを存分に受けて育つ樹木、のんびりと遊泳する雲が浮かんだ青空と緑のコントラストは絶妙な自然の美しさを生み出している。
自然とは、なんと雄大で美しいのだろう――しかし、その心震える感動も北方に視線を向けてしまえば、たやすく瓦解してしまう。
デオ峠を越えた先の北。そこには、一つの街があった。赤紫色の靄に街の全体図は覆い隠されてしまっているが、建物の屋根や煙突と思わしき突起していて、辛うじて街だということがわかる。
風景に溶け込むことなく、浮かび上がった街は異物でしかなかった。一目見ても、あの赤紫色の靄は体に有害だと知れる。
親善大使一行は、障気に冒されたその街――アクゼリュスに向かっていた。
障気触害に陥ったアクゼリュスの住民を救うべく、派遣された一行である。
つい先日、アクゼリュスを領土とするマルクトと、親善大使として遣わされたルークの母国キムラスカは長年の戦争に一段落を見せて、和平を結んだ。その平和の証としてルークは親善大使として、和平を結ぶきっかけとなったアクゼリュスに向かっている最中だった。
キムラスカ王国首都バチカルを出て、早二週間あまり。
本来であれば、その半分ほどの日数しかかからないはずの到着を大幅に遅らせて、親善大使一行はようやく当初の目的であるアクゼリュスへ到る山道、デオ峠を歩いていた。
「すみません、僕のせいで…」
血色を欠いた顔で、申し訳なさそうにしきりに謝る導師イオンに、ルーク以外の全員が首を横に振り、気にしなくていいと態度で示した。イオンを支える導師守護役のアニスは「そんなに謝らないでくださいよ〜、イオン様」と、彼の負担を軽くするように笑ってみせた。
「でも…僕のせいで遅れたのはルークの言うとおりですから…」
イオンは気遣わしげな視線を、後方で歩くルークに向けた。
不機嫌面で歩くルークは口を硬く結んで、むっつりと黙り込んでいた。イオンはその姿を見て、俯いてしまう。アニスは慌てて、病弱な上司を慰めた。
「イオン様のせいじゃないですよぉ。イオン様を誘拐しちゃった六神将の奴らが悪いんだから!」
「アニスの言うとおりです。導師、気にする必要はありません。ルークのことも…イオン様の大切さを理解せずに、無神経なことを言った彼が悪いんです。聞く耳持たないみたいだし……今は放っときましょう」
「……」
ティアはアニスの言葉に同意を示した。
彼女はルークのことを話すときに、ちらりとルークに視線を向けて、ルークが不機嫌であることを知ると呆れたと言わんばかりに溜息をついていた。
二人の言葉に慰められたわけではないが、これ以上言っても仕方ないと思ったイオンは複雑な感情が入り混じった苦笑をして黙り込んだ。
黙々と歩く面々は、先ほどの一幕を思い出す。
病弱なイオンが息切れを起こしたことでアニスが休憩を申し立てたのだが、その際ルークは焦燥と苛立ちのあまりに、イオンの存在を軽く見た発言をしてしまった。
和平には、自分がいれば良い――と。思い上がった発言にしか聞こえずに、一度変わった彼を見てきた同行者たちにとって、今のルークは正視に耐えられなかった。
ガイはそっとジェイドに近寄って、ルークとイオンに聞こえないように潜めた声で話す。
「…今のルークは、見てられないな」
「…そうですね」
「あいつ、この頃はほんっっとうにわがままだったんだなぁ…」
「そうですねぇ。誰かさんの育て方が悪かったんじゃないですか?」
「う…っ。も、もっとちゃんと育てるべきだったと思ってるよ…」
痛いところ突かれた、と、ガイは苦笑を浮かべた。
ジェイドは赤ワイン色の双眸をやんわりと細めて、ルークに気付かれぬように彼を観察する。
眉間に険しい峡谷を築き上げたルークは、重たい雰囲気を放っていて迂闊に近付けそうにない。感情が明け透けなルークの表情には、面白くない、早くアクゼリュスに行きたい、といった焦燥と不安が混ぜこぜになって、時間の経過とともに苛立ちに変化を遂げていた。
「…アクゼリュス崩壊は食い止めたいけど、ルークには成長してほしいんだ、俺は。…わがままだと思うか?」
「――いえ、思いませんよ。私も、同じ気持ちですから」
アクゼリュスが崩落したことで、ルークは良い方向に変わった。
他者の言葉を聞いて、考えて、行動するようになった。他人と合わすことの大切さを学び、好ましい人物に変わった。イオンを除く一行の全員が、アクゼリュス崩落を機に変わっていったルークを望んでいる。
「そうか…でも、アクゼリュスがルークの力で崩落しなかったら、ルークは…」
アクゼリュスが崩落しなければ、ルークは成長しないのだろうか。
ふと、不安に思う。成長を遂げたルークを、好きになったからこそ。
ジェイドは返す言葉に戸惑い、沈黙を選び取る。一行の誰もが口を閉ざす。
刹那。
一斉にそこらじゅうの木から、鳥が空に飛び立った。
翼が羽ばたく音と、鳴き声が不協和音を奏で、空は鳥影に埋め尽くされた。本能に突き動かされた魔物が、大地を雄雄しく蹴って、土煙をあげながら散ってゆく。
不思議な光景に目を疑って、間もなく。
かすかに足の裏が大地の揺れを感じ取った。体勢を整える暇も与えられず、つぎには全身を揺さぶる衝撃を食らった。何事だと、全員が視線を周囲に走らせてみれば、空に劈く轟音とともに障気に包まれた街並みが沈んでゆく姿が見えた。
「――なんで?」
アニスが虚をつかれたように、ぽつりとこぼす。
彼女の栗色の双眸に映るのは、確かに沈みゆくアクゼリュスの街並み。
鼓膜を突き破るような轟音と、土煙をもうもうとあげて、子供が振り回して破壊してしまった玩具のように、アクゼリュスの街が形をなくしてゆく。
――遠方から聞こえる人々の悲鳴が、絶望を奏でる。
「ルークがここにいるのに…なんで?」
一度目の人生。
アクゼリュスの街はルークが崩壊させてしまった。
だから仲間たちは思った。あの悲劇をなくしたいと願った。ルークに悪夢を与え、苦しめた悲劇を。
それなのに、どうしてだろう。
ルークがアクゼリュスに行っていないのに、街は崩壊している。
「…なんでなの……?」
途方に暮れたアニスの呟きは、全員の気持ちだった。
迷宮に足をとられて
(もう、脱け出せない)
TO BE…
一行は全員が原作開始時からやり直してます。
アクゼリュス崩落や、人が死亡する事件だけは変えようとしていますが、それ以外は一度体験したときと同じ時間を繰り返してます。鳥や魔物が逃げ出したのは本能。
2010.11.13
prev next
back