一行は楽観視していた。
ルークさえ、アクゼリュスに連れて行かなければ、アクゼリュス崩落は免れると状況を楽観視してしまった。


大地に突如として生まれた空洞。
暗闇で見渡すことが出来ない底はぽっかりと抜け落ちて奈落に続いている。今もなお噴出する赤紫色の障気が滲み出しては、時折吹く風に消されていった。
息をしている住民の姿は、奈落の底へと消え去っていた。
アクゼリュス崩落の瞬間を目の当たりした一行の全員が、しばしの間、息を忘れて、目の前の光景を見ているしかなかった。最初に気を取り直して、弾けたように駆け出したのは、ルークだった。


「――ルーク!」


ティアの声を無視して、ルークはデオ峠を駆け下りて行った。
七年間軟禁されていたわりにルークの脚力は、一行の中でも抜き出ていた。彼の家には森があり、家から出ることが許されなかったルークは、日常的に森を自由に出歩きまわっていたからだろう。木々と木々を飛び移ることが容易にできるルークが本気で走れば、一行は足手纏いでしかない。どんどんと引き離されてゆく、ルークの背中。ルークの姿を慌てて追った一行は、今までルークが自分達の足に合わせていたことをその瞬間理解した。
ルークの後を追えたのは力に欠けるものの瞬発力に優れたガイと、男であり軍人であるジェイドだけだった。女子供はルークに付いて行くことができず、彼の後に続くガイたちを追う。


アクゼリュスまで辿りついたルークは走り続けたことであがった息を整えながら、呆然と周囲を見回した。ぽっかりと空いた穴。街は跡形も無く、沈んでしまった。


「…ヴァン…せんせい…」


両膝から力が抜け落ちて、ルークはその場で膝を突いた。
ルークに遅れて一行も、アクゼリュスが在った場所に辿りつく。
アクゼリュスの街は原形すら斎当たらず、変わりに大きな空洞だけが在る。


「っ、ひどい……」


どうしてこんなことに――と呟いたティアの言葉が、全員の心境を物語っていた。
アクゼリュス崩落から始まる悲劇を防ぐために、戻ってきたはずなのに。悲劇の始まりとなるアクゼリュス崩落を防ぐことが出来なかった。暗澹たる思いが胸中を満たし、”戻ってきた”ティアたちが暗い表情で黙り込む。


「なんで…なんでなんだよ! なんで…なんで街がなくなっちまうんだよ!!!!!」


激情に支配されたルークの声が悲鳴のように落ちる。
ルークとイオンは一行とは違い、アクゼリュスの街がそもそも無くなるとは思ってもいない。
まさか、今、自分達がいる大地がセフィロトツリーとパッセージリングによって、支えられているとは知らないのだ。当然と言えば、当然の疑問。ルークの疑問を解決しようと、ティアは口を滑らせた。


「それは…この大地がセフィロトツリーとパッセージリングに支えられていたからよ」
「……なんだって…? それじゃ、街がなくなったのは…支えがどうにかなっちまった…からなのか?」
「…ええ」


ティアの言葉に、ルークとイオンは瞠目した。
驚くのは無理もない―― 一行は二人が驚愕した理由を見誤った。
先ほどよりもずっと血色を欠いて白紙のような顔色をしたイオンが、震える唇から言葉を吐き出した。


「…どうして、ティアがそんなことを言いきれるんですか?」
「――え?」
「ティア、あなた…もしかして、アクゼリュスの街が崩落する可能性を前もって、知っていたんじゃ…?」


ティアを見つめたまま、イオンはくしゃりと顔を歪めた。
何故、そんな顔をするのか。理由がわからないティアは、呆然とイオンを見つめた。


「パッセージリングなんて…僕は聞いたことがありません。しかも、貴方の話が本当ならば、その話は世界に関わる話ですよね? でも導師である僕は知らない…それなのに、貴方は知ってる。何故ですか…?」


この時点のルークたちには、パッセージリングの知識は無い。まして、今いる大地がセフィロトツリーによって支えられているなんてことも知らない。
それはこの後の旅路を経て、初めて得られる知識だ。現時点でルークたちが知らないはずの知識を、ティアは持っている。それだけで、不信を与えてしまうことが出来るのだと、全員が知らなかった。


このままじゃ、ルークとイオンに疑われてしまう。
ティアは救いを求める視線を、ジェイドたちに向けた。ジェイドたちは互いに顔を見合わせて、決意したように頷く。ティアはジェイドたちが何を言いたいのか悟り、こくりと相槌を返した。――決意したような眼差しを、二人に向ける。


「実は――」


自分達は、未来の知識を持っていることをティアは打ち明けた。
この後どうなるのかをすべて打ち明けたティアたちは、ルークとイオンの協力を得られると信じてやまなかった。話を聞き終えたイオンとルークは険しい顔で黙り込んで――二人は同時に怒りをあらわにした。


「いい加減にしてください!」
「ふざけんな!」


怒る理由がわからなくて、二人を除いた全員が戸惑った。
今までに見たことが無いほどに鋭い目つきでイオンはティアたちを睨むと、怒号をあげた。


「そんな戯言ばかり言って! 未来を知っているというのなら、どうしてあなたたちはもっと根本的に物事を解決しようと思わなかったんですか!? ヴァンがアクゼリュスを崩落させようとしているなら、もっと早く僕に打ち明けてくれれば良かったでしょう!? あなた方の言うとおりに未来が進むのなら、あなた方が未来の知識を持っているということを僕は信じたのに……それに、あなたたちが未来を知っているのなら、タルタロス襲撃事件や、カイツール軍港襲撃事件を防げたはずじゃないですか!!」


逆行前の人生と同じように、タルタロス襲撃事件は起きた。
今回の襲撃事件を引き起こしたのも、やはりアニスだった。
アニスは逆行前の人生で、自身がスパイであったことを打ち明けたが、タルタロス襲撃事件に関与していたことは逆行前のルークしか知らない。タルタロス襲撃を防ごうと一度は思ったものの、モースに人質にされている両親の身が心配で、虚偽の報告をすれば彼らがどうなるかわからなかったから、アニスは前回とおなじようにモースに密告してしまった。


――逆行前の人生で、アニスはスパイの罪を許されてしまったから。
逆行前に犯した罪とおなじ罪ならば、今回の人生も許されると思い込んで、罪を犯してしまった。


アニスはタルタロス襲撃の件で、すこし表情を強張らせた。
導師守護役の挙動に気付かなかったジェイドは、今回こそタルタロス襲撃を防げると思っていたので、イオンの言葉が耳に痛かった。タルタロス襲撃事件が防げなかった時点で彼は気付いておくべきだった。過去をやり直せるからといって、すべてが思ったとおりに事が運ぶとは限らないことを。
苦々しい表情をしたジェイドを気に留めることなく、ガイが言う。


「カイツール軍港襲撃の件は不可抗力だ! 俺たちだって、防ごうとしたさ! でもしょうがないだろう!? アッシュとアリエッタと接する機会なんて、俺たちにはなかったんだ!」


果たして、本当に不可抗力なのだろうか。


たとえば、セントビナーからカイツールへ向かう途中のフーブラス川。
そこで一行はアリエッタに襲われた。そこでルークとイオンが彼女の殺害を止めようとも、一行がアリエッタを殺害していれば、もしかしたらその後のカイツール軍港襲撃は防げたかも知れない。
主犯はアッシュだったので防げなかった可能性もあるが、魔物を使役するアリエッタより、単独のアッシュのほうがカイツール軍港襲撃の規模は格段に小さくなっていたはずだ。
それに、もし一行に未来を変える気があるのなら、バチカルでイオンが誘拐された件も防げたはずだった。ザオ遺跡までわざわざイオンを救出に行く必要など無かったのだ。
今生では、イオン救出の際にシンクとラルゴの二人組みのみならず、アッシュとまで戦う事となり、何とか戦闘を終えた後も満身創痍となり、ケセドニアで余分に一泊する羽目にもなった。

『未来を知っている』から、何だというのだろう。
彼らは悲惨な未来を変えたいと願っているだけで、その場しのぎの行動しかしてない。


「しょうがないって…ふざけんなよ、ガイ! お前らは…この状況を見て、しょうがねぇって言えるのかよ!!」


ほんの数十分前に、たしかに存在していた街――今は空洞がある――の場所をルークは左手で指し示す。


「街が…沈む危険性を前もって知ってたんなら…なんで…もっと真剣に、住民を救助しようと思わなかったんだよ!」


普段は気だるげに細められているルークの翡翠の双眸は、鋭くつりあがっていた。
憤怒と、苛立ち、悲哀――負の感情が複雑にいりまじった双眸は、晴天によく映えて、美しい。
しかし、その美しさに心を奪われてしまうことさえ、ティアやガイには許されない。


「お前らは一万人の住民の命を、なんだと思ってんだよ!!」


ルークの怒りは爆発した。
凄まじい怒気を放つルークに、アニスが堪えきれなくなったように叫んだ。


「そ、れは…あたしたちの台詞だよ! あんたがアクゼリュスを崩壊させちゃったんだから!」


この人生では、ルークがアクゼリュスを崩落させたわけじゃない。それなのにアニスは一度目の人生と、今生があまりにも似ているために、錯覚してしまう。ルークに責められる謂れなんてない――そんな思いでアニスが放った言葉は、イオンによって呆気なく切り捨てられた。


「なに言ってるんですか、アニス。あなたたちが言う、前の人生でルークが罪を犯したとしても、今のルークは何の罪を犯していませんよ」
「……っ」


アニスはハッと口を閉じた。
不愉快そうに顔を顰めたルークは、次には嘲ったように笑った。


「なるほどな。お前らは一度目の人生とやらで、俺をそうやって、犯罪者に仕立てあげたわけだ」


ルークを犯罪者に仕立てあげたわけじゃない。
ルークは自ら犯罪を犯したのだ。


「そんなわけないじゃない! あなたが…」
「その一度目の人生とやらで、俺がアクゼリュスを崩落させた証拠はあんのか?」
「それは…アッシュが…あなたが超振動を使ってパッセージリングを破壊させようとしているって」
「はぁ? 敵の言葉信じたのかよ。おめでたい頭だな」
「なんですって!?」


ルークの物言いに腹が立って、ティアは彼を睨みつけた。
アクゼリュスを崩落させなかったルークは、ティアが愛したルークとはちがって、ふてぶてしく、そしてティアに対して遠慮も好意も抱いていない。だからこそ、ルークはティアを侮蔑の目で睨み返した。ルークに一度たりともそんな目を向けられたことがないティアは動揺した。


「お前らは俺が超振動を使って、パッセージリングを破壊させた瞬間とやらに立ち会ってないわけだろ? それで、俺が犯罪者に仕立て上げた要因が敵の証言かよ。さんざん俺たちの旅路を邪魔した奴の言動をよく信じたな。信じらんねー」


ルークは呆れたように言葉を吐き捨てて、ティアたちに背を向けた。
それは、ティアたちと話すことが時間の無駄だと言う、ルークの意思表示だった。イオンもルークに倣って、背を向ける。
ルークたちの信頼を完全に失ったことに、ティアたちは気付いてしまった。


「…どうして…?」


最悪の未来を変えるために、やり直すために、自分たちは過去に戻ったはずなのに。
何故だろうか。ルークがアクゼリュスを崩落させる未来がなくなった代わりのように、自分たちには不幸が忍び寄っている気がした。

それが、気のせいでは終わらないことを彼女たちが知るのは、もう間もなくのこと。



扉は閉じた

(扉が閉じた先に見えるものは…)



TO BE…
アニメ設定を一部拝借しました。
ファブレ公爵家の敷地内には小さいながらも森があります。アニメの第1話で、ルークが木々と木々を飛び移っていたので、その設定も拝借してます。
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