アクゼリュスが崩落を迎えたことで、親善大使一行は目的を失った。
これからどうすべきなのか――マルクト皇帝に会うべきなのか、キムラスカ国王に報告すべきなのか。ルークが選んだのは、国へ戻ることだった。
ティアたちと一度も話すことなく、ルークはイオンに向かって帰ることだけを告げると、ミュウを肩に乗せたまま一人でサッサと歩き始めてしまった。地理に疎いルークが無事にバチカルに戻れるとは思えなかったガイとティアは慌てて引き止めたが、ルークは無視して行ってしまった。
彼の広い背中は、後を追うことを許さず、同行者は見送るしかなかった。ルークの姿は、すぐに見えなくなってしまう。


「…これから、どうするんですか?」


あなた方のいう、未来というヤツでは。――イオンは優しさの欠片も含まない淡々とした声で尋ねる。返答したのはジェイドだった。


「…アクゼリュスが崩壊したことで、キムラスカとマルクト軍の間に戦争が起こります。イオン様にはダアトに戻り、両国に戦争を停止するよう、導師詔勅を発令して頂きたいのですが」
「戦争ですか…戦争理由はいったい…?」
「ルークとナタリアの死です。キムラスカはルークがアクゼリュスで死亡して街と共に消滅することによって、繁栄が詠まれていると信じているんですよ」
「アクゼリュスが崩落した時点で、戦争が起こることは確定していたということ――ちょっと待ってください」


イオンは顔色を変えた。


「ルークがバチカルに戻るのは危険なんじゃ…?」


ジェイドとナタリアが同時にハッと息を飲んだ。
アクゼリュスの街の消滅と共にルークの死亡が詠まれているのに、キムラスカ国王はルークをアクゼリュスに送った。ということはつまり、国王はルークの死に理解を示していたことに他ならない。
ルークが生還したことを知ったキムラスカ国王はどういう決断を下すのか――容易に想像がついた。ナタリアは逆行以前ではルークと共に一時期、バチカル城に閉じ込められて自害を強要される羽目となった。今生では、それと同じことがルークに起こらないとは言えない。
バチカルに戻ったルークに待っているのは、自害の強要の可能性は非常に高かった。


「っルーク!」


ナタリアとジェイドが先頭に立って、ルークの姿を探す。
二人に倣うように、同行者の全員がルークの姿を探したものの、すでに彼の姿は見えなくなっていた。目を凝らして、諦めずにルークの姿を探す。


探索している最中に風にまじった血の匂いを嗅ぎ取り、ナタリアは足を止める。
不吉な予感がじわじわと背筋を這う。おそるおそる血の匂いの発生源をたどると、道を逸れた草むらに、ナタリアの片手に収まってしまうほど小さな体がゴミのように捨てられていた。
目にも鮮やかな美しい蒼毛は血に塗れていて――ミュウのそんな姿を一度たりとも見たことが無いナタリアはショックで悲鳴をあげた。


「ミュウ!」


悲鳴を聞き取った同行者が集まる。
ミュウの姿を見た全員が息を飲んだ。ミュウの体はぴくりとも動かず、生存は絶望的だ。
それでもティアは一縷の希望にかけて、ミュウに近寄り、治療しようと試みたが、ミュウの腹を食い破った鋭い剣傷が目に入って、言葉を失った。――この傷では、助からない。
脳裏によぎった考えを払拭したくとも、地面に散ったおびただしい出血量がミュウの命が事切れていることを教えた。まだ殺害されて間もないのか、体温を保った小さな体をティアは掬い上げる。


「どうしてこんな…」


ミュウの死を悼みながら、同行者はミュウの姿が見つけたのに、ルークの姿が見当たらないことが気にかかった。アニスはとんでもない言葉を口にした。


「…まさか、ルークがやったの?」
「っそんなわけないだろう!?」
「アニス! あなたなんて馬鹿なことを言いますの!!」


アニスの言動に、さすがに怒声が飛ぶ。
ガイとナタリアから叱責されたアニスはミュウを直視していることが出来ず、顔を俯かせて地面を睨む。青白い顔で弁解した。


「だってさ、…ミュウをやったの、どう見ても剣でやった傷じゃん」
「ルークがこんなことするわけない(だろう)(ですわ)でしょう!!」


イオンはアニスに冷たい一瞥を投げて、アニスの口を閉じさせる。
そして、沈黙を保ったまま険しい表情で殺害されたミュウを見ていたジェイドに話しかけた。


「ジェイド、あなたはどう思います? …ルークがやったと思いますか?」
「まさか。ルークはミュウをいじることは好きでしたが、さすがに殺すはずがありません。ルークにとって、ミュウは自分を慕う可愛いペットでしょうから」
「じゃあ…」
「ええ。ルークとミュウがここにいる以上、…ルークは何者かに連れ去られたか、殺害された可能性が高い。ミュウはルークから隙を作るために殺されたか、邪魔になったから殺害されたのでしょう」


深刻な顔で、ジェイドは告げた。


「ルークの衣服や、剣が見当らないか。周辺を隈なく探してください」


レプリカであるルークは、死んでも遺体は残されない。
ルークが死亡したかどうかは、彼の所持品で判断するしかない。
衣服や剣が見当たらなかった場合は、ルークは殺害されていない可能性がある。見つかった場合は――。
最悪の予想が、各々の脳内を埋め尽くす。


外れていてほしいその予想は、現実のものになってしまった。
墓標のように大地に突き刺された剣、それはルークが所持していた剣だった。
最初に発見したガイが、絶望に悲鳴をあげた。


「うぁあああああああ!!」



ガイの悲鳴を聞きつけて現れた同行者の視界に飛び込んだのは、両手で頭を抱えて「うそだ」と繰り返すガイと、墓標の役目を果たしたルークの剣。



それと――バッサリと切り裂かれた、ルークの衣服。





血痕が、付着していた。






頭の中が真っ白に染まり、全員が絶句した。


「うそ…」


ティアが両手で口を覆った。白いその手は、小刻みに震えていた。
ナタリアが首を振るい、ルークの死を否定する。
アニスは双眸を大きく見開いて、膝から力が抜けたのか、尻もちついてしまった。
イオンは絶望に顔を歪ませて、唇を強く噛み締める。
ジェイドは息を詰めて、微動だにできなかった。
ガイは両手で頭を抱えたまま、唸るように「うそだうそだ」と繰り返してばかり。

あの血はルークの血ではない――では、無残に切り裂かれた服は誰の衣服だというのか。あの白い服の背中の特徴的な黒いマークは、ルークしかいないというのに。
ルークの死を否定できるものは、仲間たちには与えられていない。

ミュウが、死んでいた。
ルークの衣服に血痕が付着して、切り裂かれていた。
――ルークの死を仲間たちに教える物証は二つもそろっているというのに。

仲間たちの目の前で、ぼろきれになったルークの衣服に付着した血が淡い燐光を放ちだす。


「っ!!」
「ルーク!」


ティアとガイが同時にルークの衣服に手を伸ばす。
ルークの血が水面に揺れる泡のように頼りない光を放ち、ふわりと宙に浮かび上がった。


「まってくれ…お願いだから…消えないでくれ!!!!!」


ルークの血が、ルークが生きていた証が――空へと消えてゆく。
衣服を抱きしめたガイの手から零れ落ちてゆく光を、ひどく憎む。ティアは天へ昇ろうとする音素を空へ返さぬよう、手を伸ばして捕まえようとする。だが、握った手の隙間から光は絶えず溢れて、ティアの顔を明るく照らした。


「ルーク…! …私を、また置いて行かないで! お願い…ルーク!!」


ルークの血は音素に還り、空へと昇ってゆく。
地上に足を縫いとめられて、悲哀に満ちた表情で眺めているしかない仲間たちを置いて。
ルークの音素は仲間たちの視界から、消え去って、見えなくなってしまった。ルークの衣服を抱いたまま、乾いた大地に爪を立てたガイの瞳が涙で潤み始める。苦しそうに、彼は言葉を吐き出した。


「こんな…こんなはずじゃなかったんだ…俺は…お前に生きててもらいたかったんだ…ルーク…!」


なだらかな頬を滑って零れ落ちた大粒の涙が、大地にわずかな潤いを齎す。


ルークに生きていてほしい。
たったそれだけの願いが、ひどく難しい。


そのことにガイたちが気付いたのは、すべてが取り返しがつかなくなってからだった。





TO BE…

2011.01.02up
アニスに酷い役をやらせてしまった自覚はあります…ルーク至上主義のくせにこの展開orz
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