今後の旅の指針が決まった一行は三手に別れた。
それぞれが属する国の中心に向かうことにしたジェイドたちは、先触れとして鳥を飛ばし、自身たちの安否を国王へ伝えた。悠長に返信を待ち構える暇はなく、一行の全員が焦燥に駆られるまま最善を目指して行動していた。

そして、イオンを筆頭にしたアニスティア組は戦争停止の導師詔勅を出すべく、最初はダアトに向かう予定であったが、途中で針路を変更し、カイツール軍港からケセドニアで導師詔勅を発令することにした。
ダアトに戻ってしまうと、大詠師モースにイオンは捕らわれてしまう。そのことを思い出したアニスとティアは言葉を尽くして、イオンを説得した。またイオンが捕らわれてしまうようなことがあっても、今度は救出するための時間と人手を裂ける余裕はなかった。三人組は、バチカルへ向かうナタリアとガイの二人に合流し、カイツール軍港へ向かった。


戦時中のキムラスカ軍港は、赤い軍服を纏うキムラスカ兵士で埋め尽くされていた。
ピリピリとした全身を苛む居心地の悪い緊張感が絶えず漂い、一歩足を踏み入れた瞬間からイオンたちの顔は強張った。鮮血のアッシュに襲撃されたカイツール軍港の傷はまだ癒えず、復旧を急いでいる。この点ではキムラスカはマルクトに劣っていたが、マルクトはマルクトで六神将によって大事な軍艦を奪取されてしまったので、戦力の差はそれほど無いのかも知れない。

硬い表情で慌しくしている兵士たちの群れの中に、ナタリアが気負う様子も見せずに入っていく。
それに続いたイオンたちは、ナタリアがこの軍港の責任者――アルマンダイン将軍を説得したら、ケセドニアに向かう連絡便に乗船できるよう交渉する心積もりであった。彼女たちの中に、説得できない可能性など無い。以前セシル将軍の説得に成功した実績ゆえに、アルマンダイン将軍の説得にも成功すると、彼女たちは思い込んでいた。…すでにこの世界は、彼女らが経験した過去を逸脱しているというのに。

「アルマンダイン将軍!」

兵士の声にかき消されぬよう、ナタリアは声を張り上げて、名を呼ぶ。
忙しそうに命令を飛ばしていた将軍は、ナタリアたちに気付いて驚愕に目を瞠った。瞬時に気を取り直すと、厳しい面持ちとなった将軍は周囲にいた兵士に一言何かを告げると散開させた。ナタリアたちは将軍に近付いた。

「将軍! 今すぐ戦争を停止してくださいませ! 戦争など…民を無駄に疲弊させるだけですわ! わたくしの安否を伝えれば、お父様はわたくしの考えに理解を示してくださいます!」

ナタリアは戦争を止めようと、必死な顔で訴える。将軍は眉根を寄せた。

「…開戦理由はルーク様の死。貴殿の安否を伝えたところで、戦争は停まらん」

将軍は、ナタリアを殿下と呼ばなかった。
そのことに気付かず、ナタリアたちは次々に金切り声をあげた。

「そんなこと、やってみないとわかりませんわ! ルークの死を理由に多くの民の命を亡くすなどと…そんな愚かなことは許されませんわ!」
「やってみてもいないのに、決め付けないでください! ルークの死はたしかに残念ですが、彼一人の命が犠牲になったからと言って、大勢の命を犠牲に晒すなんてことあってはいけません!」
「ここで戦争を止めないと、大勢の人間の命が犠牲になるんだぞ! そんなの…っ今頃は天国にいるルークだって、望んでないはずだ!」
「ルークの死は悲しいけど、だからって、こんな戦争なんて無意味ですよぉ!」

口こうに喋るナタリアたちは、自身が何を口走っているのか自覚が無い。
ルークの死を理由に大勢の民を亡くしてはならない――表面上は綺麗な言葉だが、どれほどルークという存在が、ナタリアたちの中で軽んじられているのかわかる言葉であった。親善大使の死を理由に戦争を起こすことを無意味だと告げる彼らは、キムラスカ王国を侮辱したことに勘付く様子すら見せなかった。
将軍は眦をきつくさせて、ナタリアたちを睨んだ。

「…貴様らは、キムラスカ王国を侮辱するのか!」
「なっ、そんなつもりは!」
「親善大使の死を理由に開戦したことが無意味だと!? 平和のために国王が送った親善大使様の死を、無意味と言うか!」
「「「「っ!」」」」

ナタリアたちの顔から血の気が引いた。
彼女らにとって、ルークと言う存在はレプリカルークでしかない。ルークが”公爵子息”、”王位継承権第三位”、”親善大使”という輝かしい身分と栄誉を所有していたとしても、それは本来アッシュが所有している権利だという前提が彼女らにあった。だから、彼女らはルークと言う存在を軽く見ていた。
レプリカなど関係ない、親善大使という栄誉は、たしかにルークに与えられていたというのに。

将軍の怒りに触れることで、ルークの死を軽んじていたことに気付いたナタリアたちは反省する。そして、弁解の言葉を紡ごうとした。
しかし、怒りが冷め遣らぬ将軍が先に口を開いてしまった。

「マルクトは親善大使を殺害したのだ。ルーク様はこの国の次代の国王であったというのに。キムラスカの悲しみは、マルクト皇帝の首を持ってして償わせる。邪魔する者はなんびとたりとも容赦はせん!」

ナタリアたちの言葉は火に油を注いだことになった。
憤怒のあまり強面となった将軍は近くにいた兵士に命令を下し、ナタリアたちを軍港から追い出すように告げる。このままでは無駄な戦争が広がってしまう――国民を思うナタリアにとっては胸を痛ませる事態であった。兵士に連れて行かれそうになるナタリ
アは、咄嗟に口を開いた。

「ルークは…! ――ルークはレプリカですわ! 本物のルーク・フォン・ファブレは生きていますのよ…!」

ルークの死が、無駄な戦争を招くというのなら。
本物のルークが生きていると知れば、戦争を起こす理由にはならないのではないか?

浅はかなことにそう思ってしまったナタリアは、本物のルークは生存していることを言った。
彼女達は気付かない。

「レプリカ? 何を戯けたことを」

ナタリアたちの言動を将軍は一蹴した。
レプリカという存在を将軍は――将軍を始めとした一般の兵士たちは知らない。当然だ。ジェイドはとうの昔にレプリカ技術を封印しているのだから。研究者でもない限り、そもそもレプリカ技術を知っていることがおかしいのだ。故に、将軍たちはナタリアが世迷言を吐いていると思った。
将軍たちのような反応が正当だと、そのことに気付けた者は、一行の中にはいなかった。

「本当ですわ! 本物のルークは、鮮血のアッシュですのよ!」

戦争を止めたい一心で、ナタリアが口走った言葉。
将軍のみならず、周囲にいた兵士たちが怒りを露にした。軍艦に積んだ大砲の用意が整ったことを将軍に報せに来た兵士が怒号をあげた。

「っふざけたことをぬかすな! カイツール軍港を襲った者が、本物のルーク様だと!?」
「っあ…」

ナタリアはハッと口を閉じる。
今さらながら彼女は自分の口走った言葉の重みを理解した。血の気が引いて立ち尽くすナタリアを、ティアは「ふざけてないわ! …本当のことよ」と庇う。
将軍たちキムラスカ国民にとって、自国の軍港を襲撃した鮮血のアッシュ=ルーク・フォン・ファブレだという真実は、到底受け入れられるものではない。将軍たちはナタリアたちの頭がおかしくなってしまったのだと、憎悪と怒りが入り混じった視線を向けた。ナタリアたちをこのまま野放しにして、鮮血のアッシュが本物のルークだと吹聴されては、国に混乱を招く。
アルマンダインは怒りを押し殺した溜息を吐いて、ナタリアたちを追い出すための命令を撤回し、新たな命令を下した。

「…その者たちを捕らえろ」

罪状は腐りきるほどある。
罪状の筆頭は、亡き親善大使を侮辱した罪だ。
そのことに、兵士たちにとっ捕まったナタリアたちは気付かなかった。



・・・



ジェイドは何とかグランコクマ宮殿に戻ることが出来た。
謁見の間に続く廊下を黙々と歩く死霊使いは、常にないほど硬い表情と、厳しい雰囲気を身に纏っていた。いつものように許可を得ずに、謁見の間に入る。
玉座に座り重臣と話をしていたマルクト皇帝、ピオニー・ウパラ・マルクトは硬い表情で出迎えた。

「お話中、失礼致します」
「…おまえ、生きてたのか。死んだと思ったんだがな。…死んでくれていたほうがマシだった」

ピオニーの呟きは、ジェイドには聞こえなかった。
ジェイドはセントビナーが崩壊する危険性について話し始めようとする。しかし、その前にピオニーが口を開いた。

「…キムラスカからお前の首を差し出せと要求されている」
「っ!?」

どうして、と問うような目を向けたジェイドに、ピオニーは薄く笑った。

「親善大使殿を、お前は守らなかったそうじゃないか。それどころか、彼を戦わせて、侮辱したんだって?」
「……、」

無言で眼鏡のブリッジを上げ直すジェイドに、失望の視線がいくつも向かう。

「…なるほど。否定しないんだな。――キムラスカは実に正当な宣戦布告をして来たわけだ」
「! どういう意味ですか」

キムラスカ王国がマルクトに宣戦布告をしたのは、アクゼリュス崩壊にルークが巻き込まれたものだと思い込んでいるからでは無いのか?
ジェイドは怪訝な面持ちで問う。

「キムラスカの宣戦布告は、マルクトが送った和平使者による、親善大使侮辱と殺害だ」
「! 馬鹿なっ、私がルークを殺害したとでも!?」

 そんなはずはない。
 たしかにジェイドにとって、改心するまでのルークは苛立たしげな存在であったが、決して憎かったわけではない。それどころか、自身の罪から生まれた、――自分の子供のような存在だからと、人一倍目をかけていたのだ。だから、ルークが馬鹿な真似をすると、人一倍失望も大きかった。

「少なくともキムラスカはそう思っているようだな。俺は、そんなことが無いと思いたかったが…。キムラスカ王国から届いた、ルーク殿の日記を読む限りでは否定出来ないのが痛いな」

――ルークの日記?
アクゼリュスに向かう直前まで、ルークが毎夜書いていた日記の存在をジェイドは思い出した。その瞬間、ジェイドは確信を抱いた。――ルークを殺害したのは、キムラスカ王国だと。

(…そうか、だからか)

ルークの死が開戦理由となったのは、ルークの日記を読んだキムラスカが戦争理由に使えると思った所為だろう。
ジェイドは死を覚悟した。自国を窮地に追いやってしまった責任は、死をもってして贖わなければならない。
佐官一つの首で責任が取れるかは、甚だ疑問ではあるが。
今まで頭が働かなかったのが嘘のように、ここに来て、ジェイドの頭脳は凄まじい勢いで回転し始めた。

「…私が首を差し出せば、キムラスカは戦争を止めると?」
「それと、俺の首を差し出せば、許すと」

皇帝の首を望むということは、マルクトを支配下に置かない限り、許す気はないらしい。
困ったものだ。

「私は陛下のご意思に従います。首を差し出すか、戦争に借り出すか、どれでもお好きにしてください」

ジェイドの首を差し出すことを選べば、マルクト国主の首をも喪われる。
ジェイドを戦争に出すことを選べば、マルクトは国主を喪わせる事態に抗う。

「俺の首一つで戦争が止むなら、安いものなんだがな」

重鎮は、マルクト国民は、国主を喪う選択肢を選ばない。

「地獄まで、共に往くことにするか」

暗く笑うピオニーに、ジェイドは頷いた。
今踏みしめている大地がいずれは崩落を向かえることをジェイドは黙ることにした。
どの道、ルークを喪った世界は助からない。ジェイドはその確信を抱いていた。だから。
――世界が壊れる瞬間を、見届けることにした。



TO BE…
prev next
back