「……そうですか。残念です」
愚かな子供だ。
状況を理解せず、マルクト軍人に囲まれた状況で、ジェイドの申し出をルークは断った。
ジェイドは命令を下した。
「機密情報保護のため、監禁します。――連れて行きなさい」
タルタロスは和平使者一行を乗せて一路キムラスカに向かっていた。
思いがけず、キムラスカ王国の公爵子息を見つけ連行したものの、長く拘束するつもりはなく、和平の協力をさせるつもりだった。だが、ジェイドとイオンの目論見は成功しなかった。
ルークは和平協力を断り、機密情報保護のため監禁されることになった。
その後、陸艦タルタロスは導師イオン奪還任務を受けた六神将によって襲撃される。
目撃者を残さぬよう、辛うじて脱出に成功した和平使者一行以外、タルタロスの乗員は全滅させられた。
まさか、ルーク・フォン・ファブレが乗っているとは思わず、彼は六神将率いるローレライ教団の兵士によって殺害されてしまった。
レプリカであったためルークの遺体は残らず、アッシュたち六神将たちもルークがタルタロスに居たとは知らず、ルークの存在を知っていた和平使者一行以外、彼の行方を知る者は誰一人いなくなってしまった――。
「ルーク、大丈夫でしょうか……」
窓の外を眺めながらイオンは呟いた。
和平使者一行は、ケセドニアのマルクト領事館に停留していた。
国境を越えるための旅券を所持しておらず、その旅券を発行するために数週間かかると言われてしまい、足止めされた状態だった。
「まあ、無事でしょう。キムラスカ王族ですから、いざとなれば身分が彼を守ってくれますよ」
心配するイオンにジェイドは楽観的な見方を――否、無関心に返した。
ルークが和平に協力しなかった以上、ジェイドにとって彼の存在は無価値だ。タルタロス襲撃に巻き込まれて命を落としていようとどうでも良かった。
観察眼に優れた者が見れば今のジェイドの心情は一目瞭然だったが、イオンは口先だけの励ましだと気付くこともなく、「そうでしょうか」と首を傾げた。
「そうですよ、イオン様。そんな心配しなくたって、ルーク様なら、きっと大丈夫ですよ」
「そうね。私もそう思います」
ティアもアニスも理由は異なるものの、ルークの身の安全を信じていた。
ティアはタタル渓谷を下りタルタロスが襲撃されるという短い期間で、ルークが無知で甘く育てられた我儘お坊ちゃんだと知っていた。
そんなルークが一人で家にたどり着けるわけがない。
私情に巻き込んで、彼を屋敷から連れ出してしまった彼女には、ルークを家に送り届ける義務があるのだ。その義務を果たすまでは無事でいてもらわないと困る――自らの責任感の強さに内心苦笑するものの、責任感が強いのは悪いことではないと思い直した。
アニスはスパイである。彼女は自分がタルタロスの行路を教えた末にタルタロス襲撃が行われた罪悪感があるため、ルークの身は安全だと信じていたかった。そうでもなければ罪を重ねたことになる。決してルークの身を案じたわけではなく、保身故にイオンに同意していた。
アニスとティアの身勝手な言い分も知らずに、同意を得たイオンはすこしだけ心が軽くなったような思いで顔を綻ばせる。
「そうですね」
と、相槌を打つ。その時、窓の外で複数の足音を聞いたような気がして、イオンは窓の方へ視線を向けた。
「何かあったんでしょうか?」
大通りに面したマルクト領事館の前を、複数のキムラスカ兵が走り抜けて行く。
「もしかしてルーク様が帰ってきたのかも!?」
ただアニスは希望を口にしただけだったが、キムラスカ兵の慌しい様子を見れば、あながち間違ってはいないのかも知れない。
「見に行ってみようよ!」
アニス、イオン、ティアは椅子から立ち上がると、領事館の出入り口に向かって歩き出す。敵国の兵士の様子が気になるのはジェイドも同様らしく、三人の後を追いかけた。
キムラスカ領事館の周囲は騒音に包まれていた。
キムラスカ兵が集まり、その中にヴァンと茶髪の青年の姿が見える。
「ヴァン……!」
ティアが息を飲むと同時に懐に忍ばせていたナイフを取り出して構えた。ティアの様子に気付いたのはジェイドだけだった。紅玉の双眸の端に映った、ナイフの鈍い輝きにひっそりと眉を寄せる。
キムラスカ兵と共にいるヴァンにイオンは不思議そうな顔をした。
「ヴァン?」
「導師?」
イオンの格好は目立つ。白を基調にする服装に、導師であることを示す音叉を首にぶら下げたイオンに皆が道を開けた。
ヴァンは茶髪の青年と固い表情で話込んでいた様子だったが、イオンが声をかけると話を中断して顔を向けた。
「お探ししました。教団を勝手に脱け出すなんて、軽率が過ぎるのでは」
「すいません……」
イオンは心配させたことについて素直に頭を下げる。
ヴァンは溜息を吐くが、イオンの背後に妹の姿を見つけてハッと面を上げた。
「ティア、ルークはどうした?」
「え?」
ティアは今にもヴァンに切り掛かろうとしていたが、思いがけぬ言葉を聞いて殺気を散らした。ティアの間の抜けた表情と呆けた声は、ルークの居場所を知らないと告げていた。ヴァンは顔を顰める。
「ルークと行動を共にしていたのだろう? タタル渓谷付近にルークを迎えに行ったのだが、私も彼もルークの姿を見つけることはできなかった」
彼、という件でヴァンは自分の横に立つ茶髪の青年――ガイに視線を向けた。ガイは不安に満ちた表情で「ルークを知らないのか?」とイオン達に尋ねた。
ティアとルークが姿を消した後、キムラスカの観測機は二人の間で起きた擬似超振動の収束先がマルクトのタタル渓谷付近であることを教えた。
妹を擁護するため、ルークの身の安全を確保すべく、ヴァンはガイと共に二人の行方を捜索していた。
タタル渓谷に行き、付近の村を尋ねまわったが、結果は芳しくなかった。
「お前達がエンゲーブを尋ねたことはわかったが、それ以降の消息が掴めなかったから、心配していたのだが……」
ヴァンとガイの問いかけに、イオン達は顔を見合わせた。
「……ルークなら、すこしの間、僕達と一緒にいました。でも……タルタロスが六神将に襲われる前に、ジェイドによってどこかに監禁されてしまって」
「「監禁!?」」
ガイにとって、タルタロスが襲われたことについては他人事だったのでどうでも良かったが、ルークを監禁したという言葉は聞き逃せなかった。ヴァンも驚愕し声をあげる。
ただでさえ、イオンの姿に衆目を集めていたのに、今やキムラスカ兵のみならずその場にいる皆が彼らの様子を窺っていた。観衆は不穏な言葉を聞いてぎょっと目を見開く。
ヴァンは顔色を変えた。
「まさか……ルークはタルタロス襲撃に巻き込まれたのでは……」
「え」
ヴァンが思わずといった様子で呟くと、イオンはぽかんと口を開けた。
状況を理解できず目を丸くさせるイオンたちと、耳をそばだてていたキムラスカ兵が困惑と、焦燥と、怒りを顔に浮かべ始めた。ガイなどは青褪めて「ルーク……」と彼の死を予想して悲愴な声で呟いた。
「ま、まさか……そんな……」
イオンもアニスもティアも青褪めた。ジェイドは一人固い表情で黙り込む。
ヴァンはルークがタルタロスの襲撃に巻き込まれているのなら、生存の可能性はゼロだと思った。
六神将がルークの姿を見れば、彼がヴァンの駒だと一目で理解することができる。彼らはルークの身を危険に晒しても命を取るような真似はしない。だが、襲撃に関与した一般の教団兵がルークを発見していれば、殺害してしまうだろう。目撃者は一人残らず始末するように、大詠師モースから勅命が下されたのだから。
「なんてことだ……」
ヴァンは計画の狂いと、妹の今後を思い、眩暈を覚えた。ルークの生存が怪しくなった以上、こうなればアッシュをルークとして戻すしかない。――だが、アッシュもヴァンの前から忽然と姿を消して、行方が知れない。
このままアッシュが見つからなければ、アッシュをルークとして戻すこともできず、妹はキムラスカに裁かれ、ヴァンの計画にも支障が生じてしまう。
「――その話、詳しくお聞かせ願いたい」
びくっと肩を震わせたのはいったい誰だったのか。
気がついたときにはイオン達はキムラスカ兵に退路を立たれていた。
ルーク捜索に当たったセシル少将は厳しい表情で導師達を見る。その目には明確な怒りが浮かんでいる。
キムラスカ兵は、自国の次期国王の殺害に関与した疑いを持つ一団を逃がすまいと包囲網を作った。
「おーおー、すげーな」
「見てんじゃねぇよ。ガイに見つかったら一発でばれる」
「でも今の状況見ないのも変だろ。見ろよ、皆見てるぜ。それに、いくらなんでもこの状況ならガイだって俺達に気付かないさ」
「まあ、そうだが……」
人々は足を止めてキムラスカ領事館の前を見ていた。
宿屋の中にいた道具屋・諸国放浪の店主からアップルグミなどを購入した二人は、キムラスカ領事館の前で行われているやり取りを遠巻きに見守った。
「ルーク・フォン・ファブレはタルタロスに監禁されて、襲撃に巻き込まれて死んだ、だと。そんなことこんな道端で言っていいのかね〜」
「マルクトとダアトは責められるだろうな。戦争になるかも知れん。今のうちに色々と買いだめでもしておくか」
「あのアッシュさん? お前いいの?」
「何がだ」
「お前、元キムラスカ国王だろ。戦争とかまずいんじゃねーの」
「ふん」
アッシュと呼ばれた髪を黒く染めた青年は鼻で笑う。
「元だからな。今の俺はただのアッシュだ。二度目の人生くらい好きに生きるさ。お前もそうだろう、ルーク」
「まあ、な」
二人は二度目の自分の人生をやり直していた。
所謂、逆行、ループというやつである。
ルークはローレライを解放してエルドラントで死亡した直後に人生をやり直し、アッシュはルークの身体を乗っ取る形で帰還し、ルーク・フォン・ファブレの名前に戻され、キムラスカ国王として生きて死んだ後に、人生をやり直していた。
フォンスロットを開かずとも、アッシュとルークの間には便利網通信が行える状態だった。二人はそれでお互いの意思を交わし、今後の方針を決めた。
ルークは監禁状態から脱け出せない。勝手に脱け出してしまえば、処分されるのはルークの周囲にいる者たちだと、元国王として経験を積んだアッシュに言われてじっとしていた。だが、時間を無為に過ごすことはなかった。
父の書斎で知識を詰め込み、人間関係をまっとうに築き上げた。そのおかげで”記憶喪失”のルークは、ナタリアに愛され、ガイからも友情を向けられ、両親ともメイドとも良好な関係を築いた。宝石を好むように見せかけて、誕生日プレゼントなどで宝石を贈られるように仕向けると、頂いた宝石を常に身に着けて、そうして未来に向けて資金集めしていた。
アッシュの方は元国王としての経験があったが、十歳までは凡庸な少年として周囲に認識させた。ヴァンの駒でいるように見せかけながら水面下でネビリムの情報をヴァンからこっそりと盗み出してディストを仲間へと引き込み、シンクやフローリアン達イオンレプリカを救出して仲間を増やした。早くからディストには大爆発回避のために研究を続けてもらい、すでに大爆発は回避している。
タルタロス襲撃に乗じてルークは殺害されたように見せかけて、アッシュたちに合流した。ルークが宝石を数多に所持していたため、資金も豊富で、今のところ順調である。
ルークもアッシュも、アクゼリュス崩壊など大地崩落は防ぐ気だが、障気中和など、世界の今後を決める表舞台に立つ気はもうない。
ルークは障気中和を行う気もなければ、レプリカを犠牲にする気もなかった。ヴァンが今後作るであろうレプリカは、音機関を破壊して作れないようにした。再びその音機関を作るとしても、ヴァンの資金で障気中和の研究を行っているディストがその情報をルークたちにリークしてくれるので、簡単に破壊することができる。
「さて、行くとするか」
アッシュは過去を振り払うように、踵を返す。
捨てたのだ。一度目の人生など。キムラスカも両親もナタリアも、アッシュにとって大切なものだったが、同時に苦しめるものだった。
「そうだな。シンクたちが待ってる」
ルークも過去を捨てる。
一度目の人生は他人に振り回されるばかりだったから、今度こそは自分の意思で生きる。
その先に待っているものが幸せであることを信じながら、今を生きるのだ。
END.
本当はこれ連載に考えていたネタでした。逆行アシュルクでシンク、ディストを仲間にして、タルタロス襲撃に乗じてルークが死亡したことにして髪を染色して自由に生きる話。お互い王族の義務など立場、権力を放棄しました。なのでティア達の非常識っぷりを自覚して怒りを覚えても、復讐する気はまったくない。自分達も褒められた立場ではないと自覚しているので。でもルーク達に復讐する気はなくても、対外的には”王位継承権三位の王族が敵国で行方不明”ということになるのでPMの処分は免れないっていう。つまり必然的に厳しめ展開。CPは考えてない。
2014/04/07
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