「協力していただけるかしら」

 スクリーンに映し出された光景の数々は、一同に大きな衝撃を与えた。

 場面が切り替わるたびに、呆然とし、絶句し、しまいには意識を飛ばしつつあった彼らは貴婦人の声で現実に引き戻される。国、あるいは組織の中枢に身を置く者たちが揃いも揃って青褪めた。
 貴婦人は微笑を浮かべているが、その笑みが表面上のものに過ぎないことを、一同はスクリーン映像によって思い知らされた。
 この映像を見て、なお、貴婦人が心から微笑んでいると思う者がいれば、その者は愚の骨頂である。

 貴婦人の問いに否を返せるはずもなく、彼らは苦々しく頷いた。




「ティア、お前は軍人失格だ」
「お爺様?」

 思いがけぬ言葉を祖父からぶつけられ、ティアは驚いた。

「私のどこが軍人失格だというのですか?」

 ローレライ教団に入ってからというもの、ティアは身内の情に甘えず、一端の軍人としてここまでやってきた。情報部所属ということもあり、時には女として身体を使ったこともある。個人を押し殺して、組織のために身を尽くしてきた自分が軍人失格だと、祖父は言う。
 今まで自分が軍人としてこなしてきた仕事が、すべて否定されるようだ――ティアが不快感も露に祖父を見ると、祖父は彼女以上に不快感を露にしていた。

「民間人に守ってもらうなど、軍人失格ではないか」
「私がいつ民間人に守ってもらったというんです!?」
「ルーク様と、ガイは民間人だろう」

 ティアはハッと目を見開くと、恥じたように顔を俯けて頷いた。

「あ……そ、それは、そう、ですね」
「民間人を盾にする軍人がどこにいる。軍人としてよく働いていたと思っていたが、お前の評価を改める必要がありそうだ。わしは”いつでもお前を見限ることができる”。そのことを忘れるなよ」

 見限ることができる――そう言われるほど、祖父の失望が大きいと知り、ティアは青褪めた。

「っ――はい……」
「わかったなら、仕事に戻りなさい」
「はい……失礼しました」

 ティアは退室を促されて、祖父の執務室を後にする。

 祖父から告げられた言葉はティアに深い悲しみと焦燥感を与え、自分が軍人失格であることを知り、変わろうと決意した。――彼女は祖父に告げられた言葉が、かつて自分がルークに言った言葉が含まれていることに気付かなかった。

 その日から、ティアの苦難は始まった。

「ティア、あなた、ファブレ公爵家に譜歌を使って軍服を着用したまま襲撃したって本当?」

 同僚の少女――年下だが、階級は同じだ――の唐突の問いに、ティアは戸惑った。

「しゅ、襲撃?」

 人聞きの悪い。確かに譜歌を使って、ルークの家に侵入したけど、あれはヴァン殺害のために他人を巻き込まないためのティアなりの苦肉の策だったのだ。

「人聞きの悪いこと言わないで。あれは兄さんを殺す必要があって、それに他人を巻き込まないための苦肉の策だったのよ」

 それを説明すると、同僚は目を丸くして、怪訝な顔を見せた。

「何を言ってるの? ヴァンを殺害するために譜歌を使用する必要なんてないでしょう? それ以前に、他人を巻き込まない状況を作ることなんて、ヴァンの妹のあなたならいくらでも出来たじゃない。兄が家にいる間に、就寝中や、入浴中に襲ったり、食事に毒を入れたりすれば簡単に殺せたわ。パッと思いつく限りでもこんな簡単な方法があるのよ」

 ティアはぎょっと目を見開いた。

「に、兄さんは滅多に家に帰ってこなくて、」

 しどろもどろに返した言葉は、すぐさま封じられた。

「そうかも知れないけど、ヴァンは妹のあなたに甘かったでしょう? あなたがリグレット直々に教育を受けたのも、元はと言えば、あなたが軍人になりたいと我儘を言い始めたことから始まっていると聞いたわ。その当時のリグレットはすでに教団の幹部で多忙の身だったのに、あなた一人を軍人にするために度々ユリアシティを来訪した前歴を考慮してみても、あなたがどうしてもと言えば、数分でも妹のために時間を作ってくれたと思うけど」
「っ、そんなこと、あのときの私には思いつかなかったわ。追い詰められた獣だったから……」 
「……”いつから”ヴァンを殺そうと思ったの?」

 その質問は、ティアに衝撃を与えた。徐々に蒼白となるティアの顔色が衝撃の度合いを物語っている。

 ――ティアが、ヴァンの悪事を知ったのは、ルークの家に乗り込む半年前のことだった。

 そのことを思い出して、ティアの足が、一歩、下がる。質問から逃れたいティアの心情が行動に現れる。同僚はティアの右腕を掴んで、同じ質問を重ねた。

「ねえ、いつから?」

 言い逃れを許さない、強い眼差しを向けられてティアは視線を逸らす。

「ねえ、いつから?」
「…………半年」

 同僚の耳に届かなければいい。そんな思いが表れた小さな声は、ティアの心情を裏切って同僚の耳に届いた。

「あなたは半年間も”追い詰められた獣”だったの?」

 予想に違わない言葉が返ってきて、ティアは同僚の手を振り払い、叫んだ。

「っもうやめて! しょうがないじゃない!! 兄さんが外殻大地を崩壊しようとしているなんて私は信じたくなかったのよ!!!!」 

 髪を振り乱して、当時の心理状況を説明する。半年間悩み続けたのは仕方なかったことなのだと、自らの心情に理解を求める。

 ――例えば、事情を知らぬ者ならば、あるいはティアに同情を示し、彼女の望む慰めの言葉を口にしただろう。

 だが、同僚が口にした言葉は決してティアに優しいものではなかった。

「……そう。それで半年間もうじうじしてたんだ。あなたが”悲しんでいても”、ヴァンが”変わるわけじゃない”のに。”落ち込んでる暇”なんてなかったのに」

 ――なんて酷いことを言うのだろう。

 ぽろり、とティアの目から涙が零れ落ちる。
 ティアが泣く姿を、同僚は路傍の雑草を見るような目で見ていた。そんな目を向けられた事実にも耐え切れず、ティアは涙を流しながら小さく蹲った。
 追い詰められた子供のような姿に、憐れみを向けることなく、同僚は言った。

「ねえ、どうして泣いているの? あなただって、私と同じようなことを言ったそうじゃない」
「……!?」 

 ティアは思わず面を上げた。

 そんな心にもない言葉を、自分は言ったことはない。それなのにとんだ言い掛かりだ――ピタリと、怒りで涙が止まった。反論を口にしようと口を開く、その前に、同僚が言葉を紡いだ。

「シェリダンが襲われたとき、あなたは言ったんでしょう? 自分たちのせいだと、守れなかったと、公爵子息様たちが責任を感じている時に、あなた一人だけこう言ったそうじゃない。”落ち込んでいる暇なんてないわ”、”悲しんでいても何も変わらない”って」
「――っ」
 ひゅっと息を飲んだ。

「おかしな話よね。ヴァンが悪事の計画の実行を進めている中、あなたは半年間も悩んでいたのに。アクゼリュス崩壊後も、あなたはうじうじと悩んで、その間にヴァンは計画の実行を進めていたのに。自分は落ち込んでる暇があるのに、他人にはそれを許さないのね」

 ティアは頭を抱えて、呻くような声で「やめて」と小さく呟いた。
 同僚はティアの腕を掴んで、彼女を立たせる。足に力が入っておらず、すぐさま座り込もうとする彼女を強い力で立たせた。

「ほら、テオドーロ市長に”見限られないように”頑張らないと。テオドーロ市長はあなたを”いつでも見限ることができる”のだから。あなたには”落ち込んでる暇”なんてないのよ。あなたが”悲しんでいても何も変わらない”のだから」
「――――ッいやあああああああああああッッ!!」

 天を劈くような悲鳴をあげて、ティアは泣き喚く。
 同僚に腕を掴まれたまま、腰を落として、悲痛に染まった泣き声をあげる。

 変わらないといけない。そうでなければ見限られてしまう。
 ――つまり、今までのティアは変わらないといけないほど、悪辣なものであったのだと、祖父たちは言っていた。

 落ち込んでいる暇はない。悲しんでいても何も変わらない。
 ――その者の感情を一切無視する言葉だった。誰かが必要だと思う時間を、心の整理をつけるための時間を、暇だなんて言葉で、他人が決め付けていいものではないのに。

 思考の自由を許されず、他人の意見に添う行動を要求される。

 服従しなさい、と言っていた。

 過去のティアは、ルークに対して言っていたのだ。

 そして今は、ティアがルークにし続けた要求を、祖父が、周囲が彼女に要求している。

 服従しなさい、と。

 その事に気付いたティアは泣き声をあげる。それでも状況は変わることなく、同僚は同じ言葉を繰り返す。

「もう、いつまで泣いてるの。テオドーロ市長に”見限られないように”頑張らないといけないのに。テオドーロ市長はあなたを”いつでも見限ることができる”んだから、あなたには”落ち込んでる暇”なんてないのよ! あなたが”悲しんでいても何も変わらない”んだから!」





 部屋の中で、譜業が唸り声をあげていた。
 巨大なスクリーンに映し出される映像を、貴婦人は眺めていた。
 驚くように人が変わった、ティアの姿を、眺めていた。
 勤務態度は真面目で、上司の命令に忠実。軍人として、民間人を盾にすることなく、率先して前に出る。
 情報部である彼女は、今も情報を入手すべく女の性を利用し、男に枝垂れかかると濃厚なキスを交わすと、ベッドに縺れ込む。
 次々と映像は切り替わり、今のティアの姿を映し出す。

『この通りです。これで満足して頂けたでしょうか』
「――ええ、一先ずは」

 映像の中で、テオドーロ市長が無表情で言うと、貴婦人は満足そうに頷くと鈴を転がすような笑い声をあげた。これはほんのすこし前の過去を映し出した、映像に過ぎない。それでも彼女にとって、目の前に映し出されるティアの姿は素晴らしく愉快なものだったから笑みが零れ落ちる。
 だが、すぐさまその笑みも剥がれ落ちた。

(……ごめんなさい、ルーク)

 ティア・グランツとルークの接触は、これで断ったも同然だ。次はナタリア、ガイ、アニス、ジェイド。全員ルークの周囲から消す手筈となっていた。これでもう一人の息子の心の安寧は訪れるだろう。だが、ルークは。七歳だったあの子は――貴婦人は窓の外に広がった、青空を見上げた。

 エルドラントから帰還したルークは、アッシュだった。
 ルークとアッシュ、二人分の記憶を抱えて帰還したアッシュは精神的に酷く疲れていて、ナタリアたちの接触を嫌がった。その理由がわからず、当時のシュザンヌたちはアッシュとナタリアたちの仲を取り持ってやろうとしていた。それに対してアッシュは憎悪で拒否を示した。ナタリアと結婚するつもりはない。ティアたちとこれ以上関わる気はない。もしそうするなら俺はここを捨てると。
 何故、これほどまでにアッシュがナタリアたちを嫌うのか、理由がわからずに困惑するシュザンヌたちに、アッシュは記憶を映像という形で再生する譜業を取り寄せて、彼女たちを嫌う理由を見せた。
 その理由を見てしまったシュザンヌたちは、これ以上アッシュとナタリアたちの関係を推奨することができなかった。それどころか、今は亡きもう一人の息子が受けた扱いに心を傷め、アッシュと同じ感情に支配されたのだ。

 当初、シュザンヌたちはティアたちの排除を考えていた。レプリカだと判明する前のルークは少々わがままな性格をしていたが、大人から見れば、外見が十七歳であることもあって、子供だと笑って済ませられる範囲だった。そのルークが何故、無知を馬鹿にされ、戦闘を強要され、譲歩をすることを要求され……不当な扱いを受け続けなければならなかったのか。確かに、ルークは呆れるような発言をしたのかも知れない。
 だが、ティアたちには、ルークを馬鹿にする権利はなかった。ましてや見限るなんて発言ができるほど、彼女たちは偉くもなければ、絶対的な正義があったわけでもない。
 それどころか彼女たちはルークが罪を犯す前から、度重なる罪を犯していた。自らの罪を棚上げにして、ルークの罪を責め立てる。その神経は理解し難く、怒りしか湧かなかった。
 しかし、シュザンヌたちはティアたちを排除することは許されなかった。
 当時ファブレ公爵家襲撃事件を起こしたティアを罪に問わなかったのは、キムラスカ王国だ。この事実が世間に広まれば、国民の糾弾は王と政府に及ぶ。シュザンヌとしては、それでも良かった。民衆に批判も糾弾もされて当然だと思っていた。それを止めたのは、シュザンヌたちを、アッシュが止めたからだ。
 あいつが救った世界を荒らすのはやめてくれ、と。
 この世界の平和はルークと、レプリカたちが作ったものだ。
 英雄と祭り上げられているティアたちの功績など些細なものでしかなく、ルークたちが命がけで作った世界の平和を荒らすことはいくら母だろうと許さないと、アッシュは言った。
 そんなことを言われては、ティアたちを排除することはできない。それならば――シュザンヌたちが考えたのは、ティアたちの性格矯正だ。
 ティアたちがルークに言った言葉、扱いを彼女たち自身にする。
 そうすれば、彼女たちはどれほど自分の言動や態度が、自分勝手なものであったのか気付くことになるだろう。
 シュザンヌたちの思惑は周囲を巻き込み、――成功した。

(……あの時、何の力にもなれなかった私が、今さら貴方の苦しみに気付くなんて、私は母親失格ですね……)

 シュザンヌは溜息を吐く。

 もしかしたら、あの時、シュザンヌたちがルークの力になっていれば。
 ――今も、シュザンヌの傍でルークは笑っていたかも知れない。後悔は、尽きない。

 シュザンヌの心に広がった暗雲を振り払うように、ぶつり、とスクリーンの中で映像が切り替わる。

『ティア、”あなたって本当に何も知らないのね”。困ったわ……あなたが”言われないと何もできないお人形さん”だったなんて。ほら、何してるの。サッサとこれができるようになってちょうだい。私はあなたを”いつでも見限ることができる”のよ。あなたには”落ち込んでる暇”なんてないんだから』

 はい、と映像の中のティアが虚ろな目で答えた。
 ティアの人形のような姿が、シュザンヌの心をすこしだけ、慰めた。



END.

今までで一番PMに精神的に厳しい話だと思う。ティアだけじゃなく、全員こんな目にあってます。
補足:" "内は原作でティアがルークに言った言葉……。

2014/05/13
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