「揃いも揃って余計な真似を……!」
大詠師モースの怒りを前にして、イオンとアニスは顔を俯かせることしかできなかった。
イオンはマルクトから頼まれた和平仲介をするべく、長期間ローレライ教団を留守にしていた。その間に目まぐるしく情勢が変化して、自分の立場を苦しめるとは思いもしなかったのだ。
導師イオンを和平に協力させるために、ジェイドは暴動を扇動した。混乱に乗じて教団を脱け出したイオンに対して、導師を信望していた者たちも失望の眼を向けた。
もう誰もイオンとアニスを助けてくれない。
それどころか、導師が状況を読まずに自分勝手な行動を繰り返したせいで、教団は滅ぶのだと団員と信者たちは口を揃えた。
「キムラスカの要求を飲むしかない。お前達のせいで、創星歴時代から続いていた教団の歴史は幕を閉じるのだ。その責任は必ず取ってもらう」
モースは憎悪がこもった目で二人を睨みつけると、恐ろしい言葉を吐き出した。
どんな目に合わされるのか――二人は恐怖で震える。
「出来損ないのレプリカが。お前を導師になどするのではなかった」
イオンは存在を否定されて全身震えた。モースの背後には、ヴァンと六神将――シンクとリグレット、ラルゴが立っていた。シンクは仮面越しにイオンを冷めた目で見下ろしていた。
「アニス、お前は私を裏切った。その代償を払ってもらう」
そう言うと、モースはヴァンたちに命令を下した。
「リグレット、その役立たずのレプリカは殺せ。シンク、アニスはザレッホ火山へ――両親の元へ連れて行け!」
リグレットはイオンの頭部に、銃口の照準を定めた。ヒッ、とイオンの隣でアニスが引き攣った声を漏らした瞬間、銃声が響き渡った。
イオンの体が崩れ落ちる。彼の血を全身に浴びながら、アニスは呆然と目を瞬いた。その腕を、シンクが引っ張り、無理やりアニスを何処かへと連れて行く。
「ぁ……やだ、やだ…どこ行くの…やだぁ!」
「うるさいよ」
シンクは、アニスの後首に手刀を下ろして気絶させる。アニスの小さな体を米俵のように肩に担ぐと、シンクはそのままザレッホ火山に向かった。
「ん……」
全身焦げ付くような痛みと喉の渇きを覚えて、アニスは目を覚ました。
視界いっぱいに広がる、赤い炎が激しく踊る姿にしばし呆然とする。アニスはモースの言葉を思い出した。
『ザレッホ火山へ――』
心胆が凍りつく。
「うそ……っ」
アニスは悲鳴をあげて、ザレッホ火山から逃げ出そうとした。前方に右手を伸ばして駆け出そうとする、その小さな手が灼熱に触れた。熱さに涙を漏らし、悲鳴をあげた。
「いたい、なに、なんなの!?」
右手を見てみると、人差し指と中指の頭が火傷していた。よくよく前方を見てみると、踊る赤い炎のせいで分かり難いが、鉄棒が左右一列に並んでいる。
「なんでこんな、――?」
視界の端に、黒い人影を見たような気がして、アニスは横に顔を向けた。壁に寄り添う形で、黒い人影が二つ並んで座っていた。
「やだ……なにこれ、気持ち悪い……」
人間の形をした、黒色の焦げ。不気味だった。思わず後ずさると、踵が壁に触れた。これ以上行けないらしい――背後を見るが、壁しか見えない。左右後を壁に塞がれ、前方は鉄棒に塞がれている。
「え、うそ、まさか、……ここ、牢屋?」
その時ようやくアニスは自分が入れられた場所を把握した。
閉じ込められていることに気付いて、顔色を青に変えると、脱出しようとする。だが、この場所に運ばれた時にシンクにトクナガを奪われてしまったのか、人形遣いのアニスにできることはなかった。火山によって熱された牢屋の壁を叩くことも、ましてや棒を引きちぎって脱出することもできない。
「どうしよ……パパぁ、ママぁ……」
アニスは途方に暮れて、両親の名を呟いた。ティアやジェイドと言った名前も呟いて救出を願ってみるが、都合良くヒーローが現れることはなかった。両膝を抱えて座り込み、すんすんと鼻を鳴らして泣く。泣いたことで水分が蒸発して、頭が朦朧として、アニスはその場に倒れこんだ。
ぼうっと地面を眺める。視界に二つの黒焦げの手が視界に入った。人体を模した二人分の影は、手を握り合っていた。片方の細い影の手には、結婚指輪と思しき、リングが。
(……ママと同じ……)
見慣れた宝石の指輪だった。母が、父にもらったのだと微笑んでいた姿を思い出す。どんなに貧困に喘いでも、母は結婚指輪だけは手放そうとしなかった。
「ママ……パパ……」
黒色の人影が、寄り添う両親に見える。
それを最後に、アニスの意識は完全に途絶えた。
もう二度と、目が覚めることはなかった。
2014/07/28
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