親善大使として任命されたルークは、廃工場で待ち構えていた従姉の存在に顎が落ちそうになるほど驚愕した。
謁見の間で国王によって、親善大使に同行することは許さないと告げられていたはずなのに、ナタリア王女は国王の命令に背いて勝手に城を脱け出した。当然ルークは戻るように説得をしたが、馬の耳に念仏といわんばかりに聞き流されてしまった。
「あーもう…知らねーぞ、俺…」
「お父様ならわかってくださいますわ」
「インゴベルト陛下”は”な…」
――でも、お前の兄上はお前の気持ちはわかっても、許してはくれねぇぞ。
理解することと、許容することは別なのだと、最高の教育を受けたナタリアは気付いて然るべきだというのに、王女は気付かずにアクゼリュスの住民救助に向けて思いを馳せている。終わったな、とルークは自身の愚かさに気付くことなく失態を犯した従姉に冷めた眼を向けた。
・・・
キムラスカ=ランバルディア王国。
バチカル城の一室、日当たりが格別に良い執務室で、一人の青年は黙々と仕事を片付けていた。最高級の翡翠色の双眸で素早く書類を読み取ると同時に、武骨な手が流麗な文字を綴ってゆく。ペンの走る音と、紙がこすれる音だけが、いっそ息詰まりを起こしそうな静謐に包まれた部屋に落ちる。
今日も今日とて、『鉄面皮王子』と一部の心無い者に揶揄されるこの国の王子――ミリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディアは無表情で仕事に明け暮れている。現在彼が目を通している書類は、ナタリアが本来行うべき仕事の一つだった。ナタリアが出奔した所為で、妹の仕事が兄である彼に回ってきたのだ。王族の印がなければこなせない仕事も中には存在している。父が自分の仕事で手一杯である以上、余力を持つミリアがこなすことは当然の成り行きであった。
無職の者も治療にかかれるように改革されたナタリアの医療制度の所為おかげで、金銭を払って治療している民から不満が上申書となって届いていた。
一枚、一枚しっかりと目を通してゆく。民の不満を聞くことも王族の務めだ。国をより良くするために、民衆の意見はとても大切である。それと同時に、民の不満に王族が耳を傾けているという事実は、国の制度に不満を抱える者たちがクーデターを起こさぬように水面下で制止する役割を持つのだ。
ナタリアは開拓事業や療養所の増設など公共事業に着手して、それらの利益をボランティア活動にあてているが、愛国心溢れる姫として国民に知られているその一方で、税金でプリンセス・ナタリア号といった豪華客船を造っていたりする――非常に目立ちたがり屋で愛されることが好きなのだ。
(…あの馬鹿は)
――妹のナタリアは王族の務めを放置して、親善大使一行に無断に同行してしまった。
自身が受け持つ、公共事業の仕事と、ボランティア活動のすべてを無視して。
ミリアの眉間がくっきりと寄った。
(ナタリアは責任というものを理解しているのか)
王族の務め云々を問う前に、そもそも自身が始めた公共事業やボランティア活動の一切を放置して、他国の民を救うべく奔走するナタリアに、ミリアは怒りが禁じえない。
自身の公務を疎かにしてまで、他国の民の救助に奔走するとはどういう了見だろうか。ナタリアは自らが始めた慈善活動を一切放置しても、良いと思っているのだろうか。考えれば考えるほど、腹の底からふつふつと怒りが湧きあがってくる。先日では、ナタリアの慰問を楽しみに待っている孤児院から手紙が届いた。ナタリア王女はこないのでしょうか――と、まさか国民思いの王女が公務をサボっているとは露ほどに思わず、病気か怪我をしたのではないのかと心配するような文面に、ミリアは心苦しくて仕方なかった。孤児になった子供たちは、ナタリアの訪問を楽しみにしていたのだという。公務を疎かにして他国の住民を救助すべく王の命令を無視して無断で外出しました、なんて口が裂けても言えるはずがなく、病気で臥せっていると外聞的な理由を拵えたが、その理由が長く持たないことはあまりにも明白であった。
何しろ、ナタリアは顔が広い。慈善活動に励み、各地を慰問などで訪問するナタリアの顔を知る者は存外に多いのだ。病気で臥せっているはずのナタリアの姿を見かけた、という報告もすでに何件か届いていた。
(国民をなぜ裏切るような真似をするのか)
金をかけただけあって、それに見合う美しさと言葉遣いを身に着けた金髪碧眼の妹の姿を、ミリアは脳裏に思い描いた。
ナタリアは本当に自分の妹なのだろうか――数え切れなくなるほど、思った疑問を今日も胸のうちで繰り返す。両親に似ていない顔立ちに、王族の象徴を持たない髪の色…容姿もそうだが、最高級の教育を受けてなお、あそこまで愚かだと疑いを持ちたくなる。王の命令を無視して、公共事業やボランティア活動のすべてを放置するほどに、ナタリアはアクゼリュスの住民を救助したいのだろうか。国王の命令を無視して、反逆の疑いを持たれ自身の立場を悪くするとしても。悪意が存分に含まれた見方をしていることは重々承知だが、それでもミリアはナタリアを認め難い。王族としても、…妹としても。
(…もっとも、ナタリアが本物だとしても――)
コンコンと厚い扉を叩く音が落ちたことで、思考の糸はぷつりと切断された。
「何用だ」
「政務中失礼致します。――ベルケンドよりあの件について報告が上がっています」
「入れ」
端的に告げるミリアの言葉に従って、秘書官は執務室に入室した。
秘書官から手渡された数枚の報告書にミリアは早速、目を通す。王族に行き渡ることを事前に知らされていた研究員が作成した報告書は、専門用語ばかりが並んでいて、畑違いのミリアには読み解くのに苦労するが、彼の表情は無表情を保ったままだった。鋭いミリアの双眸は左から右へと走り、たった数分程度で内容を読み終える。ミリアは矢張り、と胸中で呟いて納得するように眼を細めた。
「陛下にお時間を作ってもらえるよう、話を通しておいてくれ」
「はっ…」
報告書の一文には、こう書かれてあった。
――ナタリア王女とミリア王子の血中音素を検査した結果、ミリア王子の血中音素は陛下と王妃の血中音素に89%一致。対するナタリア王女の血中音素と陛下王妃の血中音素は09%ほどしか一致せず。従って、ナタリア王女は陛下と王妃の子供ではないものと断定。
その言葉を視界に納めた以上、ミリアの心は決まっていた。ナタリアを廃すると。そのためにミリアは忠誠心高く信頼厚い部下を集め、命令を下す。翌日、城下で実しやかに一つの噂はさざなみのようにじわじわと広がり始める。キムラスカ国内外問わず、隣国とダアトに広まるまで、それほど時間は要さなかった。
アクゼリュス崩落後、ルグニカ平野にてマルクト軍とキムラスカ軍が開戦した。
一行はモースの甘言に踊らされているのだと戦争を停止すべく各地を回っていたのだが、なぜかナタリアが偽姫だという噂が出回っていて、真偽が気になったところだったが、今にも壊れそうなパッセージリングの操作が重要だと後回しにしていたところ、モース派の手によってルークらは王族を騙る偽者としてキムラスカ王国首都バチカルに強制連行されてしまった。
ルークは別室に連れて行かれ、ナタリアを除いた一行は牢屋へ、ナタリアはルークとはちがう別室に連れて行かれ、そこで偽王女として国民ならず王まで謀った罪として自害を強要された。毒杯を持たされて窮地に陥っていたナタリアを助けたのは、アッシュの手引きによって牢屋から脱出したジェイドたちだった。
インゴベルトが自分を殺害しようとした事実を受け入れられず、国王と話したいというナタリアに、一行は理解を示した。王城のどこかにいるルークも救出しなければいけなかったので、ナタリアの言い分を拒否するだけの理由がなかったとも言えた。一行は長い廊下を駆けて、ティアの譜歌で兵士を眠らせて、謁見の間にたどりつく。
ナタリアは若草色の双眸に涙を溜めて、玉座に座る父――インゴベルト国王に切々と訴えかけた。
「お父様…わたくしがお父様の娘ではないなどと…嘘でしょう?」
「真だ。余の本当の娘は、すでに亡くなっておる。乳母が証言した」
「そんな…!」
ナタリアは両手で口を覆い、悲しみをアピールする。玉座に座ったインゴベルトはわずかに眉根を寄せたが、それだけだった。
悲しみに暮れるナタリアは、それでもぐっと拳を握ると、毅然と顔をあげて、言った。
「お父様…戦争を今すぐ止めてください。わたくしはこの国とお父様とお兄様を愛しているがゆえに、マルクトとの和平と大地の降下を望んでいるのです」
玉座のやや後方に設けられていた椅子に座っていたミリアは、ナタリアの言葉を聞いて鼻白む。
不快な雰囲気を身に纏うミリアの様子に気付いたインゴベルトは息子に視線を向けた。
「ミリア、何か申したいことでもあるのか?」
「はい。許可を頂けますでしょうか」
「構わぬ。存分にやるがいい」
「では、お言葉に甘えて…」
兄から優しい言葉を与えられると思い込んでいるナタリアは、期待が大量に含まれた若草色の双眸でミリアを見上げていた。
「お兄様…」
「兄などと呼ばないでもらおうか」
「っ!」
感情が伴わない声にナタリアの背筋は凍った。
血の気が引いた彼女の顔には、赤い口紅が毒々しく映えていた。
「名を奪われ、存在すらも奪われたまま、私の妹は冷たい土の中で永久の眠りについている。――お前など、私の妹ではない」
「…!」
ナタリア――否、メリルの存在はミリアにとっては罪だった。ミリアの本物の妹は冷たい土の中、すでに白骨化してしまい、どんな赤ん坊だったのかすらわからない。
本物の妹の名を奪い、存在を奪い、愛し愛されて不相応にも最高の教育で育てられた娘が罪まで犯していた。本物の妹の存在を汚すような行為を、ミリアは決して許さない。
あまたの政策を打ち出し国民から愛され、またナタリア自身も敬愛している兄に、根本から拒絶されたナタリアはショックのあまり言葉を無くした。鋭い眼光に気圧され、知らずのうちにナタリアの足がふらりと後退する。蒼白になった美しい面を悲哀に歪め、ナタリアは縋るように「おにいさま」と呼んだ。
それでもミリアの眼光から鋭さが失われることはなく、それどころか、ナタリアが兄と呼ぶたびに王子の双眸は冷厳に研ぎ澄まされていく。両膝を震わせ、今にも崩れ落ちそうなナタリアの姿を視界に留めたガイの脳に血が一気に駆け上がった。
「っそんな言い方ないだろう! ナタリアだってミリア殿下の妹じゃないか!」
ガイの怒号に力づいた面々が同意の意味をこめて、次々と声を放った。
「そうですよ! 十九年間過ごしてきた妹でしょ!? なんでそんなにあっさり切り捨てられるんですか!」
「ナタリアは貴方の妹です! 十九年と言う歳月を過ごしてきた事実は変わりません。どうか考え直してください!」
感情的に声を荒げるローレライ教団の神託の盾騎士団の軍服を纏った女性陣に代わって、マルクト軍人であるジェイドはただ赤色の双眸を細めるだけ。だが、表情は雄弁に「キムラスカ王族というのは血も涙もないんですね」とミリアに対する侮蔑を物語っていた。
王城の警備を無力化させて謁見の間に不法侵入したあげく、礼儀を欠いた一連の行動。感情論だけで物をいって、なぜミリアがナタリアを拒絶するのか考えようともしない。ミリアにはナタリアを拒絶するだけの理由がある。
「――開拓事業、療養所の増設を始めとする、公共事業の着手。民への施しや、慰問…お前はボランティア活動を良くしてくれた」
「!」
一転して、ミリアの鋭い眼光が弛む。ナタリアや、他の面々は希望を持った。
ミリアがナタリアを妹として、キムラスカ王族として受け入れてくれたのではないかと――その希望は、すぐに粉々に砕ける。
「だが…お前は自身が始めたすべての公務を放置して、国王の命令に背き、出奔した」
「っ!!」
サァッと、ナタリアの顔色から血の気が完全に失われた。
開拓事業、療養所の増設、ボランティア活動…それらはすべて、ナタリアが率先して行っていた公務だった。王族の務めと口にしている彼女が、公務を疎かにしていたのだ。
敵国との和平のほうが重大だと、自分がついていかずにどうすると親善大使一行に同行したナタリアは、今このときになってようやく、王族の務めを放棄していた自覚を得た。…突きつけられるという形で。
首を振り、ナタリアは悲鳴混じりに弁解した。
「あ、ぁあ! ちがいます、わたくしはそんなつもりではっ…決してッ!」
「言い訳などするな、見苦しい」
「っ…言い訳などでは! わたくしの言葉を聞いてください、お兄様、いいえミリア王子! わたくしはこの国の平和を願って…!」
「平和を願うことが、公務を放棄する理由にはならない。この国のためという言葉は、何もかも帳消しにしてくれる大義名分ではない」
「ですが、お兄様! わたくしは…っ」
「メリル、お前が城から無断に脱け出した所為でお前付きの数十人のメイドは職を失い、お前が公務を疎かにした所為で一時的とは言え公共事業が停滞し、損害を補うために莫大なガルドが動いた。それらのガルドはすべて税金から補われている。お前は他国の民を救助すべく、自国の民を疎かにした。王女であったと同時に、お前は政治家であった。国に不利益を与えた者として、責任を取ることは当然だろう」
「…っ」
メリルは何も言えずに、口を閉じる。
代わりに口を開いたのはガイだった。
「だからって、自害を強要するなんてやり過ぎだ!」
「部外者は黙っていろ」
「な…」
ミリアから思いがけない言葉を食らい、ガイは呆然として二の句が告げない。
その隙を見逃すミリアではなかった。
「大臣から言われたはずだ。毒杯は、私たちからの慈悲だと」
大臣により毒杯を手渡されたとき、これは慈悲なのだとメリルは告げられていた。
大詠師モースに父兄が騙されていて毒杯を手渡されたのだと思っていたが、あれが本当に慈悲だとしたら――?
「…最近、斯様な噂が浮上しているそうだ。『ナタリア王女は自国よりも、他国の民の現状を憂い、アクゼリュスの住民を救助すべく公務とボランティア活動の一切を無視して向かった』と。その噂を肯定するように、お前の姿は、アクゼリュスに向かう道中で何度も確認されている」
「っあ」
「私たちはお前を病気で臥せっていることにしていた。王女がよもや、自身が受け持つ公務やボランティア活動を放棄して、他国民を救助するべく向かったなどと言えないからな」
「……っ」
「『国王陛下の命令に背いて出奔したからこそ、ナタリア王女は病気で臥せっていることにされた』のだと、民は噂している。『王女の役目を放棄した』のだともな。一つずつ、お前が自身の行動によって築き上げた悪しき噂を並べたててやろうか」
「っ」
やめて、とナタリアは弱弱しく首を振って、両手で顔を覆って泣きじゃくった。
憐憫を誘う光景でもミリアは眉一つ動かさずに、ナタリアを――かつての妹を眺めていた。
「…無断で城を脱け出したお前を、開戦理由に挙げられていることに疑問を持たなかったのか」
国王の命令を無視して、ナタリアは無断で城を脱け出した。
それなのに、開戦理由に挙げられたのは、ナタリア王女の死亡だった。
「噂が真実である以上、誤魔化しは通用しない。よって、私たちキムラスカは『ナタリア王女は国王の命令に背き、アクゼリュスに向かった』という噂を肯定することにした。――そこのマルクト軍人が、王女を唆したことにしてな」
「「「「っ!」」」
「マルクト軍人が王女をナタリアと呼び捨てにし、親密にしている姿も確認されている。戦争理由には、充分事足りる」
貴様らのおかげで――と、ミリアは唇を皮肉げにつりあげた。
ナタリアは国民から愛されていた。愛されていた王女が、公務やボランティア活動の一切を放棄して、他国民の救助に乗り出したなんて、真実、国民は求めていない。それならば、マルクト軍人に唆されて王女が国を出奔したほうが、納得できた。
「戦争は停まらない。王女はアクゼリュスで死んだ。せいぜい死ぬときくらいは国の役に立て、メリル。――この国を、愛しているのなら」
ナイトメアの効力は切れ、国王とミリアの安否を確認しにぞろぞろと兵士が謁見の間に詰め掛ける。
牢屋から脱出したナタリアの姿を見かけた兵士たちは一様に、失望と悲哀が入り交ざった視線を王女であった女に向けた。。
「そこにいる女は、無礼にもナタリアの名を騙った偽者だ。捕らえろ」
彼女が、今まで愛されてきた『ナタリア』王女であることは城勤めする兵士たちには明白だった。
だが、兵士らはナタリアはアクゼリュス崩壊に巻き込まれて死亡したと納得した。そこにいるのは、アクゼリュスで死亡したナタリア王女の名を騙った偽者メリル。
兵士たちは、牢屋から脱出するだけではなく、謁見の間に不法侵入するという罪を犯した罪人を捕縛した。喚く無礼者らを引きずって、謁見の間から連れ出す。大粒の涙をこぼしたメリルは「おにいさま、おとうさま」と縋るように何度も何度も繰り返していたが、その言葉が彼らに届く前に、謁見の間の豪奢な扉が閉じた音で掻き消されてしまった。
喧騒を生み出していた根源がいなくなったことで、何事もなかったかのように謁見の間には厳粛な雰囲気と静寂が戻った。
キムラスカ=ランバルディア王国は今日も平和だった。
・・・
「兄上、マルクトと戦争続けるってマジ?」
「ああ」
いとも平然と肯定するミリアに、ルークは「やっぱりそうなるのか…」と複雑な顔をした。
皇帝陛下名代であり和平使者でありながらジェイドは、国王名代親善大使として派遣されたルークに対して不敬罪を犯した。城から出た直後、ルークは親善大使であったにも関わらず、彼は態度を改めようともしなかった。親善大使の任務についたルークが国と連絡を取り合うため、報告書を作成するのは当然の責務である。ルークはジェイドが…同行者の全員の言動や行動を注視して、報告書に書き綴った。
届けられたルークの報告書を確認したミリアは、ジェイドの不敬罪についてマルクトに一度抗議している。
マルクトから何らかのアクションが届く前に、アクゼリュスは崩壊した。それ以前にミリアが派遣した大部隊となった救援隊と物資のおかげで、住民の約六割ほど救助が間に合った。残り四割のうち大半が重度の障気触害に陥った者ばかりで、救助しても生存の見込みがないと医師が判断した者たちである。中には生存の見込みがある者がいたが、先遣隊を殺害しようとしていた神託の盾騎士団兵を捕縛するために人手を割いたために、救助出来なかった。
無論、これについてダアトに抗議文を送ったら、ダアトから速やかに謝罪文が届きモースはわざわざ謝罪しにキムラスカへ訪れた。モースがダアトでナタリアたちを捕縛し連行してくれたことを恩を感じたミリアは、捕縛した神託の盾騎士団兵の身柄と今期の寄付金を大幅削減することを引き換えにダアトと和解した。
外殻大地から帰還したルークの報告書が届いた際、ジェイド・カーティスについて抗議文を再度送ると同時に、王族への不敬罪で見かけたら逮捕するとマルクトに伝えている。
モースもそれを知っていたから、ナタリアを名乗る偽者とジェイド・カーティスを捕縛してキムラスカに連行してくれたのだ。ミリアによって戻ってくるよう命令を受けたルークはモースに便乗してバチカルを訪れた。それをティアたちはルークすら王族を騙る偽者として捕縛されたのだと誤解したようだが。
逮捕されて当然の連中が、脱獄し、城の警備を無効化させて謁見の間に不法侵入するという異例の重大事件を犯してくれた。そして、その重大事件の中にジェイド・カーティスの姿があったのだ。彼は今だマルクト軍服を身に纏っている。不敬罪で逮捕されたジェイド・カーティスがそのようなことをやらかせば、王族を殺害せんと思われて当然だろう。さすがに抗議文で収まる範疇を越えてる。今頃マルクトは大慌てにちがいない。
一度目の抗議文が届いたときに早く手を打てば良かったのに、マルクトは完全に後手に回ってしまっていた。
ミリアはこれらの事実を一切隠すことはしなかった。
皇帝陛下名代で和平使者であったジェイドに、国王陛下名代の親善大使であるルークを侮辱されたのに、アクゼリュスの住民の六割を救助してやったという事実も公表した。
その他にもいろいろ暴露してやった結果、マルクトの立場は今や完全に地に墜ちていた。
「…ピオニー陛下大変だろうな…」
セントビナーの住民を救助するための許可をもらいに、グランコクマに向かったルークは一度マルクト皇帝と謁見している。ピオニー陛下は一個人としてみるなら好ましい人物であったが、皇帝としては不合格の烙印を捺されても仕方ない人物であった。
ルークが彼と初めて謁見したときに、ピオニー陛下は開口一番「お前らか、俺のジェイドを散々振り回してくれたのは」と言ったのだ。ピオニー陛下としては、皇帝と謁見するルークたちの萎縮を取り除くために友好的な態度をとったつもりだろうが、あのときのルークは国王陛下名代親善大使の名を背負っていた。キムラスカ使者に対して誠意ある対応を怠った自覚など、ピオニー陛下には欠片も無かった。
「一個人としては好きなんだけどな…。戦争を続けるってことは、ピオニー陛下殺すのか?」
「止む終えまい。その前に降伏してくれれば良いのだが」
「でもさ、食糧盾にされたら、こっち負けるんじゃねぇ?」
「長期戦になる前に、グランコクマ宮殿を落とせば問題ない。しばらくは持つように、食糧も備蓄している」
「どうやって落とすんだよ。軍がグランコクマにたどり着くまで時間かかるだろ?」
「シェリダンで飛行艇の開発を急がせてる。現在使える飛行艇は二機だが、譜業爆弾を搭載させて精鋭の軍人を集めれば空からの攻撃は充分可能だ。民に影響が出ぬよう、攻撃を宮殿に集中させる。ピオニー陛下が宮殿から脱出しようとも、宮殿を破壊されてしまえば、その国は落とされたも同然」
「うわー…アルビオールとか使えば、そりゃ宮殿落とすのは難しくはないかもしんないけど…つーことは、ルグニカ平野でマルクト軍と交戦させてんのはわざとだったりすんの?」
「ああ。キムラスカが飛行艇の開発を急がせている情報を、マルクトが掴むことを遅らせるのが狙いだ。まさかルグニカ平野で軍を衝突させといて、別方向で上空から攻め落とされるとはマルクトは考えてもいないだろう。しかも、攻め落とされる際に使用されるのが、セントビナーの住民救助に一役買ったアルビオールだとは思いもしない」
「あのさ…もしかして、だからセントビナーの住民救助にアルビオールの使用許可だしたのか?」
ミリアは「よくわかったな」と言いながら、テーブルの上のティーカップに手を伸ばした。
対面に座るルークはおなじようにテーブルの上に乗った皿に手を伸ばし、チョコクッキーを掴んで口に運んだ。ぱくりと食べたルークはきちんと口の中のクッキーを飲み下してから、言葉を紡いだ。
「そりゃ、俺にもわかるよ。シェリダンはキムラスカ領だし、いくらシェリダンの住民が気さくだからって、国の許可なしに国宝とも言えるアルビオールをわけのわからない連中に貸し出せるわけないってことぐらい。俺が行けば、貸し出しするように事前に話し通してあったんじゃねぇの?」
「ああ。セントビナーが崩落する危険性は事前にお前の報告書で知っていたからな。崩落し始めたと聞いて、アルビオールでなければ無理だと判断して、許可は出してあった」
「ミリア従兄上って抜かりねぇな」
「褒め言葉として、受け取っておこう」
「考えないよな、フツー。自分達の国民の救助に一役買った飛行艇で、攻めてくるなんて…」
甘ったるくなった口中を、紅茶を飲むことによって濯ぐ。王城に相応しく厳選された茶葉で淹れられた紅茶は、格段と美味い。
ルークが黙り込むとその場は静まり返る。元々用が無い限り饒舌にしゃべることはないミリアは、陽射しが降り注ぐテラスの中で優雅に紅茶を味わった。琥珀色の液体をじっと眺めて思考に耽っていたルークは、ぽつりとこぼした。
「…ナタリア、死んじゃったな」
ナタリアは偽姫として自害させられた。
大臣が言うには、潔い最期だったという。
ミリアに手酷い拒否を受けたナタリアは、別室に連れて行かれると大臣から差し出された毒杯を飲み干した。『わたくしはこの国を、お父様とお兄様を愛しています。だから、せいぜい死ぬときくらいは潔く死んでみせますわ』と。不恰好な笑顔を表情に貼り付けて、虚勢を張ったまま、毒杯を呷り、息絶えた。
ミリアはその報告を感情が窺えない表情で「…そうか」と受け入れた。
「悲しいか」
「…そりゃ、幼馴染だから…なぁ、従兄上」
「なんだ」
「ナタリアがさ、馬鹿な真似しない立派な王女だったら妹として受け入れてた? …本物のナタリア姫とすり替えられた娘であっても」
「………」
ルークは尋ねてみたかった。
ナタリアを切り捨てたミリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディアが、十九年間共に育ってきたナタリアをどう思っていたのか。
答えてくれよ、と真摯な眼差しを向けられたミリアは瞼を伏せた。
「…十九年間だ」
「うん…」
「十九年間、一緒に育った」
「…うん、そうだな」
「――愛しくないわけないだろう」
その言葉は、本物の妹に対する裏切りなのかも知れない。
それでも十九年間、兄妹として過ごした時間はたしかに存在していた。
本物の妹ではないけれど、王女として問題なければ、偽姫として切り捨てたりしなかった。本物の妹とは別の形で、愛しく思っていたのはたしかだった。
――ミリアの気持ちに気付いていたからこそ、ナタリアは潔く死を選んだのだろうか。
ナタリアの気持ちなど、彼女が死んだ今となっては知る術は無い。
だから、ミリアはそうであれば良いと願った。それがエゴだと気付いていても。そう、信じたかった。ミリアが手に持ったティーカップの底に微量に残った、琥珀色の液体。そこには砂糖が沈殿していて、ぐっと一息で紅茶を飲み干したミリアはあまりの甘さに、無表情を崩して眉根を寄せた。
この紅茶のように哀残を飲み込んで、やがてミリアは頭部に金色に輝く冠を戴く。
END.
梅こぶ茶様リクエスト「埋もれたゴミ男主でダアトが関与していない偽姫発覚時。キムラスカ捏造。ナタリア切り捨て。」でした。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。梅こぶ茶様、リクエストありがとうございました。
あ。あと、「埋もれたゴミの男主」は要人に対して二人称が「貴殿」ですが、要人じゃないと「お前」呼ばわりします。
キレると笑顔になる男主ですが、キレる価値がない&キレても無意味である場合は無表情です。今回の場合はキレても無意味と判断されたようです。…最後の最後で無表情を崩しちゃってますけども。
▽作中に入れるのが無理だった補足
・なんだかモースが良い人になってないか
→ミリアに突かれ過ぎて自己保身に走ったら良い人になってました
・ナタリア以外のPM+アッシュはどうなった
→ジェイドとガイは戦争理由にされて(ファブレ公爵を殺害せんとしていたガルディオスなので)極刑。アニスとティアは脱獄して城の警備無力化させて謁見の間に乱入しちゃったのでそこらへん問われて、やっぱり極刑。ティアの処刑は5年後まで伸びます(子供産ませるために)鮮血のアッシュはカイツール軍港の一件で処刑されたことになり、実際はミリアに忠誠を誓うように洗脳されて城で飼い殺し。
・ルークは?
→次期国王となるミリアのために頑張ってます。レプリカだと公表した上で、外殻大地降下の一件で英雄になります。今後キムラスカで行われるレプリカ保護のために、外殻大地降下の一件で名前を売って、ルークだけの確固たる地位を築き上げました。一部名前を改名し、やがてファブレ公爵の地位を継ぐ予定。
・マルクトどうなった
→マルクトがキムラスカの傘下に下ることで戦争は終わりました。キムラスカ領マルクトと化してますが、ピオニー陛下や将軍らは処刑されることなく、今までどおり元マルクトを治めています。ピオニー陛下は皇帝の座から追いやられ、キムラスカ領グランコクマの領主となりました。
ミリアいわく、土壌も国民性も違うマルクトを治めるだけの領主を作るには時間がかかるので、しばらくの間は皇帝として国を治めていたピオニーにグランコクマの領主をやらせておいたほうが良いと判断したため。
いつ叛旗を翻されるかわからないので、ピオニーや将軍らには監視役としてキムラスカ軍人をつけてます。二ヶ月に一度、その監視役は交替します。(ピオニーたちに懐柔されないため)
もっともピオニーは平和路線なので、ミリアが国を治めている間は国が荒れる心配もないので叛旗を翻す必要は無いと思ってます。グランコクマ領主となったことで、皇帝のときよりも格段と自由が利くので、わりと平和に生きてます。
2010.11.29
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