――ガイラルディア・ガラン・ガルディオスがガルディオス家を復興させた。
その一報を聞いたとき、生き残ったホドの住民は歓喜で咽び泣いた。キムラスカ軍により攻め滅ぼされたガルディオス一族、何者かにより消滅させられたホド――故郷も家族も親類縁者も失えど、領主の息子は生き残っていたことを彼らは知っていた。ガルディオス家の復興、これを喜ばずにいられようか。ホドは本当の意味で滅亡したわけではない。ガイラルディア様が領主として、生き残ったホドの住民を率いて、ホドに代わる新たな故郷を作り上げてゆくのだ。

「……、」

バーのカウンターに席を取った三十台前半の黒髪の男はロックグラスを静かに傾けた。カランと氷が涼やかな音色を立てる。
左顎下に剣の切り傷を抱えた男はグラスに口をつけて、舐めるように酒を煽った。
ホドが消滅して以来、家族や友人を失ったホドの生き残り達は心の傷を抱えていた。十年余りの歳月を経て、笑うことは出来るようになっても、ホドの犠牲を忘れることなど出来やしなかった。そんな者たちが、行方知らずだったホドの領主の息子の生還、ガルディオス家の復興を喜んで明るい笑顔を見せている。だというのに、男の表情は暗い。そんな男に、生き残った者たちは声をかけた。

「どうしたよ、ミリア様。そんな暗い顔して。ガイラルディア様がガルディオス家を復興させたんだぞ! 喜んだらどうですか」

それとも領主の息子の生還を喜べないのか、と飲みすぎた六十ほどの老人が赤らんだ声で尋ねる。
男――ミリアは暗く澱んだ双眸で老人を一瞥し、グラスの中の氷を睨むように見つめた。

「……なぁ、爺さん。なんで、今さらになってガイラルディア様は帰還したんだろうな」
「は?」
「ホドが消滅して十六年だ。なんで、俺達に姿をもっと早く見せてくれなかったんだ?」
「、ミリア様」
「あれから十六年も、十六年も、ガイラルディア様はいったいなにを――」
「ミリア様! あなたは、なにを仰っているのですか!」

ホドが消滅してから月日は十六年も流れた。――今さら、どうしてマルクトに帰還したのか。
ミリアの言葉に伯爵子息への疑念を感じ取った老人は震える手で彼の肩を掴み、言葉を止めさせる。先ほどまで、ガルディオス家の復興に喜んでいた者達は、ミリアの話を聞いて黙り込んでいた。十六年もの間、伯爵子息はいったいなにをしていたのか。空白の十六年、その歳月があれば、ホドの生き残りたちは未来を見据えて生きることが出来たのかも知れない。疑念がひょっこりと芽を出した。

ミリアはロックグラスの底にわずかに残った酒を一気に飲み干し、グラスをカウンターに叩きつけるように置いた。
静かに席を立つ。

「…俺はガイラルディア様の真意を探る」

背を向けたミリアを、ホドの生き残りたちは不安そうな目で見送った。
彼の言葉は波紋を呼び、彼の行動は大きな嵐を生み出す。


つい先日、親友であるルークと和解を果たし、ピオニー陛下よりガルディオス復興の話を持ちかけられたガイは、今もなお、ファブレ公爵には複雑な思いを寄せているが、ペールと共に復讐を諦めた。
公爵家を辞めたその足で、国が管理していたガルディオス家の全財産を返還してもらい、グランコクマに所有していた持ち家に引越した。
ガイとペールがようやく家の掃除を終えたとき、陽は傾き始めていた。

「早めに使用人を雇いいれたほうがよろしいでしょう」
「使用人か…必要ないんだけどな。自分の事は自分で出きるし」
「そういうわけにもいかぬでしょう。ガイラルディア様は貴族なのですから」
「はは、そうだな。使用人生活が長かったから、すっかり忘れたよ。…ティアもそのうち呼んだほうがいいのか?」
「ティア…フェンデ家の者ですか。そのほうがよろしいでしょう。フェンデ家は代々、ガルディオス家に仕える従家ですから」

ガイは手を伸ばし、テーブルの上に置かれたティーカップを掴みこくりと飲む。
今まで味わってきた紅茶とは比較にならないほど、香り高く風味豊かな、高級な茶葉だった。ファブレ公爵家で使用人として過ごしていたころには、味わえなかった紅茶だ。使用人と、主人一家が愛飲する紅茶の茶葉には差があって当然だ。おかしなことに、ガイはこうして値が張るおいしい紅茶を飲んだことで、ようやく自身が貴族である自覚を持てた。幼い頃に貴族生活とはおさらばして、使用人としての生活が長かったため、彼は自身が貴族である事実は知識として持っていたが、理解できてはいなかった。まるで、夢を見ているような、そんな感覚だったのだ。
「本当に俺は貴族だったんだなぁ」とぽつりと零したガイに、ペールは皺だらけの顔をさらに皺くちゃにして笑んだ。

「そうですとも。ガイラルディア様は立派な貴族です」

ペールも感慨が一入なのだろう。主と仰いだガルディオス伯爵を守れず、唯一守れたものが大事な主君の忘れ形見とも言える子息だったのだから。命からがらに守り通したガイが、健康を損なわずに立派に成長し、ガルディオス家を復興させるという偉業を成し遂げたことが嬉しいのだ。少しばかり自信を取り戻した表情と、声がそのことを告げている。
立派な貴族と言われるのが無性にこそばゆい。ガイは照れくさくなって頬を指でかいて、それでも笑った。
ガイとペールは新しく始まる生活に期待を抱く。これから先、貴族として生きていくことは並大抵の苦労ではないだろうが、それでも姉や両親に恥じぬ生き方をしたいとガイは決意する。そんな主君の息子…否、新たな主君を微笑ましそうに見守るペール。明るい未来予想図を思い描いていた二人に、水を注すベルの音が鳴った。

「誰だ? こんな時間に…」

ガイは怪訝に思いながらも、応対しようとソファから立ち上がろうとする。
それを止めたペールは玄関へ向かった。その間にもベルの音はやかましいくらいに鳴り響き、ペールを急かす。
貴族の家に訪ねるにしてはなんと礼儀が成ってないことか。ドアノブに手をかけたペールは気分を害しながら、ドアを開けた。

「どちら様でしょうか」
「――おひさしぶりです、ペールギュント様」

玄関前に立つ男の姿に、ペールは瞠目した。
彼の背後にずらりと並んだ人々に気付くことも出来ないくらい、ペールは目の前に立つ男の姿に驚愕していた。

「ミリアではないか! おまえ、生きてたのか…!」

ミリア・ショウブ――彼は、十六年前、ホドが消滅する前にペールの部下の騎士であった若者である。
当時はまだ二十歳に届かない青年であったが、彼は将来を嘱望されるほどに優秀だった。当時より老けた印象があるが、間違いない。彼は、ペールの部下だったミリア・ショウブだ。見覚えのない左顎の下の切り傷は、戦争時に負った傷なのだろう。
ファブレ公爵がキムラスカ軍を率いてホドに攻め込んだとき、休暇中だった彼は家で寛いでいたようだが、窓から見える海の景色にキムラスカ国軍の旗がいくつもあることに気付き、緊急事態を悟り、ガルディオス家に訪れた。殺害されそうになっていたガイを守ったのも彼である。ガイの姉君であるマリィベルは一足遅く救助できなかったが、マリィベルに抱きつかれて姉が目前で死亡したことにショックを受けて気絶していたガイを背中に乗せて、彼はガルディオス家を脱出したのだ。その後、主君を殺害されたペールとかち合い、ガイを渡すと、少しでも多くの領民をホドから脱出させたいとキムラスカ兵がうようよする街へ戻っていった――主君の息子を生き延ばすために、彼の背中を見送るしかなかったペールはミリアとは反対方向の港へと足を急がせながら、部下の生存に絶望を感じていたものだ。
その部下が生きていた――喜ばしくないはずがない。ペールは心からの笑顔で、ミリアの生存を喜び祝った。男盛りのミリアの両肩を掴み、よくぞ生きていたくれたと歓喜に泣いたペールにミリアの双眸は凍てついていたが、ペールはそのことに気付けなかった。

「おーい、ペール、どうしたんだ?」

ペールが戻ってこないことに訝しんだガイがとことこと玄関まで来てしまう。
貴族としてははしたない新たな主君の行為を叱責することも忘れ、ペールはミリアのことを説明した。ガイは話を聞くと、笑顔を見せた。

「そうか、父上の騎士だったのか…。他にも生き残ってくれた人がいて、俺も嬉しいよ」
「ミリア、お前はガルディオス家が復興したことを聞きつけてきたのだろう? その身体つきでは武道訓練を怠っておらぬようだし、騎士として再びガルディオス家に仕える気はないか?」
「俺も歓迎するよ」

主君を差し置いて口出ししてしまったペールは、ミリアを何とかガルディオス家に引き戻したくてたまらない様子だった。
かつての部下との再会がそれほど喜ばしいのだろう。ガイとしても、ホドの領民であり、父の騎士をしていたというミリアの存在は喜ばしいものだ。彼が望むなら、騎士として迎え入れよう――暢気に微笑みながら、ミリアに視線を向けたガイは、そのときようやくミリアの双眸に潜む暗い闇に気付く。沈黙していたミリアが口角を吊り上げた。

「――十年以上もの間、復讐に明け暮れて楽しかったですか? ガイラルディア様、ペールギュント様」

なに、という二人の呟きは、ミリアの背後にいた人々が怒涛のようにガルディオス家に押し入ったことでかき消された。
ミリアは津波のように押し寄せた人々からちゃっかりと逃れて玄関脇に避けた。逃げることが出来なかったガイとペールは人々に突き飛ばされて、床に尻餅つく。二人は無数の人々に囲まれた。見下ろす無数の眼、眼、眼! ――怖気が走るほどの憤怒と憎しみがこめられていた。
人の家に無断侵入してきて、いきなり突き飛ばすとはいったい何事か。まさか、賊か? 引越し早々ついてない。ガイとペールは腰に佩いた剣柄に手を伸ばす。ミリアに加勢を頼もうと視線を走らせて、息を飲んだ。
ミリアは懐から取り出した数枚の紙に視線を下ろすと、話し始めた。

「ガイラルディア様、いえ、ガイ・セシル様と言ったほうが宜しいでしょうか? お母上のご実家であるセシル家の名を借りて、ファブレ公爵家に十年以上使用人として潜り込んでいたそうですね。しかもファブレ公爵子息様とはご友人になられたそうではありませんか。親善大使一行の中にも名を連ねて、随分とファブレ公爵家の信頼も厚かったようだ。ああ、でもその公爵子息様を貴方は道中小馬鹿にしていらっしゃったようですね。『親友』と口にしては、親友に対して『卑屈』だと罵る様を大勢の民が目撃していましたよ」
「なにを…」

どうしてそのことがルークたち以外にばれているのか。ガイの顔色から血の気が引いた。

「ガイラルディア様が復讐の牙を研いでいる間、生き延びたホドの領民がどのような生活を送っていたことも知らず、今さらのうのうとガルディオス家を復興させるとは」
「っ! ミリア、やめぬか!!」

不敬だと叱責しようとしたペールに対して、彼の傍を囲んでいた老人たちが責め立てた。

「貴様だとてガイラルディアと同罪だろう! ホドが滅亡して、十六年だ! その間、貴様はガイラルディアの教育に当たっていたというのに、本来ガイラルディアの行動を諌めないといけない立場でありながら、ファブレ公爵の復讐という私情を止めもしなかった!! 十六年もの歳月があれば、ガルディオス家を復興させることなど容易かったろう! ホドから生き延びた私たちがどんな思いで今日まで生き延びたと思う!!!!」
「いつかは、いつかは、生き延びたガイラルディア様がガルディオス家を復興させてくれると私たちは思ったさ! ガイラルディア様が生き延びたことは、ミリアに教えられて知っていたからね! でもどうだい?! あんたらは名を変えて、姿を隠して、キムラスカ王国にいたというじゃないか! ガイラルディア様が大きくなったら、青年になったら、成人したら。――きっと、ガルディオス家を復興してくれるはずだと、私たちはずっと希望を抱いていたのに! あんたらはそんなホド滅亡から逃れた私たちの希望を裏切って、私情を優先させてたんだ!!」

怒涛のように責め立てられて、ガイとペールは理解がすぐには追いつかない。
呆然と尻餅をついたまま話を聞いていた二人に、怒号が上がる。現実逃避するなと、領民のことをなに一つ考えずに私情を優先させた貴様らには、私たちの怒りを受け止める義務があるのだと――。

ようやく彼らが怒る理由が理解できたとき、ガイとペールは白紙のような顔色で硬い表情になるしかなかった。
生き延びた領民を放置して、復讐と言う私情を優先させた領主子息。反論など、返せるはずもない。彼らが怒る理由は正当であった。
ガイは震える身体に叱咤してよろよろと起き上がると、頭を下げた。ペールもそれに倣う。

「すまない…っ、俺はホドの民が生き延びてるとは知らなくて…! 知ってたら、ガルディオス家の復興を急いでいた! 本当だ!」

怒りを静めてくれという懇願する言葉の響きに、ホドの領民はきつく眉根をつり上げた。
さらに怒りを買ったとも知らず、ガイはすまないと繰り返す。
怒号を浴びせてやりたくても憤怒のあまり言葉が出てこないホドの領民に代わり、ミリアは感情が伴わない瞳で空虚な謝罪を繰り返すガイを見下ろした。

「生き延びているとは知らなくて? 知ろうとしなかったの間違いでしょう? 何せガイラルディア様、貴方はマルクトから離れて、キムラスカにいたのですから」
「っ…すまない」
「私たちが責めなければ、貴方は私情を優先させて、ホドの領民を見捨てていた事実に、気付きもしなかったでしょう? 上っ面の謝罪など、されるだけ不愉快です。口を閉じていただけますか」
「……」

ホドの領民の怒りが静まらないことを悟り、ガイはどうしたら彼らに償えるのか頭を悩ませた。
ミリアは要求した。

「爵位を返上していただきます。そして、ガルディオス家の全財産を我々ホドの領民にお与えください。領主として務めを放棄し、領民を忘れていた貴方には、貴族としての権利や恩恵を一つたりとも所有する権利はない」
「――っ」
「使用人生活が楽しかったから、成人を超えてなお、使用人でいたのでしょう? 公爵子息様には、『公爵子息の使用人』だとも公言していらっしゃるようですし。良かったではありませんか、貴族を辞めれて。使用人として生活したら如何ですか? ――もっとも、貴方は使用人として生活することすら困難になりますが」

ガイは顔を上げた。
どういう意味なのか理解できなかった。爵位の返上、全財産没収。その他に、何の要求をされるというのか。
ミリアは気がつけばガイの目前にいた。彼は懐から一枚の紙を丁重に取り出して、ガイに突きつける。
視線を走らせて書類の内容を読み解いたガイは馬鹿なと叫びそうになるが、文面の最後に押された印に衝撃を覚え、叫びが出てくることはなかった。ただ呆然と、ミリアを見る。

「あなた方の存在は、世界平和の害なんだそうですよ。――ピオニー陛下より、皇帝陛下殺害未遂の一件で逮捕状が出ています。ご同行願えますか」

皇帝陛下殺害未遂。そんな事実はまったく身に覚えがないガイは当然のように抵抗したが、抵抗も空しく、ミリアにペール共々捕まった。
書面に書かれた内容は、皇帝陛下殺害未遂の一件でガイとペールを皇帝の名において逮捕できるよう、相応の権限を、マルクト帝国軍第二師団師団長大佐――ミリア・ショウブに与えるというものであった。




「へえ、ガルディオス伯爵捕まったのか。いいざまだ」

女はにやりと意地悪い笑みを浮かべると、カクテルグラスに口をつけた。
黒の名を冠した女は黒いドレスがよく似合う、大人の女性だ。
彼女の隣に座ったミリアは礼を言った。

「協力感謝する。…あの方の情報をこんなに短期間で集められたのは、あなたのおかげだ」

今回の一件では彼女にだいぶお世話になった。
女はいいんだよ、と軽口を叩く。グラスを指先でなぞりながら、女は口紅を塗った唇を開いて呟くように言う。

「あんたらホドの領民の気持ちだってわかるしね。私たちフェレス島の領主が、生き延びた領民のことを忘れて、私情に走ってたら、恨まずにいられないさ。…領主の気持ちもわかるけどね。それとこれとは別さ。貴族である以上、責務を果たすのが筋ってもんさ。…しかし、気さくで良い青年ぽかったけど、ただそれだけだったね、あれは。貴族とか、そんな器じゃないよ」
「……」

ホドから何とか生き延びたミリアは、親類縁者を頼れる者、国の保護を求める者に混ざることはせず、軍へ入った。
当時はマルクトとキムラスカ間で小競り合いや小規模の戦争が勃発していたので、入軍審査が非常に緩く、戦争で畑が焼けた農民が食い扶持に困って入軍することも珍しくはなかったのだ。戦闘経験の有無を聞かれ、名前と、健康状態、それに国籍を大雑把に聞かれただけで審査が通ることがしばしばだった。軍に入れば、少なくとも衣食住は約束されたため、ミリアと同様に、ホドから生き延びた何人かの若者は軍に入隊したりすることも多かった。
軍へ入隊した彼は幸いにも人格者であるアスラン・フリングス少将を上司として仰ぐことが出来た。小競り合いを止めるべく、フリングス少将が統率する部隊にて、一際目立った動きを良い意味でしていたミリアに、フリングス少将が眼をつけぬはずがない。ミリアの剣の腕前を買ったフリングスは彼を目にかけ、その信頼に応えるようにミリアは出世し、フリングス少将の右腕的立場にのし上がり大佐という地位を戴いた。
とは言え、彼の本質は騎士。主君を替えることなど考えもせず、伯爵子息が戻ってきたらガルディオス家の騎士として、舞い戻るつもりであった。彼にとって、軍とは、主君が戻るまで食い扶持を繋ぐための一時的に身を置いている場所にしか過ぎなかったのだ。皇帝陛下を主君として仰ぐことは出来ず、また彼のためにガルディオス伯爵の騎士であった頃のように懸命になることはしないと硬く決めていた。たとえ、国の皇帝だとしても。
故に、皇帝陛下の警護という栄誉を与えられそうになったとき、固辞し、いつでも大佐を辞めれるように自身の仕事もきっちりこなしたうえで部下の育成にも力を注ぎ、自分は軍という大組織の中の一介の駒であり、いつでも替えが利く存在なのだと、周囲に示した。

いつでもガイラルディアの騎士になる準備は整っていた。
預言遵守を掲げていた前皇帝に代わり穏健派のピオニーが皇帝として即位したとき、ようやく身元を明かしても問題がなくなり、これでガイラルディアは戻ってこれると信じて待っていた。前皇帝即位時は危険であったために、ガイラルディアの居場所を探すことも出来なかったのだが――ホドが消滅したのは預言であったため、預言遵守を掲げていた前皇帝に、ホドの領主の息子が生きていることを悟られたら危険だったため、ミリアは自身が伯爵子息に危険を招いてはいけないと、彼の身を案じながらも探さなかった――しかし、一年経ち、二年経ち、三年が経過して。

成人年齢をとうに超えているはずだというのに、帰還する様子も見せない伯爵子息に疑念が湧いた。
もしや、ガイラルディア様は帰ってくる意思が無いのではないか? と。失望を感じたが、それでもいいと思えた。生きていてさえくれれば、それで良いと。

だが――グランコクマ宮殿に親善大使一行として現れて、ガイ・セシルという偽名を名乗っている姿を見たときからガイラルディアに向けていた温かな思いが冷めた。親善大使はルーク・フォン・ファブレ。敵の息子である彼と、名を変えたガイラルディアが傍にいる理由など、ミリアには一つしか思い当たらなかった。
まさか、まさか、そんなはずがない。何か正当な理由があるのだと、正当な理由があってほしいと、ガイラルディアの情報を求めた。その結果、ミリアは世界を奔放に駆け回り、情報に長けている、漆黒の翼に協力を仰いだ。

そしてガイラルディアが今まで何をしていたのか理解したミリアは、ガルディオス家の滅亡を悟った。
ガルディオスの復興を安易に決めたピオニーに、ガイラルディアが今まで何をやっていたのか物証や民の証言つきで教えると、いつもは自信満々で気さくな笑顔を浮かべる皇帝も硬い表情に変わり、溜息交じりにガイラルディアを闇に葬ることを決意した。
それは当然の流れだった。敵の家に、身分を隠して潜り込んでいたガイラルディアが何を企んでいたのかなんて一目瞭然だ。和平締結の場でインゴベルト陛下に不敬を貫いた一件もそうだが、彼は放っておけば私情を優先させて、自身の信じ込むままに、それが正しいことと信じて、行動する。

そんなガイラルディアを貴族と認め、ガルディオス家の復興を許したことはピオニーの愚かな判断ミスだった。
ガイラルディアが今まで何をしていたのかちゃんと調べもせず、爵位を与え、あまつさえブウサギ係に任命してさらに重用した。
ピオニー皇帝がブウサギを可愛がっているのは世界中にいる誰しもが知る事実で、そんな愛玩動物であるブウサギの世話をガイラルディアに任せるということ自体、ピオニーがガイラルディアに目をかけている存在だと知らしめた。
ここで問題になるのは、ガイラルディアの過去である。敵国の公爵子息、それも王位継承権第三位という高位を持つルークを殺害しようとした過去を持つガイラルディアを、重用する皇帝陛下。
和平というのは名ばかりで、時がきたらピオニーがキムラスカに戦争を吹っかけるのではないかと勘繰る輩は当然存在する。まして、ガイ・セシルと名乗っているガイラルディア・ガラン・ガルディオスの姿は数多の人々に目撃されているのだから。ガイラルディアは存在するだけで両国の平和の害悪となるとピオニー陛下は判断し、ガイラルディアを葬るための罪状を適当にでっち上げた。
彼の性格を知らないまでも、和平締結場での行いなどを知っている人たちは、皇帝陛下殺害未遂が適当に作り上げたものとは思わず、それどころか納得する姿勢を見せた。それほどまでにガイラルディアは危ない人間だと思われていたのだ。

それが、すべてのことの顛末である。

「…あんた、これからどうするんだい?」
「…さァ、な」

話そうとしないミリアに、女――ノワールはじっと見つめた後、溜息を吐いた。
何を思ったか、彼女は席を立つ。ミリアはそんな彼女に大金が入った袋を手渡した。ずしりとくる重みに、報酬分には明らかに多すぎる量だと知る。ノワールは眉を顰め、「いくらなんでも多すぎるよ」と言った。

「貰ってくれ。心ばかりの礼だ」
「…充分すぎるだろう。あんた、金銭感覚マヒしてるんじゃないかい?」

ミリアは笑った。

「…これは受け取れないね。今回は報酬はいいよ。その代わり、また贔屓してくれよ」

ミリアは困ったように眉を寄せて、苦笑した。

「…報酬を受け取ってくれ」
「…それが答えかい。まったく、…馬鹿な男」

ノワールは表情をなくして、溜息をつくと、飲んだ酒代をカウンターに置いて出て行こうとする。
ミリアはそれを制して、ノワールの分の酒代を置いた。ノワールは礼を言い、一足先に酒場から出て行く。
すぐさま雑踏の中にまぎれた彼女の後姿を見送って、ミリアは自身の酒代を置いて、酒場を後にした。雑踏に消えていくミリアの姿を見届けた者は、誰一人としていなかった。




グランコクマ宮殿に、カーンと小さな鐘が2つ鳴り響く。
二人の罪人が今、死亡した。

「…ばっかやろう」

宮殿の一室。皇帝の手の中には、少しばかり古い封筒が握られていた。
退職願と書かれたその封筒の中身を読むことなく、皇帝は目を瞑る。

処刑された罪人と同じ日に、世界のどこかでひっそりと自ら息を絶った男がいることを、皇帝だけが知っていた。




END,

2011.05.01

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