ルークの育て親であり、親友。
ガイがそう口にするたびにミリアは失笑した気分に駆られる。
育て親と言いながらアクゼリュス崩落を機に彼はルークを「失望させないでくれ」と言う言葉ひとつで見捨て、グランコクマでは復讐のためにファブレ公爵家へ潜入しルークを殺害しようと企んでいたことを告白した。
ルークを裏切っていた事実を忘れたように振舞うガイには嫌悪しか感じず、ルークに近付くたびに、それとなくミリアはふたりを引き剥がした。これ以上ルークの心がガイによって傷つくことがないように。
さすがにそんな振舞うを繰り返されれば、人の感情の機微に実は疎いガイも気付いた。
「…ルークと少し話したいことがあるんだ。ルークと俺を同室にしてくれないか」
今日も今日とて、ルークと話そうとしたガイはミリアによって妨害された。
メジオラ高原で墜落してしまったギンジを救出して、戻ったシェリダン。そこで一泊することになった一行の部屋割りは、ツインが二部屋に三人用の客室が一部屋だった。自然と三人用の部屋はティアとナタリアとアニスの女性陣で埋まり、ツインの部屋は男性陣がふたりずつ使うことになった。ガイはルークと組もうとしたのだが、その前にミリアがルークに声をかけてルークと同室になってしまった。
ここのところ、ルークとふたりで話す暇が奪われている気がしてならない。そう思ったガイは、ミリアに部屋を譲ってくれるようお願いしたのだが、ミリアは無表情で「何故?」と一言だけ言ってのけた。ミリアの言いように、かちんときたガイは眉根を寄せて、それでもすぐに怒るような真似はせずに問いかけた。それが、先述の言葉である。
ミリアは間髪いれずに返した。
「嫌だよ」
「わがまま言うなよ。俺だってルークと話したいことがあるんだ。今日くらい、ルークと同室にさせてくれたって良いだろう?」
とっくのとうに他の同行者たちは、ミリアがルークとガイを引き剥がそうとしている事実に気付いていた。
ミリアにその辺のことをとうの昔に問い詰めていたが、能面のような無表情でミリアに一蹴されてしまっては引き下がるしかなかったらしく、ガイが問いただしたことにより、真相が明らかになると野次馬のように耳を澄ませている。
「断る」
「…どうしてそんな頑ななんだ! 俺とルークが同室でも良いじゃないか」
「君の尺度と私の尺度は違うようだね。私は君とルークが同室になるのは好ましくない。だから断っているんだ」
「だから、どうしてなんだ! 俺が納得するように説明してくれ!」
「これ以上、ルークに悪影響を及ぼされたら困るからだよ」
「悪影響!? 俺のどこが悪影響だって言うんだ!」
怒鳴るガイを、ミリアは憐憫の眼で見やった。
怒りを煽るその視線にガイは険しい顔で睨む。
今、自分たちがいる場所が宿屋のカウンターであり、人の目が多いことなど、ガイの頭から抜け落ちていた。対してミリアは周囲を気にする余裕を忘れておらず、場所を移動することを進めた。ガイはようやく自身がどこで怒鳴ったか気付き、恥らうように頷く。ミリアとガイは与えられた部屋に移動することにした。仲間たちも何となくついていく。その中には当事者である、ルークの姿は含まれていない。ルークはミュウを連れて、ギンジを見舞いに行った。
部屋について早々、気まずい雰囲気が部屋を満たす。
口を開いたのは、ミリアが先だった。
「今後ルークと君がふたりになることは避けてもらう。ルークは王位継承権も所有する歴とした貴族だ。君に悪影響を及ぼされたら困るからね」
「っだから、なんで悪影響って何のことだ! 俺は何も、」
「”ルークがあんな風に育ってしまったのは、自分の責任もある”君が言った言葉のとおりだよ。君とルークが共にいることはルークにとって悪影響でしかないんだよ」
「な…」
「大体アクゼリュス崩落後、君はルークを見捨てたじゃないか。これ以上失望させないでくれという言葉一つで。そのくせ、今も尚、親友気取りで、育て親を自称するなんて、厚かましいと思わないのか? 親友であり、育てた子が、一番辛いときに見捨てた自覚がないと君はいうのかい?」
「……」
怒りで赤く染まっていた顔から、瞬く間に血の気が引いていく。
ガイの血相が変わる瞬間を目の当たりにしても、ミリアの能面のような表情は変わらなかった。
「それは…っ、あいつが、馬鹿なことを言うから、」
「その馬鹿なことをルークが言うように育てたのが、君だろう? ガイ。…育て親と言うのは、そういうことだ」
「……」
「以前から私は不思議に思っていたのだけれど、ルークは公爵家で育ったわりに、言葉遣いが荒い。その所為で、ルークの人となりに誤解を生んでいることが多い。ルークの言動が荒くなったのは、誰の所為かわかるかい? 君の所為だよ、ガイ」
「お、俺の所為?」
「君以外、誰がいるって言うんだ。ファブレ公爵家で、荒い言葉遣いをする者はいなかった。君を除いてね。ルークに近しいから、ルークが君に懐いているから。ただそれだけで、君の使用人として問題がある言葉遣いや態度は許されていた。ルークは君が荒っぽい言葉遣いをしていたから、君を真似たんだ。――君が好きだから」
「え…」
「君はルークが邸に軟禁されていた頃、彼にとって確かに心の拠り所だったんだ。正確に言うと、ヴァンと君かな。ヴァンと剣術稽古をすることと、君と剣舞をやることだけが、楽しみだったとルークは言っていた。…私はあまりルークに構えなかったからね。そう言う意味では、従兄であろうとあまり遊べなかった私よりも、近しい君のほうに好意を抱くのは当然だったんだろう。兄のように、親友のように、あるいは育て親のように、君はルークに親しい態度を取って接し続けた。あの頃のルークにとって、君が心の拠り所だったのは確かだし、君が友人のように接してくれたおかげでルークのあの頃の日常が色づいていた確かだ」
ミリアの口から出てくる言葉は、ガイの心を強く揺さぶった。
自分を嫌っていると思っていた相手から、肯定されるとは思いもしなかった。
「だから、ルークと関わらないで欲しかったとは私は言えない。けれど…ガイ、君はどうして使用人であることを忘れて接してしまったんだ」
「え?」
「心理学の一種にミラーリングというものがあるのは知ってるかい?」
「ミラーリング…?」
「ミラーリングとはね、簡単に言えば、好意を寄せる相手の動作などを真似してしまう行為のことだ。そうすることによって、ミラーリングした相手の好意を得ようとするんだよ。君はルークに対して、使用人と言う垣根を越えて、素のままで接した覚えはないかい?」
そう言われて、ガイの脳裏に浮かんだのはまだ赤ん坊のようなルークの姿だった。
言葉も喋れず二足歩行も儘ならないルークを世話していたガイは、ルークが言葉を喋れず、知恵が遅れた状態であることを知っていたので、二人のときに素の自分で接していた。悪態もついたりしたし、荒い言葉遣いもした。問うような視線で見つめられたガイは思わず視線を逸らした。
「それは…」
「…あるんだね。わかっただろう、ルークは君に好意を寄せている。ミラーリングしてしまうほどにね。だけど、君の真似はルークの為にならない。ミラーリングする対象として、君はあまりにも相応しくなかった。言葉遣いもそうだが、育て親であり親友と自称しておきながら、育てた子であり親友を見捨ててしまう行為や、それに罪悪感を覚えなかった、君の考え方や、意識が。ルークがいずれ親になるとき、君と共にいたら、君をミラーリングした今のルークでは、子供が一番辛いときに”失望させないでくれ”と言う言葉で見捨ててしまう可能性がある。ルークが模範とした君が、そうしてルークを見捨てたように」
「……」
厳しく責め立てるより、辛い言葉の数々だった。
茫然自失と化したガイは、ミリアをぼうっと見ることしか出来なかった。
「だから、私は言うんだ。これ以上、ルークと君が関わってほしくないと」
もう何もガイの口から言葉が出てこなかった。
”ルークがあんな風に育ったのは自分の責任もある”。そのとおりだ。ガイをミラーリングして育ったルークは、ガイの本性を如実に写し取っていた。
「君がルークをあのように育てた。その責任はきっちりと君に取ってもらう。――君を反面教師にすることでね」
ミリアの言葉の意味がわからなかったガイはどういう意味だと、ミリアを見つめた。
しかし彼は何も答えない。
ルークをあのように育てた責任。反面教師。――その言葉の意味をガイが理解する日は、そう遠くなかった。
END.
2011.07.29
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