ユリアシティで開かれた、キムラスカ、マルクトによる終戦会談。
会議室には両国とダアト、ケセドニア自治区の長アスター氏といった各国の首脳陣が揃い踏みしていた。
長方形の室内に、大きな円卓が置かれて椅子が整然と並べられている。マルクトとキムラスカの首脳陣は向かい合うように座り、テオドーロ市長とアスター氏は上座に座った。そうして、話し合いの結果、ようやく真の平和条約が両国の間で締結された。
話し合いも一段落して、場が和やかになる。
そんな最中、何をトチ狂ったのか、ただの参席者に過ぎないガイラルディアが椅子から立ち上がり、キムラスカ国王の隣で詰問口調で話しかけた。
話の内容はホド消滅に関する一件であった。ガイがホドを治めていたガルディオス家の遺児であることは各国周知の事実であった。
「同じような取り決めがホド戦争の直後もあったよな。今度は守れるのか」
硬い口調でガイはキムラスカ国王に尋ねた。相手が国王だというのに、ガイの口調は礼儀に欠けている。国王に付き従い、ファブレ公爵を筆頭としたキムラスカ陣営の眉間に皺が寄るが、ホドのことで頭がいっぱいのガイは状況が見えていないようだった。
ガイとこれまで旅をしていた仲間たちも、彼の行動を制止しようとしない。出来ない。ガイの心情を理解するが故に。肌が怖気立つような緊張感が会議室を支配する。
ピオニー陛下と二席離れて、ジェイドの隣席に座らされていたミリア・ガルディオスは、ガイラルディアの所業に頭痛を感じて、眉間にくっきりと峡谷を生み出した。
(あの馬鹿は…いっぺん死なないとわからないのか?)
復讐を選んだ兄ガイラルディアと、お家再興を選んだ弟のミリア。
両者の道は、既に分かたれて久しい。
ガイラルディアが復讐を実行に移すか迷っている間に、弟のミリアはガルディオス家の縁故を頼り、貴族として再び名乗りを挙げるべく、基盤を整えていた。
先帝時代では、決してガルディオス家の遺児として名乗りを挙げられなかったが(ミリアはホド消滅の真実の一端を自前の情報収集力で知っていたためである)、先帝が崩御して、三年ほど前ようやく皇帝が代替わりを果たしてガルディオス家を復興させるに至った。
その後、ホドの生き残りをガルディオスの名で保護して、彼らの生活の基盤を整えてやり、ホドの代わりになる領地をマルクト皇帝により戴いてそれらの統治にがむしゃらな日々を送っていた。
復讐心に燃えて、貴族の義務も果たさぬ兄など知ったことか。
たまに来る、兄の暢気な手紙を読んでは怒りに震え、ミリアは使用人に命じて庭のゴミと共に燃やした。ミリアは兄が仇と信じている相手の元で使用人を演じている間、ガルディオス家と領地を守っていた。
その兄が、つい先日不意に現れて、こう言った。
『今までお前に任せちまって悪かったな。これからは俺がガルディオス家の主となる。ミリア、お前は俺の補佐をしてくれ。ふたりで父上たちの分まで、ガルディオス家を守っていこう』
復讐心に捕らわれていた兄は、それまでに至るもろもろの非常識な所業を無視して、ピオニー陛下の信頼を得ていた。
そうして、ミリアが大事に守ってきたガルディオス家の主にのうのうとした顔で収まろうとした。
(……いかん、思い出したら腹が立ってきた)
無論譲りはしなかったが、このままピオニー陛下がガイラルディアを重用するようなら、伯爵位をガイラルディアに譲らないといけないだろう。爵位は本来、長兄から順に子に引き継がれる。譲るという言い方はおかしいのだが、ミリアはガイラルディアに爵位を返すという言い方をしたくなかった。
それも当然だろう。今までガルディオス家を再興させて守ってきたのは、復讐に心を迷わせていたガイラルディアではなく、ミリアなのだ。
マルクト皇帝も、ミリアはまったく信用していなかった。忠義も誓っていない。本音を言えば、ミリアはピオニー陛下を愚王と思っていた。
先帝より有能らしいが、現在進行形で火種を作っている兄を捕らえようとしないしないこと、それにたかが一介の大佐であるジェイド・カーティスを隣席させていることから、皇帝としての器が計り知れる。
それ以前に、今の今まで名乗りを挙げなかったガイラルディアの経歴を調べないこと自体おかしい。不審点がいくつもあるガイラルディアの経歴を調査することなく、ガルディオス家の者と安易に認めて、ミリアに余計な火種を押し付けてくれた。
おかげさまでミリアはその火種を爆ぜさせないよう、注意に注意を払っていたというのに――世界中の歴史に残る、キムラスカ、マルクト両国の会談場においての敵対国であった国王に対してのガイラルディアの不敬行為で、ミリアの努力は泡となった。
ようやく落ち着いてきたというのに、――この一件で、ガルディオス家はお家取り潰しの運命を辿る事となろうか。
ミリアは脳裏によぎる最悪な予想に、怒りのあまり眩暈を覚える。キムラスカ国王を詰問する、マルクト貴族のガイラルディア・ガラン・ガルディオス。キムラスカ国王の返事次第で、剣を抜くことも辞さない――そんな兄の存在が、ミリアは疎ましくて仕方なかった。
いつまでもガイラルディアの戦火を招きかねない所業を見過ごすことは出来ない。ミリアは冷徹な声を会議室に響かせた。
「畏れながら申し上げます。発言のお許しを」
キムラスカ国王と、ガイラルディアの様子を、固唾を呑んで見守っていた一同はその声に我を取り戻した。ピオニーは頷く。皇帝の許可を貰い、ミリアは喋り始めた。
「今はホドの一件を問題視する時ではございません。ガイラルディアが何を思って、キムラスカ国王に対して詰問するような口調で問いただしているのか彼の心情は想像できぬことではありませんが、今は世界が平和になるか大事な時。私情を持ち出して、火種を蒔くようなことはお止めいただきたい」
「ミリア! お前はホドのことを何とも思っていないのか!?」
ガイラルディアが怒声をあげる。ホドが絡むと、ガイラルディアの頭はすぐに熱くなった。兄に非難じみた視線を向けられたミリアは、彼と似た水色の双眸を鋭くさせた。
「誰がそのようなことを申し上げた。今はホドの一件を問題視するような時ではないと私は申し上げている」
「だがお前の言ってることは!」
「今はホドの件を持ち出すべき時ではないと私は申し上げている。大事な一件ならば尚更、場を改めるべきだろう。貴方は一マルクト貴族でしかない。だというのに、同盟国の国王に対して”今度は守れるのか?”と問う行為はあまりにも失礼ではないか。ここに居られる方々は多忙の極みの中、終戦会談に来られた方々ばかり。世界経済を動かしている方々の大事な時間を奪う権利が、貴方の振る舞いと言動にあるとお思いか?」
ミリアは、ホドのことを聞きたいなら時を選べと告げていた。ホドの一件をわざわざこの場に持ち出して、両国の和平に亀裂を入れることが本当に正しいことであろうか。
ミリアの話を聞いていた一同はそういわれてみればそのとおりだと、ミリアの言動に正当性を見出す。同時に、ガイに向けられる視線は冷たいものと化した。
「……っ」
仲間達以外から向けられた厳しい視線は、ガイに突き刺さった。居心地が悪くなり、ガイは身をよじる。が、今さら引くことは出来ないと、キムラスカ国王の傍を離れようともしなかった。
ミリアは失望を目に浮かべ「お分かりになられたのなら、着席していただけないだろうか」と感情の窺えぬ声で、兄に着席を促した。
一波乱あった終戦会談も終了した。
ミリアは椅子から重たい腰をあげる。マルクト帝国のことを考えると実りのある会談であったが、ガルディオス家のことを考えると実りどころかマイナスばかりが目立つ会談であった。ガルディオス家は当分、他貴族から嘲笑を買うことになるだろう。それ以前に、家が取り潰しにならないように奔走しなければいけない。
自領の統治に加えて、兄の不始末の尻拭いをしなければいけない。やることが増えて、ここのところ悩まされている胃痛がさらに痛みを訴えそうだ。
ミリアは会議室を出ようとして、思い留まる。椅子に座ったまま、難しい顔つきで何事か考え込んでいるピオニー陛下に声をかけることにした。
会議室の片隅で、ガイが気まずそうな顔で自分を見ていることに気付いていたが、愚兄にかける言葉や思いやりなどミリアはとうに失くしていた。
「ピオニー陛下」
「……ん? ああ、ガルディオス伯爵か」
「以前より私が陳情した件ですが、陛下のお心は、今回の一件を目にしても尚、変わることはございませんか」
「………」
ピオニーは黙り込んだ。先日、ミリアがとあることを陳情したとき、ピオニーは笑いながら断った。今もそのような事が出来るのか、是を問う。ピオニーは諦観を浮かべて「……いや」と短く答えた。
「……ガルディオス伯爵の訴えを、受け入れよう」
「有り難き幸せでございます」
ミリアは深々と礼をする。頭を下げながら、ミリアが思ったことはただ一つ。
(これでガイラルディアの後始末がすこしは楽になった)
もっと早くミリアの申し出を皇帝が受け入れてくれれば、ガルディオス家は汚名をかぶることは無かったのだが、今さらそのようなことを言っても、すでに遅いことは理解している。皇帝の意見を変えることが出来ただけでも重畳としなければ。
とりあえずは、お家潰しになることが無さそうなので――皇帝がフォローしてくれるだろう。ガルディオス家に火種をわざわざ投下してくれたのは、皇帝の判断なのだから――それでひとまず良しとしよう。
ミリアは頭を上げて、もう一度皇帝に一礼し、会議室を去って行こうとする。
ミリアとピオニー陛下のやり取りに、不吉な予感を感じ取ったのか、ガイがミリアを引きとめた。
「ま、待ってくれ、ミリア!」
ミリアは足を止めようとせず、一直線に会議室のドアへ向かう。アニスという少女が「何よ、あれ!」とミリアの態度を咎めていたが、その彼女こそテオドーロ市長に失礼だと咎められるべきものであった。
アニスは軍人、ミリアは貴族、その間には埋められない溝が横たわる。
そうして、ガイとミリアの間にも溝が生まれていた。
――そのことに、当人ばかりが気付いていない。
「ミリア!」
ガイがミリアの腕を掴む。ミリアは躊躇無く振り払った。ガイがショックを受けたような顔で、ミリアを見つめた。ミリアは冷酷な瞳で、兄を拒絶した。
「腕を掴むな、失礼だろう。――ガイ・セシル」
兄上と、ガイラルディアと、呼ぶことすらなく。
ミリアが呼んだのは、ガイ・セシルという偽名。
ガイが復讐を選び、名乗っていた、偽名だった。
ガイは瞠目する。ミリアの拒絶をたしかに感じ取ってしまった。ガイ・セシルという名にこめられた意味を、今のガイは理解できない。
ヒントはあった。
先程ガイがしてしまった行為と、ピオニー陛下とミリアとのやり取りと、ガイ・セシルという呼び名。三つもヒントがあった。そのヒントを基に、答えを生み出すことはガイには出来なかった。
だからこそ、彼は失敗を何度も繰り返したのだ。
一度目の失敗は、復讐を選んだこと。
二度目の失敗は、復讐を選んだ末に捨てたものがあることに気付かなかったこと。
三度目の失敗は、今このとき。
溝が生まれているのだ。ガイが、復讐を選んでしまったときに。
その溝は埋めることは出来ない。
呆然と佇む兄――ガイ・セシルから興味を失ったように視線を逸らして、ミリアは歩き始めた。
彼の未来に、兄という存在はいない。
END.
2011.12.08
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