ファブレ公爵子息のルーク・フォン・ファブレが、誘拐事件をきっかけにインゴベルト国王の命令によって軟禁状態にあるのは周知の事実であった。
誘拐された折に記憶喪失になりそのうえで甥に不自由な生活を敷いたことに、良心の呵責を感じた国王は、ルークと年の近い子供を持つ貴族に順番でルークと子供を遊ばせるように願い出た。国王から乞われては断ることなど出来ない。ファブレ公爵子息と同じ年の娘を持つショウブ伯爵は致し方なく、溺愛する娘を連れて、ファブレ公爵家の門を潜った。
ショウブ伯爵の長女、ミリア・ショウブはおっとりとした雰囲気を持つ、黒髪が美しい可愛い女の子だった。
黒曜石のような深みがあるアーモンド形の双眸は白皙のかんばせによく映えて、すっとまっすぐに通った小高い鼻の下には薄桃色の唇が小さく主張していた。女性として成長しつつある体は、二対の膨らみがひかえめに存在している。他家に向かう際の訪問着であるドレスは、キムラスカカラーでもある赤を薄めた色。母親自ら選んだだけあり、ミリアの黒髪と白い肌を引き立たせる配色となった。見かけによらず彼女は活発で、おしゃべりに興じるよりも男の子が好む剣術をはじめとした武道が好きだった。
「お父様、あの方がルーク様ですか?」
「そうだ。次期キムラスカ国王になるお方だよ」
「あの方が未来の国王なのですね」
ミリアの視線の先には、中庭で一人木刀を奮う少年の姿があった。
動き易い軽装姿で汗が流れ落ちることも気にせず、薄い翡翠色の双眸で見えない敵相手に木刀を奮っている。てっぺんまで昇った太陽が、王族の象徴である朱色の髪の毛をきらきらと照らしていた。
――あの方が、ルーク・フォン・ファブレ。
次期国王となるべくして育てられた、王女の婚約者に垣間見える機会など、早々無い。父が惚れたのでは…と心配してしまうほど、ミリアがじっとルークの姿を見ていると、中庭のベンチに座っていた、十代後半の金髪の少年が気が付いた。なかなか美形の少年は、足を組んだままベンチから動かずに、木刀を奮うルークに笑顔で何かを言う。そして、少年は人差し指でミリアを指した。ミリアにしては珍しく不快げにわずかに眉根を寄せていると、父親も不快に顔を顰めた。
「なんて無礼な…」
金髪の少年の人差し指の先を追って、ルークが振り向く。
ミリアとショウブ伯爵の姿に目を丸くして、次に金髪の少年に対して怒鳴り声をあげた。窓を通して聞こえてくるのは「人を指差すなつってんだろ、馬鹿ガイ!」という怒声。ガイと呼ばれた金髪の少年は苦笑して、はいはいとおざなりな返事をする。ルークは説教するのも時間の無駄と判断して、木刀をベンチに向かって放り投げた。片付けとけ、とでも言ったのか、ガイは難なく木刀をキャッチすると、ベンチからようやく立ち上がり中庭から消えていく。見計らって、使用人がミリアたちを中庭へと先導していった。
「こんな格好でお出迎えしてすみません! 父上…あ、ファブレ公爵から話を聞いた、ショウブ伯爵ですか?」
「ええ」
「それと…君は?」
「ミリア・ショウブです。本日は宜しくお願いします」
ミリアが固い挨拶をする。
「俺はルークだ。ルーク・フォン・ファブレ。今日はよろしくな。そんなに畏まらなくていいから」
おなじ貴族だし、遊び相手に畏まられてもつまんねぇし、と小さく続けたルークにミリアはようやく笑顔を見せた。
お淑やかに上品に笑うミリアに、ルークは曇りの無い笑顔になった。
「へぇ、笑うと可愛いじゃん。お前、もっと笑っとけよ」
きょとんと目を丸くするミリアはお世辞とわかっていても嬉しくて、頬をやんわりと赤らめて、照れくさそうに微笑んだ。
ほのぼのとした雰囲気を出す二人にミリア伯爵が危惧を覚えているとは知らずに、二人は何して遊ぼうか意見を出し合っていた。
ファーストコンタクトは互いに好感度高く、次を約束して分かれた。その後、また出会う機会はなかなか訪れなかったのだが、二人は頻繁に文のやり取りを交わして交流を続け――それから三年の月日が流れた。
「ルーク様とご婚約、ですか?」
「ああ。内密に陛下とファブレ公爵から打診があった」
ND2018――賊にルークが誘拐される事件を発端にさまざまな事件が起きた。
マルクトのタタル渓谷に擬似超振動で飛ばされたルークが、なぜか帰還する際に和平使者を伴っていたが、予てより各地で起きる小競り合いと紛争を――放置していれば、いずれは戦争への火種となること確実である――止めたいと思っていたインゴベルト以下重臣一同は、長年敵国としてみていたマルクトと和平を結ぶことを決意し、敵国マルクトと和平の証として親善大使一行がアクゼリュスに派遣した。一時、住民救助していた親善大使一行の行方が掴めなくなるという事態が発生したが、今はルークの無事は確認されている。
「陛下の命令を無視して、親善大使一行に同行したナタリア殿下が実は本物の王女ではないと知れたのでな…ナタリア殿下とルーク様の婚約は破談となった。そこで、ルーク様と懇意にしているお前に話が来たようだ」
キムラスカ王国では、王家の象徴である赤い髪と緑色の目を持つ者に王位継承権を与えるという不文律がある。
そのため、両親揃って第一、ニの王位継承権を持ち、自身も第三王位継承権を持つルークが次期国王に目されるのはしごく当然のこと。王の娘であるナタリアがルークと結婚するのが通例だが、ナタリアが偽姫だとわかった以上、次期国王の妻に相応しくないとナタリアとルークの婚約が破棄された。
次期国王たるルークがフリー状態となり、現在インゴベルトとファブレ公爵を中心にルークの妻に相応しい人物を選出中らしい。その結果、血筋もたしかであり、度重なる調査により評判も良く教養深いミリアにルークとの縁談の話が持ち込まれた。その条件だけならば、他にも王妃候補はいた。だが、最終的にミリアがルークの婚約者となる後押しをしたのは、三年間もの間、文通を交わして交流を深めていた事実と、ルークの証言だった。
『俺に選ぶ権利があるなら、……ミリアにしてください』
婚約者候補の名前がずらりと挙げられたのに、ルークは迷うことなくミリアを選んだ。
政略結婚が貴族の常。恋愛結婚など望めない。それでも、結婚相手を選ぶ権利を与えられたルークはミリアを選んだ。
「ルーク様はミリアと結婚したいそうだ。次期国王たるルーク様に、お前は妻にと望まれたのだ。光栄なことだ、喜びなさい」
「はい」
ミリアは父親の言葉通りに喜んだ。
ルークとミリアの婚約は双方合意のうえで結ばれた。ファブレ公爵家とショウブ伯爵家は少々身分に差があるが、それほど問題にならない程度だ。他家の貴族も反対することなく、珍しいほどに穏やかに結ばれた婚約は祝福された。―― 一部を除いて。
「ティア、大変ですわ!」
バチカル城に帰還していたナタリアはその日のうちにとんぼ帰りして、一行の元へと戻った。
宿屋に停泊中であったアニスとティアは女性二人に与えられた部屋に慌てた様子で駆け込んできたナタリアの姿にそろって目を丸くさせた。
「ど、どうしたの?」
「お父様がわたくしとルークの婚約を破棄して…、ルークはショウブ伯爵家の娘と婚約を結ぶことに…」
「ええ!? 大変じゃん! ナタリアならティアとルークの仲知ってるから、ルークと婚約してても問題なかったけど…そのショウブ伯爵家のお嬢様は知らないんでしょ? もしかして、ルーク、本当にその女と結婚することになっちゃうかも…」
「……」
不安を煽るようなアニスの言動に、ティアはぎゅっと眉根を寄せた。
失言をしたことに気付いたアニスが慌てて謝るが、いいのよとティアは健気な笑顔を見せた。ティアが傷ついていることは明白であったが、それ以上何も言えずアニスは話の矛先を変えることにした。
「そ、それにしてもさ〜、ルークも酷いよね。ルークにはティアがいるのに、断らないなんてさ!」
「そうですわね。まったく、惚れた女一人安心させることもできないなんて、ルークは不甲斐ない男ですわ」
「アッシュなら違うって?」
「まあっ、アニス!」
「ナタリアってば真っ赤〜」
赤く染まったナタリアをアニスは面白そうに見てにやにやと笑った。ナタリアはアニスを睨みつけるが、熟れた林檎のように赤い顔では迫力もなく、アニスは笑ったままだった。
わざとらしい咳払いをして、ナタリアは「それにしても…」と言葉を続けた。
「ルークはいったいどういうつもりなのでしょう…ティアがいるのに」
「…もしかしてさ〜、そのショウブ伯爵家の娘?がルークに惚れてるんじゃないのー? それで、権力使って婚約するように仕向けたとか。じゃないとティアのことを好きなルークが他の女と婚約なんてするはずないじゃん」
「ありえますわね。ショウブ伯爵と言えば、娘を溺愛していると評判ですし、その娘がルークに惚れているとあらばやり手のショウブ伯爵は何としてでもルークと娘の婚約にこぎつけるかも知れませんわ」
「そんな…! じゃあルークは権力によって望まない結婚を!?」
二人の会話を聞いていたティアは悲痛な声をあげた。
愛する男が自分以外の女と結婚しようとしている事実だけでも胸が痛いのに、愛する男が権力によって自分の意思ではない結婚をさせられる事実は相当胸が痛んだ。ティアにはナタリアとアニスの会話は真実のように思えてならなかった。何とかルークを助けたい…胸を押さえて顔を歪めたティアを見ていたアニスとナタリアは顔を見合わせて頷いた。
「愛し合う二人が無粋な第三者の手によって引き離されるなど、許されていいはずがございませんわ」
「あたし達も協力するから! ルークのためにも、ルークの婚約帳消しにしてあげようよ!」
「ナタリア…アニス…ありがとう、二人とも。ええ、そうね。望まない結婚なんて、辛いだけだもの。私たちでルークを助けてあげましょう」
それが良いことだと信じ込んだ三人は他にも味方をつけようと、ガイとジェイドに声をかけた。
ガイはティアたちに賛同し協力をすると自ら言い出し、ジェイドは笑顔で「いやあ、皆さん青いですね。頑張ってください」と応援はしてくれたものの協力を得ることはできなかった。もとよりジェイドは、ティアとルークの微妙な仲を面白がり揶揄することはあれど、二人がくっつくように協力をする姿勢を見せたことはないので、仲間は不満に思いながらも仕方ないかと諦めた。
どうやってルークの婚約をぶち壊すか――頭を悩ませた結果、ガイはこういった。
「…シュザンヌ様を味方につけたら良いんじゃないか?」
「! それは名案ですわね! シュザンヌ夫人ならば優しいですし、子思いの母です。ルークが望まぬ結婚をしようとしていると知ったら、きっと反対してくださいますわ!」
善は急げとジェイドとルークを欠いた一行はファブレ公爵家に向かった。
バチカルの宿屋に泊まっていたから公爵家は目と鼻の先であった。いつもはルークがいるためフリーパス状態なのだが、さすがにルークを欠いた状態で通してもらえるほど甘くはない。門扉を守っていた白光騎士団兵が一行を通せんぼしたが、ナタリアの権限を利用して公爵家に通してもらう。メイドたちは驚いた様子で眼を丸くして、ラムダスが何処からか吹っ飛んできた。丁寧に腰を折り曲げて挨拶するラムダスはさり気なく一行を足止めした。
「これはナタリア殿下、それに皆様方も。いったい当家に何の御用でしょう」
「シュザンヌ夫人に用があります。夫人は何処ですの?」
「奥様はただいま中庭にてお茶会中ですが…ナタリア殿下!? 」
ナタリアはシュザンヌの居場所を聞くと、もうラムダスに用はないと、さっさと中庭に向かって歩き出してしまう。
我が物顔で歩き回るナタリアにラムダスが怒りを感じて厳しい声で呼び止めるが、気にした様子はない。アニスは顔を引き攣らせて「お、お邪魔しま〜す」とナタリアの後に続き、ティアとガイも苦笑してついていった。
中庭に続く扉を開けると、ナタリアたちの視界に飛び込んできたのは中庭の中央に置かれたテーブルでお茶をする二人の女性と男性の姿だった。うち、二名は見覚えがあった。シュザンヌとルークである。しかし、残る一人の黒髪の女性に見覚えは無い。ナタリアたちからは背中を向ける形でルークと女性は並びあって座っていた。二人の対面に座る、シュザンヌ夫人の表情だけ見えた。夫人はいつにないほど優しい顔で微笑んでいた。
ナタリアたちに気付いたシュザンヌが眉を跳ね上げる。
遅れてルークと女性が振り返った。女性はまだ幼く、少女と言っても過言ではない年頃のようだった。ティアとナタリアとそれほど年が変わらない。アニスのような茶色がかった黒髪と違い、ぬばたまの流れるような黒髪が美しい少女だ。困惑した少女と眉を顰めた母を守るようにルークは立ち上がり、一行の顔を順繰りに見た。
一行はルークたちに近寄った。
「お前ら、どうしたんだよ」
「どうしたって…どうしたもこうしたもないだろう? ルーク。お前婚約したって言うじゃないか」
「え、ああ…そうなんだ」
ガイの言葉を受けて、ルークは照れたように笑った。
てっきり暗い表情をするかと思ったのに、思いがけない反応を返されて、ガイは戸惑って口を閉じた。その代わりというように、ナタリアとアニスがでしゃばった。
「何をそんなに嬉しそうにしていますの、ルーク! ティアに失礼だと思いませんの!?」
「まったく、これだからルークはダメなんだよ! 女心すこしは理解しないとふられちゃうんだからね!」
「…は? なんでそこでティアが出るんだよ…いや、つーかふられるって…」
アニスとナタリアに叱責を受けたルークは困った表情をしていたが、ふられるというくだりで不安げな面持ちになり、背後にいる少女に視線を送った。
少女は目を丸くしたが、何かを察知したかのようにすぐに笑顔で首を振るう。安堵の表情をしたルークは視線をナタリアたちに戻した。
「誰がふられるって? さっきっから変なこと言うなよ」
ルークと少女の行動を見ていたナタリアとアニスは困惑して、口ごもった。
今のルークと少女の行動はどういう意味を持つのか、すこし考えれば理解できてしまう。女心が理解出来てないと言われたルークが、そこでティアを見ずに、少女に視線を送る理由――ルークにとってふられて困る相手はティアではなく、少女だということだ。ナタリアとアニスは気まずくなり、そろっと横目でティアを窺い見た。二人と同じようにルークの行動の意味を理解してしまったティアは白い顔色で、これ以上ないほどに目を瞠っていた。わなわなと震える唇で、美しい声色を震わせて、ティアは恐る恐るといった具合でルークに尋ねた。
「…ルーク、その、女性は…?」
「…ああ、俺の婚約者。ミリアって言うんだ」
ルークは笑顔で婚約者という少女を紹介した。ミリアと呼ばれた少女はイスから立ち上がり、丁寧に挨拶してみせる。
穏やかに微笑む姿は明らかにティアやアニスとは一線を画していた。育ちのよさを窺い知れるやんわりと微笑むミリアの姿に、ティアはルークを思う女として、敵意を燃やさずにいられなかった。この女は権力で自分から愛するルークを奪い取った、卑しい女だ。そう信じ込まないと、今までルークに愛されてきたと思い込んでいた自分が哀れでならなかった。勘違いし続けていた哀れで愚かな女になりたくなくて、ティアはミリアを睨んだ。
理由もわからず睨まれたミリアは困った顔をする。
婚約者を睨むティアの姿にルークは眉根を寄せて体をずらしてミリアを庇う。その姿がティアの癇に障ったとも知らず、ルークはティアに対して告げた。
「なに、ミリアを睨んでんだよ。ミリアはなにも悪いことはしてねーだろ」
「…ルーク様、私など庇っていただかなくとも」
「馬鹿、庇うに決まってんだろ。…婚約者守ってなにが悪いんだよ」
「…ありがとうございます、ルーク様。でも、良いのです」
そう言ってミリアはルークの背に庇われているのに、出てきてしまう。慌ててルークがまたミリアを庇おうとするが、ミリアはティアに話があるからと言ってやんわりと断った。
ルークに庇われていたミリアに内心で怒りを膨らませていたら、ミリアはティアに近付いて小声で尋ねた。
「…もしかして、あなたはルーク様のことが」
「っ!」
ティアは白から赤へとカッと顔色を変えて、肯定する。
ミリアは毅然とティアを見つめて、告げた。
「…そうですか。でも…渡しません。絶対に」
――悔しくてたまらない。
渡すという言い方をされたこともそうだ。自分が渡してもらわないといけない立場であることを知らしめているようで、腹が煮えくり返って仕方なかった。だって、本当は違うはずだ。
ミリアがいる場所は本当は自分がいるべき場所で、今自分がいる場所はミリアがいるべきだった。
(どうしてなの…どうして…)
今の今までティアはルークに思われている自信があった。ミリアさえいなければ、ルークと結ばれるのは自分であると信じていた。
(ミリアさえ…この子さえいなければ)
――ルークは自分のものであったはずなのに。
その思いは爆発した。
感情に身を任せて、気付いたときにはティアは恐ろしい形相で手を振りかぶり、ミリアの頬を打ち鳴らしていた。
パァン、と小気味の良い音が落ちる。
何とか耐えて見せたミリアは立ちすくんで唇を噛み締めていた。白い頬は見る間に腫れて、痛ましくなってゆく。じんと痺れて熱を訴えた手に我に返ったとき、ルークはミリアをティアから庇うように抱きしめて彼女を心配そうに見ていた。――ティアを一瞥することさえなく。
「ミリア、大丈夫か? こんな腫れちまってる! しゃべれないのか? ああ、口の中切ったんだな…早く手当てしねーと…ナタリア! 治してやってくんないか?」
「え、ええ…」
ルークに呼ばれたナタリアはミリアに近付いて治癒術をかける。
痛ましく腫れたミリアの頬に怪我の具合を読み取ったナタリアは顔を顰め「…さすがにやりすぎですわよ」とティアに対して非難の声を漏らす。すぐにナタリアに治療されたもの、痛みのショックは抜けないのかミリアは頬を手で押さえて、心配するルークに微笑むことしかできなかった。婚約者を害されたルークは下唇を噛んで、ティアを睨みつけた。
「ティア、お前なんでこんなことしたんだよ!」
なんでも何もない。思いを寄せる人から向けられた鈍感な問いにティアは泣きそうに顔を歪めたが、ルークは睨みつけることをやめなかった。
いつの間にか席を立ち、ミリアに近寄っていたシュザンヌはミリアに大丈夫かと問いかけ頷くと、ティアに冷たい目を向けた。
「…よくも未来の義娘を傷つけてくださいましたね。」
「お、奥様…」
「あなたはファブレを敵に回しました。――誰か! この娘を捕らえなさい!」
「っ!!」
ルークを誘拐したときにも言われなかった言葉がティアを苛む。
血の気を引いた青白い顔で弁解しようとしたティアを、彼女の背後から現れた白光騎士団の兵士が容赦なく頭を殴りつけた。地面に倒れこんだティアの名をガイとナタリア、アニスが呼ぶ。
徐々に遠くなっていく意識、ティアが最後に目にしたものは、複雑な表情でティアを一瞥したあと婚約者のミリアに視線を戻した、愛する男の姿だった。
「――それで、ティア・グランツは表向き処刑されたってわけか」
「ああ。あんときの母上はマジで怖かった…」
「そうか…」
遠い目で空を見つめたルークにアッシュはそういうしかなかった。
どれほど母は恐ろしかったのだろうか――アッシュは想像してしまい、顔を青白くなった。トラウマが蘇る。カイツール軍港襲撃など数多の犯罪を犯してしまったアッシュはシュザンヌによって調教…もとい厳しい教育を受けて、ファブレ公爵家に出戻る羽目になった。近日中にアッシュと言う名前を捨てて、ルークの弟として新しい戸籍と、新しい名前と、新しい婚約者を用意される予定である。母の手によって。三度も名前を変える機会に恵まれたアッシュは、病弱のはずのシュザンヌの恐ろしさを思い出して、ティーカップを持つ手が心なしか震えていた。
「ガ、ガイたちはどうした?」
「ああ、…ガイは…お家取り潰しでその後は知らねえ。まぁ、死んではいないだろ。アニスはマルクトに引渡し、ジェイドは何とか難を逃れて元通りの生活をしてるよ。ナタリアは…アッシュの知るとおり」
「離宮に軟禁か…もう一生出てくることはないだろうな…」
「アッシュとの婚約も破棄されたしな…、ナタリア、乗り込んできたりして」
「冗談でも言うな、そんなこと」
「…うん、そうだな…」
ナタリアが乗り込んでくることは、ありえそうだ。実際に国王の命令を無視して親善大使一行に同行したナタリアである。軟禁されてようが、そんなことは関係ないと乗り込んでくる可能性はなきにしも非ず。二人は同時に溜息を吐いた。
「…そう言えば、お前の婚約者は見かけないがどうした。きているんだろう?」
「ああ、来てるよ。今は半年後の結婚式に向けて、母上にとっ捕まってる。ウェディングドレスの作成だーって張り切ってた」
「そうか、で、新郎であるお前はこんなところで暢気に油売ってるってわけか」
「だって俺のほうは決めること少ねーし。楽っちゃ楽なんだけどな」
「ったく…どういうウェディングドレスが良いとか、そういうの婚約者と一緒に決めてこい。そのくらいしねえと、後で母上に甲斐性が無いとかいろいろ言われるぞ」
「う…わ、わーったよ」
渋い表情で席を立ったルークが婚約者と母がいる部屋に向かって歩き出す。
その背を見送ったアッシュはティーカップの底に残った紅茶を喉に流して、同じように席を立った。
もう少し時が経てば、表向き処刑されたティア・グランツは孕んだ腹を抱えて、ルークがミリアと結婚した一報を聞くことになるだろう。愛する男を奪われて――奪われたも何も、ルークがティアのものであった事実は無いのだが――未来を捨てた女。その称号が初恋を捧げた少女がティア・グランツのように冠することはないよう祈ることしか、今のアッシュに出来ることは無い。
王位継承権をなくし、ルークの弟という立場に甘んじるしかない我が身を情けないと思いつつ、それでも生きているだけでマシだとアッシュは開き直っていた。
END.
律様リクエスト「キムラスカ貴族夢主でルーク夢。キムラスカ捏造(−ナタリア・ガイ)。アッシュは、本編途中でシュザンヌ様に更生され済み、王位継承権剥奪でキムラスカの一臣下として生きていくつもり。という前提で、ナタリア偽姫発覚でルークとの婚約解消、以前から親交のあった夢主と婚約するが、ルークに惚れているティアが、ルークは自分が好き、権力で無理やり婚約させられたと勘違い、嫉妬するが、貴族としてティアの態度を許せなかった夢主によって破滅へ導かれる。ほかPTメンバーの断罪はお任せ」でした。
2011.05.14
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