ルーク夢 / 逆行ティア(&?)/ ティアBADEND


 還ってきたのはルークではなく、アッシュだった――。
 歓喜の涙を流すナタリアがアッシュに抱き着く。甘い約束を交わした2人の姿を目にしながら、ティアの心にはぽっかりと空洞が開いた。

(どうしてルークじゃないの……?)

 3年前のエルドラントで、アッシュは死んだはずだ。それなのにルークは帰還せず、死亡したはずのアッシュが還ってきた。ティアの斜め背後にいたジェイドがぽつりと零す。

「ああ、やはりルークは……大爆発現象が起きたのか」

 悲哀に満ちた独り言だった。誰に聞かせるわけでもない、その言葉は、無意識に放ったルークへの哀悼だ。渓谷の風に攫われそうな小さな呟きだったが、それを聞き取ったティアは大爆発現象という言葉に激しい衝撃を覚えた。ルークがレプリカだと知り、レプリカについてそれなりに勉強した。兄がやろうとしたこと、ルークのことを知りたくて、もっと深く理解しないといけないような気がして勉強したのだ。幸い、兄の部屋にはレプリカ研究についての書が何冊かあった。そのレプリカ研究の本によると大爆発現象というのは、要するに――。

(……レプリカの身体を、被験者が乗っ取ること)

 ルークは、アッシュに殺されたのか。ひくり、とティアの喉が引き攣った。ハッピーエンドを迎えた、アッシュとナタリアの姿を目にして、刹那、湧き上がった感情を抑える術など知らなかった。

「ティア!」

 気がついたときにはティアはナイフを取り出して、アッシュの背中を襲っていた。ナタリアの表情が驚愕に染まり、悲鳴が上がる。地面に咲いた、セレニアの白い花弁は瞬く間に血に染まった。


  *
 

「あーもう、うるせえっつーの!!」
「ルーク!」
「だーもう黙れ! うるせえ! 余計なお世話だっつーの! しっしっ、あっち行け!」
「ルーク! なんなの、その態度は!」

 ティア・グランツ――否、現在はシュティと名乗るティアは眦を釣り上げると、ルークを睨んだ。
 ルークも睨み返したが、すぐにティアに興味をなくしたように視線を逸らす。子供が不貞腐れたときの態度のようで、ティアは呆れてしまった。

「あなたは……いつかわがままな自分を後悔するわよ」
「うるせえつってんだろ!」
「ルーク、シュティはおまえのことを思い遣っていってくれてるんだ。そんな言い方は」
「あーもうガイまでうるせえっつーの!! ミリア!」

 ルークは苛々と頭を掻き毟ると、女の名前を呼ぶ。タイミングよく姿を現したのは、十代半ばほどの少女だ。歩くたびにさらりと揺れる光沢のある黒髪が美しい緑眼のミリアは、ファブレ公爵家の赤と黒を基調としたメイド服に身を包んでいる。

「どうかしましたの? ルーク」
「こいつら追っ払え!」
「――ガイ、シュティ」

 ミリアに叱責するような声で呼ばれ、ガイは苦笑を浮かべ、ティアは納得がいかないような顔をした。

「ルークに迷惑をかけたらいけないと言っているでしょう。お仕事に戻りなさい」

 ミリアは執事長ラムダスの信頼厚い人物だった。ミリアが仕事をしている姿は見たことがないのに、ファブレ公爵夫妻も、ルークも、ラムダスもミリアを贔屓している。たとえミリアよりも年上のガイであろうと使用人である以上、ミリアに逆らうことはできない。逆らえば容赦なくそこかしこから叱責が飛ぶのだ。

「は、はは……シュティ」
「……仕方ないわね」

 ティアは心底仕方ないという顔をしながら、仕事に戻るべくルーク達に背を向ける。ガイもそれに倣う。2人の背を見送ったルークは「あーもうマジうぜえ」と言い、ミリアも困ったように微笑んでいた。



(本当にこの頃のルークはわがままなんだから……)

 ティアは溜息を吐きながら仕事――ファブレ公爵家のメイド仕事に戻った。

 タタル渓谷でアッシュを刺した、あの後。
 ティアの時間は一人巻き戻っていた。

 どうやら気絶していたらしく、タタル渓谷で目を覚ましたティアは混乱した。仲間の姿もアッシュの姿もなかったので、一人混乱しながらダアトに戻ったが、そこにはヴァンがいた。ぎょっとしたティアが独自の調査を始めると、ND2020だったはずが、ND2016に戻っていたのだ。

 もしかしたら、これはユリアが与えてくれたチャンスなのかも知れない――ティアはそう思い、一度目では喪ってしまった愛する人・ルークを助けようと思った。

 そうして、止められなかった兄の計画をこの世界では止めて、何も失わない未来を掴もうと決意した。

 そのために必要なものをティアはいろいろと考えた。まずはヴァンよりもルークの信頼を勝ち取り、アクゼリュスの崩壊を食い止める。何よりも、一度は亡くなったはずのルークに早く会いたかった。
 ティアはキムラスカの戸籍を捏造して、シュティ・アウラとしてファブレ家に潜り込んだ。ティアは元々情報部所属の軍人である。潜入捜査はお手の物、それに必要な文書偽造などの技術も身につけていた。一年もあれば準備は整ったため、ティアは一年ほど前からファブレ邸のメイドとして働いていた。
 ガイとは早くに打ち解け、ルークと仲良くなる手引きをしてもらった。ガイを通じて面識をもったルークはまだまだ態度も性格も悪かった。そんな彼を見るたびに、ティアは自分が好きだったルークを思い出して切なくなったが、同時に自分がルークを改心させるのだと意気込んだ。

 ――結果は惨敗だが。

(いつになったらルークは私の気持ちをわかってくれるのかしら……。やっぱり、以前のように擬似超振動を起こして、世界を見させたほうがいいのかしら)

 ルークは家に閉じこもっているから、自分が中心のように生きているのだ。世界にはいろんな人がいて、中にはルークの身分を気にせずに接してくれる人もいる。ルークに、自らが無知であることを認めさせるには、彼を持て囃す人しかいない公爵家を出て、外の世界を見させることが重要だ。

 折りしも、明日はND2018、レムデーカン・ローレライ・23の日。
 この世界のティアがヴァンを殺害するために、ファブレ公爵家に訪れる日だ。
 ティアはこの世界のティアを支援すべく、動き始めた。

 ルークの部屋に侵入して、彼が明日着ると思われる服にお金が入った財布を忍ばせようとした。擬似超振動を起こし、タタル渓谷で目を覚ました際、卸者に遭遇して、乗車賃を払うためにティアは母の形見のペンダントを失くす羽目になった。後々ルークが取り戻してくれることを知っているが、あのときのティアは身を切られるような悲しみに襲われたことを覚えている。それが原因でルークに厳しく当たってしまったことも。
 形見のペンダントを取り戻す一幕はルークとティアの愛情を深めたが、失くさないに越したことはない。それにペンダントを失くさなければ、ティアがルークに厳しく当たることもないので、彼が自分に心を許す日もすこしは早くなるだろう。そう思い、ルークの部屋に侵入しようとしたが、ルークの部屋近辺の掃除を担当しているメイドに不審な目を向けられて断念した。仕方ない。夜に再度ルークの部屋に侵入しよう。

 明日から始まる旅に備えて、ルークがジェイドたちの不興を買わないよう、彼に注意点を教えようとした。が、ルークはティアの顔を見るなり眉を顰めて、踵を返して去って行ってしまった。なんて子供っぽい。呆然としてしまったが、この頃のルークは我儘な子供であったことを思い出して、深い溜息を吐いて彼の後を追いかけた。ルークの後を追い回していたせいか、ラムダスの眼に留まり、雷のような激しい叱責を落とされてしまった。やる事なすこと裏目に出ているような気がして気落ちしたが、諦めずにティアはルークの部屋に侵入しようとしたー―ら。

「何をしていますの?」

 ルークの部屋から出てきたミリアと遭遇した。ミリアはメイド服ではなくネグリジェにカーディガンをはおっている。
 時刻は深夜一時。この時間帯だからミリアがメイド服ではない理由はわかるのだが、何故ミリアがルークの部屋から出てきたのかわからずにティアは不信な目を向けてしまう。

「ミリアこそ、なんでこの時間にルークの部屋から……?」

 ミリアは軽く微笑むだけで、何も言わなかった。

「そんなことより、あなたは何故ここに?」
「……私はルークに用があって」
「ルークはもう寝るようです。用事なら明日になさい」
「明日じゃ遅いかも知れないの。そこを退いてちょうだい」
「いけません。ルークの安眠を邪魔することはあなたには許されません」
「……っ!」

 ループする前、ティアはルークと愛し合った記憶がある。互いに最後まで好意を伝えることはなかったが、ルークに愛されている自覚を持つティアにとってミリアの言葉は気に触った。頭が沸騰して柳眉を釣り上げたティアは言い返そうとしたが、まだその時ではないと、苦々しく言葉を飲み込んだ。

 ミリアは「さあ、部屋に戻りなさい」語気を強めて促す。ティアは下唇を噛むと、恨めしげにミリアを睨んで仕方なく戻った。帰ったふりをして再びルークの部屋を尋ねようと考えたが、ミリアがそれを読んだかのようにルークの部屋に警備をつける姿を見て、ティアはようやく諦めた。

 明日だ。明日が来れば、ルークは変わって行く。ルークが変われば今の自分の境遇も変わるはずだ。ミリアに大きな顔はさせない。ルークを支え、導くのは自分の役目なのだから。この時代の自分には悪いが、ルークは自分と結婚して幸せになるのだ――負け犬のようにミリアに背を向けながら、ティアに宛がわれた使用人の部屋まで戻ったのだった。



 陽が昇り、翌日。
 ルークに財布を持たせようとしたが、彼はティアから逃げ回った。ティアの顔を見るなり、サッサとどこかに行ってしまうルークの姿は邸中の者たちの目を引いた。主人の息子であるルークから不興を買ってしまったティアは、ルークに接触することを執事長ラムダスに禁じられた。接触すれば解雇すると言われてしまったら、大人しくしている他ない。ティアはルークの姿を遠巻きに眺めながら、じりじりとした焦燥感に包まれていた。

 正午を過ぎる頃、予定通り、ファブレ公爵家に兄が訪れた。
 ガイを通じて、予ねてよりティアはヴァンと面識を持っていた。妹に酷似しているティアを見て、母と妹の面影を見出したのか、ヴァンはティアに対して優しい態度を取る。

 行方を暗ました導師イオンを捜索すべく、しばらくファブレ公爵家に来ることができないと口にするヴァンは、その前にルークと稽古をすることにしたらしい。兄に見てもらいながらルークは剣稽古していた。

 兄と愛する人が揃っている姿を見るのは、ティアにとって至福の時間である。しかし、メイドであるティアには使用人としての仕事がある。仕事をサボって稽古を見学していると、他のメイドたちは苦い顔を隠そうとせず嫌味を言ってくる。サッサと仕事を終わらせて稽古を見学しよう――そう思ったティアは、裏庭の掃除を手っ取り早く終えることにした。

 箒を片手に落ち葉を掃いて、ゴミ袋に押し込んでいると、不意に歌が聞こえた。

(”私”がきたの?)

 ハッと息を飲む。予定よりも早かった。まだルークに財布を持たせていないのに。ティアと同じく裏庭で掃除をしていたメイドが譜歌に気付いた。彼女は不思議そうな顔で「……歌?」と呟く。

「私、ちょっと見てくるわね」
「シュティ!」

 箒をその場に置いて、ティアは中庭に向かって駆ける。同僚が呼び止める声も意図的に無視した。中庭に向かう途中、使用人や、白光騎士団の兵士が寝転がっている姿が見えた。ユリアの譜歌の効果だ。16歳のティアの譜歌が19歳の自分に効くはずもなく、一人譜歌の効果を逃れたティアは16歳の自分が公爵邸に入っていく姿を見つけた。

 ”ティア”は譜歌を歌いながら、玄関ホールから応接室に入ろうとする。

「誰だ貴様は!」

 彼女の歩みを阻むべく、白光騎士団の兵士が、腰に佩いた剣を抜き放とうとするが、その前に譜歌の効果で倒れる。甲冑の倒れる音が、静寂の中に落ちた。応接室に足を踏み入れた”ティア”は二人の男女を見る。

「ぁ……」

 ティアは目の前で倒れた公爵夫妻を眺めていることしかできなかった。譜歌の威力を受けて、公爵夫人がテーブルに頭を打ちつけた。ティアの顔から血の気が引いた。

(ルークのお母さんは体が弱いのに!)

 ベッドで寝込む、公爵夫人の姿は珍しくない。頭をあのように打ちつけて大丈夫なはずがなかった。”ティア”は公爵夫妻の顔を一瞥して、ヴァンでないことを知ると、サッサと応接室を出て行った。意識を失いながら苦悶に顔を歪めた公爵夫人の姿を、気に留めることもなく。

(私はルーク以外誰も巻き込まなかったはずなのに……!)

 ルーク以外誰も巻き込んでいないはずだった。
 だが、ティアが気にしていないだけで、本当はファブレ公爵家全体を巻き込んでいたのだろうか。その想像はティアの頭を冷やした。突如、凍てつく冬の中に薄着で放り込まれたかのような寒さが全身を襲う。縺れそうになる足を必死に動かして、ティアは”ティア”の後を追いかけた。

 16歳の自分を止めなければ。
 譜歌の攻撃力を軽視していた。ファブレ公爵家でヴァンを襲ったとき、誰も巻き込まないように譜歌を使用したはずなのに、ルークを含めファブレ公爵家全員が被害に遭っていた。その謝罪もしていなければ、責任も取っていない。

(知らなかったのよ、こんなことになってるなんて!)

 泣きたいような気持ちでティアは中庭に向かって走った。その途中にも、”ティア”の譜歌で倒れた人々の姿が目について罪悪感に息が詰まった。ルークと自分の接触を止める。擬似超振動を止めて、この世界の自分に罪を理解させなければ、彼女は自らの譜歌がどれほど人を傷つけるのか、真に理解しない。

 中庭につながる扉のドアノブに手をかける。
 ドアを開け放った瞬間、目の前で閃光が弾けた。
 光に飲まれる、ルークと、この世界のティア。

「「ルーク!」」

 ティアとガイの声が揃ったときには、忽然とルークの姿は消え、光も収束していた。ティアは”ティア”を止められなかった。

「そんな……」

 ティアは愕然と膝を落とす。譜歌のせいで苦しんでいたガイ、ヴァン、ペールはすこしして意識がハッキリしたのか立ち直る。ガイは「ルーク……」と呟き、消えてしまった彼の身を案じていた。

「旦那様! シュザンヌ様!」
「ルーク様の無事の確認を急げ! ミリア様はどこだ!?」

 邸内がにわかに騒がしくなる。

「キャアア! 奥様! 奥様! 誰か! 医師を!!」
「ミリア様! 大変だ! 頭にお怪我が……! 早く医師を呼べ! 一刻を争うぞ!!」

 ”ティア”が引き起こした結果が、ティアの耳に届く。中庭の石畳の上にへたり込みがら、青褪めて身を震わせた。ヴァンが苦々しく顔を歪めて「ティア……」と悲哀に満ちた声で呟いた。  

 ミリアとシュザンヌを医師に任せた白光騎士団の兵士が、次々と、中庭に集まってくる。
 状況を鑑みて、ティア、ガイ、ペールは被害者とされたが、ヴァンは”ティア”との関係性を明らかにして情状酌量を願ったせいで牢屋に放り込まれた。複数の兵士に囲まれて、連行されていく兄の惨めな姿を、ティアは呆然と眺めていた。

 ループ前は気にも留めずにいた事態が、ティアの前で詳らかにされていく。
 ――あの時の罪が、今、目前に突きつけられている。
 ティアは言葉を失った。

 幽鬼のような顔色でティアは使用人の部屋に戻る。力ない足取りでベッドまで歩み寄ると、その上にぼすんと座り込む。そうして、彼女は頭を抱えて唸り声をあげた。どうすればいいのかわからなかった。”ティア”が犯した罪は、かつてティアが犯した罪である。罪を罪とも思わないまま、”ティア”は再びティアの前に現れるだろう。あの当時の自分が正にそうだったように、ルークを送り届け、シュザンヌに謝罪をして、責任は果たしたと思い込んだままファブレ公爵邸に足を踏み入れるのだ。

 ――なんて図々しく、無神経で、良識知らずの女なのだろう。

 脳に浮かんだ言葉は、自分に跳ね返り、心を深く深く抉った。痛みに耐え切れず、呻くような声で「だって、しょうがないじゃない」と弱音を吐き出す。そう、あれはしょうがないことだったのだ。あの当時の自分は、ヴァンの恐ろしい企み事を知って、止めなければならないと、その思いにだけ捕らわれていた。だから、仕方ない。仕方ないことだった。

「……そうよ。あの時の”私”は、追い詰められていた獣だったんだもの。それに、”私”は、英雄になるのよ」

 自分の罪を正当化する。あれは罪などではない。正しいことだったのだと、あれしか取れる方法は無かったと、必死に自分を庇う。そうしなければ、先程まで自らの正義を信じて生きてきたティアは罪悪感で押し潰されてしまいそうだった。
 仕方ないことだったと、自分を弁護する。正当化する。大丈夫だ。”ティア”は罪を犯したが、有耶無耶になった。誰もティアの罪を裁かなかった。それどころか英雄として祀られた。その前例を持つ世界から、ティアはこの世界に現れたのだ。
 あの当時をなぞっている世界ならば、この世界の”ティア”の罪も有耶無耶になるはずだ。そうして彼女は英雄になる。ほら、何も問題ない――。

「……この世界の”私”はルークとは結婚できない。私が今ここにいるのは、ユリアとローレライの思し召し……?」

 たとえルークの死の運命を変えても、”ティア”がルークと添い遂げる未来はない。そのことを今のティアには理解できる。”ティア”は重罪を犯してしまった。その罪が有耶無耶になっても”ティア”が犯罪者である事実は変わらず、キムラスカ王族であるルークと添い遂げる未来は存在しないだろう。
 だがしかし、ティアは違う。この世界でシュティ・アウラという戸籍を持った、ティアは違うのだ。ユリアの血筋であることを明らかにすれば、ルークと結婚することは難しくないだろう。

 これは、ユリアとローレライが与えてくれた最大の機会だ。

 ティアはそう信じて、ルークと添い遂げる未来を掴むために、自分がユリアの子孫である証明をすべく、祖父を味方につけることにした。

 ユリアシティに向かう必要がある。




 長期休暇をもぎ取ったティアはユリアシティに向かった。ユリアシティから外殻大地に出る際は許可が必要だが、戻る際は必要ない。アラミス湧水洞を抜け、ユリアシティに到着すると、テオドーロの護衛に面会を希望する。すこしの間待たされたが、ユリアシティからあまり動くことはない祖父はさほど多忙ではなく、ティアはテオドーロと面会が叶った。架空上の父母を作り、父母がかつてホドの住民であったことを告げる。ホド戦争の難を逃れ、その後外殻大地で暮らしていたことにして、ユリアシティの存在を打ち明けられたことも。

 自分がユリアの子孫であることを明かし、その証明にDNA鑑定を願い出る。ティアの話にテオドーロは半信半疑だったが、現存するユリアの子孫がグランツ兄妹しかいないことには苦渋を覚えていたのか、DNA鑑定を了承した。その結果、ティアとグランツ兄妹の血縁関係が認められ、――それどころかティアと酷似していたことに不思議がられた――ティアはユリアの子孫であることが認められた。

 ユリアの子孫という箔を引っ提げてファブレ公爵家に戻ろうとしたが、テオドーロはティアを執拗に引き止めた。ユリアの子孫を手元に置いておきたいのだろう。だが、ティアにテオドーロの元に留まるつもりはない。どうしたものかと悩んでいると、――事態が急変した。

「そんな……っ」

 ”ティア・グランツ”がキムラスカ王国のバチカルで処刑された。
 ファブレ公爵邸襲撃、ルーク・フォン・ファブレ誘拐の罪で。
 青褪めて愕然とするティアは下唇を震わせながら「どうして」とテオドーロに尋ねると、祖父は衝撃の事実を告げた。

 新たなユリアの子孫、シュティ・アウラ――ティア――が見つかったことで、”ティア”をキムラスカの怒りを買ってまで庇う理由を失くしたということだった。導師イオンはティアを庇っていたが、実質上権力を一手にしている大詠師モースは”ティア”を切り捨てると、ユリアの血の補強をすべく、ヴァンとシュティの婚約を宣言した。

 紙のように白くなったティアの心情を慮ることもなく、テオドーロは笑みを浮かべた。ティアを失うことは残念でならないが、シュティとヴァンが結婚し子を成せばユリアの血は濃くなるだろう――そう告げるテオドーロが悪魔のように思えて、ティアは祖父の顔から目を逸らした。

 このままでは兄と結婚させられてしまう。ティアが望んでいたのはルークとの婚姻であって、兄の妻になることではない。それに自分がユリアの子孫として名乗り出ることで、この世界の自分が処刑されるなんて想像すらしていなかった。自分が思っていた未来からどんどん外れていくような感覚を覚えて、ティアは必死に説得した。そんなことをしている間にアクゼリュスが崩壊してしまった。

 つい先日、親善大使一行がバチカルを出立したばかりだった。ルークたちはまだアクゼリュスに到着していない。それなのに何故。疑問はすぐさま晴れた。ティア処刑の報を受けて、怒りを覚えたヴァンが世界滅亡への道を歩むべく、行動を速めたのだ。アクゼリュスを崩壊すべく、パッセージリングを破壊させる必要があったが、ルークを使うことなく、暗示で操ったアッシュに破壊させて引き上げた。

 ティアが行動を起こしたことで、彼女が知る未来の道筋が歪んで行く。
 こんなはずではなかったのに。
 もうどうしたらいいのかわからず、ティアは途方に暮れた。

 ティアが呆然としているのをいいことに、テオドーロはティアを部屋に押し留めた。気がついた時には軟禁されていて、ユリアの譜歌を歌って脱出したティアは再びキムラスカ――否、ルークがいるファブレ公爵邸に戻ることにした。バチカルに足を踏み入れて、ファブレ公爵邸に向かう。

「ティア」

 人込みの中、自分を呼び止める声が聞こえた。
 ティアは振り向く。

「ちょっとよろしくて?」

 そこにいたのは、ナタリアだった。





 ティアはナタリアによってバチカルの外に連れ出された。

 嫌な予感を覚えて逃げようとしたが、ナタリアはティアの腕を掴んだまま離さなかった。弓を得意とするナタリアの握力は強い。ティアでは到底太刀打ちできなかった。

「わたくし驚きましたわ。気がつくとルークとアッシュが生きているんですもの」

「ルークはエルドラントで、アッシュは……あなたに殺されたはずですのに」

「奇跡だと思いましたわ。やり直す機会を与えてくれたローレライと神に感謝しました」

「わたくしは今度こそ、アッシュとルークと共に生きます。あなたもそう思ったのでしょう? ティア。今度こそルークと共に歩む未来を掴むのだと。わたくし、過去の世界でしたら、あなたとルークが共に生きるための助力を惜しまなかった。でもあなたはわたくしのアッシュを殺してしまった」

「そうそう、ティア。あなたがシュティ・アウラとしてユリアの子孫として名乗ってくれたおかげで、この世界のティアが処刑されましたわ。お礼を言っておきますわね。ありがとう。これでアッシュは死ぬこともなく、ルークを傷つける者は一人消え失せましたわ」

 ナタリアは笑みを貼り付けたような表情をしていた。ふいに衝撃を受ける。ティアの息が詰まった。驚愕の表情で崩れ落ちる。

「……ところでティア、あなたファブレ公爵邸にメイドとして潜り込んでいるようですわね。あなた、気付いていまして? ミリアはルークの従姉妹ですのよ。正式名はミリア・フォン・ショウブと言いますの。そうして、いずれルークの妻になる女性ですわ。……ああ、アクゼリュス崩壊が早まったことで、彼女はルークの妻になることになりましたの。ユリアの預言に詠まれていた、アクゼリュス崩壊と同時に起きるはずのルークの死が覆ったことになるんですもの、当然ですわね。ルーク、王族の血を残すために、彼女と性交渉を結ばされていたそうですわ。その努力が実って、今、彼女、妊娠していますのよ。もちろんルークの子ですわ。わたくし、過去の世界ではルークが女性と性交渉していることなんて、まったく知らなくて。ユリアの預言に詠まれていたルークの運命を考えれば、キムラスカ王族の血を残すためにお父様たちがどういう行動に出るのかわかっていたはずなのに……わたくしも王族としてまだまだですわね」

 今このときに言う話ではないだろう。ティアがルークをどれほど想っているのか、ナタリアは知っているはずなのに。ああ、だから今、このときに言うのか。絶望と諦観がこもった気持ちで思う。高熱を孕む腹部と異なり、思考は氷のように冷えていた。ナタリアの言葉を聞きたくもないのに、ティアの耳は鮮明に拾っていた。

「あなたには申し訳ないけれど、性交渉を結んだのがアッシュでなくて良かったと思いましたわ。ルークはミリアと幸せな家庭を築けるでしょう。この世界のわたくしの立ち場は複雑なものですが、ルーク以外にもキムラスカの王族がいますもの。問題ありませんわ」

「ティア、わたくしはこの世界で、今度こそ、アッシュと幸せな未来を掴みますわ」

「でも、あなたに再びアッシュを殺されでもしないかとわたくし心配で……その懸念を取り除いておきたいんですの。わかってくださいますわね?」

 ティアの口からこぼれ落ちる息と共に、血が溢れ出た。口端に赤い線が走り、顎を伝い、地面に落ちた。腹部を汚す、真っ赤な液体。やわらかな腹にナイフが垂直に突き刺さっていた。キムラスカの渇いた大地に血が広がってゆく。

 こんなはずではなかった。せっかくやり直せると思ったのに。
 今度こそルークと幸せな未来を掴めると思ったのに。 

「過去にあなたが犯した罪の報いもまだでしょう? アッシュを殺したこと、王族筋であるファブレ公爵邸を襲ったこと……どれも死刑ものですもの。あなたが今まで罪から見逃されていたことのほうがおかしいんですわ。――だから、ティア、こうなったのはあなたの責任でもありますのよ?」

 ティアは地面に背をつきながら、ナタリアを見上げる。
 太陽の光を背負って佇むナタリアの表情はティアには見えなかった。

「さようなら」

 ティアの双眸から光が失われていく瞬間を、ナタリアは憎悪が剥き出しになった表情で見下ろしていた。




これシリーズ物として連載しようと思っていた話の一話目です。
ルーク夢(ティア)→アッシュ夢(ナタリア)→イオン夢(アニス)→ルーク夢(今作と同じ夢主)(ガイ)→ピオニー夢(ジェイド)の順で書くはずでした。アッシュ編は、原作エンディングで帰還したアッシュをティアに殺害されたナタリアが逆行して始まる話。気が向けば書きます。

2014/02/09
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