乾いた砂漠にある街、ケセドニアは今日も繁栄している。
 ローレライ教団のバックアップを受けることで、キムラスカ、マルクト両国から自治区へと認められたケセドニアは物流が最も盛んな街である。露天市場は商人や旅人でごった返し、宿屋はほぼ常に宿泊客で埋まっている状態で、そこかしこに声と人が溢れている。ルークもこの街に来た当時は酷く驚いたものだ。

「ルーク、人様に迷惑をかけないようにね」
「わーってるよ」

 ガイが「俺も着いて行こうか?」と声をかけてきたが断った。街の目新しさに疲労を忘れたルークとは違い、ガイ達は旅に疲れた様子だ。そんな状態のガイを連れ回すほど、ルークは他人を気遣うことができないわけではない。
 ティア達の注意を左から右に聞き流して、ルークは宿屋を飛び出した。その背をガイ達は苦笑混じりに見送る。
 これが、彼らが最後に目撃したルークの姿だった。



 ルーク・フォン・ファブレが消息不明になった。
 三度目のことである。
 一度目は10歳のこと、二度目は17歳のレムデーカン(12月)のこと、三度目の間隔は非常に短く、二度目の行方不明で見つかった彼がバチカルに戻ろうとする最中に起きた出来事だった。バチカルへの中継点であるケセドニアでキャツベルト船に乗り込む予定が、ルークは街を散策に行ったまま、戻って来なかった。
 不足の事態が発生したのか、はたまた自ら姿を消したのか、声は二つに分かれた。
 ルークが無知であること、さほどお金を所持していなかったこと、また使用人ガイの証言を信用する限りでは不足の事態が発生した可能性が高い。

 つまり、――三度目の誘拐である。

 ルークの価値は高い。彼自身王位継承権三位を所持している点を除いても、ルークはキムラスカ王国軍元帥の父を持ち、王妹の母を持つ息子だ。元帥であるファブレ公爵の家族を害そうと企む者はガイを含め、大勢いる。
 そういう輩から見れば、ケセドニアで単独でぶらつくルークなど格好の獲物だろう。本来護衛がいなければ出歩けぬ身であるのに、護衛もつけずに、ぶらぶらしているのだ。誘拐してくれと言っているようなものだった。

「何故ルークを一人にさせた!?」

 ファブレ公爵はガイに怒号を浴びせた。その怒声にびくりと身を震わせた者は一人、二人の話ではない。応接室のソファに座る、ティアたちも魚のように跳ねた。
 領事館の窓を震わせるほどの怒声をあげたファブレ公爵は苛立たしげにソファに座ると、足を組み、肘掛を指先でトントンと叩く。ガイの弁明があるならば聞くつもりだった。ガイは「申し訳ございません」と怯えではなく屈辱に身を震わせながら頭を垂れる。

 ルークが行方不明になり――彼が宿屋に戻っていないことにガイたちが気付いたのは翌日のことだった――、一頻りケセドニア内を探し回ったガイたちは、自分たちではルークを探すことができずにキムラスカ領事館に助けを求めた。最初はすぐに見つかるだろうと暢気に構えていたが、状況は彼らの楽観視を許さなかった。
 領事は血相を変えるとただちに捜索の手配をした。同時に軍本部に連絡をいれ、国王並びにファブレ公爵が本件を知ることになった。領事館で引き止められたガイたちの元に、ファブレ公爵は白光騎士団を引き連れて現れた。ルークが行方不明になってから、10日目のことだった。即座に白光騎士団はルークの捜索を開始したが、状況はかんばしくない。
 ケセドニアは物流が盛んであるため人の出入りも激しい。不審人物がいたとしても、よほど怪しい行動を取らないと、街の住民の印象に残らないのだ。ルークは目立つ容姿をしているが、騙されたりして、格好を変えている可能性もある。行方不明から日数が経過していることもあり、曖昧な情報しか出てこなかった。それに縋って虱潰しに捜索しているような状況であるため、有力な手掛かりは依然と掴めていない。

「待ってください! ガイはルークについて行こうとしました。でもルークが断ったんです!」
 ティアはソファから立ち上がり、ガイを庇った。行方を暗ましたルークの最後の姿を目撃しているのは、ティアとガイである。ティアはルークがガイの同行を断ったのを知っているため、庇う言葉に自信が満ち溢れていた。
「ルークを呼び捨てにしているようだが、きみは?」
「え……あ、私はティア・グランツです」
 そういえば挨拶はまだだったか。遅れながら挨拶をしたティアをファブレ公爵は凝視した。

「……なんだと?」
 ティアは息を飲んだ。ファブレ公爵は険しい形相でティアを睨みつけ、「そうか、貴様か」と怒気がこもった声を出した。

「よくものうのうと私の前に顔を見せたものだ。さすが冷徹非道な犯罪者だ。肝が据わっている」
「……なんのことですか?」
 罪人呼ばわりされる筋合いはない。ティアはファブレ公爵を睨み返した。

「数ヶ月前に自分が犯した罪を忘れたか。どうも都合の良い頭をしているようだな、貴様は」
「だから、なんのこと――」
 言い掛かりはやめてほしい。ティアは眉根を寄せて抗議の声をあげる。事情を知らぬイオンたちから見ても、ファブレ公爵の言動は言い掛かりにしか思えず、彼女を庇おうとした、矢先だった。

「ファブレ公爵家にユリアの譜歌を使い侵入し、警備を無効化させ、ルークを誘拐した。その事実を忘れたというんだな」
「え」
 と、声をあげたのはティアではなく、イオンとアニスだった。ジェイドの表情が厳しくなる。ティアは即座に弁明した。

「あれは、……兄を殺すためで、ルークを私情に巻き込んだことは申し訳ないと思っています」
 本当に申し訳なかったとティアは顔を歪める。ファブレ公爵の言動を否定しないティアをイオンたちは信じられないものを見るような目で見ていた。

「それで済むと思っているのか?」
「え? ル、ルークは邸まで送り届けるつもりでした」
 それで罪の帳消しになる。ティアはそう思っていた。
「それで済むと思っているのか?」
 ファブレ公爵は再度同じ言葉を繰り返した。ティアは困惑を顔に浮かべる。イオンは首を緩く振り、「済むわけありません……」と力なく呟く。その言葉にアニスとジェイドは頷くことで同意した。最悪の想像にイオンとアニスなどは青褪めているのに、原因たるティアだけ困惑しながらも平然としていた。

「貴様が着用している服はなんだ?」
「これは、軍服ですが?」
 ティアの服は特殊な文様が入っている。ローレライ教団のマークだ。彼女の衣服が軍服であることなど一目瞭然だった。ファブレ公爵たるものが何を聞くのかと怪訝な顔をする彼女に、時間の無駄だと思いながらも、ルーク捜索の責任者としてこの場から動くことができないファブレ公爵は付き合った。
「そう軍服だ。如何に貴様が個人の事情で済ますつもりだろうと、軍服を着ておいてそんな言葉は通用しない。部下の管理不足として、ローレライ教団は、中でも直属の上司であるモースは、厳しい追及を受けた」
「え、」
 ああ、やっぱり――イオンとアニスは諦観を浮かべる。今頃教団本部のイオンの机には抗議書が山のように積み重なっていることだろう。

「で、も、私はみんなを巻き込まないために」
「人の家に侵入した時点で、その言葉は嘘でしかない。第一、貴様はヴァンの殺害が成功していたら、その死体はどう始末するつもりだった?」
「え、それは」
 考えていなかったとティアの顔には書いてある。

「客人を死なせたとして、ファブレは厳しい追及を受けることになるだろう。しかもそれがローレライ教団の総将ときている。警備を無効化されたことも責任追及の理由になるだろう。ファブレの家名は地に落ちる」
「わ、私はっ」
「また、ユリアの譜歌の攻撃力を測定したところ、エナジーブラストほどの攻撃力があることがわかった。譜術防御力の低い者は大怪我をした。病弱の妻も一時意識不明の状態となった」 
「私はっ、そんなつもりじゃ」
 自分の犯した行動の結果を突きつけられて、ティアは動揺して声が裏返った。首を振って、そんなつもりではなかったと、言い逃れようとする。そんなティアを冷たく睨みながらファブレ公爵はさらに話を続けた。

「さらにルークが貴様に誘拐されてしまった」
「巻き込まないつもりでした! だから、彼をバチカルまで送り届けようとしたんです!」
「――と、犯人は釈明したが、現実は証言と異なる。息子を無事家まで送り届ければ、ダアトと必要以上に事を構える気はないため罪の軽減を許したが、無事送り届けるべき息子を一人で歩かせたあげく、まるで対等のように名前を呼び捨てにしていたとなれば、話は別だ」
 ティアはぎょっと目を見開いた。ファブレ公爵はティアからイオンへと視線を移した。

「導師イオン、キムラスカはティア・グランツの身柄引き渡しを正式に要求したいのだが、よろしいか?」
「……はい。僕はティアを庇いません。我が僕がご迷惑をおかけいたしました」
「イオン様!」
 ティアは悲痛に声を乱したが、イオンは「仕方ありません」と庇うことを諦めた。すこしの罪ならば庇い立てしようがあったが、ティアが犯した罪は重い。それにファブレ公爵は一度はティアの罪を軽減しようとしたのだ。無事ルークを送り届け、相応の態度さえ取っていれば。しかしイオンの眼から見て、ティアはルークと親しい間柄のように接していたし、罪の責任などまるで感じていないようだった。そんなティアを庇い立てするよりも、ローレライ教団の安寧を守ることのほうが、導師であるイオンとしては大事だった。

 イオンの返事を聞いて、ファブレ公爵は自身の護衛のために付き従っていた3人の兵士にティアの捕縛を命じた。

「それを捕縛し、牢に入れておけ」
「なっ、だ、旦那様、考え直してください!」
 ガイがティアを庇おうとするが、ファブレ公爵は一蹴した。ティアはとっさにナイフを取り出した。さらに罪が重くなったことにも気付かず、ティアはナイフを掴んだままじりじりと距離を置こうとするが、相手は手錬だ。すぐさま距離を詰められ、ナイフを持つ手を叩き落されて、のしかかられた。床に倒れこんだティアを慣れた手つきで兵士が捕縛すると瞬く間に芋虫ができあがった。ユリアの譜歌を使って逃走を図らないよう、猿轡を回される。
「うんんっ」
 あとはティアを牢屋に引きずっていくだけだ。一人の兵士がティアを肩に担ぐ。ティアは切迫詰まった顔でイオンを見つめ「んんーっ!!」と助けを求めていたが、イオンは悲しそうな顔で見るだけで、救出しようとしなかった。ガイが悲痛な声をあげる。

「ティア!」
 応接室の扉は開かれ、その扉からティアを担いだ兵士が出て行く。ばたんと扉が閉まり、足音が遠退くと、静けさが戻った。ガイは愕然とした表情をしていたが、すぐに我を取り戻すと、ファブレ公爵に訴えた。
「……ティアは、ティアは優しい子なのに……! ルークが行方不明になったのは、ティアの責任じゃありません!! 俺がついて行くと言ったのに、あいつが断ったから、ルークが自分で一人になったんです!! ティアのせいじゃない! 旦那様、考え直してください!!!!」
「あれに情が移ったか」
 ファブレ公爵の冷めた態度にガイは頭が熱くなって吠えた。

「あんたは! ルークが馬鹿なのは今に始まったことじゃないだろう! ティアは悪くない、あいつが勝手なことをしてもティアは今まで姉のように見守ってきたんだぞ! それを、よく知りもせずにティアを詰って――ルークがティアの現状を知れば、あいつは絶対にティアを助ける!! そして、あんたを恨むんだ! 俺のようにな!!!!」
「――ほう?」
 ファブレ公爵の唇が弧を描く。口を滑らせたことに気付いてガイはハッと口を閉じた。赤から青へと顔色を忙しなく変える。
「どうやら、おまえは私に思うことがあるらしい。ちょうどいい、言ってみろ」
「……っ」
 ガイは身体を震わせて、一歩後退する。疑いを助長させるような行動を取った後で、自らの行動がどういう風に他者から見えるのか予想がついて、誤魔化しの笑みを浮かべた。
「いや、はは……」
 その笑みは、お世辞にも上手いとは言えなかった。ファブレ公爵は口の笑みを消して、兵に目配せする。兵は頷いて、ガイの背後から忍び寄ると、彼を殴った。
「うっ!!」
 無防備だったところに食らった一撃は大きなダメージを与えた。床に崩れ落ちたガイの意識はすぐに飛ばず、「く、そ……」と絨毯に爪を立てた。それも長く続かず、すぐに気絶した。兵士は倒れたガイをずるずると引きずって行く。
 応接室の外に連れ出されたガイの行く先がどこになるかは、これからの彼の言動次第である。
「見苦しいものを見せてすまなかった」
 ファブレ公爵は眉一つ動かすことなく謝罪する。顔を引き攣らせて、イオンたちはいいえと首を振った。どうしたらのやら、異様な雰囲気が一時広がる。ガイとティアの今後は気になるが、今はルークの安全のほうが気にかかって、イオンは思わずこぼした。
「ルークは……無事でしょうか……」
「――推測になりますが、息子は無事です」

 ファブレ公爵は「殺害が目的ならば、とうにルークの死体は発見されているでしょう」と予想とは言え、息子の死をあっさりと告げる。ただ事実を告げているだけといった公爵に、イオンたちは薄ら寒いものを感じた。

「そう、ですか……それなら、まだ……」
 まだ救いはある。暗く沈みそうになる気分を浮上させようとしたが、その前に公爵が「問題なのは、」と苦々しく呟いた。

「ルークの種が利用されている可能性です」
 …………種?
 イオンは困惑し、耳年増のアニスは顔を赤く染め、ジェイドは公爵の言葉の意味を正しく理解する。
「何もなければいいのだが……」




「ルーク様」

 街中をぶらついていたところ、ルークは声をかけられた。そこには一人の女性と数人の男性の姿があった。女性を中央にして、男が囲んでいる。揃いも揃って彼らは緑色のマントを着用していた。すぐに砂対策だと聞かされるが、今となっては正体を隠すためだったのだろう。

「誰だ」
 尋ねると、女性は笑みを浮かべた。

「お探し致しました。私はキムラスカ王国軍ミリア・ショウブと申します」
「キムラスカ軍?」
「はい。こちらが証です」

 キムラスカ王国軍の階級章を見せられるが、彼女の身分がどういうものなのか、ルークには判断がつかなかった。最低限の知識しか有していないルークに軍の階級を把握しておけというのが無理な話である。だから、それが偽物だとしてもルークには判別がつかず、ただ、自国の軍人と名乗る彼女を信用した。

「そうか。それで、何の用だよ」
「ファブレ公爵様よりルーク様のお迎えを命じられました」
「父上から……? そうか。じゃあ、みんなを呼んでくるから、そこでちょっと待ってろ」
「――ガイたちならすでに船に乗り込み、ルーク様をお待ちしております」
 ガイの名前をはっきりと告げたから、彼女の信用は増した。
「マジかよ……わかった」

 こちらへ、ミリアは誘導する。先に路地に連れ込まれた。ルークが王族だとばれるとバチカル到着時に騒ぎが起きてしまうから、という話だった。物腰穏やかな彼女の巧みな話術を信用して、ルークは言われるがまま指示に従う。人気がない路地でマントをかぶり、髪の毛は帽子の中に押し込んだ。

「これでいいのか?」
「はい。参りましょう」
「ああ」

 そうして、連れて行かれた先でルークは――。




END.

最後をきちんと書かないという暴挙に出る。だってこれ書けば18禁ルート突入じゃないですかヤダー!まあつまりはそういうことです。アッシュも王族の象徴持っているので同じ目に遭ってます。

ガイとティアは最悪の結果に終わり、モースはティアの上司として責任追及される中でやけくそでナタリアが偽姫であることを暴露(ナタリアが偽姫であることをばらされたくなかったら〜と責任を逃れようとした)橋渡しであるイオンでしたがこのことが原因で面会拒否を食らい、和平は交渉前に破談、ジェイドはすごすごと戻ることになります。アッシュとルークがいないので超振動が使えず、セフィロトの封印を解除しても、パッセージリングを破壊する手立てがないヴァンも行動することができません。つまり現状維持が続く。


2014/02/17
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