兄妹主/ルーク×妹主/ルク←ティアからのガイティア/苗字に兄の名前を、名前に妹の名前を入力してください。


 ケテルブルクホテルの窓から見下ろした景色は一面銀世界だった。
 厚い雲に覆われた空から、音もなく降りしきる雪。舗装された道路は白色に覆われ、誰かの足跡をゆっくりと時間を掛けて消して行く。物珍しさに目を丸くするルークの手を引きミリアは言った。
「ルーク様、雪だるま作りましょう!」
「へ?」
 仲間の誰かが聞いていれば、一人を除いて、皆が子供っぽいと口を揃えただろう。ルーク自身、同意する一面もある。だが、その気持ちは、ルークの中にある本音には勝てなかった。

 ――子供が雪で遊んでいる姿を見て、不思議でしょうがなかった。
 こんなサラサラとしたものが固まりになって、人にぶつけたり、雪だるまになったりするのだ。銀世界の中を犬のようにはしゃぎ回る子供たちは、頬を赤く染めて、息を白く染めながら、それでも楽しそうな笑い声を上げていた。何が楽しいのか、見ているだけのルークにはわからない。ただ楽しそうな気持ちだけ伝わってきて、いいな、と思っていた。そう思うなら、子供たちに混ぜてもらえば良かったのだろう。

 雪遊びする子供たちをじっと見ているルークに、仲間たちは言った。
 ジェイドは「混ざってきてもいいんですよ」と口元に笑みを浮かべながら。アニスも笑いながら「行ってきなよ」と口にした。ナタリアも微笑みながら風邪を引かないように気をつけて、とルークを見送ろうとした。ガイは「ガキのまんまだな」と笑い、ティアは「呆れた。まるで子供ね」と小さく溜息を吐いた。ショウブだけは「行ってらっしゃい」と気安く送り出した。
 茶化すような言い方も、呆れるような言い方も、馬鹿にされているようで鬱屈とした思いが胸を満たした。
 たとえ、ガイたちにそんなつもりはなくても、ルークにはそう思えたのだ。

 雪遊びしてみたいなんて言えるはずがない。声にする前に摘まれた思いは、けれども胸から消え失せることなくルークの中にひっそりと隠されていた。ミリアはそんなルークに雪遊びする大義名分を与えた。

 ミリアに誘われたから。
 そんな大義名分を得たルークはミリアと一緒に、子供と混じって、雪で遊んだ。




 ロビーの窓越しに見える二人の姿に、ショウブは目を丸くした後に小さく笑みを浮かべた。

「微笑ましいものだな」

 独り言のつもりで呟いたのだが、たまたま近くのソファに座っていたガイが返事を返した。

「ルークのヤツ……子供だな」

 呆れと苦笑が入り混じる声に、ショウブは素っ気なく返す。

「子供だろう。ルークは成人を迎えていないんだ」
「まあ、そうだが……ティアに比べるとなあ……」
「軍人として働いている彼女と一緒にするな。大体ティアも子供だろう」
「そうか? ティアの奴はルークに比べるとよっぽど大人だろう。そうじゃなきゃ、最初の頃のルークとなんて付き合ってられなかったと思うぞ」
「それはどういう意味だ」
「ルークは我儘だったってことさ。今はティアのおかげで変わったけどな。ミリアと、ミリアの兄貴であるショウブには悪いと思うが、俺はティアを応援するよ。ルークはティアといた方が良い」

 ガイはミリアとルークの恋愛関係を否定して、ティアとルークの恋愛関係を肯定する。ミリアの兄であるショウブに対して牽制したつもりなのだろうが、その牽制はショウブからしてみれば呆れるものでしかない。

 ミリアは確かにルークに対して恋愛感情を抱いている。
 親善大使補佐官として任命されたショウブに付き従う形で――とは聞こえがいいが、ミリアはわがままを言って親善大使に同行した。その際ティアとアニスに、ナタリア揃って「箱入りのお嬢様が来ても迷惑なんですけどぉ」ミリアは足手纏い扱いされていた――付いてきたミリアは最初からルークに対して好意的だった。
 ルークはキムラスカ王国の王子のようなもので、ミリアにとっては憧れの存在だったからだろう。憧憬が恋愛感情に変わったきっかけは知らないが、ショウブとしては知らないままで良かった。妹が相談してくるならばさておきとして、自ら妹の恋愛に口を挟むほど野暮ではない。

 それに、ミリアは箱入り娘だ。蝶よ花よと育てられ、何の不自由もなく愛されて素直に育ってきた。だが、妹は貴族だ。侯爵家の跡取りとして生まれたショウブほど厳しい教育を受けたわけではないが、貴族として産まれたからには、妹もその責務を果たさなければならない。そのことは十分妹も理解している。ミリアは侯爵家に相応しい貴族に輿入れすることが決まっているのだ。
 その相手が誰になるのか、まだ決まっていない。キムラスカの成人は二十歳であり、まだ十六歳のミリアには四年の猶予があるため、侯爵家のためになる婚姻を、それでいて妹が不幸にならない結婚相手を吟味している最中だ。
 ルークがレプリカであることが判明し、ナタリア王女との婚約が揺らぎつつある今、ミリアとルークが互いに好意を抱いていれば公爵家に嫁ぐことに何の問題もないため、そうなる未来もあるだろう。
 次期侯爵として、また兄として、ミリアとルークの関係が上手くいくことを願う気持ちはある。
 だが、ショウブは妹の恋愛を積極的に応援するつもりはなかった。ミリアが協力を頼むならともかく、そうでもない限り人の恋路に自ら手を出す気はない。

「馬鹿なことを。俺は妹の恋愛にそれほど関心はないが、ルークの相手としてティアは相応しくないことだけはよく理解している」
「何故だ?」
「ルークとティアが出会った経緯を思い出せ」

 何故わざわざ説明してやらねばならないのか。面倒くさくなって、ショウブはヒントのみ与える。だが、ガイにはヒントから答えを導き出すことは難しかったらしく、ただ大まかな事実だけ呟いた。

「ティアがヴァンを殺すために、ルークの家に来たんだよな。それがどうかしたか?」

 ショウブは呆れたようにガイを見た後で、自身とガイの事実の認識が異なることに気付いた。
 ショウブの中では、ティアはファブレ公爵家に譜歌を使用して侵入したあげく、客人であるヴァンを殺害しようとした犯罪者であるが、ガイの中ではその一件が兄弟喧嘩として処理されているのだろう。
 ルークの家と口にしていることから、ファブレ公爵家を、貴族の家というより親友の家として認識していることがわかる。
 ルークを個人として見ていると言えば聞こえはいいが、親友になる前のガイは公爵家の一介の使用人だった。その事をすっかりと忘れているようにしか思えないガイに、ミリアは溜息を吐いた。

「正確には、”ティアはヴァン殺害現場にファブレ公爵家を選び、殺傷能力を持つ譜歌を用いて侵入した"だ。ガイ、お前はルークを個人として見るのはいいが、だからといって、ルークに付随するものを忘れるな。お前たちはルークのことを"一応王子だから"と口にするが、一応ではなく、ルークはれっきとした王子だ。わかっているだろう」

 公爵という家格は、そもそも王家の私生児にのみ与えられる家格だ。
 王族の血筋を分けて、呼び方を変えただけに過ぎない。だから、ルークは公爵子息であるが、王子と言っても過言ではないのだ。王族の血を受け継ぐ公爵と、王妹の息子であるのだから。
 そのことを理解しているガイたちは、ルークが障気中和の功績が称えられランバルディア勲章を受章した祝典時にルークを一応王子様だと口にしている。ガイたちの発言を覚えているショウブがそう言うと、ガイは困惑しながら頷いた。

「あ、ああ、それはわかっている」

 でも、それがどうした――とでもガイは言いそうだ。

「さっきの俺の言葉を置き換えろ。殺害現場にファブレ公爵家を選んだ部分を、公爵家じゃなく、ルークでもなく、王子の住居に。譜歌を武器に」

 ガイは不思議そうな顔をした後に、ミリアの言葉を置き換えながら反芻した。

「――”ティアはヴァン殺害現場に王子の住居を選び、殺傷能力を持つ武器を用いて侵入した"」

 ガイは言ったあとで、その言葉の意味の恐ろしさに慄然とした。

「それは、どういう意味を持つ?」
「どうって……これは……まずいだろう……」

 呆然とした面持ちでこぼした。

「では、何が問題ある?」
「何がって、そもそもヴァンを殺害するために、なんでわざわざ王子の住居を選ぶんだ? おかしいじゃないか。ヴァン一人を殺害するために、殺傷能力を持つ譜歌を使って侵入するなんて……、無関係の人間が死ぬ可能性だってあったんだぞ。これは侵入じゃなくて無差別攻撃じゃないのか?」

 ガイはようやくティアのやった事の重大さを、真の意味で理解した。

「……ッそうか……ティアはこんなことをやっていたのか……」

 驚愕から冷めやらぬ様子で呟くガイに、ショウブは追い討ちをかけるように言った。

「お前は、王族の住居を襲った相手と、その王族の恋愛関係を推奨していたんだ」

 ガイは青褪める。

「……すまない。俺はどうかしていたみたいだ」
「いや、ガイはルークに付随するものを忘れて、ルークを一人の人間として見ていたのだろう。お前がルークを個人として見るのは、ルークにとって嬉しいことだ。身分の垣根を越えて、損得勘定を抜きにした友人関係を築くことは容易いことではないのだから。だが、ルークに付随するものを忘れたまま、公で接することはやめた方がいい。ルークはお前にとって親友で育て子だとしても、公では王位継承権所有の公爵子息だ」

 ショウブの言葉を噛み締めるようにガイは口元をきゅっと結ぶと、深く頷いた。

「……ああ、そうだな。そうするよ」

 ガイは眉を寄せてテーブルに置かれたコーヒーに口をつける。からからに乾いた喉を潤すと、思い切ったようにショウブに尋ねた。

「ティアは、犯罪者だ。それはわかっている。けど、俺にはやっぱりどうしても彼女が悪い人間には思えないんだ。ショウブ、知っているなら教えてくれ。ティアはどうなっちまうんだ……?」

 ガイはティアが行った行為が、犯罪と呼ばれるものであったと気付いたが、仲間として情が芽生えているため、ティアの今後に懸念を覚えるようだった。ショウブはただ、現状を口にした。

「今ここにティアがいることが、王たちの答えだろう」

 罪に問われずにティアは親善大使一行に数を揃えている。
 それが国と王の答えだ。
 ショウブの言葉に、ガイは安堵の息を漏らしたが、表情は曇ったまま一向に晴れなかった。
 ティアが犯罪者として逮捕される懸念は消えたのかも知れないが、間違いなく、彼女のルークに対する想いは実ることはない。
 そのことに気付いてしまったガイは悲しそうな顔をする。

「……何とかならないのか」

 死中に活路を見出そうとするような発言に、ショウブは厳しい目を向けた。エメラルドグリーンの双眸が刃物のような鋭さでガイを射抜く。ガイはハッと息を飲むと同時に身体を硬直させた。

「ガイ。これは忠告だ。お前がルークとティアの関係を心の中で応援するのは構わないが、だからと言って、表立って二人の仲を取り持とうとするな」

 ガイは下唇を噛んで俯く。

「先程俺が言った言葉を、お前はもう忘れたのか?」

 ガイは黙り込んだのち、ゆっくりと首を左右に振って否定を示した。

「ルークはただの貴族ではない。レプリカだろうと何だろうと、あの身に流れる血は、キムラスカ王族のものだ。ナタリア姫が偽姫である以上、ルークの価値はアッシュと同等だ。例えルークがティアを選び、それ故に家を捨てようとも、国はそれを許さない。――お前はティアを悲しませたいのか?」

 ガイがハッと息を飲むと、すぐさま言い返した。

「違う! 俺にとってルークとティアは大事な存在だ。ルークにも、ティアにも幸せになってもらいたいだけだ! ルークは俺の親友だから、ティアは、ティアは――」
「ティアは?」
「……ティアは、どう言っていいのか、わからないけど、俺にとっては、大事な女性だ」

 ティアをどう言い表せばいいのかわからない。困惑に揺れる双眸が、ガイの心情を物語る。

「――前から思っていたが、お前はティアのことを好いているんじゃないのか?」
「……はっ?」

 ガイは目を丸くした後に「なんでそうなるんだ!?」と裏返った声で答えた。
 そんなわけないだろう、と狼狽するガイはコーヒーカップを手に取ろうとして、手を滑らせた。コーヒーカップが床に落ちる。カップは絨毯のおかげで無事だったが、コーヒーのしみによる被害は甚大だ。慌てるガイにショウブはテーブルに置いてある布巾を投げてやる。受け取ったガイは絨毯に両膝をつきながら、しみを取るべく布巾を持つ手を動かした。

(明らかに動揺しているな)

「まったく、ショウブが変なことを言うから」
「自分のミスを俺のせいにするな。まあ、お前がティアを好いていようと俺にはどうでもいいことだが」
「好いてないっ! いや、確かにティアに好意はあるが、そういう意味の好意は持っていない! 第一、ティアのことが好きだったら、ルークとくっつけようとは思わないだろ。そうだ、そうに決まってる」

 ガイは眉間に皺を寄せて、ぶつぶつと自分の感情を納得させるような言い方をしている。

 ガイにとってルークは自らが口にしたように、大事な親友だ。同時に自らが育てたという思いもある。自分の親友で、自らが育てたルークなら、自分が好きな女とくっついても許せる、そんな思いがないとは否定できないだろう。そこら辺の複雑な心情を追及するほど、ショウブはガイとティアに興味はない。

「話を聞け。とにかく、ルークとティアの関係に余計な真似をするな。あの二人が恋仲になろうと、その恋に将来はない。感情が納得できなくても、理性で抑えつけろ。ルークにはティアを選べない。――理由は先程説明した。確かと理解したろう、ガルディオス伯爵」

 ガイの家名を呼び、立場を思い知らせる。
 ルークとショウブだけではない。ガイもまた貴族だ。そのことを、思い出させる。

 ガイはごくりと唾を飲む。
 そして、今度こそ、諦めたような顔で頷いた。

(ティアを選ぶなら、自らの貴族としての立場を失うことを受け入れなければならない)

 ルークには、その選択肢がそもそもない。ルークは貴族というより王族だ。ナタリアが偽姫であることがわかった今となっては、王位継承権はシュザンヌ、アッシュ、その次にルークの名前が挙がるほど身分が高い。将来アッシュが王位につくとしてルークが王位継承権を放棄したとしても、家を捨てたとしても、キムラスカから逃れることはできない。
 だが、ガイは――ショウブは布巾を握ったまま考え込むガイを見る。

 ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。
 マルクト帝国の伯爵として、ガルディオス家を復興させたガイは、貴族として本来ならば家の発展を見込める女性と婚姻を結ばなければならない。ガイの貴族としての立場は脆い。復讐を企んでファブレ公爵家に身分を隠し潜伏していたというハンデと、貴族という特権階級にある故の義務を怠った。
 ショウブがもしガイの立場なら、サッサと伯爵家を再興させて、成人の儀と共に政略結婚をして、妻の家に支援を願い出るだろう。復讐心を潜ませ、家と己の地位が磐石になった頃に、公爵に謀略を仕掛けて復讐を成し遂げた。
 しかし、ガイは家の再興と貴族の義務を果たすことよりも、自らの心を慰めるほうを選んだ。貴族の自覚を持っていないのだ。この辺は、彼を育てた者にも問題あったのだろう。
 ガイは貴族としての時間よりも、庶民として生活した時間の方が長い。そのため結婚の価値観は庶民と変わらない。
 家の発展を望まなければ、名ばかりの貴族になれば、苦難の道を自ら歩む覚悟を持っているのならば。
 ――ガイならティアを娶ることも可能だ。それにガイは気付いているのだろうか?

(まあ、いいさ)

 ガイとティアがどうなろうと、ショウブには関係ないことだ。親善大使一行として顔を揃えている今でこそ、ショウブとガイは同行者という関係性を持つが、一度家に戻れば二人の間に接点はない。関心のないことにこれ以上時間を割くのも馬鹿らしく思えて、ショウブは踵を返す。

「おい、ショウブ?」
「俺は客室に戻る。夕食になったら教えてくれ」
「あ、ああ……」

 引き止めるガイの声を振り払い、自らに宛がわれた客室に向かって歩き出す。
 途中、ティアとすれ違った。ロビーに向かって歩いているティアはこの後ガイと合流するのだろう。二人が交わす会話に興味が湧くこともなく、ショウブは客室に戻った。

 その日の夜、ティアは一回も部屋の外に出てくることなく、夕食を抜きにした。
 翌日、ティアの目元は明らかに腫れていたが、心配そうな顔で事情を尋ねるルークに彼女は一瞬切なさに満ちた眼差しを向けたが、悲しい夢を見ただけだとすぐに笑った。

 その後も、ティアはルークに時折熱い眼差しを向けていた。
 だが、ティアがルークに構う頻度は減り、彼女が空けた時間を埋めるように、ミリアとルークの関係は親密になっていた。
 二人の姿を見守るアニスとナタリアはどこか気まずげで、ガイは悲しげに微笑み、ジェイドは青春ですねえと胡散臭い笑みを浮かべ、ショウブは無関心を貫き、ティアは何でもないように装った後で苦しげな顔をしていた。
 それでも彼女は、自らの目の前で、近付いてくミリアとルークの関係に口を挟むことはなかった。
 エルドラントでルークが消える、直前も。
 口を開きはしたものの何も言うことはなく、涙ぐむミリアが好意を伝える姿を見ていた。
 その姿は見る者に憐れみを与えたが、さりとて人の恋路に部外者が口を挟むことなどできはしない。



 ――三年後。

「……そうか。よかったな」

 ショウブはガイから届いた手紙を読み終えると、小さく祝った。
 手紙の文面には、ガイの近況が事細かく綴られている。ピオニー陛下の側近で、尚且つ護衛としてグランコクマ宮殿で働いていること。そして、この度、ティアが軍人を辞めてフェンデの名を名乗りガイと共にグランコクマにある屋敷で暮らすことになったこと――。

 ルークへの恋を諦めざるおえなかったティアは、失恋の苦しみをガイによって癒してもらいつつあるらしい。
 結局ガイはティアが犯罪者だと知りながら、彼女と共にある未来を選んだ。それにより、彼の貴族としての立場を苦しめるとしても、ティアを切り捨てることはできなかった。
 たとえ苦難の道を歩むことになろうとも、それがガイが選んだ選択肢なのだろう。

 ――ピオニー陛下はガイに領地を任せなかった。
 オールドラントでは地殻変動の影響で新たにいくつか島が生まれている。
 キムラスカでは大小合わせて四つほど島が生まれていた。その中で海に沈まなかった島は二つ、内一つはショウブの家の領地となった。マルクトでも同様に、三つの島が沈まずに残ったという。世界地図に書き加えられる日もそう遠くないだろう。
 マルクトで新しく生まれた領地の内、一つ。その島はホドと似ている形状と面積をしているという。英雄であり、伯爵家を再興したガイがその島を貰うはずだったが、貴族であることよりもティアを選んだガイに領地は任せられないと皇帝は判断したらしく、ガイが領地を賜ることはなかった。領地を持たない貴族など、名ばかりのものでしかない。
 ガイがティアを選んだことで、ガルディオス家は恐らくガイの一代限りで終わってしまうだろう。
 ピオニー陛下はガイを傍に置くことで重用しているが、ガイの子供まで重用するとは限らない。領地を持たないガイには子孫に名以上のものを相続するものを持たないのだ。
 そのことに、ガイは気付いていない。
 馬鹿なやつだ。
 その道を選ぶことができたガイを、ショウブはある意味では羨ましい。
 家の発展は望めなくとも本人たちは幸せで、守ってもらえるのだから。
 ショウブは手紙を折り畳み、封筒に戻す。
 いずれ、ガイとティアの結婚式の招待状が届く、そんな日が訪れるかも知れない。

「お兄様! この服どうでしょう?」
「ミリア、ノックをしろ」

 ノック一つ忘れてドアを開けた妹に、ショウブはすかさず注意する。
 叱られたというのに、「ごめんなさい」と口先だけの謝罪でミリアは反省する様子を見せない。それどころか上機嫌な顔で、くるりとその場で一回りしてみせる。その際、足首まで隠れるスカートがふわりと浮いた。カーディガンにブラウス、流行色のスカートを着る妹は、見た目だけは上品なお嬢様だ。残念ながら行動は伴っていない。今にもスキップし始めそうな妹はショウブの傍に近付くと、「この色どうでしょう」「この服似合わないかしら」「お兄様どう思います?」と口を挟む隙がないほど早口でまくし立てる。
 ショウブがうんざりとして、落ち着けと言ってもお構いなしだ。右から左へ言葉を聞き流しているとしか思えない。

「ねえねえ、お兄様」
「うるさい。黙れ。うろちょろするな。鬱陶しい。お前の服なんぞ知ったことか」
「ひどーい! 妹のデート服ですよ? すこしは関心を持ってください!」
「断る」
「そんなこと言わずに、将来の予行練習だと思って。ほらほら」
「妹相手に予行練習するほど女に困った覚えはない」
「妹のファッションに協力してくれてもいいじゃないですかー!」
「嫌だ。……おい、人の服を引っ張るな。伸びるだろう。お前はそれでも淑女か? いや見た目だけ成長したお子様だったな。まったく色気がない」
「お兄様の馬鹿! 意地悪!」
「兄に向かって馬鹿とは何だ。馬鹿とは」
「お兄様なんかもう知らないから!」

 不貞腐れてミリアはショウブの部屋から出て行く。嵐のような奴だ。ようやく静かになったと思いきや、開いたままのドアの隙間からひょっこりと顔を出して、「お兄様なんか知らないから!」と再び同じ言葉を繰り返して、今度こそ去って行く。
 何故、同じ言葉を二度も繰り返す。妹がわからない。
 大体、兄とは言え男に、他の男とのデート服を聞いてどうするのだ。そういうものはデート相手に聞け。ミリアの浮かれた様子には頭が痛くなる。

(……仕方ないか)

 ミリアが浮かれた様子を見せるには、それ相応の理由がある。
 三年前、エルドラントで別れたルークが帰ってきた生還した喜びと、そのルークと今回初めてデートする約束を交わしたことが理由だ。ルークとミリアは婚約したのだから、これからいくらでもデートする機会は増えるだろうに、初めてのデートというのは大事らしい。ショウブにはよくわからないが。初めてだろうが回数を重ねようがデートはデートだろう。その辺が妹によく女心がわからないと言われる原因なのだが、それはこの際置いておくことにしよう。

「お兄様、やっぱりこっちの服がいいかしら!」
「……俺のことはもう知らないんじゃなかったのか?」 

 ショウブはうんざりとした気持ちで言うが、妹には通じない。
 違う服に着替えて現れた妹に、俺はひょっとして今日一日こいつのファッションショーに付き合わされるのだろうかと頭を痛めながらも、服のダメだしをする。ルークとミリアのデートが迫る、三時間前のことだった。



END.

ルーク・フォン・ファブレのフォンは元々ドイツを元にしているようなので(フォン=ドイツでは貴族を現す)ファブレは元は王族の私生児だったんでしょうね。

ショウブのほうは、知名度アップ&見聞を広めるために親善大使一行に同行しました。
立場は「親善大使補佐官」です。次期侯爵になるべくとにかく色んなところに顔を売る必要がある。侯爵夫妻は秘預言のことを知っていますが、ルークの死しか詠まれていないため同行を了承したという設定。文武両道の文官。剣土。21歳。
ミリアは、憧れのルーク様の旅に兄が同行すると知り、わがままを言って同行させてもらいました。ただの貴族令嬢でそれ以上のしがらみはないので、気楽なものです。譜術土。最初はルークのことをキムラスカの王子様として憧れる気持ちでみていましたが、旅をする過程で本気になったっていう。

2014/05/21
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