アッシュ夢ですが、アッシュに厳しい話です。
アッシュとルークが可哀想な話になりました。




 今日も今日とて、特務師団ミリア・ショウブ副長官の机は未処理の仕事で埋め尽くされる。

「ショウブ副官、スチュアート詠師より、ダアト北部に出現した魔物の討伐要請が特務師団に下りました。至急とのことです」
「師団長は?」
「それが出払っているそうです」
「――そう。またですか」

 バキィッ――ミリアの手に握られていたペンが真っ二つに折れた。今週に入ってから4本目だ。
 ミリアは使い物にならなくなったペンを机の横に置いてあるゴミ箱に投げ捨て、イスから腰を上げる。出入り口の傍にあるコートハンガーから、特務師団のシンボルである黒衣に赤色の紋様が施されたコートを掴み流れるような動作で羽織ると、部下を率いて、ダアトの近辺に蔓延る魔物を一掃すべく街を出た。





 レプリカルークの超振動による、アクゼリュス崩壊。
 親善大使一行に真実を暴露するアッシュはルークに対する悪意を隠そうとしない。どうして俺とお前がそっくりだと思う? それはテメェが俺の複製人間だからだ――と皮肉った顔で語っていたアッシュであったが、次の瞬間、後頭部に高速で飛んできた書類の束が当たり、無様にも顔面から転んだ。
 シリアスな場面がたちまち瓦解する。
 衝撃の事実に呆然としていたルークは、ちがう意味で呆然とする羽目になった。ルークにアクゼリュス崩落の責任を押し付けた一行も同様である。

 顔面からこけるなんて、小さな子供じゃあるまいし、なんて恥ずかしい。

「〜〜どこのどいつだ! 俺の頭にこんなもん投げやがった馬鹿は!!」

 ブッ殺すぞ、と顔面から転ぶという無様な醜態をしたアッシュは羞恥心を怒りに転換させて、吠える。
 彼の怒号に迎え撃つかのように、かつ、とユリアシティの紫色の床をヒールで鳴らして、1人の女性が現れた。20代後半ほどの女性は黒衣に赤線のコートを羽織っていた。イオンが「ミリア副官」と女性の名と思しき名前を呟く。

「それはこちらの台詞です、アッシュ師団長」
「テメェ、ミリア! どういうつもりだ!」
「何がです?」
「人の頭にこんなもん投げつけやがって! 打ち所悪ければ死ぬだろうが!!」
「ええ、そうですね。ですが、悪意はありませんでしたから。街中の殺人は私怨だと立証されない限り逮捕できませんから、貴方が死んでも事故として処理されるでしょうね」
「!?」

 だから、貴方が死ななかったのがとても残念でなりません――とでも言い出しそうな歪んだ顔でミリアは言った。
 短気なアッシュがキレるのは速かった。

「ミリア、テメェ「貴方が今の今まで溜めてきた仕事、犯罪行為を尻拭いさせられて、大変遺憾です」……は?」

 アッシュがキレるタイミングを見計らって、淡々とした口調でミリアはしゃべり始めた。

「カイツールでファブレ公爵子息に切りかかったそうですね。キムラスカより苦情が届き、詠師を通じて私の元まで届きました。一体どういうことなのか納得がいく説明をしてください」
「それはこのクズが、」
「私情ですか?」
「……」

 アッシュは苦々しい表情で舌打ちをついた。
 ミリアの眉は跳ね上がった。

「ファブレ公爵子息に襲い掛かった理由は私情かと私は聞いています。これ以上だんまりを貫くようなら、貴方の私情と見なします」
「……」
「……私情なのですね。わかりました」

 ミリアは溜息を吐いて、アッシュから視線を逸らした。
 アッシュは激しい動揺を覚えた。副官のミリアは今の今までアッシュを支えてきた女性である。アッシュが10代半ばという年頃で特務師団長という重い肩書きを背負えたのも、一重に彼女の助力あってこそ。
 10歳以上年の差があるミリアのことを、アッシュは秘密裏に慕っていた。だからこそミリアに見捨てられたような気がして、あたふたとしてしまう。

「おい、ミリア」

 アッシュの声を無視して、ミリアは床に落ちた種類の束を拾い上げるとイオンに向き直った。

「導師イオン、ご無事で何よりです。導師イオンが障気に溢れたアクゼリュスに向かったことを聞いて、我々神託の盾騎士団一同、心よりご無事をお祈りしておりました」
「……すいません」

 障気に溢れたアクゼリュスに行くなんて無謀にも程がある――と、遠回しに嫌味を言われているような気になり、イオンは申し訳なさげに謝った。
 ミリアはにっこりと微笑を浮かべ、イオンに書類の束を手渡した。

「導師イオン、これをお受け取り下さい」
「これは?」
「特務師団長の今までの問題行動を列挙したものです」
「え?」
「導師イオン、私ミリア・ショウブは特務師団長副官として、アッシュ師団長の特務師団長解任を要求致します」
「え!?」

 アッシュはぽかんと口を開けた。
 イオンは自分の手の中にある書類が、アッシュの軍事生命を左右する恐れに気づいて、慄いた。

「すでに導師イオン以下、大詠師モースを筆頭に全詠師のアッシュ特務師団長解任の了承を得ています。あとは導師イオンの了承のみとなっております」
「それは……アッシュの特務師団長解任はすでに決定事項ということですか…」

 イオンは苦々しい表情で言った。ミリアは否定しない。
 イオンはダアトの頂点に立つ人間であるが、独裁政権ではないため彼の私情を押し通すことは基本的に出来ない。どんなにイオンが言葉を尽くしても、イオン以下の大詠師、詠師が反対を示せば、多数決でイオンの意見は否決される。だから、イオンの了承など本当はさして必要ないのだ。しかしミリアは、最終的な決定権はイオンにあると見せかけるための体裁を重んじた。
 それは導師イオンの立場を重んじてだ。彼女の厚意に感謝こそすれ、恨むことなどできない。イオンは視線を落とし、書類に目を通す。一枚、一枚と書類に目を通していくうちに、イオンは深く嘆いた。アッシュの罪状は膨らみすぎて、イオンが庇える限度を到底超えていた。これでは庇いきれない。イオンは苦々しい溜息を落として――近くにいたアニスに命じた。

「アニス、ペンを」
「えっ、あ…っ、はい!」

 アニスは慌てて懐から事務用のペンを取り出す。
 ペンを受け取ったイオンはインクの出を確かめて、一枚の書類にサインを書いた。インクが乾く前にミリアに返す。

「たしかに、受け取りました。――特務師団長アッシュ。本日付で貴方は特務師団長解任となりました。と同時に神託の盾騎士団から貴方を除名致します。これは導師イオン以下主席総長を除く上層部一同の総意です。ローレライ教団は今後一切貴方の行動に責任を持ちません。即刻その軍服を脱ぎ、返還するように」

 ミリアは一枚の書類を丸めて、アッシュに投げた。
 受け取ったアッシュは書類を広げて視線を走らせて内容を飲み込むと、わなわなと震えた。

「ミリア!」

 アッシュは納得できないと顔を歪めて、ミリアの肩を掴む。その手を掴むと、ミリアは流れるような動作でアッシュの足を払った。ユリアシティの床に転がされたアッシュは後頭部を強く打ち付ける。アッシュが本物のルークと知ったばかりのナタリアは小さな悲鳴をあげて、アッシュに駆け寄るとミリアを睨みつけた。
 ミリアはナタリアの視線などまったく気にも留めず、床に転がったままのアッシュを凍てついた眼差しで見下ろした。

「まったく…。いつまでも子供のように振舞って。あなたは軍隊の長である自覚がないのですか」
「っ、ミリア…!」
「そのように居場所を奪われただの何だの言うのでしたら、サッサと軍人を辞めて家に帰れば良かったでしょう。子供の遊びの延長線のように、”居場所がないから仕方なく軍人をやっている”貴方を上司に持つ、部下の身にもなってください。どれだけ今まで振り回されてきたことか」
「っ……」

 アッシュは唇を強く結んだ。反論の余地はなかった。
 ナタリアが言葉を尽くして慰めるが、どの言葉もアッシュの胸に響かない。
 初恋を捧げた少女の言葉よりも、ミリアの一言一言が鋭くアッシュの心を突き刺した。
 ミリアは唇をゆるりと釣り上げて、笑った。

「でもこれで貴方の面倒を見なくていいんですね。さようなら、アッシュ」
「ミリア――!」

 待ってくれ、と伸ばした手は届くことなく、ミリアはアッシュを置いて一人で歩きだしてしまう。
 慌てて追いかけようとするアッシュが踏み出した足は、それ以上進むことはなかった。
 この場に留めようとする確かな意思を持って伸ばされたナタリアの手が、アッシュの服の裾を掴んでいた。

 特務師団長を辞めてもいいじゃありませんか、あなたは”ルーク”なのですから――ナタリアは青褪めるルークのことなど見向きもせず、アッシュを”ルーク”として扱う。
 アッシュの背筋に冷汗が滑った。
 居場所を奪われた、そう言ったアッシュが今度はレプリカルークの居場所を奪ったのだ。ナタリアはもうレプリカルークのことなど偽者としか見ていない。婚約者に向ける熱い眼差しと、親愛はアッシュへと移り変わった。その瞬間を、アッシュは確かに見てしまった。

(俺が取り戻したかったものが、これなのか)

 ナタリアの――都合が良い相手がいれば、簡単に移り変わる――愛情と、”ルーク・フォン・ファブレ”――自分にとって都合の良い男性ならば誰がルークでも同じことだと肯定する婚約者がいる――立場。こんなものが、アッシュが取り戻したかったものなのか。
 夢にまで取り戻したかった立場が、触れれば崩れてしまう幻想へと変わる。違う、こんなものが欲しかったわけじゃない。なら、何が欲しかったのか。わからない。どこへ行けばいい。どこへ――もう、特務師団長のアッシュという立場さえ失ってしまったというのに。

「ミリア、」
「”ルーク”!」

 他の女の名前を呼ぶなと、ミリアに意識を向けるなと責め立てるような声がアッシュの身を襲う。
 ルークがそこにいるのに。
 何の躊躇もなくナタリアが自分を”ルーク”と呼ぶことが、アッシュには怖くて堪らない。
 そんなに簡単に摩り替わってしまう愛情を、欲しがっていた自分が哀れでならなかった。



END.

アッシュはべつにどうでもいいんですが(ツン)、ルークが可哀想ですよね(デレ)。

2012/10/18
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