「ヴァン・グランツぅ?」
ティア・グランツから聞いた名前に、ルークは嫌そうに顔を顰めた。タタル渓谷を下りながら、女は話を続けた。
「ええ、そうよ。私はあなたたちを襲ったんじゃなくて、ヴァン・グランツを襲ったの。誤解しないでちょうだい」
「誤解も何も事実だろーが。人ン家に入り込んで譜歌使っておいてよく言うぜ」
「だから、それは言ったじゃない。あなたたちを巻き込まないようにするためだって」
「ヴァン謡将を襲うためだかなんだか知らねーけど、人ン家で襲ってる時点で俺たちを巻き込んでんだよ! いい迷惑だぜ、まったく!」
「だから、それは謝ったじゃない……。悪いと思ってるから、こうしてあなたを家まで送り届けようとしているのよ」
ティアはさもルークの理解力が不足していると言わんばかりに呆れた溜息を吐いた。ルークはこっちのほうこそ溜息をつきたい気分だと、ティアを睨む。
ND2018年・レムデーカンレム23の日。木枯らしが吹く寒い日のことだった。
白昼堂々、ファブレ公爵家に押し入った犯人は譜歌で家人を眠らせると、たまたま訪問中だったヴァン・グランツを襲い、ルークとの間に疑似超振動を起こした。
疑似超振動の収束先はどうやらマルクト帝国だったらしく、ルークは目が覚めるとティア・グランツと名乗った賊と共にタタル渓谷にいた。もっとも、現在地を知っているのはルークだけのようだが。ルークは頭の抽斗から、セレニアの花の名所を引っ張りだし、月の方角を見て、おおよその位置を把握した。ティアはどうやらそういう知識はないらしく、セレニアの花を見ても綺麗だという感想を漏らすだけだった。
魔物を警戒して移動を急かすティアととりあえず行動は共にしているが、ルークはさっさとティアと別れたかった。自分の家を攻撃した犯人と行動を共にしたい奴なんて、ふつういないだろう。ルークもそうだった。……とはいえ、一人で行動するのは不安が残る。
(義父上か兄上、迎えにきてくれねぇかな……)
ティアに背中は見せたくないので隣を歩きながら、ルークは心細い思いを抱えていた。二人の匂いを嗅ぎつけた魔物が木陰から現れて、なんとか撃退する。戦闘中、自分のうしろに隠れて指示を飛ばすティアに、ルークが不信感を募らせたのは無理からぬ話だ。
タタル渓谷をくだると、運良く卸者に会えた。
ルークは現在地がマルクトだと知っているため、近隣の村まで送ってもらえるように頼んだ。近隣の村までなら、運賃はなぜか魔物が持っていたお金で足りる。卸者はルークが手渡したお金を受け取り、ルークが馬車に乗りやすいようにタラップをおろしてくれた。ルークはようやく一息つけると言わんばかりに、馬車に乗り込んだ。
窓際の奥まった席に座って、背を預けると早々に休息を得ようとする。いつ家に戻れるのか先行きが不透明なため、消耗した体力をなるべく回復しておきたかった。ルークが寝ようとしたら、遅れて馬車に乗り込んできたティアが口うるさくしゃべる。
「ルーク、あなた近隣の村まで送ってもらえるよう卸者に交渉していたけれど、家に帰りたくないの? どうせなら首都まで送ってもらえばいいのに」
「首都までの運賃なんて持ってるわけないだろ」
「ああ、そういうこと……それなら大丈夫よ。私がどうにかしたから」
ティアは悲し気に眉を寄せて、ルークから顔を逸らした。ルークは彼女の胸に飾られていた、紫色の宝石――スタールビーのペンダントがなくなっていることに気付いた。
「……おまえ、もしかしてペンダント手放したのか? 首都までの運賃で?」
「……そうよ」
「バッカじゃねーの!? あれスタールビーだろ!? ただでさえスタールビーは貴重なのに、あんな大きさなら家買えるぞ。明らかに首都までの運賃と釣り合ってねーじゃねえか。――おい、オヤジ!」
ルークは、今まさに馬車を出発させようとしている前座席に座った卸者に声をかける。卸者はぎくりと肩を震わせていた。――ぼったくった自覚があるのだろう。
「近隣の村まで行き先変更だ。運賃は、……ほらよ。こいつのペンダント返せ」
「……いや、だが、」
「ああ? ――ぼったくり卸者として悪評流したいのか?」
卸者はティアのペンダントを返すのを渋った。ルークの話を聞いて、価値を知ったせいだろう。だがルークは許さない。義父と兄譲りの強面をして卸者に脅しをかける。ぐっと黙り込んだ卸者に「俺は顔が効くぞ」と脅しを強めた。ぼったくり卸者として取引先を失いたくないなら、素直に返せ――ルークの脅迫に屈した卸者は未練がましく鈍い動きで、懐に収めたペンダントを取り出して、返す。
ルークはペンダントを受け取り、代わりにその手に近隣の村までの運賃を握らせた。少々多めに色をつけて。卸者はそれでとりあえずは納得したらしい。出発すべく馬の手綱を引く。すこしして、馬車はゆっくりと動き出した。
「ほらよ」
ルークがペンダントをティアに渡すと、ティアは呆然と口を開けていた。じわじわと頬に朱がのぼると、ティアは小さく笑った。
「あ……ありがとう……」
ルークは顔を顰めて「どういたしまして」と窓の外を見る。こんなことするつもりじゃなかった。
馬車はタタル渓谷より北東に進み、エンゲーブにたどり着いた。
途中、ルークたちのすぐ傍を一台の馬車と陸上走行艦が通り抜けて行った。どうやら馬車を追跡しているらしい。陸上走行艦の追跡を阻むためか、馬車はローテルロー橋を通り抜けると手投げ弾を投げて橋を破壊した。おどろくことに。
あまりの事態にルークは言葉もなく一部始終をただ呆然と見守った。運転していた卸者も呆然としていて「なんてことしやがる」と一言嘆くだけで精一杯のようだった。
ルークは卸者と仲良く精神的なショックを受けながら、馬車をおりる。卸者に礼を言い肩を励ますように叩くと、卸者はたそがれたような笑みを浮かべて重たい足取りで仕事に戻った。
「このあと、どうするかな……」
「とりあえず、宿を取りましょう。それから考えればいいわ」
ティアが提案する。一泊するのに異論はないが、ルークはその後のことを考えている。
ティアはエンゲーブにたどり着いて、ようやく現在地がマルクトだと気付いて、ばつの悪そうな顔をしていた。彼女に土地勘がないのは明白だ。ティアに送ってもらうより、地図を見て、自力で帰ったほうが早い気がしている。とはいえ、一人旅は盗賊や追剥に出くわす危険性がある。
キムラスカ王国とマルクト帝国は現在小康状態にあり、戦時中ではないからいくらかはマシとはいえ、治安はあまりよろしくないのだ。
街や村などには治安を守るための兵士が配備されているが、一歩街の外に出れば安全は保障されない。だから、街や村の外は私怨でない限り、殺人罪は適用されない。盗賊といった連中はそれを理解して、旅人を襲って金品を強奪する。そのため、一人旅はよっぽど腕に覚えがない限りは避けるのが常識だ。
ルークは多少剣は扱えるが、それだとて義父に教えてもらったものだ。習ったのは実戦的な剣術だが――それにルークが気付いたのは図らずも魔物との戦闘中だった。義父は攻撃は最大の防御だと言わんばかりに、相手を殺害することに特化した剣術を教えてくれた。おかげでルークは魔物の急所を一撃で仕留めて、怪我は全然負っていない――経験が不足しているため敵が多かったら勝てる気はしない。
ティアと二人旅も論外だ。軍人である義父を長く見てきたルークは、彼女の未熟さに気付いている。傭兵を雇うか、あるいはバチカルに向かう商人たちの護衛になるか――一応ルークは戦闘できるので、足手まといにはならないので、戦力の一つとして歓迎されるだろう――迎えを待つかの三択だ。
迎えを待つのが一番安全で楽な方法だ。傭兵を雇うにしても先立つお金がない。バチカルに向かう商人たちと行動を共にするのが、一番いいかも知れない。商人に紛れて旅券を発行してもらえば穏便に国境を越えられる。
幸いルークたちがいるのはエンゲーブだ。エンゲーブは世界各地に食糧を出荷している。エンゲーブからケセドニアまで護衛を申し出ればケセドニアまでは難なく行ける。ケセドニアまで行けば、そこからまたバチカルに向かう商人の護衛をやるなり、義父に連絡をいれて迎えにきてもらうなりすればいい。
ルークはこの先の方針を決めながら宿までの道を行く。
途中、露天商の親父が不審そうな目で見ていたが、ルークは気にしないつもりだった。村人に不審な目を何度も向けられるまでは。
「……なんか、ギスギスしてんな」
「そうね……」
宿屋に到着するまでに、ルークたちは村人から鋭い視線を浴びせられた。排他的な村ではよそ者に向けられる視線は厳しいと聞くが、エンゲーブはそれに当てはまらない。世界各国から食糧を買い付けに商人がやってくる農村で、食糧事情を一手に担っていることもあり、マルクト皇帝の保護も厚い。
そのような村で、これほどまでに厳しい視線を向けられる理由が思い当たらなくてルークたちは居心地の悪い思いをしたまま、宿屋に入った。
そうしたら、ツインテールの女の子が宿屋の店主と話をしていた。女の子がバッと振り向く。ルークたちの姿を見るなり女の子は話しかけてきた。
「あのぅ、ちょっといいですかぁ? 緑の髪の男の子を見かけませんでしたか? ぽやぁっとした雰囲気の男の子なんですけど」
ルークは見ていないと首を横に振るが、ティアは思い当たるようで「見たわよ」と答えた。
「ほんとですかぁ!? どこにいましたか?」
「倉庫のようなところにいたけれど……」
「倉庫? ……イオン様ってば、まだ食糧泥棒の件気にしてたんだ。ありがとうございますぅ!」
女の子はぼそりと小声で何かを呟くと、ルークたちにお礼を言った。忙しそうにルークの横をすり抜けて宿の出入り口から出て行く。木枯らしのように通り抜けていった女の子の背を見送り、ルークは不思議そうな顔をしたが、まあいいかと思いなおす。カウンターにいた店主に近付いた。
「あのー、一泊泊まりたいんだけど。ついでにこの辺で、外套とヘアゴム買えるところないですか?」
「いらっしゃい、そういう店なら心当たりあるよ」
ルークたちが客だとわかると、店主は愛想のいい笑顔で歓迎する。ルークは苗字を隠して、宿の記帳に自分の名前をサインして個室を取る。ティアが私の分は?とあからさまに顔を歪めたので、自分で勝手に取れと、記帳用のペンを差し出した。ティアの分まで宿を取る義理はない。
店主に外套とゴムが買える店を教えてもらい、ルークはティアが宿の記帳にサインしている間に宿を出る。自分を引き留めようとするティアの声が聞こえたが、ルークは知らんぷりをして店に向かった。
教えてもらった店は露天商だった。女性が好みそうなアクセサリーや髪留めが置いてある。
「へえ、いろいろ置いてあるんだな」
露天商にしておくのにもったいないラインナップだった。ルークが目的のゴムを物色していると、新しく客がやってきた。
「なにかジョゼット姉さんに土産になりそうなものがあるといいんだが……ん?」
「は?」
ルークは客と見つめ合う。客はおどろいた顔で硬直していた。ルークもびっくりして固まる。しかし二人は同時に我に返ると、互いを指さした。
「ルーク!?」
「ガイ!?」
「なんでおまえがここにいるんだ!?」
「ガイこそなんでだよ!? おまえグランコクマにいるはずじゃ!?」
「俺は今からピオニー陛下の勅命でバチカルに……そのバチカルにいるはずのルークがなんでここにいるんだ!? ここはバチカル……いや、エンゲーブでいいんだよな!?」
ガイはルークより動揺がひどく混乱しているようだった。ルークはガイのおどろきようを見ていると、だんだんと落ち着いた。自分よりおどろいている人を見ると落ち着くというのは本当だったらしい。
「あー、ガイ、そろそろ落ち着けよ。ここにいる理由を話すから。その代わり、おまえも理由を話せよ。いいな」
「え、あ、あー……ああ、わかった。……嫌な予感はするが……」
「その予感当たってるぜ」
「おいおい冗談だろ……」
ガイは深く溜息を吐いて肩を落とす。ルークはガイの肩に腕をまわすと、そのまま宿屋に引きずっていった。もちろん、目的のヘアゴムは購入して。
宿に戻るとティアの姿はなかった。店主に話を聞くと、ルークを追って出て行ったらしい。この狭い村で、どこで道草を食っているのか知らないが、ティアが戻ってきたら間違いなく面倒なことになる。
ルークは自分が泊まる部屋にガイを連れ込み、いまだに肩を落とす彼をベッドに座らせた。
「それで、いったいなにがあったんだ?」
「簡潔にいうと、ティア・グランツとかいう女が俺ン家にたまたまきてたヴァン・グランツを襲った。で、ティアとの間に疑似超振動起こして、今俺はここにいる」
「……なるほど、ちょっと待ってくれ」
「ティア・グランツって名前でわかるように、どうもヴァン・グランツの妹らしい。つまりは、ガイの家に代々仕える騎士の一族ってことだな」
「……うん、わかったからちょっと待ってくれ」
「俺を保護しろ」
ルークが不躾にいうと、ガイは頭を抱えた。理解が追い付かず混乱しているのだろう。ガイは抱えた頭を掻きむしり、気が済むまで唸り声をあげると、諦めたように溜息を落とした。
「……わかった。どうせバチカルに向かうし、ルークをほっとけないからな……。いいぞ。あ、でも今の俺はガイラルディア・ガラン・ガルディオス伯爵としてピオニー陛下に密命を受けている。俺の任務に協力してくれると嬉しいんだが」
「その任務の内容次第だな。で? 内容は?」
ルークはにやりと口角をあげて交渉する。ガイの眼が鋭くなった。
「密命だぞ?」
「内容も知らずに協力すると思ったら大間違いだぜ、ガーイ」
二人の間にゴングが鳴る。
「ルークを保護する恩をこの件で返してくれてもいいんだぞ、ルーク」
「俺ン家を襲った奴が、フェンデ家の者だと知ってそんなこというのか? 主人の命令でうちを襲ったことにしてもいいんだぜ」
「……」
「……」
「――それはずるいだろ、ルーク!」
「恩着せがましい奴に譲歩してやる必要なんてないね! 俺の協力がほしいなら俺を説得できるように密命の内容を明かすか、いっそ黙ってろ!」
「調子にのりやがって、おまえ可愛げがなくなったな! アッシュに似やがって! そんなところ似なくていいんだぞ!」
「おまえのいう可愛げってのは、扱いやすいって意味だろ! それなら俺は可愛げなんてなくていいね!」
「大体な、俺の協力がほしいなら密命の内容を明かすか〜なんて言ってるけど、納得できなかったら協力してくれないんだろ」
「当たり前じゃん」
「ほら! そーいうのすごくずるいぞ、ルーク! 話聞くだけ聞いて、納得できないからやっぱり協力してやんねーって言い出す気だろ、おまえ!」
ガイはずるいずるいと繰り返す。子供のような語彙力だが、これでもピオニー陛下の覚えがいい伯爵様だ。
ルークとガイは互いに睨みあい、しばらく経って同時に溜息を吐いた。引き分けだ。
「……密命に協力してくれないと保護できそうにないんだよ」
「俺を脅す気か、ガイ?」
「そういうわけじゃないんだが、俺の補佐役として同行してる軍人に癖があってな……。ジェイド・カーティスっていうんだけど、……ルークもわかるだろ?」
「レプリカの生みの親か……」
ジェイド・カーティスには因縁がある。ルークは、レプリカだ。
家族は全員そのことを気にしたことはないが、ルークと被験者である兄の間に何か起きたときのために研究は進めているという。
ガイもルークの正体は知らされていた。ガイは、一年前までキムラスカ王国――正確にいうと現ファブレ公爵が保護していた。ホド戦争に参加した義父がまだ幼いガイとマリィベルを見つけ保護したのだ。ガイの成人を機に二人はファブレ公爵家を離れ、義父が預かっていたガルディオスの宝剣を手にガルディオス伯爵家を再興した。
兄弟のように育ったガイとルークと義兄の関係は良好で、国同士の関係はさておき、今だにガイとファブレ公爵家との関係は途絶えていない。戦争中であれば両家のやり取りは咎められるものだが、両国の関係は年々悪化しているものの戦争まではいっていない。
インゴベルト陛下はさておき、ピオニー陛下は両家の関係を知っている。だからこそ、今回の密命はガイに与えられた――と、ガイは思っている。
「ああ。左官なんだが、態度がでかい。しかも嫌味ったらしい。人の弱みに付け込む悪魔のような男だ」
「そんな奴を補佐にしてバチカルに行くのか? 戦争でも吹っかけるつもりか?」
「ちがうちがう、逆だ、逆。今回の密命、本来なら与えられたのはジェイドなんだよ。預言でな。だけどピオニー陛下はジェイドのことを懸念して、責任者を俺にしたってわけだ」
「……ガイ。今ので俺、密命の内容わかっちまったんだけど」
ルークが渋い顔でいうと、ガイは疲れた顔で小さく息を吐いた。
「あー……気付かなかったことにしてくれ。で、話戻すけど、ジェイドがルークの正体に気付いたら、まず間違いなく協力を要請するだろう。断ったらあいつのことだから、……監禁くらいはするかも知れない。それか事後承諾で協力したことにするか」
「そんな危ない奴をバチカルに連れて行くってのか? 喧嘩吹っかけにきたと思われるぜ」
「本当は置いて行くつもりだったんだよ。ピオニー陛下の許可も取って。それがいつの間にか、あいつ導師をダアトから連れてきて和平仲介役にしているし、……俺も今さっき合流したところでな」
ガイは懐にある文書を取り出した。皇帝陛下の御璽が捺された文書だという。ルークに中身を見せることはできないが、和平親書らしい。
ガイはピオニー陛下から和平親書を預かり、ジェイド率いる第三師団が出払っている隙を見計らい、グランコクマを出立した。わずかな護衛と補佐役を連れて。
そのままバチカルを目指す予定だったが、途中でピオニー陛下より伝書鳩が届いて、ジェイドがダアトに向かい導師を和平仲介役にしたことを知った。和平仲介の名目で導師を連れ出した以上、ジェイドはともかく導師をほったらかしにすることはできなかった。そこでガイは、ジェイドたち第三師団合流をしたというわけだ。
「……ガイ、ジェイドになめられてるな」
話を聞き終えたルークは眉を顰めた。
「なめられているというか……。まあ、越権行為が過ぎるのは、俺だってわかってるさ。……だけど、いろいろこっちにも事情があるんだよ」
「事情?」
「ああ……。俺はまだ貴族になって一年しか経ってないからな。しかも、俺はファブレ公爵家の縁を隠しているわけじゃない。……ホド戦争が終結してからも小競り合いは続いているし、ファブレ公爵家と縁故があることでいろいろ嫌疑をかけられていてな。スパイ疑惑とか、戦争の旗頭とか。そういう嫌疑を晴らすためにも、ピオニー陛下は俺を密命の旗頭にしたわけだが……ジェイドから見たら俺は不安要素なわけだ。密命を成功させて嫌疑が晴れればいいが、密命が失敗して嫌疑を晴らせなければ、俺を選んだピオニー陛下の政治手腕が問われる」
「つまり、ジェイドの行動はピオニー陛下のためってわけか」
「そういうことだ。ジェイドは自分の悪名が轟いていることはわかっている。そのうえで密命の同行員にさせられたリスクも十分知っているのさ。だから、導師を連れて行こうとしているんだろう。導師は、平和の象徴だからな」
どうやら複雑に思惑が絡み合っているようだ。ややこしい事態にルークの眉間の皺が深まる。
「なんか厄介なことになってるんだな……。いいぜ、密命の内容も察しがついたし、協力してやる。その代わり、ちゃんと保護しろよ」
ルークが眉間の皺を解いてにかっと笑うと、ガイは安堵したように頬を緩めた。
「助かる。……フェンデ家の者もどうにかしなきゃな」
「それなんだけどさ」
「うん?」
「たぶん、何とかなっていると思う」
ルークは曖昧に言葉を濁す。ガイが不思議そうに眉根を寄せるが、ルークも現状でははっきりと確かなことは言えないのだ。推測でしかないから。
だが、今回の一件――ティアがファブレ公爵家を襲ったのは、ルークたちにとっても、都合の良い一件だと言えた。
(義父上と兄上が、今回の件を利用しないと思えないんだよなー)
ルークは自らの思惑を胸に秘めて、フェンデ家の始末に悩んでいるガイに「ジェイドと導師イオンを紹介してくれ」と言った。
2017/02/28
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