ダアト捏造(−グランツ兄妹)/アニス兄主/リグレット夢
*******
「導師の行方がわかった。迎えに行く」
ミリアが妹から届いた走り書きのような手紙を見せると、リグレットはすぐさま頷いた。今もなお混乱の爪痕が濃く残るダアトを留守にするのは些か気が進まないが仕方ない。サッサと導師を救出してしまおう。ミリアは立ち上がると、導師を迎えに行くべく、準備を整えはじめる。と、同時にキムラスカから飛び込んできた情報に溜息を吐いた。
「――嫌なことが続く」
ミリアの苦々しい声にリグレットは同意した。
*
空を埋め尽くすほどに飛び交うグリフィンの群れが、タルタロスを目指して空を駆けていた。
先頭に立つ者を除いて、グリフィンの背に乗る者たちは皆一様に同じ甲冑を纏っていた。左右に展開する集団はローレライ教団の神託の盾騎士団の旗を掲げていた。
「オラクル兵の襲撃か!?」
襲撃かと思い、艦長はすぐさま別室にいるジェイド・カーティスに連絡を取る。すると対応は任せるという答えが返り、艦長は即座に警告射撃を行うように指示した。ドンッと大きな音と共に、空に火花が散った。グリフィンの群れがざわりとざわついたが、部隊を率いる黒依の男性が右手を広げると収まった。
艦長はスピーカーのスイッチをオンにして、警告する。
『当艦はマルクト帝国軍所属の陸艦である。オラクルが何用か!』
マルクト帝国軍所属であることを明らかにして、攻撃を仕掛けてこないよう牽制した。以後、タルタロスが神託の盾騎士団から攻撃が加えられた場合は、マルクト帝国への攻撃となる。
黒依の男性は、隣のグリフィンに跨る金髪の女性に指示する。金髪の女性はこくりと頷くと、懐から取り出した譜業でしゃべりはじめた。
『こちらは神託の盾騎士団・次席長ミリア・タトリンが率いる特殊部隊である。マルクトが誘拐した導師イオンをお迎えにあがった。其方の責任者と話したい』
艦長以下、第三師団の兵たちは皆困惑した。
導師イオンを誘拐とはどういうことなのか。てっきり和平の妨害にかこつけて、大詠師が対立している導師の殺害を企てたのかと思ったが……。対応に困り果てた艦長のもとに、ジェイドから連絡が入る。
『神託の盾騎士団の話を受けてください。ただし、神託の盾騎士団の中から代表者を選出してもらい、その数は五名以下に絞ってもらえるよう交渉を。それ以外の神託の盾騎士団は決してタルタロスに近寄らせないように。近寄れば攻撃意思があるとし、自衛のため攻撃もやむなしと判断することも伝えてください。艦長以下操縦士、砲撃手を残し、艦橋に集まるよう部下達には内部通信で指示を。私も直ちに其方に向かいます』
艦長は指示通りに行動する。
神託の盾騎士団の代表は部隊長と思しき黒依の男性と、それに付き従う金髪の女性、仮面の少年だった。
三体のグリフィンが艦橋に降り立つ。
艦長の指示を受けて艦橋に集まった第三師団の兵たちは、三人の姿を直視するとおのずと警戒した。
仮面の少年――烈風のシンク、金髪の女性――魔弾のリグレット、そして黒依の男性――次席長ミリア。総長不在時など緊急時において主席総長代理を勤める人物である。そのためダアトから動くことは滅多にないが、ミリア・タトリンの名前は各国に轟いている。というのも、神託の盾騎士団の暗部として名高いからだ。ローレライ教団にとって害悪と判断された事案をすべて処理する、暗部の部隊長。そんな噂を持つ黒依の男性は三十路ほどの、黒髪栗色の双眸の男性だった。
「ローレライ教団神託の盾騎士団の次席長ミリア・タトリンだ。此方は総長付副官のリグレット、参謀総長シンクだ。先程お話したとおり、導師イオンのお迎えに参った。直ちに導師イオンを返していただきたいのだが……其方の責任者は?」
「こちらはジェイド・カーティス大佐が率いる第三師団です。大佐は今参られます」
「そうか。なら、しばし待たせてもらう」
「――その必要はありません。早速話を始めましょう」
ジェイドが不遜な笑顔を貼りつけて艦橋に現れる。彼の背後には、導師イオンとアニスたちの姿があった。
「ジェイド・カーティス大佐か」
「ええ」
頷くジェイドを厳しい目で見たあと、ミリアは導師とアニスの姿を確認すると表情を和らげた。
「導師、ご無事で何よりです。心配致しました」
「すみません……ご迷惑おかけしました」
「いったい何があったのか、事情をお聞かせ願いたいのですが……よろしいですか?」
「もちろんです。マルクト帝国に和平協力を頼まれて、僕たちは今ここにいます」
「大詠師はマルクトによる誘拐行為だと仰ってましたが」
「とんでもありません! マルクトは僕がモースに軟禁されていると思って、ダアトから連れ出してくれたんです。決して誘拐ではありません」
イオンは慌ててマルクトを弁護する。
「……誘拐は誤解があったようですが、導師を連れ出す際の方法についてはマルクトにお聞きする必要があります。――カーティス大佐、貴方は導師イオンを連れ出す際、教団の信者たちを誤報により扇動しダアトを一時的に混乱させた疑いがある。この件に関してどう説明を?」
ミリアはイオンに向けていた視線をジェイドへと移す。その目は鋭く、ジェイドの胸中を暴こうとしていた。
「おや、ダアトでは暴動が? それは大変でしたね」
しらばっくれるジェイドにリグレットが柳眉をつりあげた。
「とぼける気か!?」
「リグレット」
「……失礼致しました」
ミリアに名前を呼ばれ、リグレットはハッと目を瞠るとすぐさま頭を下げた。
「今のところ確証はない。この件に関する追及は今はやめておこう。だが、神託の盾騎士団はかならず証拠を見つけ出し、ダアトを混乱させた犯人を逮捕する。その際は厳しい追及になることを覚悟しておくといい」
「私に言われましても。何しろ無関係ですから」
「そう言えるのも今の内だよ」
シンクが冷たく吐き捨てた。
「導師イオン、ただちにダアトにお戻りください。教団に問題が発生しました」
「問題?」
「キムラスカ王国軍ファブレ元帥の家を、神託の盾騎士団情報部所属のティア・グランツが襲撃しました。その際に王位継承権を持つ王女の婚約者であるルーク・フォン・ファブレ様が擬似超振動により行方不明になってます。大詠師モースはキムラスカ国王に慈悲を願っていますが、反応はかんばしくありません。犯人を引き渡すまで、主席総長の身柄はキムラスカ王国預かりとなりました。対応を誤れば教団全体に災いが降りかかります」
「な……」
イオンたちは揃って絶句した。
「ティア……?」
イオンとアニスの視線がゆっくりと自らの背後に向かう。そこには、ローレライ教団の軍服に身を包むティア・グランツが顔色を失って佇んでいた。
「どういうことですか……? ルークの家で、ヴァンを殺そうとしたという話は聞きました。けど、まさか、ルークの家を襲ったなんて……なんてことを……」
「誤解です! 襲ってなんていません! 言い掛かりです!」
ティアは焦った様子で弁護する。ミリアたちはキムラスカと問題を起こした犯人がイオン達と共にいるとは知らず、驚愕に目を瞠っていた。ミリアはティアの斜め後に立つルークに気付いて、さり気なく目を動かして彼の無事を確認する。
「私はルークたちを巻き込まないように配慮しました。それを襲撃だなんて……心外です」
「その配慮とはいったいどういうものだったんですか?」
「ユリアの譜歌で家人を眠らせ、その間にヴァンを襲うという方法を取りました。これなら無関係の人間を巻き込むことなく、ヴァンを殺害できるはずでした。……ルークが邪魔をしなければ……。ルークとの間に擬似超振動が発生したのは想定外でした」
ティアは悔しさと罪悪感を滲ませて下唇を噛んだ。
「あなたは……何をいってるんですか?」
イオンはティアを見たあと、信じられないように首を振った。まるで、ありえないと自身と思考が異なる人物を否定するような仕草だった。
「ルークの家でヴァンを殺害しようとしておきながら、ルークたちが無関係なんてありえません。でも……兄を殺害しようとするなんて、辛かったはず……」
もしかしたら精神状態がまともじゃなかったのかも知れない。ティアを庇おうとするイオンに彼女は顔色を取り戻した。が、次の瞬間再び青くなった。
「導師、ユリアの譜歌は一般的な譜歌よりも効力が高いと知られています。譜術防御力の弱い人間を死に至らしめることができる立派な凶器です。王妹シュザンヌ夫人が病身であることを考慮すると、最悪の可能性もありました」
ザッとイオンの顔色から血の気が引く。ミリアはさらに話を続けた。
「当時ファブレ元帥の家は万全の警備体制でした。その家の警備を無効化し、空白の時間を作ることで、ファブレ元帥が政敵に殺害される危険性を考慮すると、導師の慈悲をティア・グランツに向けることはキムラスカの怒りを増長させるものでしかありません。また、ユリアの譜歌を使用し、警備を無効化させたうえで侵入し、家人を巻き込まないよう配慮する精神的余裕、状況判断能力があったことから、当時のティア・グランツの精神状態、判断能力は共に正常であることが推測できます。詳しい精神鑑定は調べてみないと不明ですが、現状ティア・グランツを擁護することは、教団にとって不利益であることをご留意ください」
つまり、ミリアはティアを擁護するなと言っているのだ。肝が冷える。ティアは切迫詰まった顔で懇願するような目をイオンに向ける。ミリアの言葉により、現実が見えた導師はゆるく首を振って懇願を退けた。
prev next
back