「……残念です」

 ティアの顔が悲痛に染まる。

「そんな……」

 ティアは項垂れるが、何かに気付いたようにハッと面をあげると、ルークに頼った。

「ルーク! 私は兄さんを殺そうとしただけよ」
「けっ」

 ルークは唾を吐き捨てるような態度を見ると、あからさまに顔を顰めて「で、それを俺に言ってどーすんだよ」と言った。

「どうするって……べ、弁護してくれるわよね?」
「はあ? なんで俺がそんなことしなくちゃいけねえんだよ」
「なんでって……私はあなたを巻き込んだお詫びに送り届けようとしたじゃない」

 ティアは眉を下げてルークを見る。

「お詫びは謝罪だろ! お前がやったことに巻き込まれたんだから、俺に謝罪すんのは当たり前だろ。それにお前の弁護がどう関係するんだよ!」

 道理だとミリアたちは頷く。ファブレ公爵家襲撃のお詫びが公爵子息の送り届けになるかと言われたら、なるはずがない。ティアが神託の盾騎士団の軍服を着用して、キムラスカの王族の家を襲撃してくれたせいで国際問題に発展してしまった。だが、これは当然の成り行きなのだ。

「俺のこと甘いっていった奴に、優しくしてやる必要なんかないね!」

 ティアにとって都合が悪い状況は重なった。
 ティアがルークを無知でわがままな貴族のお坊ちゃまとして扱ったせいで、彼からの弁護も期待できない状態になっていたのだ。

 ルークは最初の頃ティアを気遣っていた。ティアが彼を巻き込んで屋敷から連れ出した責任を感じていると、ルークは散歩だと思って屋敷に戻るから気にするなと拙い言葉を投げた。それに対してティアは帰りたくないの? と疑問を呈し、散歩なら安全な場所ですればいいとルークの気遣いを無碍にしたのだ。さらにエンゲーブでは食料泥棒に間違われたルークを擁護することなく、チーグルの森ではライガクイーンと卵を殺害したことに心を傷めているルークに優しいのね、それとも甘いのかしらと嫌味を言った。

 ルークの中でティアの心証は最低まで落ち込んだのは言うまでもなかった。

 タルタロス襲撃事件が未遂に終わり、殺人を躊躇うルークをティアが庇うという一連の事件も起こっていないから、ルークの中でティアの心証は上がりようがない。
 ルークの中でティアは言動を裏切らない冷血女だった。尊敬するヴァンが殺害されそうになったことと、ティアのせいで拘束されていることも相俟ってティアを庇う気になれなかったのだ。

 タルタロスに乗艦する前のやり取りが尾を引いている。ティアは今さらながらそのことに思い至り、慌てて非を認めた。

「それは、その、……ごめんなさい。あのときは貴方の優しさがわからなかったの。けど、今は違うわ。ルークはライガクイーンの子供の死を悼んでいたのよね? 死を悼む行為を甘いなんていってしまってごめんなさい」

 ミリアは内心で舌打ちをついた。ライガクイーン。アリエッタの母である。ルークたちは一戦を交え、ライガクイーンの子供を殺したらしい。ライガクイーンも恐らくは生きていないだろう。アリエッタが知れば復讐に走るのは間違いない。ティアはともかく、ルークに復讐心が向かないようにしなければ。と、ミリアがリグレットとシンクに一瞥を向けると、二人は小さく頷いた。

「はっ、今さらそんなこと言っても遅いんだよ! あれがお前の本音なんだろ。俺の優しさがわかるとか、そんなこと言ったって、助かりたい一心にしか聞こえねーよ」

 ルークの弁護が期待できないと、ようやくティアは気付いた。

「そんな……嘘じゃないわ。本当よ」
「信じられない」

 ルークは瞳に不信を浮かべてティアを見ていた。

(ティア・グランツはルーク様に何を仕出かしたんだ)

 ミリアの気持ちを代弁するかのように、イオンが恐る恐る尋ねた。

「ルーク、もしかして、ティアが貴方に他にもご迷惑をおかけしましたか?」
「私はルークに迷惑かけてなんかいません!」

 こればかりは言い掛かりだとティアは慌てて首を振った。ルークは眉を顰めて、ティアの言葉を真っ向から否定した。

「俺がヴァン師匠を殺そうとした理由を聞いても、俺に話したところで理解できるとは思えないからって言いやがった」

 馬鹿にされた、とルークが感じても無理はない。
 ミリアたちは揃って眉間に皺を寄せる。ティアは自身を弁護した。

「それは、個人的な事情だからと言ったでしょう」
「理解できるかどうか判断するのは俺であって、お前じゃねーだろ! 勝手に決め付けんな!」

 ルークが吠える。その通りだと、ミリア、リグレット、シンクが相槌を打った。そうですよね、とイオンも疲れ果てた声で同意する。

「それに、無事に送り届けるっていったくせに、次の瞬間には、戦い方を教えるから武器を持てって言われた。そのとき俺が持っていたのは木刀だ。自分はナイフと杖を持ってたくせに、俺の背後で、えらそうに剣の踏み込みがどうとか、詠唱中は守ってとか言ってやがった。俺はこいつに巻き込まれてマルクトに来ちまったけど、散歩代わりに家に帰るのも良いって言ってやったのに」
「……それは」

 被害者に気を遣ってもらったのに、その被害者を加害者は盾に使ったのか。

「ルーク、あれは言ったでしょう。子供でも武器を持っていれば戦うのは当たり前だって」

 そういう問題ではない。

 ティアはルークを巻き込んだことに対する罪悪感はあっても、一方ではルークにヴァン殺害を邪魔されたという思いが強いのだろう。口先だけの謝罪であることが、その後の行動に現れてしまっている。これではいくら導師がティアに慈悲をかけたくても無理だ。当人が反省の色を浮かべていないのだから。

「それに、タタル渓谷で卸者に会った時! 漆黒の翼に間違われたとき、そんな奴らと一緒にするなと言った俺に、こいつは俺と一緒にしたら漆黒の翼が怒るかも知れないって言った」
「……ティア、何故そんなことを? ルークと出会って、そんなに時間経ってませんよね? 貴方は経った数時間で、盗賊よりも、ルークの方が劣っていると判断したんですか?」

 イオンの言葉にティアは困ったように眉を寄せた。

「それは、特に他意はありませんでした」
「他意はない……? ティア、貴方は巻き込んだことを気にしないで良いと遠まわしに言ってくれたルークを、他意もなく貶めたというわけですか……? 信じられません」

 イオンは首を振ってティアの人格を疑う。
 イオンの中でもティアの心証が下がる一方だ。ティアは弁解の言葉を探すが、何を言っても理解されず、むしろ自分の立場を悪化させるのではないかと危惧を覚える。自然と黙り込んだが、それがまた失望を買う結果となった。

「……インゴベルト陛下に謝罪を。ティアの身柄引き渡しに応じます」

 導師に見放されたショックにティアは目を瞠り硬直する。誰一人同情することはなかった。

「ジェイド和平協力の件ですが、」
「私たちはキムラスカに向かう途中です。このまま向かえば良いでしょう」

 このままタルタロスで導師と共にキムラスカに行けば、和平交渉もできるし、導師も謝罪できる。一石二鳥だとジェイドは言う。

「いえ、僕は彼らにバチカルまで送ってもらいます。和平協力を兼ねてジェイドたちとバチカルに行っても、教団の誠意がキムラスカに伝わるとは思えません」
「和平協力を断るということですか?」
「はい」
「……困りましたね。先日お話したとおり、アクゼリュスは現在孤立無援の状態です。そこには障気に苛まれながら、救助を待つ一万人の民がいる。貴方は一万人のマルクト国民を見捨てるつもりですか?」

 導師の善意と罪悪感を煽る、いやらしい言い方だった。

「イオン様を責めるのはそこまでにして頂こう。マルクトに和平意思が真に見えるなら、キムラスカも貴国の申し出を決して無碍にはせず、誠意ある対応をしてくれるはずだ。昨今の両国の軋轢に憂いているのは何もマルクトばかりではないのだから」

 ミリアはジェイドが反論できないようにする。

「……いいでしょう」

 そういう以外に何が言えたのか。ミリアはすぐさまルークに向き合った。

「ルーク様、この度は教団の者が大変ご迷惑をおかけしました。バチカルまでお送りします」
「……ああ、わかった」

 ルークはジェイドをちらりと見たあと、ミリアの申し出に頷く。
 ルークは、ジェイドにキムラスカに向かう理由を聞いて協力を断れば、監禁する必要があると言われていた。ほぼ恫喝だったが、ルークは和平に協力しようと決めていた。

「戦争は嫌だから、家に帰ったら父上やナタリアに和平の協力をしてもらえるように言ってやるよ」

 ジェイドはハッと息を飲むと、感謝の意味をこめて深く頷いた。

「よろしくお願いします」

 ミリアはジェイドとルークの話を見届けながら、シンクとリグレットに命令を下した。

「シンク、ルーク様を頼む。私は導師イオンと守護役をお連れする。リグレット、お前はティア・グランツを」
「「はい」」

 ミリアは導師に自らの上着を貸す。上空は寒いから導師が体調を壊さないようにとの配慮だった。グリフィンの背に乗ると、シンクはその後にルークを乗せる。本当ならば前に乗せるべきなんだろうが、シンクよりもルークの方が背が高いから、前に乗られると前方が見えなくなり指示ができない。初めての体験にルークは目を輝かせていた。リグレットは手錠でティアの両手を拘束し、ハンカチを口の中に詰めると、ティアを前に乗せて後に乗った。ミリアはイオンとアニスを両腕で抱き上げて前に乗せると、自らもまた、グリフィンに乗った。

「行け!」

 ミリアが威勢良い声をあげると、グリフィンは両足で艦橋を蹴り、弾みをつけると飛び上がった。両翼を雄雄しくはばたかせて空を飛んでいった。
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