リグレット――ジゼル・オセローとミリアは古くからの知人だった。

 十歳に親元を飛び出して、神託の盾騎士団に入隊した。ダアトの住民で一定年齢にさえ達していれば、入隊試験は誰でも突破できるようなものだった。一介の兵士で終わるか、名を挙げることができるかどうかは個人の技量にかかっているので、門戸は広くしているらしい。とにかく質よりも、頭数だけ揃えることを重視していた。自宅から通うか、寮に入るか選べたので、ミリアは即日入寮した。

 ミリアはとにかく親から離れることに必死になっていて、精神的に張り詰めていた。ミリアは両親に対する愛情はあったが、だからといって両親のために自分の人生を犠牲にするつもりはなかった。親は親、子は子だ。ミリアの人生は両親のものではない。どうやったら親から離れられるか、そればかり考えていたミリアは神託の盾騎士団でマルセル・オセロー、ジゼルの弟に出会った。

『おれ、マルセル・オセローと言います! よろしくお願いします!』

 マルセルは快活な性格をしていた。人好きする笑顔で自然と輪の中心に立っているような、目立つ男だった。
 当時、神託の盾騎士団ではヴァン・グランツが未来の主席総長として目されていた。その頃にはすでにヴァンは群を抜く剣の腕と人心掌握術を持っていた。ヴァンに心酔する部下は多く、彼の回りには人が耐えなかった。一方、ミリアと言えば特別目立つ存在ではなく、ただ鍛錬を行い、知識を蓄えることに必死になっていた。親からの再三の連絡を無視して、ようやく親がミリアの説得を諦めたと思えた頃、ミリアは周囲を見回して自分の傍にマルセルがずっといたことに気付いた。

 自分にやたらと話しかける誰かがいることは知覚していたが、直属の上司など必要最低限の人物の顔しか覚えてこなかったミリアは、それがたった一人の人物であるとは思わなかったのだ。
 マルセルだと知った当初、ミリアは『お前、最近よく俺の傍にいるな』と間抜けなことを言って、マルセルに大爆笑された。ヴァンならともかく、自分のような面白味のない人間に好き好んで近寄る人間がいるとは思わなかったのだ。
 何故自分の傍にいるのか聞いたら、マルセルはミリアはいつも一人だからと言った。お節介の世話焼きのマルセルは独りぼっちのミリアをどうも放っておけなかったらしい。余計なお世話だと言ったのだが、マルセルは人の話を聞かずにお節介をやいた。

『これ、うちの姉ちゃんが作ったんですよ! 食べてください!』

 と言って、ある時は大きな弁当を持参した。

『今度姉ちゃん紹介しますね!』
『いや別にしなくていい』
『時間空けといてください!』
『人の話を聞け』

 マルセルは自分のペースに他人を巻き込むことが得意な奴だった。ミリアはマルセルと行動を共にすることが多くなり、自然とマルセルの家に呼ばれる機会ができた。そこでミリアはジゼルと出会った。

 ジゼルはダアトの塾で働く女教師だった。その塾には将来、神託の盾騎士団に入隊したいという生徒も大勢いて、彼女は子供たちに体術や武器の使い方も教えていた。自分が受け持つ子供たちが少しでも長生きできるようにと彼女は厳しく教えるため、子供たちには不人気であったが、そのことに影で傷ついているような女性だった。
 指導が行き過ぎて子供に厳しく教えて怪我させてしまったこともあった。子供を怪我させたと怒鳴り込んできた親に激しく責め立てられ、固く唇を結んで頭を下げている姿をミリアは見かけたことがある。

 マルセルの前では立派な姉であれるように振舞っていたが、マルセルにはお見通しだったようで気付いていないふりをしながらも、時々ひどく苦い顔をしていることもあった。

 ジゼルとマルセルの姉弟仲は一般家庭よりも良かった。それは両親と早くに死別したせいもあるのだろうが、ミリアにはとても羨ましく思えたのだ。

『おれ、心配なんですよ』
『何がだ?』
『おれが死んだら、姉ちゃんどうするのか。おれはともかく、姉ちゃんには長生きしてもらいたいなぁ』
『お前は……縁起でもないことをいうな』
『すいません。でもね、おれらって兵士じゃないですか。いつ死んでもおかしくない。死ぬ気はないけど、どうしようもないときって、やっぱりあると思うんですよ』
『……そう思うなら、今すぐ兵士をやめろ』

 マルセルは預言により兵士になった。本人は預言に詠まれてなければなる気はなかったと、よく口にしていた。

『……やっぱりそうですよね。でも、おれ、兵士を辞めるよう預言に詠まれてないんですよね』

 マルセルは困った顔をしたあと、しばらく悩んで、気合を入れるように良しといった。

『兵士辞めます。おれが死んだら姉ちゃん独りぼっちになるし、心配なんで』
『そうか。それも良いんじゃないか』
『早速、辞表書いてきます!』

 そういって笑ったマルセルは辞職願いを認め、早速、上司のもとに駆け込んだ。仕事の引継ぎの影響で辞めるのは二ヶ月後になるという。

 そうして、二ヶ月後。
 最後の任務に出かけたマルセルはそのまま帰ってこなかった。

 戦死だった。




 遺体を持ち帰ることができず、死を証明する手段として、遺髪がジゼルのもとに送られた。
 その遺髪を送り届ける任を与えられたのはミリアだった。
 木造建ての家のドアをノックすると、マルセルが帰ってきたと思い、ジゼルは明るい笑顔でドアを開けた。マルセルではなくミリアが立っていることに驚きながらも、彼女はマルセルのことを聞いた。

『マルセルは無事に帰ってきましたか? 怪我はしていませんか? この任務でマルセルは神託の盾騎士団を辞めるんです。今までミリアさんには大変お世話になりました――』

 ただならぬミリアの様子にジゼルはまくし立てるように言った。不安を感じ取っていたのだろう。ミリアがそっと白紙に包まれた遺髪を差し出すと、ジゼルは呆然とした様子で遺髪を眺め、ミリアの顔を見上げた。ミリアはただ静かに言った。

『マルセルの遺髪だ』

 その瞬間、ジゼルの顔は悲痛に染まり、大きな声で嘆いた。

『どうして――!』

 この任務が終われば穏やかに暮らせるはずだったのに。死と隣り合わせの生活を送らずに済んだのに。ミリアに怒りと嘆きを向けた彼女は涙と嗚咽を途切れさせることなく崩れ落ちた。


 その後、しばらくの間、彼女は廃人のようになった。
 食事することもせず、仕事にもいかず、ぼうっと窓の外を眺めて弟の帰りを待ち続ける。

『おれ、心配なんですよ』
『おれが死んだら、姉ちゃんどうするのか』

 マルセルの声が脳裏に何度も過ぎり、ミリアは足繁くジゼルのもとに通い、彼女の世話を焼いた。雑だったが料理を作り、無理やりでも食べさせて、彼女が眠りにつく夜遅くまで傍に居続けた。ミリアだとて軍人だ。そう暇はない。だがその暇を無理やり作り、ジゼルの様子を見に行って、彼はあるとき、ジゼルの家で倒れた。過労で倒れたのは明白だった。自分の体調よりもジゼルの体調を気遣っていたせいで、自己管理がまったくできていなかったのだ。辛うじて食事はジゼルと共に摂っていたが、体に必要な睡眠はあまり摂れていなかった。ミリアが目を覚ましたとき、そこはマルセルの部屋だった。
 ミリアはマルセルのベッドに運ばれていた。
 目を開けた彼の視界に飛び込んできたのは、泣き顔で笑うジゼルの姿だった。

『馬鹿な人……』

 どういう意味かと問うこともできずに、ミリアはただ、ジゼルの顔を見ていた。
 そのとき、ミリアはジゼルに女性として好意を抱くようになったのだろう。





 以来、ジゼルは元のように生活を始めた。

 ただ、教師の仕事はクビになり、彼女は神託の盾騎士団に入団した。マルセルの死に疑念を持っているとミリアに言って、彼女はマルセルの死が本当に戦死だったのか調べ始めた。辞職寸前で戦死するなんてタイミングが良すぎる。マルセルの死を納得できなかった彼女は執念で、マルセルの死の真相を知った。

 預言では、マルセルは兵士として死ぬと詠まれている。マルセルが辞職するなど預言に詠まれていない。辞職する前にマルセルは死ぬのだと、モースは判断して、ヴァンに殺害命令を下した。

 真相を掴んだジゼルはヴァンの殺害を実行すべく、彼に近付いた。
 寝首を掻こうとしたのを逆手に取られ、体の関係を強要されて、ずるずるとその状態が続いた。

 勿論、ミリアが気付かないわけがなかった。だが、ジゼルはミリアにだけは気付かれたくないというように振舞うから、恋人でも何でもないミリアには問い詰めることもできなかった。


 バサッ――グリフィンが一際力強く羽ばたく。その音で過去から引き戻されたミリアは目を瞬く。
 キムラスカ王国首都、バチカルが眼前に見えていた。

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