キムラスカはティア・グランツの身柄と引き換えに導師イオンの謝罪を受け入れた。

 モースは公爵邸襲撃事件が起きた当初、襲撃者の身元が判明するや否や、導師派が自分を陥れるために自分の部下を利用したのだと口にした。導師はきっぱりと否定し、証拠もなく疑惑の眼を向けられ遺憾を示すと、導師派の名誉を守るためにも今回の件をきっちりと調査すると発言した。モースは青くなり、慌ててキムラスカの怒りを蒸し返すことをしないようにと導師派を牽制しようとしたが、遅かった。導師派のミリア次席長、並びに今回の一件により導師派であることを証言した参謀総長シンク、魔弾のリグレットの三名によりモースの悪事を明らかにした。

 その結果、判明した複数の事実は世界中を揺るがした。

 まずモースが教団の運営費を私的流用し高利貸しの真似事をしていたことにより、モースを旗頭にしていた大詠師派は倒れた。時同じくして、預言を理由にキムラスカ王女をすり替えさせた事実が判明し、キムラスカが調査に乗り出した。すり替え実行犯である乳母は逮捕され、本物の王女はナタリアの名前を与えられて王墓に入れられ、王女と思われていたナタリアは国王の温情により王の娘と認められたものの、王族の権利を全て失い、メリルと名前を戻した。行く行くはそれなりの貴族の元に嫁ぐことになるだろう。

 そして消滅預言の存在が明るみになったことにより、人類は2つの選択肢を突きつけられた。預言に従い世界滅亡を選ぶか、預言を捨て世界滅亡から逃れるか、人類が選んだのは預言離脱であった。当然、どの時代にも滅亡を喜ぶ狂者たちはいる。その狂者たちは結果的に預言離脱を否定する者たちを味方につけ大規模な集団と化したが、――世界はこれらを敵とすることで奇しくも一つに纏まった。

 各国による首脳会談が開かれ、和平が成立し、消滅預言を回避すべく各国から選りすぐりの研究者たちが一同に集められる。その中には、教団の代表としてディストと、和平交渉時の一件で証拠を掴まれたジェイドがマルクト帝国の代表として名を連ねた。

 預言離脱により教団は方針転換した。ユリアと預言を信望していた教団はローレライを信望する教団に生まれ変わったのだ。信者たちは困惑したが、導師を敬愛していたダアトの住民たちは指導者が揺ぎ無い態度でどっしり構えていたため、何の問題もないのだと方針転換を当たり前のように受け入れた。

 インゴベルトは本物の娘をすり替えたモースと乳母を許さず、厳しい処分を下した。教団にはモースの身柄引渡しを要求し、乳母は即日処刑した。モースの処分がどうなるかは想像ついていたが、教団はキムラスカの要求を断らずモースを引き渡し、これにより大詠師派は壊滅状態に追いやられ機に乗じた導師派が教団を仕切ることになった。
 モース失脚によりヴァンとティアを庇う者はいなくなり、二人の処分は導師派とキムラスカの話し合いにより委ねられた。辛うじてユリアシティの市長が二人がユリアの子孫であることを理由に温情を願ったが、その結果はミリアの言ったとおりになった。

 ティアの代わりに自分がユリアの血を残す――妹を守るためにヴァンが口にした言葉は、結果的に妹の命を削らせた。子を産む道具として生きる方がマシだとは思えないが、それでもヴァンが申し出なければ多少なりとも長く生きていられたのだ。軟禁状態に置かれ子作りを強制させられたヴァンは監視役を殴り倒して、奪い取った剣で、その首を刎ねた。

 当時、ミリアが告げた言葉がヴァンの脳裏に蘇る。

『ティア・グランツの代わりに、貴方が次代にユリアの血を繋げばいい。そうすれば貴方の妹は子を産む道具にならずに済む』

 あの、言葉の真意は。
 ミリアは、ティアを断頭台に送る一助をヴァンにさせたのだ。
 ヴァンが妹を溺愛していることを知りながら――。

 言葉の裏に潜んでいた、底のない悪意。今さら気付いたところで、もう、遅い。

 ヴァンがミリアの真意を知る前に、夜の相手を務めた複数の女性に妊娠の兆候が見えていた。女性たちは手厚く保護され、整った環境で出産を待っている。ヴァンの生殖機能が正常に働いている事実が認められたため、ティアの命の価値は落ちて、――早々に処刑された。

 ヴァンは妹が処刑されたことを知らずに、今の今まで、ティアの命を永らえさせるため、妹の身を綺麗なままで保つために、次々と女性を抱いていたのだ。道化だった。

「……殺してやる……」

 自分を騙したミリアを殺して、世界を壊してやる。預言など、もうどうでもいい。降り積もった恨みはヴァンの理性を壊して、正常な判断を鈍らせる。ヴァンは鬼気迫った顔で部屋を出る。首を刎ねた監視役の死体には目もくれずに。ユリアシティを出て、手始めにミリアを殺害するつもりだった。




 次々とかかる追手を殺害して、たどり着いたダアト。
 総本山の出入り口にミリアはまるでヴァンを待ち構えていたかのように立っていた。ヴァンはそのことを不信に思わずミリアを目指して剣を構えて突進してきた。

(やはり、来たか)

 ユリアシティの市長から入った連絡により、ヴァンが事実を知り逃亡したことをミリアは知っていた。自分の元にヴァンは必ず来る。ミリアは確信を抱いていた。

(俺が憎いか、ヴァン)

 憎いだろうな、と殺意がこもった鋭い一撃を横にずれてかわした。

(だが、それは俺も同じ)

 腰に佩いた剣を抜いて、今度は受け止めた。鍔迫り合いが続く。ヴァンは死に物狂いで斬りかかってきた。剣の立ち筋が単純になっているからこそ負けないが、力がこめられたヴァンの剣は重く手に痺れを齎す。鍔迫り合いが長く続けば、ミリアの勝機は薄れることだろう。ミリアは目を細めてヴァンの動きを注視しながら、攻勢に出る時機を見計らう。

(ジゼル)

 ヴァンと相対しているからこそ、ミリアは気付いた。ヴァンの斜め後方から彼に近付く、見慣れた姿に。彼女は譜銃を構えて、ヴァンの側頭部に照準を定めていた。ミリアが目を瞠る。何かに気を取られているようなミリアの様子にヴァンは自らの勝利を確信して笑みを浮かべた。

「もらった――!」

 ミリアの剣を押し返して、即座に攻撃に転じる。ミリアの頭部に振り下ろそうとした剣は、けれども、彼に届くことなく。

 殺意に酔うヴァンの一声と共に、銃声が落ちる。

 勝利の笑みを浮かべたままヴァンは崩れ落ちた。彼の側頭部から湯水のように溢れた血がミリアの服を汚す。持ち主を失った剣が、地面に落ちる乾いた音が何処となく虚しい。

「……ジゼル」

 リグレット――ジゼルは涙を流しながら微笑んでいた。

 やっと、殺せた。彼女の艶やかな唇が呟いた。彼女の長い復讐が幕を閉じた瞬間だった。

「……神託の盾騎士団を辞めて、ジゼル・オスローに戻れ。復讐を果たした今、お前が神託の盾騎士団にいる意味はないだろう」

 ミリアの言葉にジゼルはハッと息を飲んだ。

「また……以前のように、子供の教師でもやって、平穏に暮らせ。これ以上、血に塗れた生き方をするな」

 ずっと心の奥底に秘めた言葉を解き放つ。本当ならば、復讐に捕らわれるなと言いたかった。だが、所詮ミリアはジゼルの恋人でもなければ家族でもない。肉親を失って、復讐を考えるほど追い詰められた人間に何が言えたというのか。

「マルセルもそれを望んでいる」

 マルセルは、ジゼルに長生きしてほしいと言っていた。こんな生き方は望まないはずだ。ミリアはヴァンの死体を見下ろして、一つ息を吐き出した。ヴァンもこんな死に方をするなんて思ってもみなかっただろう。水面下で壮大な計画を練っていた男は妹によって計画を捻じ曲げられた。彼の計画は日の目を見ることなく頓挫し、不名誉な死を遂げた。哀れと言ってもいい。

(同情はしないが)

 サッサと遺体を処理しなければ魔物が寄ってくる。ミリアは懐からマッチを取り出して火をつけるとヴァンに向かって投げた。マッチの火はすぐに服に燃え移り、火は嵩を増して、細長い煙が立ち昇った。

「……ミリア、お前はどうするんだ?」

 ジゼルは顔を俯かせて問う。

「俺は何も変わらない。ヴァンの代わりに神託の盾騎士団を率いて行くだけだ」
「……ならば、私も。お前と共にいる」

 ジゼルは感情に揺らぐ声で言った。ミリアは眉間を寄せて、ジゼルを見る。”ならば、お前と共にいる”。その言い方に引っかかった。

「ふざけたことを言うな」

 ミリアがいるから、神託の盾騎士団に留まるとジゼルは言う。ミリアはにべもなく、ジゼルの言葉を切り捨てた。ジゼルはカッと頬を紅潮させると、感情を乱した様子で言った。切れ長の双眸に浮かぶ大粒の涙にミリアは動揺する。

「ッ私はふざけてなどいない! お前の、ミリアの傍にいたいと思って何が悪い!? もう神託の盾騎士団しか私たちは繋がりがないんだ! 私が神託の盾騎士団を辞めたらお前ともう……っ」

 ジゼルはぼろぼろと涙をこぼす。ミリアはぎょっと驚いた。

「おい、泣くな」
「泣いてない!」

 じゃあ、その涙は何だ――と言ってやりたいところだったが、ミリアはぐっと堪えた。まいった。泣いている人間はどう取り扱っていいのかわからない。元々自分はそう器用な人間じゃないのだ。ジゼルは手で粗雑に涙を拭うが、拭った先から涙が出てくるようで、次第に目尻が赤くなりはじめた。乱暴に拭っているせいで手で擦ってしまっているのだろう。しかも、凝りもせず二度も同じことを言う。

「っ……泣いてなどない!」

 そう言うことで、泣いている自分を誤魔化しているつもりなのだろう。その間にもぼろぼろとジゼルの眼から涙がこぼれ落ちて、ミリアは困ってしまう。

「……わかった、わかったから、手で擦るな。目尻が擦り切れているだろう」
「うるさい、構うな!」
「ジゼル」
「構うなと言っている!」

 強情なジゼルにミリアはだんだん腹が立って行く。

「……っ私が好きじゃないなら構うな!」
「――わかった。そんなことを言うなら、構ってやろうじゃないか」

 再度涙を拭おうとするジゼルの手を掴んで止める。ひっとジゼルが小さく息を飲む。小さな顎を手で掴んで、俯く顔を無理やり上げさせた。思ったとおり、ジゼルの顔は涙に塗れていた。

「よく、聞け」

 ジゼルもマルセルと良く似ている。見た目がどうこうという話ではない。人の話を聞かずに突っ走るところが良く似ていた。

「お前が神託の盾騎士団を辞めたところで、俺はお前と縁を切る気はない。マルセルがいた頃のように、俺は暇を作っては、お前の家を訪れる。これがどういう意味なのか、わからないとは言わせないぞ」

 ジゼルが目を瞠る。ようやく涙が止まった隙に、畳み掛けてやった。

「ジゼル、俺はお前が好きだ」

 ジゼルは一度、大きく目を瞠った。その眼から再び溢れ出る涙に、ミリアは溜息をついた。

「……お前は、よく泣く」
「ぅ、あ……だって、」

 ミリアはジゼルの顎から手を離して、その手をジゼルの頭に回すと、自らの胸に押し付けてやった。

「もういい。好きなだけ泣け。俺の傍で泣くなら許してやる」

 ジゼルはミリアの胸に顔を寄せて、ぎゅうとミリアの服を握り締める。じわりとミリアの胸に広がる涙が温い。ミリアがぽすぽすと軽くジゼルの頭を撫でてやると嗚咽があがった。当分、ジゼルは泣き止みそうになかった。




END.

2014/10/26
2016/05/31 再掲
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