「親善大使補佐官?」
ルークは不機嫌も露に上擦った声で尋ねた。
キムラスカ国王に尋ねる言葉としては不敬であったが、当の王が許していることから咎める者は誰一人いない。
「そうじゃ。ルークにとっては初めての外交じゃからな。補佐してくれる者が必要であろう」
「そんなのいらねーよ。叔父上は俺のこと信じてくれないんですか?」
厳粛たる雰囲気が取り巻く謁見の間で行われる会話とは思えない。不貞腐れた顔をするルークにインゴベルト陛下は苦笑を浮かべる。そんな顔をしたってルークは騙されない。
(ヴァン師匠の言うとおりだ。俺がアクゼリュスから逃げないよう、監視しようって言うんだな……)
敬愛するヴァン師匠によると、ルークはユリアの預言によりアクゼリュスと共に死亡する運命らしい。キムラスカ国王達は国の繁栄の礎にルークを犠牲にすることを選んだという。国の繁栄だか何だか知らないが、国王達が自分の死を迎合していると聞かされて、ルークはすっかりと疑心暗鬼になっていた。
拒否感を示すルークに埒が明かないと、インゴベルト陛下は無理やり親善大使補佐官として一人の男を紹介する。
「ミリア・フォン・ショウブじゃ。優秀な文官で、剣の腕も立つ。おぬしと年頃も近いから、すぐに親しくなれるじゃろう。わからぬことがあったら聞くと良い」
「ミリア・フォン・ショウブです。よろしくお願い致します、ルーク様」
180センチを超える長身の男は、文官というだけあって聡明な顔立ちをしていた。眉を越す程度に切りそろえられた黒髪、スクエアの黒縁眼鏡をかけて、その奥にはエメラルドグリーンの切れ長の双眸が覗いている。目尻にある泣き黒子がやけに印象的だった。服装は黒を基調に金ボタンがあしらわれ、赤と金の階級章が胸元を彩っている。
「……ああ、よろしく」
よろしくするつもりはないが、よろしくと言われたらよろしくするしかない。ルークは差し出された手を軽く握った。
ルーク達は親善大使一行としてバチカルを出立しようとしたのだが、早速トラブルに見舞われた。導師イオンが誘拐されたと騒ぎ立てるアニスに捜索を頼まれ、海上に六神将が居座るせいで行く事ができず、致し方なくルーク達はガイが知っていた廃工場を抜ける道を選んだ。問題が発生する度、ミリアがメモを取り出して何かを書き記していたのだが、「些細なことでも書き留めるのが私の癖でして」と言ったことにより皆気にしないことにした。
事実ミリアは本当に何でもメモに書き記した。廃工場を抜けようとしたらナタリアがいたことも、廃工場を抜けたら導師イオンを連れた六神将と居合わせたことも、戦闘中にいつも通りティアがルークに檄を飛ばしたことも。全て書き記していた。
そんなに書き記して手を傷めないのかとガイが聞くと、ミリアはうっすらと微笑を浮かべ「腱鞘炎になっても私は書き記すことやめません」と決意に満ちた言葉を漏らした。メモ魔と言ってもいいミリアにアニスたちは苦笑して引いたが、ジェイドだけは怪しみ観察するような目を向けていた。だが、ミリアに不審な点は見当たらなかった。
それもそのはず、ジェイドが怪訝に思うような不審な点はミリアにはないのだ。ジェイドがミリアを疑っていたのは和平の妨害、六神将の内通者という意味でしかない。ミリアはそういう意味では潔白だったのだから。
「マルクト皇帝の審美眼は大したことがないな。死霊使いなど、和平使者の器ではなかろうに」
時系列順に起きた出来事をメモ帳に書き記していたミリアは冷ややかな声で言った。マルクト皇帝を侮辱する声を誰もが聞き逃した。いや、
「ミリア、なんか言ったか?」
ミリアの声が聞こえたような気がして、前方を歩いていたルークは振り返った。ミリアはメモ帳をしまいながら応えた。
「――風が強くなってきましたね、と」
「ああ、そうだな。お前の声もろくに聞こえねー!」
デオ峠を越えれば、もうじきアクゼリュスに到着する。これまでの旅路を思い返してルークは怒りと苛立ちが入り混じった顔をしながら「ミリアみたいに皆、俺の言うこと聞いてくれれば」と言った。今じゃルークの味方はミリア一人だ。ミリアはルークを馬鹿にしない。意見を尊重し、間違っていれば教えてくれる。それでも彼をルークは信用しきれなかった。自分の死を看過しようとしている叔父の手先だと思っていた。
「アクゼリュスにつけば、俺が障気を中和すれば、もう誰も俺を馬鹿にしない。馬鹿になんかしないさ……」
だから独り言を漏らし、拳を作って馬鹿にされる屈辱に耐えた。
そうして。
アクゼリュス崩壊が、起きた。
アクゼリュス崩壊後、ユリアシティを目指してタルタロスは魔界の海を突き進んでいた。
仲間達から面罵されたルークはベンチに座ったまま動けずにいる。足を伝う振動音にタルタロスが動き出したことを知るが、何処に到着することもなく時間が止まってしまえば良いと思っていた。いや、叶うのならば時間が戻って欲しいとさえ思っていた。
アクゼリュスが崩壊する前に。自分が馬鹿なことを仕出かす前に。違う、俺がやったんじゃない、そう強い口調で否定できていたのは最初のうちだけだ。今じゃもうそんな気力もなくして、恐ろしいことをした恐怖感に苛まれて、打ちひしがれている。ルークの足元ではチーグルのミュウが慰めるように寄り添っていた。
「……ルーク様、タルタロスに入りましょう。いつまでも此処にいたら体に悪い」
ミリアはメモを取り終わったのかルークに声をかけた。ミリアがまだいるとは思わず、ルークの全身が怯えたように跳ね上がる。ミリアはルークの反応を気にも留めず再度中に入るよう促した。ミリアのいつもと変わらぬ様子がルークの眼には奇妙なものに映る。
「お前は……俺を責めないのか?」
震える声で尋ねた。ミリアはわずかに目を瞠り「……聞かされてないのですか?」と質問に質問を返すような真似をした。目を丸くするルークにミリアは目を剣呑に細める。
「……なるほど、そういうことでしたか。ルーク様、私とすこし話をしましょう」
「え、あ……」
今のルークはミリアの言動に素直に従う道以外残されていない。茫然自失の状態では、何も考えられなかった。こくんと素直に頷くルークにいい子だと目をやわらかく細め、ミリアはタルタロスの中に入るように促した。
タルタロスの中を先導するミリアの後をルークはのろのろと亀のような足取りで追う。ミリアは適当な部屋に入ると、ドアにロックをかけて座るように勧めた。マルクトの下士官の部屋なのだろう。部屋には机と備え付けのイス、それに二段ベッドしかない。ルークはとりあえず一段目のベッドの端っこに座った。ミュウもルークの傍らに座る。当然のようにベッドの座り心地は悪かった。
ミリアはイスを引っ張り、その上に腰を下ろす。足を組むと、彼は眼鏡のブリッジを中指で押し上げて話し始めた。
「本来であれば事前にお伝えしておくべきなのですが、ルーク様は何も知らされていないようなので、まず、インゴベルト陛下のご意向をお伝えします。――アクゼリュス崩壊はユリアの預言に詠まれていました。それをインゴベルト陛下並びにキムラスカの重臣、大詠師モース、マルクト皇帝は存じ上げております。崩壊に関してルーク様個人の責任はなく、教団を交えて両国の会議により解決済みです」
「……俺は悪くないのか?」
「ええ。ユリアの預言を遵守するために、キムラスカと教団が共謀しルーク様に行わせたことです。その責任は全てキムラスカ王国と教団が負うもの。ルーク様個人に責任はありません」
「俺は、悪く、ない?」
ルークの呟きにミリアは再度頷く。
「でも、ティアたちは俺が悪いって」
「教団はアクゼリュス崩壊を知っています。ユリアの預言に詠まれていますから。だからこそ、導師イオンもアクゼリュス崩壊の一助を買ったのでしょう」
「どういうことだ!? アクゼリュスを崩壊したのは俺が原因で、」
「――アクゼリュスを崩壊させるためには、いえ、あの地を吊り上げていたパッセージリングを破壊するためには、セフィロトの封印を解除させる必要があります。セフィロトの封印は導師にしか解除できません。ユリアの預言だからこそ、導師イオンはセフィロトの封印を解除したのでしょう」
「じゃあ、イオンは俺がアクゼリュスを崩壊させるって知ってたのか!? ヴァン師匠も!? それなのにどうして俺が悪いって言ったんだよ……!」
「導師イオンはマルクトの和平使者の前だからこそ、芝居をする必要があったのでしょう。マルクトはアクゼリュスの崩壊がユリアの預言であることしか知らされてません。……とは言え、導師含め教団のあの態度は見過せませんが。ヴァン・グランツに関してはルーク様のアクゼリュス崩壊の一助をするよう、大詠師モースが命令を下していました」
ルークは頭を手で抑えた。
「なんだよそれ……俺は叔父上達がアクゼリュスで、俺に死んでもらいたがってるって聞いたのに」
「誰がそのようなことを?」
「……ヴァン師匠」
「……ヴァン・グランツはユリアシティに到着次第、調査する必要がありそうですね」
ミリアはメモに書き記す。
「それと、ルーク様には改名していただきます」
「改名!?」
「ええ。ユリアの預言によると、ルーク・フォン・ファブレはアクゼリュスと共に消えたことになりますから。陛下より生き延びた後は改名するように指示されています。とは言え、あまり名を変えると馴染み辛いでしょうから、ここからはルークディウス・フォン・ファブレと名乗るようにと。愛称はルーク様のままなので分かり易いでしょう」
「名前を変えるだけで生きてていいのかよ……」
ルークは脱力してベッドに仰向けで倒れこんだ。今までの心労が一気になくなってしまった。自分の死を願っていたはずのキムラスカはルークを殺すつもりはなく、アクゼリュス崩壊の責任はキムラスカと教団にあるという。
「ユリアシティでキムラスカ兵と、ルーク様のご兄弟が帰還をお待ちしております」
「俺の兄弟?」
「ええ。国の事情により、教団に預けられていたルーク様の兄上です」
「それって――」
思い当たる人物は、六神将の中でルークを気にかけてくれた赤い髪の青年だ。自分そっくりで気持ち悪いと思っていたが、あの青年が兄なのだろうか。顔が自分と同じことを除けば、悪い印象はなかった。
2015/02/01
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